ちょっといろいろ面白い作品があったのでそれを見ていたらこんなに時間がたってしまいました……。
そして、あけましておめでとうございます。
更新していない間、少しばかり今までの話を修正しました。
カナエさん視点なのです。
柱合会議を終えた私たちは蝶屋敷に戻った。
しのぶには柱合会議の結末やアノスさんが鬼殺隊でどのような立ち位置になるのかを伝えておいた。
アノスさんの過去は……伝えなかった。
夜。
私は車椅子を動かしアノスさんの部屋に訪れた。雲一つなく、満月が輝く夜だった。
アノスさんはいつもとは違って着物を着ており、縁側に座って夜空を見上げていた。
蝶が舞う庭でアノスさんが夜空を見上げている光景は、とても幻想的で、美しかった。そこだけが別の世界に思えるほどに。
私はしばらくその光景に見とれていた。
(ハッ!!)
危ない危ない。私は意識を取り戻す。
私は謝りに来たんだ。今日のことを。嫉妬に駆られて吐き出したあの事を。
「そこにいるのはカナエか?何の用だ、こんな夜中に」
声がかけられる。まだ姿を見せてはいないのに、なんでわかったのだろう。
まあばれたのなら仕方がない。観念して私はアノスさんの前に姿を現す。
「誰かいると気付くのはまだわかりますが……なぜ私だと分かったのですか?」
謝るつもりでいたのに、顔を合わせて開口一番に出るのは謝罪の言葉ではなくそんな疑問。
そんな自分に少し嫌気がする。
「人によって気配は違うからな。ここにいる者の気配はすべて覚えている」
アノスさんは当たり前のように答える。彼の世界ではその程度、できなければ死んでいたのだろう。
私はアノスさんの隣まで移動し、夜空を見上げる。夜空には無数の星が輝いている。
「……星が綺麗ですね」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
「そうだな」
アノスさんは、もとの世界でこのような星空を見たことがあったのだろうか。
「……そんな雑談をしに来たわけではないのだろう?俺に何の用だ?」
――ああ。アノスさんはそんなこともわかってしまうのですね。
覚悟を決め、私はアノスさんに向き合う。
謝罪の言葉を口から出そうとする。だけど、口が強張ったみたいにうまく動かない。ごめんなさい。そんな簡単な言葉が、口から出ようとするのを拒否する。
汗が滲む。私は焦る。だけど、そんなに頑張っても口が動かない。ついには言葉を発することも困難になる。
どうしよう。そう思っていると不意に肩に手が乗せられた。
「焦る必要はない。ゆっくりでいい。言いたいことを言ってみろ」
声が聞こえた。優しい声が。
不思議と私の気分が落ち着く。口のこわばりがほぐれていく。
深呼吸をして、もう一度アノスさんに向き合う。
「あの……柱合会議ではすみませんでした。アノスさんの過去も知らずにずけずけとあんな言葉を言ってしまって……」
言えた。私は頭を下げる。
謝罪に対してアノスさんは何も言わない。
アノスさんは私のことをどんな目で見ているのだろう。そんな不安で彼の目を見れなくなる。
「私、あなたの強さが羨ましかったんです……。嫉妬が私の中で膨れ上がってあのようなことを……本当に……すみませんでした……」
隠していた気持ちがとめどなくあふれ出る。涙がこぼれ、床を濡らした。
「カナエ」
名前が呼ばれる。彼の顔を見れない。見ることができない。
不意に、顎に手をやられる。そのまま、顔を持ち上げられた。
抵抗しようと思うけど、それに反して私の顔は持ち上げられていく。
「俺の顔を見ろ」
そうして、私の視線と、彼の視線がぶつかる。
「あ……」
アノスさんはいつも通りの顔をしていた。いつも通りの、傲慢さが少し混じった少年の顔。
そのあまりの距離の近さに頬が熱くなる。
「心配するな。俺はそんなことで怒ったりはせぬ」
アノスさんはそう言って私に笑いかける。
「でも……」
