うずまき列島を渡り、ジョウト地方のタンバシティより西へ進んだ先にあるのはシジョウ地方。地図では大半が巨大な陸の孤島とも見れるここでは、この世界に生きる不思議な生き物、ポケットモンスター(通称ポケモン)が数多く生息している。そんなシジョウ南西部の某村で、ビニール袋を提げた少女が重い足取りで帰路に付いていた。
夕暮れの中で独りだけ歩いているこの少女の名は
理由は簡単。学校で彼女は虐めに遭っているからだ。千景の両親は互いの親族の反対を押し切って恋愛結婚したそうだが、彼女の父親はまるで子どもがそのまま大人に成長したような人物で、責任能力というものを持っていなかった。いつだって家族のことなどお構いなしのまま、自分のしたいことを優先して好き勝手に生きている、そんな人物だった。
そんな父親に耐えかねて母親は当時不倫していた男と一緒に家を出て遠い地方へ向かった。散々揉めた末に千景は押し付けられるように父と暮らすようになった。
両親の醜聞はあっという間に村中に広がり、郡親子は村八分を受けるようになった。当然大人がやっていることを子どもも真似するので、千景は大人たちから煙たがられるように自分と同世代の子どもたちからも酷い扱いを受けるようになった。
こんな小さな村でも一人の少女からすれば、それが自分にとっての世界だった。ここから出ようにも一人の力で出られるものではないし、父も面倒くさいのか、特に引っ越しをしようとはしない。結果、千景は誰とも接することが無くなった。
「ただいま……」
家に着いて古びた引き戸から玄関に入っても、返ってくるのは何かを叩く音だけだった。そういえば父は新しくテレビを買ったとか言っていたような気がするが、それが今日届いたのだろう。居間の方を覗いてみると苛立った様子でテレビを一人で持ち上げている父の姿があった。
「千景、帰ってきたのか。なら少しこれを繋げるのに手伝ってくれ」
「……分かった」
こちらを見向きもしないままそう言う父に千景は今更何も感じない。長いこと親子仲が冷え込んでいる二人は家にいても殆ど会話を交わすことはない。精々用事の確認や頼み事くらいのものだ。
テレビを接続するのを手伝い終えると千景はすぐ自分の部屋へ退散した。仕事が帰ってきた後の父は決まって、仕事終わりの晩酌を始めてテレビのワイドショーやバラエティ番組を観始める。だらしなく酒に酔ってゲラゲラ笑う父親と同じ空間にいても息が詰まるだけだ。
自室に戻った千景はバッグからゲーム機を取り出した。ゲームは千景にとってほぼ唯一の娯楽である。こうしてゲームをプレイしていると他のことについて考える必要がない、というわけではないが、多少なりには気が紛らわすことが出来る。
こうしていれば学校であったことも忘れられる。自分を嘲笑する同級生たちの声も忘れられる。自分をまるで疫病神みたいに見る大人たちの視線も忘れられる……
ほら見てよ。またアイツ来てる
どっか消えてくんねぇかな
あの家の娘だから
「あ……」
いまいち集中しきれていなかったからか、画面にはゲームオーバーの文字が表示されていた。いつの間にかやられてしまっていたらしい。またやり直しかと思いつつ、ゲームを続行しようとすると千景の腹の虫が小さく鳴った。外を見ればもう日は落ちていて、星の光も見えるようになっていた。
「そろそろ食べよう……」
冷え切った弁当をさっさと食べようとビニール袋の中に手を入れると、少しツルツルした球状の物体に手が触れた。それが何なのかを知っている千景は迷惑そうにその物体を取り出してみた。
出てきたのは大きめのゴルフボール程の大きさをした、上下紅白のカプセル。二つの色の境目にはカプセルが開くためのボタンのようなスイッチが一つある。
そのカプセルの名はモンスターボール、ポケモンを捕獲するための道具である。この世界に生きている人間であれば誰もが一度は目にしたことのあるアイテムだ。
試しにカチッとスイッチを押した。カプセルはそれまでのサイズからソフトボール並までに拡張した後に開いた。しかし当然中には何も入っていないため、
「弁当と一緒にまたこんなものを入れるなんて……」
それを見て、千景はため息を吐く。これを入れた犯人に彼女は心当たりがあった。村の入り口にあるバス停留所の近くで最近出来たショップの店主だ。少なくとも自分はこんなものを買った覚えがないので、大方店主が売れ残ったボールをサービスか何かで入れたのだろう。
郡家は村の嫌われ者なので、商店街やスーパーで買い物していると皆から白い目で見られてしまう。だがこの店は村から遠く、他所から来た人間が一人でやっているので、余所者に対して警戒心が強いこの村の住人は寄ってこない。
