理滅の刃   作:瓢さん。

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カナエさん視点です。


とある世界の、とある魔王の物語

 何を言っているのか、わからなかった。今、上弦を雑魚呼ばわりしたのに、なぜそう自分を卑下するのだろうか。

 

 私はそう思わない。

 

 いや、思わないわけがない。彼の力を目の当たりにして、そんな思考など頭の中には存在しない。

 

 彼は自分の力を理解していないのだろうか?

 

 怒りが再び込み上げ、私は再び嫉妬の言葉を吐き出そうとした。

 

 

「俺の世界の話をしよう」

 

 

 しかし、その声を聞いた時、私、いや私たちは黙ってしまった。

 

 アノスさんの声が、今まで私が聞いたことがないくらいどうしようもない悲しみに満ち溢れていたから。

 

 そうして、彼は話し始めた。秘められし、彼の過去を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「二千年前、俺の世界では魔族と人間、精霊、神々が殺し合っていた」

 

 

 彼の声が、産屋敷邸に響く。

 

 

 「原因は今となってはわからない。しかし、きっかけは些細なことだったのだろう。どちらかが、どちらかを殺した。そして、殺された方は復讐をしたのだ。後はもうその繰り返しだ。殺されたから復讐し、復讐されたから殺す。憎しみは両種族の間で際限なく積み重なっていった」

 

 

 空気が静まり返る中、妙にアノスさんの声が耳を打つ。

 

 

 

「先ほど言ったとおり、俺たちは傷も魔法で治し死すらもなかったことにする。しかし、俺の世界では根源――お前たちの世界では魂と呼んでいるものだ――を殺す、つまり滅ぼすことができる。たとえ不老不死だとしても根源を殺されたのなら蘇ることも、輪廻転生し、生まれ変わることもない。たどり着くのは何もない『無』そのものだ」

 

 

 それを聞いた時、私たちは愕然とした。

 

 鬼殺隊はあくまでも鬼を「殺す」組織。私は死んでいった鬼に来世では幸せになってほしいと思ったことが何回かあった。

 

 しかし、彼の世界ではその来世をも殺さなければならない。輪廻転生をすることはない。

 

 

「魔族と人間はなぜ殺し合いをしていたのか。それは友のためであり、子のためであり、親のためであり、仲間のためだであった。唯一、確かだったのは、守るために剣をとったということ。しかし、その剣は敵を斬る度に血塗られていった。守るために、幾人もの命を葬ったその剣は、いつしか自らの大切な者さえ傷つける呪いを帯びていた」

 

 

 大切なものを護るために、相手を殺す。殺さなければ、殺されるから。

 

 それは、鬼を殺す私たちと何も変わりがなかった。

 

 ただひとつ、違うとすれば――、それがどちらか一方ではなく、お互いにそう思っていたということ。

 

 

「その刃で敵を討てば、必ずその報いを受けた。気づかぬ内に魔族も人間も、あらゆる者が、互いに呪いの剣を携え、悉くを戦火に飲み込み、なにもかもを斬り裂いていった。あの時の世界は、希望などとうの昔に潰え、巨大な拷問部屋となり果ててしまっていた。一切の光は当たらず、阿鼻叫喚だけが木霊する。あれはまさしく―――この世の地獄だった」

 

 

 私たちも鬼殺隊として活動するので仲間の死を見たことは何回もある。昨日まで同じ釜の飯を食べていた仲間が今はただの肉の塊になっている。そんなことはざら。

 

 それで精神を病み、鬼殺隊を抜けることになった人を私たちは何人も知っている。

 

 しかし彼は、私たちが体験したそれの何十倍、いや何百倍もの地獄を体験していた。

 

 死ぬなんて日常茶飯事。滅ぼされなかっただけでも運が良かった。そうやって毎日を生きていく。

 

 そんな世界、想像すらしたくもない。それに比べれば、私たちのいる世界など、どれほど楽か。

 

 気が付けば、先ほどまで怒っていた不死川さんでさえも、今は黙って話を聞いていた。

 

 いや、不死川さんだけじゃない。柱のみんなが、御館様が、みんなが黙って彼の話を聞いている。

 

 