「その程度のこと、二千年前にはそれほど死ぬほど言われた。お前が生きてるとこの世のためにならないとか、鬼、悪魔、この外道、貴様の血は何色だ、とかもな。それに」
それに?私は首を傾げる。言いたいことがあるのに、アノスさんの言うことに思考が引っ張られてしまう。
「俺はお前の素の部分が見ることができてうれしいのだ」
「素の……部分、ですか?」
「ああ。俺とカナエが出会って三日、お前は明るく振舞っていたが、その心の底には何かを隠している気がした。それが何なのかわからなかったがな」
まさかそれが嫉妬だとは思わなかったがな、とアノスさんは苦笑する。
――ばれていたのですか。
私でもあの時まで気づいていなかった気持ちにアノスさんは気づいていた。
「俺たちは仲間なのだ。悩みを一人でため込む必要はない。遠慮なく打ち明けてくれればいい」
いや、悩みの原因はあなたなんですけどね。
喉まで出かかったその言葉を喉の奥に押し込み、悩みを聞いてくれるならと、別の言葉を口にした。
「じゃあ……一つだけ、聞いてもらえますか?」
「聞こう」
再び私はアノスさんの隣に移動する。
「私には一つ、夢があるんです」
「夢?」
アノスさんが聞いて来る。今から言う言葉は鬼殺隊の信条にも、アノスさんの目的にも反することだ。だけど、聞いてくれるというのなら、話そう。
「はい。私は鬼を救いたいのです。鬼は元は人が変化し生まれたもの。鬼は悲しい生き物です」
アノスさんの様子は髪に隠れて見えない。けどおそらく、正気ではないと思っているのだろう。そう思いながら、言葉をつづける。
「人でありながら人を喰らい、美しいはずの朝日を恐れる。鬼を倒せば、この先、その鬼が殺すであろう人を助けられ、その鬼もそんな哀れな因果から解放してあげられる。それは、私の両親を殺した鬼も同じ」
鬼殺隊に入ってから誰からも、それこそ妹からも理解してもらえなかったこの夢。鬼を殺すたびに「自分のやっていることは間違いなのだろうか」という疑念が心の中で膨れ上がっていく。
「だけど、あの時、あなたが私を助けなければ私は死んでいました。馬鹿な話ですよね……。自分が救おうとしていた者に殺されるなんて……」
やや自嘲気味に言う。
鬼を救おうとして逆にその鬼に殺される。ああ、なんと悲しく、愚かな筋書きなんでしょう。
「結局、私がやろうとしていたことは、ただの自己満足だったのかもしれませんね……」
そうして、口を閉じる。アノスさんは何を思っているのか、口を開こうとはしない。
やっぱりアノスさんも―――――そう思っていると、不意に、頭に手がのせられた。
「え?……あの……?」
そのまま頭を撫でられる。再び頬が熱くなる。だけど頭から手をどけてほしいとか、そういう気持ちは微塵も出ない。いや、むしろ撫でられるのが心地いい。
「――お前はお前でつらい人生を送ってきたのだな」
声が、かけられる。この三日間いつも聞いてきたいつもの彼の声が。
「俺にはお前を慰める言葉など持ってはいない。しかし、お前の夢を共有することならできる」
共有?そういうことなのだろう?そう首をかしげていると、アノスさんはとんでもないことを口にしました。
「カナエ、お前のその鬼を救うという夢、俺もその夢に協力しよう」
「は?」
その内容が理解できず、数瞬固まる。
だけどすぐに正気に戻る。そして彼の言うことを理解し、顔が青くなる。
自分の顔から血の気が引くのがはっきりと分かった。
「な、何を言っているのですか!?」
「俺もカナエの夢に協力しようと言っているだけだが」
アノスさんはこともなげに言う。それにな、とアノスさんは続ける。
「俺の世界にもいたのだ。人間にもかかわらず魔族に情けをかけ、魔族を救おうとした勇者がな」
その時の瞳は柱合会議の、あの時の瞳と同じ色だった。言葉が止まる。
「勇者……ですか」
「ああ。その男はお前だった。最後まで魔族を憐れみ、救ってきた。だが、その思想はほかの人間には理解されることはついぞなかった」