そのため、ここに顔を出す人間は結果的に目新しさに惹かれてやってきた物好き、隣町での仕事から帰ってきた男たち、そして千景と同じように、他の村民と顔を会わせたくない者に絞られる。
父の帰りがほぼ毎日遅い千景はよくここで彼から渡された小遣いで夕飯を買っている。そうして通っている内に顔を覚えられたのか、時々こんな風にモンスターボールを袋の中に忍ばされるようになったのだ。
「まさかこれでポケモンを捕まえろ、とでも言っているつもりなのかしら……馬鹿馬鹿しい……」
好かれるような理由を何一つ持っていない自分がそんなことしたって無駄だと言うのに。そう呟きながら千景はボールを机の引き出しに入れて夕飯を済ませ、ゲームのプレイを再開した。
この世界では10歳頃になると、ある程度大人の仲間として認められて、自分のポケモンを所持して旅に出る資格が得られる。その時に普通の家の子どもであれば誰もが親や研究機関などから最初のポケモンを貰うのだが、千景はそれが出来なかった。
千景の村は山と森に囲まれていて田んぼや畑しかない文字通りの田舎で、初心者トレーナーにポケモンをあげる研究機関も近くにはない。そのため、必然的に親などを頼りに最初のポケモンを貰う必要がある。
しかし、いつも自分本位な父が自分のためにポケモンなんて世話の掛かるものをあげたり、ましてや自分の時間と体力を費やしてまで娘のためにポケモンをゲットしようなんてするはずがない。去年の今頃、10歳の誕生日にダメ元で頼んだ際に父が、「ポケモン? その辺で適当に捕まえればいいじゃないか」と宣ったことも記憶に新しい。
因みに彼もポケモンを持っていない。世話に使える時間がない上に面倒だから、だそうだ。
「それに……考えてみれば、私と一緒になったところできっとそのポケモンが不幸になるだけだわ……」
そう考えている内に千景は自分からポケモンを求めなくなった。しばらくすると居間から父の声が聞こえてきた。
「クソッ! 何でさっきから勝手に番組がコロコロ変わるんだ、このテレビ!? 今良いところだったのに!」
時間が経つにつれて徐々に声を荒げていく父。どうやら買ったテレビが故障品だったらしい。元々前のテレビが壊れたから新しく買い直したのに、この始末だから怒る気持ちも分からなくもないが、それを直そうとバンバン叩きながら吐く罵声は聞くに堪えなかった。
五月蠅く感じた千景はイヤホンを取り出してゲーム機に繋いだ。それでもノイズのように少なからず罵声が耳に割り込んできて、千景の心の憂鬱は増していく。
「……もう寝よ」
すっかりゲームする気を無くした千景は父に見つからないように風呂場へ行き、寝る準備をしてそのまま布団の中へダイブした。髪を乾かした後に居間をすれ違った時、上機嫌に笑いながらお笑い番組を見ている父の姿が見えたので、恐らくテレビの件は解決したのだろう。千景は眠りについた。
翌日、学校に来た千景は自分の教室に向かっていた。扉を開けて入ると、他の同級生たちの周りがざわざわしているようだった。
「ねぇ聞いた? ○○ちゃん、今日学校来てないんだって」
「どうしたんだろ? 昨日風邪っぽくなかったのに」
「なんか聞いた話だと夜に外で倒れてたらしいよ。貧血かな?」
三人の女子が千景の席の前で談話していた。噂に上がった名前の持ち主を千景は知らない。恐らく隣のクラスの誰かだろう。最も千景にとっては特に関係のない話だが。
「えぇっ。でも○○ちゃんって、別に身体が弱いとかそんなことないんでしょ?」
「そうなのよね。なんか不気味」
「あの……」
「何よ、ってげッ。郡さん……」
千景に話しかけられると女子たちは一斉にして嫌な目つきで彼女を睨んできた。もう慣れてしまった千景は怯むことなく、退くように頼んだ。
「そこ、私の席だから……」
「あーはいはいどうぞ。皆あっち行こ」
女子グループは明らかに不快な様子をしながらも立ち去っていった。席に画鋲などがないかを確認した後、千景は腰を掛けてゲーム機を取り出した。プレイするのはポケモンを乗り物にしたレースゲーム。いつもの気軽な暇つぶしだ。
「……あら?」
そう、『いつもなら』。どういうわけだか分からないが、
このゲームの仕様といえば簡単な話だが、それが違うということを何度もプレイしてきた千景が一番よく知っている。何よりプログラムが動かしているにしてはユニットの操作やアイテムを使用するタイミングが絶妙すぎる。まるで人間が操作しているようだ。
(今は学校にいるから、ネットには繋げてないはずよね……?)
