「いくぞ、ジークフリード!」
「御意!我が命キサマに捧げん!」
俺にジークフリードが力を付与するモーションをすでにみていたらしいリョウメンスクナは射程外に転移してしまうが俺たちは構わずそちらに向かって移動する。残念、ブラフだ。代わりに俺とジークフリードには不可視のバリアが貼られたのだ。
足止めくらいは必要だろうからと今回安倍さんに支給された結晶化した魔石をなげてみる。氷結、雷撃、疾風ときてようやく火炎属性で硬直した。火炎属性が弱点か。
もし反射されても今の俺たちに銃撃も物理攻撃も意味をなさないから問題はないのだ。それがわからないリョウメンスクナは反撃にでるがことごとく吸収する。攻撃が直ちにマグネタイトに変換され、俺たちにふりそそぎ、COMPが充填していく。気分が高揚してきたのか、ジークフリードは高笑いした。
「何度も同じ手は喰わぬわ、愚か者が!」
「攻撃が効かぬだと......!?貴様、なにをした」
「当然よなァ、我は貴様を抹殺するために再臨したのだから!!さあ、潔く我が血肉となるがいい!!」
ジークフリードは雄叫びをあげ、俺たちの攻撃力が最大値まで跳ね上がる。工場内部の隅までおいつめた俺は逃すまいと牽制するジークフリードに任せて、跳躍した。
「震天大雷!」
刹那に足元に広がる魔法陣。そこに退魔刀からマグネタイトをぶち込むと俺たちの物理攻撃を参照にした万能属性の攻撃が広範囲にわたって発動した。リョウメンスクナは追い詰められていて逃げ場などない。この合体技は中確率で気絶するのだが、さすがにそう簡単には終わらせてくれそうになかった。
一瞬にして大破したあたりを見渡すとリョウメンスクナの姿がない。油断せずに警戒を解かないままでいると死角から飛躍的に魔力が急上昇しているとCOMPがアラームで警告してくれた。振り返ると思ったよりダメージを受けた様子がないリョウメンスクナが集中力を高めて魔力を一気に最高値まで引き上げたのだとわかる。どうやらリョウメンスクナは俺たちの意識範囲外まで瞬間移動することができるようだ、厄介な敵である。
「くるぞ、ジークフリード!」
「おそらく氷結属性だろうが我の弱点ではないぞ」
「ならば喰らうがいい。常世よりきたる雹」
聞いたことのないスキルだった。リョウメンスクナの固有スキルだろうか。一瞬にして空間が凍りつき、俺たち目掛けてあらゆる方向から凍てついた波動が襲い掛かってきた。
「なんだこれ」
「小癪な真似を......」
ジークフリードが舌打ちをする。COMPをみると俺とジークフリードにデバフがかかっているのがわかった。命中・回避率がガクッと下がっているのである。
激戦になる予感をひしひしと感じながら、俺たちは戦闘態勢に入ったのだった。
はじめ、それは気のせいだと思っていた。だが次第に空間全体を歪ませるような巨大な禍々しい気配が近づいてくるのがわかる。COMPがアラームをたてはじめたことでいよいよ俺たちは敵に増援が来たのかと顔を引き攣らせていた。
リョウメンスクナがふいに止まった。正体不明のそれはいきなり禍々しい濁流のようなマグネタイトの渦となって空間を引き裂き、リョウメンスクナに注ぎ込まれたではないか。今までの戦いのダメージが回復していく。デバフや状態異常までもが回復していく。気づけば戦闘に入る前のリョウメンスクナがそこにいた。
「やはり我々の前に立ちはだかるか、忌々しい人の子よ」
だが発する声はリョウメンスクナではなかった。煌々とひかるマグネタイトの瞳がリョウメンスクナを従えているなにものかがそこで代弁させているのだと知らせていた。
「我は国津神を体現せし者なり」
リョウメンスクナはスクナヒコナとオオクニヌシの習合という側面がある悪魔でもある。つまりこれは正真正銘のあいつからの宣戦布告なのだとうけとった俺はリョウメンスクナを睨みつけた。
スクナヒコナは日本神話に登場する神の一柱。神産巣日神の御子神の一柱であり、その指の間から零れ落ちてしまった神であるとされる。本来ならば天津神だが、後に大国主神と兄弟の契りを結んだことで国津神とされた。大国主神と共に国土を作り固めた後、常世国へと渡ったと言われる。
オオクニヌシは日本神話の国津神。農耕や医療の力を司る。スサノオの課したという難事に打ち克ち、その娘であるスセリヒメと共に出雲に国を築いたことから、出雲建命の祖先にあたるとされ、出雲神話の最も重要な神に位置づけられる。
そのどちらも備えた悪魔の言葉だ、国津神の総意と見ていいだろう。
「貴様らのせいで計画に遅れが生じておる。断じて許すまじ。我々は国を取り戻すのだ、この国はそもそも我々が作り上げた国。民を我らより安寧にしてくれると信じていたから国譲りをしたにすぎぬ。だが主はその判断は間違いだったと教えてくれたのだ。天津神ではこの国をまもれぬ。民を守れぬ。邪魔をするな人の子よ、憎きヘブライ神族を信仰せし異教徒よ。たとえこの世の民が以前変わらぬ愚か者であろうとも、天津神の支配にある以上恭順か虐殺しか道は遺されておらぬのだとしたら、我々国津神が国を取り戻すべきなのだ。安心するがいい、人の子よ。すべては我が常世にて異教徒であろうと我が民として加えてやろう。それが我ができる最期の慈悲なのだから!」
カッとリョウメンスクナの目が見開かれた。気を呑み、ガクッと上半身を折ったリョウメンスクナの目が見開かれ、歯が食いしばられた。直後、首筋から真っ赤な触手が恐ろしい速度で生えてきたかと思うと、暴れ出す。その動きに翻弄されるように見開かれたままのリョウメンスクナの眼光が躍り、肌は青白くなり、右手に大切そうになにかをにぎりしめたままガクガクと震えた。触手は首筋からだけにとどまらず背中から頭から吹き出した。がががががと音を立ててあらゆるところから吹き出した。完全に白目を剥き、眼球が陥没し、ぱたりと倒れた。その体の前にぷかぷかと得体の知れないなにかが浮かんでいた。
けけけけけ
亀の甲羅のような赤くて丸いそれは、甲羅の腹の部分に小さな白い顔があり、黒い目と口があった。4本の短く白い手が生えていた。そのままふわふわと浮き上がる。リョウメンスクナの体から吹き出した赤い触手がまとまり、形を成し、生まれたものだった。
魂が抜けたかのようにリョウメンスクナだったものは転がり、マグネタイトが四散した。赤くて丸いそれは見上げる俺目掛けて飛んできた。目の前に迫り来る。60センチにまで成長したそれはのっぺりとした顔でけけけと笑った。翻弄するように左右に位置を変え、柔らかそうに波打ちながら虚空へと消えてしまったのだった。