鬼と魔族という点を除けば、私と同じだ。
「今のお前の目は、あの男の目と同じだった。自分の思想を理解されることなく、戦い続け、疲れ果てた者の目だ」
私は、そんな目をしていたのか。
「だからこそ、俺はお前の夢を共に背負いたいのだ。彼のような犠牲者をもうこれ以上出さないために」
彼のまっすぐな、覚悟を決めた目に私は黙り込んでしまう。
気持ちが揺らぐ。この夢は自分だけと己に言いつけていたのに、それが崩れそうになる。
楽になりたい。そう思っている自分が私の中にいる。だけど、それはだめだと言う自分もいる。
――辛いことは一人でため込まなくていいんだよ。
ふと、母さんの言葉を思い出す。
――カナエは、意外と頑ななところがあるから。もう少し、他人に寄りかかってもいいと思うの。
「……あなたは、本当に私の夢を共に背負ってくれるというのですか……?」
「ああ」
その目は、覚悟に満ちていた。その目を見て、私も決心が固まった。
「なら……私の夢、鬼を救うという夢を、ともに背負ってください」
私はアノスさんにそうお願いする。
この決断により未来がどうなるかなんてわからない。
だけど、不思議と後悔はしない気がした。
「分かった。お前の夢、ともに背負おう」
私は、アノスさんに手を差し出す。
しかし、アノスさんは私の手を握らない。なぜ?
そう思っているとアノスさんが、
「カナエ、俺はカナエの夢を背負うこととなった。だからこそ、お前と一つ、約束をしたい」
「約束、ですか?」
「ああ。この先いかなる時も己の夢を信じて生きることを、だ。俺も、カナエも」
「それは……どういう……ことですか?」
私はアノスさんに問う。アノスさんは即座に答えた。
「たとえこの先、幾百もの同胞が死のうとも、鬼がいくら愚かでも、自分の夢を捨てるな。諦めるな」
その言葉は、水が地面に染み込むよりも早く、私の耳に、心に、入り込んだ。
アノスさんの顔は先ほどとは打って変わって、真剣だった。
アノスさんは私に覚悟を聞いているのだ。ならば私も、覚悟を決めなければならない。
――その結果、自分や妹が死ぬことになってもか?
かつて私と妹の命の恩人に言われた言葉が頭をよぎる。
あの頃はまだ何も理解できていない子供だった。
妹が死ぬという言葉だけを何とか理解し、それでも妹との誓いを忘れずに震えながら覚悟を示した。
だけど、今の私は違う。一度目を閉じ、そしてアノスさんを見据える。
「分かりました。どんな絶望的な状況になっても、私は、私の夢を諦めたりしません」
私は覚悟を決め、アノスさんにそう約束する。
あの時とは違う。私は、真の覚悟を持って、答えた。
「ああ。約束だ」
アノスさんは私の差し出した手を握った。初めて触れる彼の手は、力強かった。
アノスさんは手を放すと、ああ、それと、と続ける。なんだろう。
「俺のことは呼び捨てで構わない」
思いがけない提案だった。いきなりの提案に戸惑う。
「え?で、でも「だめか?」……わかりました、あ、アノス」
私は諦めた。もじもじしながら彼の名前を呼ぶと、彼は私にやさしく微笑んだ。その笑みを見て、三度、頬が熱くなる。
そんな私のことを知ってか知らずか、アノスは部屋の戸を開け、
「そろそろ寝るか。お前もまだ傷が完治していない。早めに寝ることだな。おやすみ、カナエ」
そう言って部屋に入っていった。
私はその後、しばらく惚けていた。
四半刻位、そうしていただろうか。シャボン玉が割れるように、私は正気に戻る。
そしてそのまま私も自分の部屋に戻り、布団に潜り込んだ。
いろいろなことがあって疲れていたのか、瞼を閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。
眠気に抗えることも出来ず、そのまま私は眠りに落ちていった。
だけど、寝る直前まで、私の頭にはさっきのアノスの手の感触がまだ残っていた。
着物姿のアノス様が見たーい!