変だとは思ったが、千景もゲーマー。このまま負けるのは嫌だ。色んなテクニックや近道の知識を駆使して何とかそのCPに勝つことに成功した。久しぶりに手応えのある相手と勝負出来て、千景も少し気分が晴れた。
朝のHRのために担任が教室に入ってくるのを見て、千景は急いでゲームを中断してバッグの中にゲーム機を仕舞った。朝の挨拶を終えると担任が教壇の前で話を始めた。
「皆さん。昨日の職員会議で話し合った結果、今日から皆にはいつもよりも早めに帰ってもらうことにしました」
『おおっ!!』
その発表を聞いて生徒たちの何人かが歓声を上げる。そんな彼らに静粛を呼び掛けた後、担任は話を続けた。
「あまり良いことばかりではありませんよ。今日から一週間、皆には学校が終わったらすぐに帰ってもらいます。外で遊んでいたらすぐに先生たちが家へ送るから覚悟するように」
『え~~~~!!!』
今度は先の歓声と同じくらい、いやそれ以上のブーイングが返ってきた。別に家にいることが嫌いというわけではないが、まさか学校に監視されるような扱いを受けるのは心外だったようだ。
「どうしてですか、先生? 私たちが何かしたんですか?」
「……ここ最近、村の子どもたちが外で倒れていることについては皆さん知っていますか?」
「そんなに被害者がいるんですか?」
「はい。今月に入ってからもう13人目。倒れた子たちはここ何日も寝込んでいるそうです」
聞いた話によるとここ最近、生徒たちが意識不明になる事件が多発しているらしい。特に多くの場合は学校の備品などを仕舞っている倉庫の周りで発見されているそうだ。皆共通して身体の麻痺に酷い低体温症と同じ症状を患い、家や隣街の病院で療養しているらしい。
「どうしてそんなことがあったんですか?」
「原因はまだ分かっていませんが、実は他の子たちが倒れるのと同じ時期に怪しげなポケモンが村の近くで出現するようになったそうです。それで目撃情報などから調べていくうちにこのポケモンが原因かもしれないと先生たちの間で話題になっています」
今そのプリントを渡します、と言って担任は生徒たちにプリントを回していった。一番前の列の席にいる千景は自分の分を取って後ろへ回した後に内容を見る。プリントには何個かの注意書きと件のポケモンのカラー画像が乗っていた。顔の横に鎌の刃のように曲がった角を持つ、白い毛並みのポケモンだ。
「先生、このポケモンは?」
「災いポケモン、アブソルです。普段は山の奥深くに住んでいて滅多に人里には現れないそうですが、現れたときは厄介なことに災いを起こすと呼ばれているポケモンです」
「災い?」
「地震や嵐みたいな悪いものということです」
「へ~」
「先生。ポケモンが犯人なら問題ないッスよ。そんなヤツ、俺のマッスグマで倒してやる!」
「それがそのポケモン、かなり強いようで。倒れていた子たちの中にも皆ポケモンを持っていましたが、全員倒されていたそうなんです」
「そ、そんなに強いンスか……」
多くの者たちが担任からポケモンの話を聞いている中、何人かの女子はひそひそとやり取りをする。
「何だか郡さんみたいなポケモンだね」
「それ分かる~。疫病神って感じだもん」
「いっそ厄介者同士でよろしくやっていたら良いのに」
「ねえ~」
「コラそこ! 先生の話は終わってないわよ!」
『は~い』
面倒くさそうに注意する担任や自分に視線を向ける同級生たちを他所に、千景はポケモン、アブソルの画像に注目していた。このポケモンは人間からかなり嫌われていることは担任の話を聞いていても理解できることだった。
(存在するだけで災害を起こせるポケモンなんて、本当にいるのかしら?)
