御館様がアノスさんに投げかけた質問の意味を、私は一瞬理解しかねた。
なぜなら、意味がわからないから。
確かにアノスさんは強い。上弦の弐を素手で圧倒するほどに。
ただ、アノスさんから見て、彼らが強いかどうかというのは聞いてこなかった。
なぜなら、たとえ圧倒されたとしても、私たちからすれば上弦の弐というのはとても強い存在。だから、アノスさんから見ても強い存在だと思っていた。
いや、そう思わざるを得なかった。
あの時、アノスさんが上弦の弐を圧倒していた時、私は驚きとともに出てきたもう一つの感情を自覚していた。
それは、嫉妬。
私があれほど強ければ、私の目標である「鬼と仲良くする」という目標もすぐに達成できたのではないか。そんな思いが私の胸の中によぎった。
だから、私は上弦の壱や弐が強いと思い込むことで、その嫉妬を抑え込んでいた。
そうやって、現実から目をそらし続けてきた。
なのに、
「弱かったな。俺からしてみればそこらへんにいる雑魚とあまり変わらなかった」
アノスさんは私の思い込みを一瞬で吹き飛ばした。
私の頭が真っ白になる。
そんな様子を知ってか知らずか、アノスさんは更に続けた。
「俺がいた世界では、あの程度など売るほどいた。先ほど俺の世界では魔法が使えるといっただろう。人間も魔法を使えるのだ。たとえ腕を切り落とされようとも治癒の魔法を使えばすぐ直る。死んでも蘇生の魔法を使えば蘇る。鬼と大して変わりはない」
この説明を聞いた時、私だけではなく柱の皆さんも絶句していた。
売るほどいる?私が頑張っても傷一つ付けられない相手が?
鬼と大して変わりはない?人間は傷ついてもすぐには治らないというのに?
私は、なにか勘違いをしていたのかもしれない。
彼は、鬼とはまるで次元の違う存在だと。仲良くなるならないの話ではない。
それを悟るのと同時に、どうしようもない怒りが私の中からこみ上げてきた。
「ふっざけんじゃねえぞテメェ……。あれが雑魚だと!?俺たちが、俺たちよりも前の柱が挑んで殺された上弦を、雑魚だって言うのかァ!?」
不死川さんも怒っている。ほかの柱たちもアノスさんに敵意を持って睨んでいる。当然だ。鬼殺隊の柱たちが敗れた上弦の鬼たちを雑魚だと呼ばれてうれしいはずがない。
「それと、人間と鬼が大して変わりがねえだと!?あんな存在と俺たちを一緒にするんじゃねえ!」
「別に貴様らと鬼を一緒にしているわけではない。俺の世界の人間と鬼が大して変わりがないと言っているだけだ」
アノスさんがそう弁解のようなことを口にする。
「……ざ、けないでください……」
怒りが私の口から漏れ出る。頭ではダメと分かっていながらも、口は止まらない。
「ふざけないでくださいっ!」
私はアノスさんをキッと睨む。嫉妬が、怒りが、それ以外の感情がぐちゃぐちゃになって私の口からあふれ出る。
「雑魚……?ああ、確かにあなたからすれば雑魚かもしれませんね!だけど、みんながみんなあなたのような力を持っているわけではないんですよ!」
私たちが何のために命を懸けているのか、何のために戦っているのか。
それも全て、彼にとっては児戯に過ぎない。どうせ治ってしまうから。
こんなことを言ったところで彼に届くはずがないとわかっている。
視界がゆがむ。涙がこぼれる。だけど、言葉は次々と私の口から出てくる。
「あなたみたいな強さを持っていれば……私の夢は叶ったかもしれないのに……!!!どうして!どうしてあなたはそんなに強いのですかっ!!!!!!」
ほかの柱たちはみんな驚いていた。いつも温厚な私がここまで自分の感情を出したことに驚いているのだろう。
だけど、叫ばずにはいられなかった。恨みを吐かずにはいられなかった。
死んだ仲間を、親を思うと叫ばずにはいられなかった。
「今、ハッキリと分かりました……。あなたはこの世界の存在ではない!」
ハァハァと息を吐く。叫びすぎたせいか、傷ついた肺が鋭く痛んだ。
「強い……か……」
アノスさんが呟く。
「確かに、お前たちから見れば俺は強いのかもしれぬ」
アノスさんは、その黒い瞳に悲しさを滲ませながら、こう言った。
「しかし、俺は一度たりとて自分が強いとは思ったことがなかった」
魔王学院の大正コソコソ噂話
アノス様は今は人間だけど、魔族の時と同じように、心臓を潰されても首チョンパされても死なないぞ!