流星降臨(葛葉ライドウ)   作:アズマケイ

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怪人赤マント現る 完

安倍邸に帰った俺は、そのまま安倍家お抱えの医師が運営する病院に連行され、強制的に検査入院となった。

 

安倍邸の道路をひとつ隔てた広い敷地に、その病院は建っていた。もともとは財閥関係者の別荘だったものが買い取られて改装されたものだから、だから古い趣のある木造の建物と、新しい三階建ての鉄筋の建物が混在して、見るものにいくぶんちぐはぐな印象を与える。

 

コの字になったこの病院の中庭には、木々の間を縫うように遊歩道が設けられており、パジャマ姿の入院患者やその家族が、何日ぶりかで降り注ぐ柔らかな陽射しを楽しんでいる。

 

車椅子に座った子供達が黄色いボールを投げ合って中庭で遊んでいる。三人、みんな首がとても細い。捕球しそこなうと一人の看護婦がボールを拾う。一人よく見ると手首から先がツルンとして何もない子供がいて、彼は看護婦がそっと浮かせたボールを腕で打ってゲームに参加している。打ったボールは必ずよそへ逸れるが、子供は歯を見せて笑っていた。

 

消毒液と見舞いの花束と小便と布団の匂いがひとつになって病院をすっぽり覆って、看護婦がコツコツと乾いた靴音を立ててその中を歩きまわっていた。

 

完全個室の角部屋かつ入り口に警備員がたっているとなると、ヤタガラスの待遇もだいぶよくなってきたんだろうとわかる。ただのデビルバスターにこんな大袈裟な警備つけないだろう。

 

清潔な室内にて、俺は唇を嚙み締める。そして白い簡素なベッドに横になる。ここで黙ったら負けだってわかっているけれど、何も言えない。病院のベッドの上で、俺の意識は透明になりかけていた。薄くなり、色を失い、透けていこうとしていた。このまま消えちゃうんじゃないかと思った。思えば怖くて、失いたくなくて、泣きそうになった。 

 

翌日の朝、夕方には退院できそうだと安倍さんがわざわざ報せに来てくれたときは泣きそうになった。そんな俺をみるなり、安倍さんは心配そうな顔をしている。

 

「だいぶ精神がやられてるみたいだね......」

 

「ひとりになる時間がよくなかったみたいです。色々と余計なことを考えてしまっていけない」

 

出てくるのはためいきばかりだった。浮かない顔をしている俺を見かねてか、安倍さんが書類を見ながら声をかけてくれた。

 

「進展した分、悩みも深まるばかりだねえ。大丈夫かい?」

 

「大丈夫なつもりなんです......なんですけど、どうやらそうじゃないらしい」

 

「そうかあ、それはこまったね。ただため息ばかりついてもいられない。話だけでも聞いてくれるかい?検査結果が出たよ、ハルアキ。あの正体不明の物質、きみの体内には入ってなかったようだ、未検出だよ。よかったよ、ほんとうにね」

 

「心配かけてすいません、ありがとうございます」

 

「あの軟体の正体は今のところ、調査中なんだが悪魔というにはあまりにも特殊でね、人工的につくられた悪魔じゃないかって話だ」

 

「人工的に?」

 

「そう、人工的に。マグネタイトからみると天津神由来の神の可能性があるが、特定にはいたらなかった。たしかなのはそこに自我は存在しないこと。不安という感情が好物。試験管のやつを試してみたがあれは想像以上にやっかいだよ。たしかに悪魔や動物に反応はしないし人間だけを標的にするんだが、それ以上にあれだ。物質に取り憑く性質がある。その場合は物質が使役する者の意思によってうごくことになる。動力源は不明だが近くにいる人間の不安をとりこんで増殖するあたり、かなり生命力がたかい。行使する元締めを誰かが召喚していると考える方が自然だね」

 

「悪魔というのもおこがましいなにかでは」

 

「そのとおりだよ。あれがきみに入っていたらと思うと恐ろしくてならない。頼むから無理はしないでほしいな、ハルアキ。きみはライドウと違って死んだら終わりなんだよ。きみには死ねない目的があるんだから、気持ちが急いてもことを仕損じないことだ」

 

「おっしゃる通りです、ほんとごめんなさい」

 

「反省してくれてるかどうかは、二度目がないかどうかで判断させてもらうよ」

 

「はい......」

 

そこまでいってから、安倍さんは笑った。

 

「いやあ、ほんとに危なかったね、ハルアキ。無事でよかったよ。黄播から話を聞いた時には生きた心地がしなかったんだ。きみがそんな窮地に陥るなんて思わないじゃないか、なにがあったんだい?報告書にはCOMPだっけ?その召喚機の不具合が原因だって書いてあったけど」

 

「俺のCOMPには俺の属性というか思想?行動指針?そういうものに合わせて、悪魔を召喚ができるリミッターがあるんですよ。それが違うスタンスだとよほどの理由がないと悪魔はボイコットしたり、召喚拒否したりしてきますから、それを抑制するためでもあります。どうやらそれにひっかかったらしくて」

 

「ハルアキが?それは珍しいね」

 

「俺も驚きました。元の時代でもぶれたことなんか一度もなかったのに......。悪魔をまた揃え直さないといけません、だいぶ変化があったみたいですぐには元に戻らなさそうなので」

 

「それは思った以上に大変だね。悪魔の調達にはミルクホールのトレードの依頼もあわせてやってみるといいよ。誰でも扱えるかわりにリミッターがあるのは理にかなってるとは思うけど、今回ばかりはタイミングが悪かったね、ハルアキ」

 

「はい」

 

「なにはともあれ、リンさんたちが無事で良かったよ。あれから怪人赤マントの目撃情報が激したからね、あそこが生産工場のひとつだったのは間違いない」

 

「リンさんたちはどうなります?」

 

「そうだね......あれは除去されたとは思うんだけど、経過観察が必要だから通院と監視下におかかれる感じかな。特にリンさんは知ってはいけないことを知りすぎてしまった。報復があるともかぎらないから、ヤタガラスには言わないよう口止めしておいたよ。上層部からしたら抹殺か飼い殺しの対象だ。実験台になるのが目に見えてる。それも含めてきみの友達のことも話したら了承してくれたよ」

 

「そうなんですか......よかった。ありがとうございます」

 

「だいぶ、お疲れみたいだね。少し休むといいよ」

 

「はい......ありがとうございます」

 

俺はうなずいたのだった。休んだ程度で晴れるような気分とは到底思えなかったが、生きている以上腹は減るし、眠くなる。ここは病院だからなにかあったらすぐに対応してくれるのはありがたい。

 

安倍さんが出ていくのを見届けて、俺は目を閉じたのだった。安倍さんたちにも無理をいって危ない橋をたくさん渡らせてしまっている以上、今更やっぱりなしにはできない。できるわけはない。すでに物事は動き出した。

 

サイガ子爵がいっていた言葉を思い出す。生半可な覚悟ではあいつはとめられないだったか。まったくその通りだと思う。次目が覚めるときには、少しでもマシになっているとありがたいのだが。

 

時計の音だけがかちこちと聞こえる静かな個室にて、俺は眠りに落ちたのだった。

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