確かに数年前、ここから近いホウエン地方を中心に豪雨と日照りが発生して大変なことになっていた。その原因が正体不明のポケモンだと言われていたが、本当はどうなのかを多くの人は知らない。
しかし、よくて大型犬くらいの大きさしかなさそうなこのポケモンがそんな超常現象を引き起こせるとは思えない。言ってしまうなら先生の話は『胡散臭い』の一言である。
(もし犯人じゃないとしたら……可哀想ね……)
自分が何かしたというわけでもないのに、勝手に悪者扱いされて、人から疎まれる。千景はそれを他人事とは思えなかった。
「そういうわけで、このポケモンが捕獲されるまで、もしくは一週間見かけられなくなるまで皆さんは家へ速やかに帰って、家から出ないでください。良いわね?」
『は~い』
担任がそういってHRを締めると、いつもの学校の時間が始まる。詰まらなく、苦しく、辛い時間の始まりだ。それが終わると昼食、そして昼休みの時間になる。他の誰かにちょっかいを出される前に千景はバッグを持って、今は使われていない空き教室の方へ急いだ。
ここは殆ど人が来ないこともあって隠れ家としては一級品なのである。昨日予めに買った弁当を手短に済ませて、再びゲームのスイッチを入れた。今度は格闘ゲームだ。千景は自分のキャラを選択して次にCPのキャラを選ぼうとした。
「……え?」
しかし、いくらジョイスティックを動かして相手のキャラを選ぼうとしても、そのためのアイコンが全く動かない。それどころかアイコンは勝手に動いて自分のキャラを選択し、ゲームを進めてしまった。
「な、何よこれ!?」
あまりの出来事に混乱した千景は思わずゲーム機を落としてしまう。するとゲーム機は驚くことに跳ねながら自分の方へ近づいてきた。
自律移動可能なゲーム機。言葉にすれば可笑しさのあまり科学の力ってすげー! と叫びそうなものだが、現実、千景にとって目の前の光景はそうとしか表現のしようがなかった。
自分の愛機がおかしくなって警戒している千景に対して、ゲーム機は彼女の手元に収まるように跳びこんだ。恐る恐ると画面を見てみる。そこでは既にゲームが始まっており、相手のキャラは執拗に煽りコマンドを使っていた。
色々と理解できないことはあるが、取り合えず今言えることは一つ。
「……勝負がしたいってこと? 私と?」
言葉を理解できるのか、相手のキャラクターが攻撃してきた。それに反応して千景は即座にガードする。大したダメージではないが、それでも千景のキャラのHPが減ってしまった。とどのつまり、相手の答えはイエスだろう。
「……目が合ったら勝負とはよく聞くけど、良いわ。やってあげる」
この場合は画面合わせではあるが、謎のプレイヤーに勝負を仕掛けられた千景はゲーマー魂に火が点き、昼休みが終わるまで何度も勝負を続けた。最終的には全勝したが、それでもかなり惜しいところまで持っていかれたり、何ラウンドか取られたりと、相手もかなり強かった。
(結局ゲームしただけだったわね……)
教室に戻って授業を受けている間に千景は先の異変について考えていた。初めは危険なものかと思ったが、存外そんなことはなく、ただ遊んだだけで終わった。強いて困ったことといえば何度電源を切っても勝手にまた点いて同じゲームをやろうと強請ってきたことくらいか。
それも授業があるから後にしてくれと頼んだら、漸く承諾してくれたのか、電源はそれ以降点くことはなかった。
(……ちょっと楽しかった)
歯応えのある相手だったからというのもあるが、言葉を使わずとも何度も自分に勝負を申し込んでくる様子がどこか可愛らしく思った。何だか友達と遊んでいる気分だった。
そんなことを考えながらあっという間に授業は終わり、帰宅時間がやってくる。千景も荷物を持って出ていき、真っすぐ学校から出ていった。今日は父が仕事で遅いから家に戻っても誰もいない。だから晩御飯を買いに行く必要があるのだ。
(あんな話を聞いた後だし、早く行こう……)
