ロシア由来の魑魅魍魎を退けた後にはラスプーチンの姿はどこにもなかったことを最後に俺は安倍さんへの報告書は終わっている。
安倍家本邸にて、俺は応接間で安倍さんが学校から帰ってくるのを待っていた。
「国津神が一連の事件の首謀者になるとヤタガラスは思ってるけど、今はがつくんだよな」
腕を組んで伸びをする。
「ラスプーチンの雇い主があいつなのはたしかだ。リョウメンスクナも将来のこの国について話を聞いて今動かなければという使命感から暴走してるように思えた。伽耶さんに取り憑いてるあいつが全部糸を引いてる。国津神と契約するのも時間の問題だ。そうなるとヤタガラスの目が伽耶さんに向きかねない。急がないとなあ」
COMPで検索してみるが俺の世界線だとヒルコは古代日本の礼服を着た男がでてくる。あのときリョウメンスクナから這い出してきた気持ち悪い悪魔では断じて無かった。やはり安倍さんのいうとおり人工的に作られた悪魔なのだとしたらなんのために?というかそもそもラスプーチンがいっていた計画ってなんなんだろうか。
たぶん本格的な調査がヤタガラスから降りてくるだろうから鳴海さんはご愁傷様である。国津神が首謀者だと言えば少しは口が軽くなるのだろうか。そこまではわからない。
「メシア教がなにをしたっていうんだろうか......」
俺の目下の悩みはそれだ。あいつが何を持ってそんなことを国津神側に吹き込んだのかわからない。あいつはなにをしっているんだ?なにをしったからこんな大それた歴史改変なんでしでかそうとしたんだ?そもそもなんで今の時代なんだ?俺たちの時代はそもそも大正は20年もないんだから正史よりだいぶ違う世界線となっているのはたしかだ。なにかがうまくいっているから標的にしたんだろうがさっぱりわからない。
「メシア教っていうのがハルアキの時代のキリスト教だったね」
「あ、安倍さん。おかえりなさい」
「ただいま、ハルアキ。待たせてごめんね。報告書見せてもらっていいかな」
俺は報告書を安倍さんに渡した。
「国津神が首謀者のせんでヤタガラスはライドウに任務を命じる方針のようだよ。この瞬間から計画とやらにかかわる全てが殲滅の対象だね」
「早く動かないといけませんね」
「そうだね。海外の勢力による陽動じゃなくてなによりだ。最悪の事態は免れたよ」
安倍さんはそういいながら使用人がもってきた紅茶に口をつけた。
「国津神があそこまで一新教由来の悪魔たちを目の敵にしているとなると、他の国でも似たような事態になっているのかもしれないね」
「天津神と協力関係にあって国津神が反抗する構図があるみたいな感じですか」
「そこに国同士の争いがかかわってくるとなると、一見すると国同士の争いでもその意思決定に悪魔が食い込んでる可能性は否めないわけだね。まあヤタガラスに所属してる僕らがいえる立場じゃないんだけど。特に一新教はその成り立ちゆえに聖地や霊地が被っている。うーん、これは国際情勢についても目を光らせなくちゃいけないやつかな」
「国津神は天津神がこの国が安寧であるならと国譲りをしたといってましたから......それができないなら話が違う。返せってことですね。ああもう、なにいったんだよ、あいつ......」
ため息はつきない。
「きみは自分のきた時代について話さないようにしてくれているけれど、ここまでくるともう答えは出たようなものだね。きみの友人はそうならないように事態の発生を早めてこの国の存続の可能性をはやめているんだ。派生する世界線が増えればそれだけ可能性は上昇する。あんがいライドウという職務に対して忠実なのかもしれないね」
「......リンさんにあいつは話してたんですよ、なにがなんだか......」
俺は天井を仰ぐしかない。
「ただ......それだけじゃない気がしてなりません」
「どうしてだい?」
「ライドウが人々を守る仕事なら、上司が変わろうとやることはかわらないはずですよね。人が死に絶えたならライドウという仕事は意味をなさなくなりますから。でも、あいつは俺たちの時代に失望して変えようとしてる。国があったころを継続させようとしてる。なんでだろう......」
ふと、脳裏にあいつの言葉がよぎった。
『ひとつだけいえることがあるとすれば、ずっと私は変わりたいと願っていたということだ』
どう変わりたいんだろうか。