「この世界でもそうであるように、人間はそもそもが弱い。しかし、なぜそのような種族が人間をはるかに超越する能力を持つ魔族と張り合えることができたのか?理由は二つある。一つは、魔族同士もまた争っていたからだ。我こそが国を支配するに相応しいと魔族たちは互いに争いながら、力を示し、領土拡大のために、人間界の侵略を行う者もいた」

 

 

 つまり、常に内輪揉めをしながら敵と戦っているということ。それも、常に仲間を敵と認識し、殺し合っている。

 

 逆にそれでよく戦争で優位に立ち続けたなあと私は思う。

 

 鬼殺隊は「鬼を殺す」という目的のもとに活動している。少しばかり諍いはあるものの、そこまで大きな事案に膨れ上がったことなど聞いたことがない。

 

 

「そして二つ目は――人間が、神や精霊と手を組んでいたことだ」

 

 

「「「「「「「!?」」」」」」」

 

 

 人間が、神と手を組む。

 

 先日、彼が言っていたように、この世界の神と、彼の世界の神は異なると言っていたけど、それでも神と呼ばれる存在に変わりはない。

 

 全知全能にして、この世の理を統べる、この世界を創造した唯一無二の存在。

 

 それが、人間と手を組んだというのだから驚愕の他ない。

 

 

「国の中でも外でも、常に戦火が放たれ、まとまらない魔族は、一致団結した人間たちの侵攻に、独力での対処を余儀なくされた。彼らが互いに争い続けるからこそ、人間たちと魔族の戦力は、均衡を保っていた。人間なんて、取るに足らない種族。魔族たちが、そう人間を侮っている間に、勝敗を決しようという思惑が人間にはあった」

 

 

 むしろ神などの協力者までを得てようやく互角って、魔族ってどれだけ強いのかという話にもなるのだけど……。

 

 

「そんな中、俺は生まれた」

 

 

 そして、これはまだアノスさんが生まれていなかった時の話に過ぎない。

 

 今までの話は言わば序章。本当の話はここからなのだ。

 

 

「父は生きているのかすら不明。母は俺を生む前に死んだ。死体から生れ落ちる気分は、なかなかどうして最悪だった」

 

 

「ひっ……」

 

 

 彼はその時のことを思い出したのか、吐き捨てるように言った。

 

 喉の奥から悲鳴が少し漏れ出た。咄嗟に口をおさえ、溢れ出る悲鳴を必死でこらえる。ダメ。悲鳴を出してはいけない。

 

 他の柱も、信じられないような目で彼を見ていた。その目は、まるで自分とは全く違う、異質なものを見る、そんな感じの視線だった。

 

 私も、同じ視線を彼に向けていたのだと思う。

 

 唯一、向ける視線が変わらないのは、御館様とその御子息だった。

 

 その身に集まる視線を感じていながらも、彼は淡々と続ける。

 

 

「当時は、弱い者はいつどんな理不尽に襲われ、殺されても不思議ではない。それが赤子だろうが敵ならば殺す。そんな時代だった。運良く生き延び、成長した俺は、俺のようなものが二度と現れぬよう、戦争を終わらせ、平和を手に入れる。そう自らに誓った」

 

 

 戦争を終わらせ、平和を手に入れる。言葉にすると簡単なように思えるけど、国同士の戦争を終わらせることなんて、難しいなんてものじゃない。

 

 それは、この世界での歴史も証明している。

 

 一方が勝てば確かに戦争は終わるかもしれないけれど、それは平和とは言い難い。

 

 しかも、戦争を終わらせるにはまず魔族を統一させる必要がある。言うは易し、だけどそれを実行するには念入りな下準備と魔族たちを従えるほどの実力が必要。

 

 魔界の統一と人間たちとの戦争の終結。両方を並行して行うなど、不可能に近いものだったと思う。

 

 ゆっくりと、しかし着実にアノスさんは自分の理想に向けて進み始めた。

 

 

「俺は我が道をひた進んだ。気に入らぬ魔族を倒し、襲ってくる人間を退けては、己の意を通し続けた」

 

 

 時間が経ち、舞台はアノスさんが成長した数十年後へと移り変わる。

 

 