よく自分にちょっかいを出してくる女子グループに捕まる前に千景は学校を後にした。その時に彼女は、学校の陰から外へ出ていく自分を見る二つの眼に気づくことはなかった。
朝に父から渡された食事代を持って、千景は村外れのショップにたどり着く。そこでは頭にバンダナを巻いた髭の偉丈夫が居座っていた。ここの店主である。今晩の夕食と明日の食料をカゴに入れると、千景はカウンターに向かった。
「これ、お願いします」
「1400円ね」
「はい」
「まいどあり」
「ありがとうございます」
渡された袋の中身を覗き見る。また頼んでもいないのにモンスターボールが入っている。千景はそれを取り出すとそれをカウンターに乗せた。
「これ、買ってないんですけど……」
「客の皆への期間限定サービスだ」
「要りません」
代金も払っていないものを受け取れないと千景はボールを返そうとするが、店主はそっぽを向きつつも語った。
「いやな。最近物騒なポケモンが歩き回っているだろう? 護身に一個くらい持っとけ」
「モンスターボールで護身だなんて……」
確かにボールがあればポケモンを捕まえることは可能だ。しかし、捕獲するということは野生のポケモンと戦うということでもある。そのためには先ず、自分のポケモンを持っていないといけないが、生憎千景はそんなものはない。それでは意味がないのではという千景の考えを否定するように店主は言った。
「それでもボールがあるのとないのとじゃあ話が違う。特にポケモンを持っていない奴にとってはな」
「どうして?」
「ポケモンを持っていない人間じゃよっぽどな限り、野生のポケモンには勝てない。だから見つかった時は相手から逃げ切るか捕獲するかの二択しかないんだ。それなのに捕まえるためのボールすらなかったらそれこそもうどうしようもないぜ?」
それは確かに一理あるが、何故それで自分にこんなものを渡す理由になるのだろう。そう聞いてみたら
「だって嬢ちゃん、ポケモンを持ってないだろ?」
「そうですが……」
「お前は安全を確保できる手段が出来て、俺も古くなった商品を減らせる。Win-Winの関係って奴じゃねぇか」
「それ、貴方しか得していないじゃないですか……」
「とにかく良いんだよ。ちょいと古いがちゃ~んと使えるし、他所じゃあサービスでボールをやってるところもあるんだ。それにボールが一個二個減ったところで誰も気にしないよ。他の奴にも渡してるしな」
とにかく持っていきなと言う店主の勢いに負けた結果、千景はそのままモンスターボールを持参して帰っていった。彼女は今のところ、貰ったボールを一個も捨てていない。貰い物を捨てるのが勿体ないというのもあるが、それは彼女の心がどこかで希望に縋っているからでもあるからだ。
もし。もしこんな自分にもポケモンがあったら。他の同級生たち(主に男子)のようにあんな家から出て、より広い世界に行って、そして自分を本当に大事にしてくれる誰かに会いたい。蔑まれて、傷つけられる苦しみから逃れたい。
でも同時に考えてしまう。ここから出たところで何も変わらないと。それどころかもっと酷い目に遭うのではないかと。もっと傷ついてしまうのではないかと。ここで耐えて生活すればそういう目には遭わないと。
千景は貰ったボールを見つめる。このボールにはこれまでのものと同じように、空っぽで何もない。まるで空虚で価値がないと言われてきた自分と同じように。それでも、もし自分があと一押し前に進めば、何かが収まった蕾になれるだろう。
その時、果たしてこのボールにいつ、何が入るのだろうか。そう考えながら千景はボールをポケットに仕舞うと自宅へと向かっていった。
初めての方は初めまして。そうでない方はこんにちは。勝石です。
今回はポケモン×勇者であるシリーズのクロスオーバーとなります。本作は筆者の止まらぬ妄想から生まれたため、勢いとノリに任せたところもありますが、それを含めてよろしくお願いします。