しのぶさんがもしアレをやったなら
「はぁ!?なんでそんなことをしなきゃいけないんですか!?
え!?突き繋がり!?知りませんよそんなの!
え?姉さんが見たいって!?
はあっ……しょうがないですね……やればいいんですねやれば!!行きますよっ!
な……なんちゃってベブズドォォォォッッ!!!
や、やりましたよっ!///これでいいんですねっ!?」
ふむ。
どうすればいいのか。
「すぅ……すぅ……」
今俺の腰には、カナエが抱きつき眠っている。
カナエが無茶振りした結果なのだが、俺は動けない状況になってしまった。
無理に動くと、カナエが起きてしまう。そうならないためにも、動かないというのが最上の選択肢だった。
しかし、このままずっと動かないわけにもいかぬ。
この状況を打破すべく、俺は考えた。しかし、いくら考えてもこの状況を打破する策が思いつかず、仕方なくカナエが起きるまで待つという方法をとった。
しかし、ここで一つ誤算が生じる。
しのぶが任務を終えて帰ってきたのだ。それだけならまだよかったのだが、あろうことか彼女は訓練場に訪れたのだ。カナエが訓練場にいるということを知ったらしい。
「姉さーん、聞いて聞い―――――」
彼女の言葉が止まった。彼女自身も凍り付いている。おそらく、目から入った情報を処理しきれてないのだろう。
それも仕方ないか。しのぶが見たものは、姉が俺に抱き着きながら寝ているという、彼女にしたら信じられないであろう光景だったからな。
しばらく、しのぶは訓練場の戸を開けたまま固まっていた。俺も、カナエに抱き着かれているためあまり身動きは取れない。
俺としのぶ、両者が固まっているという奇妙な光景が生まれた。俺はしのぶを見つめ、しのぶは俺と俺に抱き着いて寝ているカナエを見つめている。
「しのぶか。帰ってきたばかりですまないが、カナエをどうにかしてくれるか?」
体は動けなくとも、口は動く。しのぶに助けを求めるも、それには答えずに、しのぶはゆっくりと戸を閉めた。
その直後。廊下をドタドタドタと走っていく音がした。
「うにゅ……」
カナエが起きたのはそのすぐあとだった。カナエは寝ぼけ眼で周りを見渡した後、目の前に俺がいることに気が付いた。
「ん~?誰~?」
最初は俺がだれかすらも理解できていないようだったが、ぼーっとした視線が次第にはっきりとしてくる。
「え……アノス……?……え……あ……」
ふむ。俺の顔を理解できるくらいには意識が覚醒したか。
カナエの顔がゆっくりと赤くなる。おそらく、すべてを理解したのだろう。あのあと、泣きながら俺に抱き着いてきたことも。そのまま眠りこけてしまったことも。
「起きたか。よく眠れたか?」
そう言葉をかけてやると、
「◎△$♪×¥●&%#?!」
カナエが耳まで真っ赤に染まった顔で言葉にならない言葉を喚き散らしながら俺から離れた。
その速度、先ほどの試合の時よりも速い。この速度を常に出しておくようになれれば良いのだがな。
「いっいいいいいいいついついつから寝てました!!?」
動揺しているのか口調がかしこまってしまっている。これはこれで少し滑稽なところがあるな。
「四時間ぐらい前からだがな。しかし、なにやら妙な寝言を口にしていたな」
「ねっねねねねご寝言ですか!?」
「ああ。頭をなでろやら」
撫でてやった。撫でると「もっと撫でて~」とお願いしてくるので、結局一時間ほど撫でる羽目になった。
「一緒に寝ようだの」
動けなくて暇だったからな。仕方なく二時間ぐらい訓練場で寝ていた。これは一緒に寝るということなのか?
「最期はよくわからない言葉を口にしていたな。確か……『ねえ~これで終わり~?じゃあ……私とイ「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
カナエが俺の言葉を大声で遮る。顔だけでなく体中真っ赤に染め、涙を目に浮かべ、ゼエゼエと大きく息を吐いていた。
「忘れて!今の今までのことをすべて忘れてくださいいいいいいいいいい!!!!!!」
そうお願いされてもな。俺は記憶力はいいほうだ。かつて、ミリティアに記憶を奪われていたことはあったが、それ以外のことはすべて鮮明に覚えている。
そう思っていると、訓練場の戸の向こうから何やら声が聞こえた。
「戸の向こうから姉さんの悲鳴が!」
「と、突入します!」
その直後、訓練場の戸がバンッと開いた。
「姉さんに手を出したろくでなしの鬼はどこですかあああああああああ!!!!!!」
乱暴に開かれた戸から、日輪刀を構えたしのぶと木刀を持ったカナヲ、そして蝶屋敷で働いているきよ、なほ、すみが精いっぱい武装した姿で入ってきた。
鬼?いったいどこにいるのか?俺が見える限りでは鬼など存在しないが。
彼女たちの目は、俺に集中していた。まさか、俺か?
