よろしくお願いします!
大正時代の日本。
「ハァーッ……ハァーッ……!!クッ……」
草木も眠る丑三つ時に、一人の男が草原を駆けていた。
いや、男は男でも、人間ではない。超人的な身体能力を持ち、人を喰らいその力を得る。
そう、男は鬼であった。
「ハァッハァッハァッ……なんなんだあの男は!」
その鬼が逃げていた。何かに恐怖するように。何かから必死で逃れようとしていた。
「あの噂は本当だったのか!クソッ!」
最近、鬼の間でとある噂が流れていた。
曰く、鬼舞辻無惨の直属の配下である十二鬼月ですら、その者を避ける。
曰く、その者の攻撃は、かすり傷だけでも死ぬ。
曰く、その者に会ったなら最後、殺されるしかない。
鬼は噂を信じていなかった。十二鬼月が避ける?かすり傷でも死ぬ?ありえない。そう思っていた。
今日その者に会うまでは。
「クソッ……俺は十二鬼月になるまで死ねない!死んでたまるか!」
男は罪人であった。盗み、殺し、強姦。生きるために、何でもやった。
しかし、男は捕まった。不運にも、殺そうとした相手が警察だった。
本来ならその男は死刑になるはずだったのだが、幸運にも、鬼舞辻無惨によって、鬼に変えられ、生き延びた。
自分を助けてくれた主のため、人間の時以上に人を殺し、そして食った。
鬼は幸運にも、自分に向けられた鬼殺隊の刺客を幾度となく退けることができた。
しかし、鬼にとっての幸運はここまでだった。
それ以上の不運が今日、襲ってきたからだ。
「ほう。人を殺し喰らってきたものが死にたくないとのたまうか」
声が聞こえた。
死を告げる絶望の声が。
思わず足が止まった。
鬼は恐る恐る後ろを振り向く。
そこには、一人の少年が立っていた。年は十六ほどか。黒髪黒目で、鬼殺隊の上に、見たこともない服を着ていて、腰に一本の刀を差している。少し今までの隊員とは外見が違うが、それだけではただの鬼殺隊員だ。なぜ鬼がそこまで怖がるのかわからないかもしれない。
しかし鬼は少年と会った時に悟った。
自分の死を。
「まあよくもそこまで逃げたものだが、その程度で俺を撒けると思ったか?」
声が近づく。脂汗がにじむ。鬼の頭に今までの一生が駆け巡った。
貧しく生きるためなら何でもやった人間の頃。人を殺し、喰らい続けた鬼の頃。
「グ……グアアアアアアアアアッッ!!!!!」
鬼は爪を鋭くし、男に襲いかかった。同時に、血鬼術を発動する。
「血鬼術――<
その血鬼術は、日常に転がる運を貯め、ここぞというときにその運を解放する。
鬼が今まで何回も鬼殺隊隊員を退けてきたのは、この力のおかげである。
運が良ければ、攻撃も当たらなく、逆にこちらの攻撃がよく効くようになる。
「アアアアアアアアアアアッ!」
鬼の爪が今までで一番疾い速度で少年へと向かう。すべての運をこの手に凝縮する。
当たっていれば、柱ですらも致命的な傷を負うであろう一撃。
「殺してやるううううううう!」
しかし、幾万の奇跡と、幾億の幸運を積み重ねようとも、この男の前では何の意味も存在しなかった。
「
少年の右腕が刀の柄にかかる。
時間が、ひどくゆっくりと流れていた。
「――<
一閃。鬼の首と胴体が別れ、体が崩れ落ちた。少年は目に言えぬ速度で鬼の首を斬ったのだ。それにより、鬼の首と胴体が永遠の別れを告げた。
「き……さま……の……名前……は……」
地面が目の前に近づいてくるのを感じながら、鬼は最後の力を振り絞り、自分の首を斬った少年に問いかける。
瞬間、目の前が真っ黒に染まった。闇ではない。炎だ。黒い炎が自分の首を、いや体をも燃やしている。
熱くはない。熱いという尺度を超え、ただ黒炎が自分を燃やしている。
すべてが燃え、自分の何もかもが灰燼に代わるその瞬間、声が聞こえた。
「俺の名をとくとその頭蓋に刻め。俺が魔王――アノス・ヴォルディゴードだ」
滅の呼吸はオリジナル呼吸です。