「俺に惹かれた者は分け隔てなく全て配下にし、俺に反逆した者はすべてを奪われた。守る者が増えるにつれ、俺はさらに多くの魔族や人間を滅ぼしていく。気が付けば、俺は暴虐の魔王と恐れられ、魔界中に名が知れ渡る存在となっていた。だが、それでよかった。悪名が轟けば、敵対する者は減り、配下を守れるからな」

 

 

 暴虐の魔王。

 

 その悪逆非道の二つ名とは裏腹に、彼は平和を、そして配下や世界を愛するとても善い人だった。

 

 暴虐の魔王と呼ばれたその後も、彼らは魔族と、人間と、神と戦い続けた。おそらく、気の遠くなるほど、ずっと。

 

 しかし、彼の目的は戦争を終わらせること。お互いの憎しみは積み重なったまま。どうやって戦争を終わらせたのか。

 

 

「戦争を終わらせようと思ったのは俺だけではなかった。俺は戦争を終わらせるために人間、神、精霊の協力者の魔力と俺の全魔力と命を使い、千年もの間、人間界、魔界、精霊界、神界、四つを分ける壁を作った。千年もの間、かかわり合いがなくなれば、互いへの怨恨も消え失せるだろう、そう思った」

 

 

 確かに、千年という年月はとてつもなく長い。

 

 人間の寿命は長くても百歳ちょっと。それほどの時間、敵と関わらない期間があるのなら、確かに憎しみは風化してしまうかもしれない。

 

 しかし、彼の言葉を信じるのならひとつ、疑問に感じることがある。

 

 彼は「俺の全魔力と命」を使ったと、そう、口にした。

 

 ならば、彼がそもそもここにいること自体がおかしくなってしまう。彼はとっくに死んでいるのだから。

 

 その疑問を読んだかのようにアノスさんが口を開く。

 

 

「俺が使う魔法の中に、転生魔法というのがあってな。前世の記憶や力をそのままに、先の時代に生まれ変わることができる魔法だ。それで俺は生まれ変わり、そしてこの世界にいる」

 

 

 なんというか……もう何でもありだった。それだと実際は死んでないようなものになってしまう。

 

 まあ、だとしても死にたくはないのだけれど。

 

 話がそれかけたが、つまるところ、彼は一度死に、その命を世界の平和のために使ったということ。己の命を使っても彼は平和を欲したのでしょう。

 

 

「俺が壁を作ったことで、世界は平和になった。魔族と人間は今や手を取り合い、ともに過ごしている。しかし、俺はたくさんの配下を、戦友(とも)を失った。配下や戦友はみな滅び、もはや、蘇生も転生も敵わぬ。皆、平和という俺の夢に魅せられて、滅びるまで戦ってくれた。忠実な配下ほど、先に逝ってしまったものだ」

 

 

 アノスさんの声は、悲しさに溢れていた。

 

 いや、それだけじゃない。

 

 悲しみの底からにじみ出てくる感情は、無念さ。

 

 己の力不足に苛まれ、後悔の念に囚われる、私たちも何度も経験した感情だ。

 

 

「俺は彼らを守れなかった。配下が一人死ぬたびに俺は自分の力不足を呪った。俺にはまだ、力が足りなかったのだと」

 

 

―――しかし、俺は一度たりとて自分が強いとは思ったことがなかった。 

 

 先ほど彼が言った言葉だ。きっとそれは、このことを言っているのだろう。

 

 

「強くならなければならなかった。平和を勝ち取るために。理不尽を覆すために。悲劇を終わらせるために。志半ばで死んでいった彼らの想いに応えるために。たとえ暴虐と呼ばれようとも、たとえ残虐な行為を行おうとも、いつの日にか必ず訪れる平和な未来のために。それでも、どれだけの力を手にし、魔法を極めようと、すでに滅びた者の命は戻らなかった」

 

 

 アノスさんの配下は彼を慕っていたのだろう。そんな彼らを失った時の悔しさ、私たちでも推し量れるかどうか、わからなかった。

 

 当時の配下を想っているのか、アノスさんは拳を強く、握りしめた。その力が強すぎて、血が滲むほどに。

 

 

「俺は弱かった。もっと強く、俺が世界のすべてを軽く掌握するほど強ければ、彼らの命も救えたはずだった」

 

 

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