『私たちは変わらなければならない。その先に待ち受けるのは衰退への進行だ。私はずっと変わりたいと思っていた。古いしきたりや生まれながら定められた役目を打ち砕けるような革命や変革をずっと夢見てきた』
それはライドウという仕事を放棄してもやりたいことなんだろうか。
『お前は知らないだろう。私たちの世界はどうしようもなく行き詰まっていて、すぐにでも変わらなければどのみち先はない。無謀だろうが無茶だろうが待ち受けるのは破滅が待ち受けるのが同じなら足掻くべきだ』
リンさんにも同じことをいっていたあたり、それが動機なのは間違いないが、いまいち、点と点が線でつながらない。
『いっそ滅びた方がマシなのかもしれないが......その覚悟でもって現状の打破を望むのはいけないことか?革命に憧れるのは、抑圧された人ならば誰しもが抱く夢ではないか?お前はその衝動にかられたことはないのか?』
あいつの主張が正しいなら、じいさんの時代にはもうアメリカ合衆国が天使勢力に牛耳られていて、抗争の果ての大破壊でこの国は滅ぶことになる。
俺は大破壊は第三次世界大戦によるものであり、国津神と天津神が内紛の果てに封印されたせいでこの国を守る者が誰もいなかったせいで滅んだとメシア教から聞いていた。大破壊後に東京から京都に国の中枢こそ移ったが政府官僚や富裕層だけで構成されており、それ以外の人々は切り捨てられてそれをメシア教が全て受け入れ東京で勢力を拡大、地位が逆転してやがて東京あらためカテドラルが中心になったと。
だがあいつがいうことを総合して解釈するなら大破壊から国津神と天津神の内紛、第三次世界大戦による分断工作までぜんぶメシア教が裏で糸を引いていたことになる。カテドラルの中枢を牛耳る上層部も天使勢力ということなんだろうか?そんなばかな、と思いかけて、俺はふとテンプルナイトの同僚の話を思い出した。
センターと他勢力との中立地帯の代表直属の情報屋をセンターが暗殺したのが本当なら、不可侵条約を破ったことになる。センターはほかの地域にすむ人々を切り捨てるつもりだ。消すつもりだ。だからそんなことができるって話だったはずだ。
千年王国の建設を邪魔するルシファー討伐のためにテンプルナイトを集めているといっていたはずだ。俺はなんとなく悪魔やテロ組織の掃討を意味するんだと思っていたがちがうんだろうか。千年王国ってなんだろうか。考えたこともなかった。
どこまでが本当でどこまでが嘘なのか、もうわからなくなってしまっている俺がいた。ただ、なにも知らないという意味で何度も俺を罵声してきたリョウメンスクナの発言を思うに、俺は色々と知らないといけないことがあるのかもしれない。
「ハルアキ」
「え、あ、はい、すいません。なんですか?」
「ひとつだけ覚えておいて欲しいんだけど、いくら高尚な理由があるとはいえ将来人が今を生きる人々の営みとそこから紡がれる歴史に干渉していい理由にはならない。ヤタガラスが討伐命令を出した以上、僕はそちらの方向で動くしかなくなった。たのむから、ヤタガラスにきみのことを密告しなくちゃならない事態だけは避けてくれよ」
「え、あ、し、心配させてごめんなさい!俺が考えてたのは、俺の時代に帰ってからやることがたくさんあるなあって話で!そういうんじゃないです!大丈夫です!」
「ほんとに?」
「はい!」
「まあ、そういうことにしておいてあげるよ」
「ほんとすいません......警官やってる自分が実はとんでもない組織の下っ端やってたんじゃないかってなんか、なんか無性に怖くなってきちゃって......あはは」
「ええとそれは、ヤタガラスの下っ端だと思ってたら、ダークサマナーだった、みたいな?」
「......かもしれなくて、はは......」
「それは......ああうん、話さなくていいよ。なにがあるからわからないからね。そうか、それは大変なことだね」
「はい......」
「その様子だときみの友人の動機というやつにやはりきみは一番近いところにいるんだろうね。その悩みはとても大切なものだと思うよ、ハルアキ。よく考えた方がいい、きっとね」
「はい」
俺はうなずいた。
「あの、聖書ってどこにうってますか?」
「聖書?なんだ、欲しいなら買ってあげるよ。なにかに必要なことなんだね?」
「はい、よく考えたら、俺の時代に帰ったらもう読めないなって気づいたんです」
「そうか。それがきみの悩みの解決の糸口になるなら、今度買いに行こうか。きみ、本屋の場所知らないでしょう」
「ありがとうございます!」