俺のことを鬼と呼ぶとは、しのぶはそこまで区別がつかなかったか?
それは危ういな。鬼と人の区別をつけることができないのなら、鬼殺隊としてやっていくのはとても難しい。守るべきであるはずの人を殺してしまったのなら、それはもう取り返しがつかなくなる。
そうなる前に矯正したほうがいいな。
「しっししししししししのぶ!?カナヲも!?何やってるの!?」
俺の考えを知らずに、カナエは相変わらず赤い顔でしのぶたちの突入に驚く。
「姉さんはそこにいてください。姉さんの初めてを奪った相手は、今から私が天誅を下します」
「何言ってるのしのぶ!?」
もはやカナエの声はしのぶに届いていない。
それにしても、「カナエの初めて」とはいったい何なのだ?しかも、俺はカナエから何も奪ってはいない。何か勘違いしているのではないか?
「何に腹を立てているのかは知らぬが、とりあえず落ち着け」
「誰のせいだと思っているんですか!?」
しのぶが俺に向かって突っ込む。その打ち上げ花火のような突っ込み、サーシャに匹敵するものがあるな。磨けば、さらに光るだろう。
「と、突撃―!」「「突撃―!」」
きよ、なほ、すみが俺に向けて突貫してくる。三人とも木の棒を持っている。俺に当たっても別になんともないが、三人はこういったものには詳しくないのだろう。持ち方も振り方も滅茶苦茶だ。
彼女らはまだ体が小さい。何かのはずみで怪我をしてしまったら蝶屋敷での仕事に支障が出るかもしれぬ。仕方ない。
「きゃうっ」
俺は三人の武器を奪い取る。
俺としては歩く程度だったが、それでも速かったのか、三人は何が起こったか未だにわかっていないようだった。
「……ッ」
俺が立ち止まった隙をつき、カナヲが俺に向けて木刀で斬りかかる。
カナエでも辛うじて見切れた速さを見切るか。なかなかに目がよいようだな。
しかし柱でもない者の攻撃が俺に通用するわけがない。まあ、柱だとしても通用しないがな。
先ほどまでなほが持っていた木の棒でカナヲの木刀を叩き落とした。
残りはしのぶ一人。
「残りはお前ひとりだ。何を勘違いしているのか知らんが、そちらがその気なら、相手になってやる。来い」
「上等ですよ……!」
しのぶの日輪刀が俺の顔面を正確に貫こうと襲ってくる。しかし、前に軽く手合わせした時でも余裕で躱せたのだ。速度がいくら変わろうと、俺にとっては誤差ですらない。
俺は木の棒でしのぶの日輪刀を打ち払う。それだけで日輪刀は宙を舞った。
そのまま木の棒をしのぶの首元に突きつける。
「俺の勝ちだ」
「くっ……」
しのぶがうなだれる。ようやく落ち着いたか。
「全く!しのぶたちは何を勘違いしてるの!?あれは全面的に私が悪いのよ!」
「「「「「す……すいません……」」」」」
訓練場ではカナエが五人に説教をしていた。五人は土下座している。そして何気にカナヲの声を聴いたのはこれで初めてだ。
「まったく。人と鬼の区別はつかないわ、蝶屋敷の面子を戦いに駆り出すわ、世話の焼けるやつだ」
この言葉にしのぶは首を傾げた。
「まあ、きよたちを連れて行ったのは反省してますが、鬼と人との区別はつきますよ?」
「俺のことを鬼と言ったではないか」
「あれはまあ……比喩ですよ比喩。あの時は仕方が「しのぶ?」すいませんでしたぁ!」
カナエの一声でしのぶが謝る。少しは反省してほしいものだ。
「ところで、しのぶが使っていた呼吸法、あれは花ではないな?なんの呼吸を使っている?」
俺はカナエに問いかける。
あの時、カナエがしのぶに花の呼吸の指南をお願いしていたことから、しのぶも花の呼吸の使い手かと思っていたが、よくよく考えてみれば、しのぶの日輪刀では花の呼吸を使えない。つまり、日輪刀に合う、つまり突きに特化した呼吸があるということだ。
「しのぶは蟲の呼吸という、花の呼吸の派生である呼吸を使っているわ。お察しの通り、突きに特化した呼吸法よ」
やはりか。蟲の呼吸が花の呼吸の派生だというなら、カナエのあの言葉にも納得が行く。ともあれ、これで俺が次に習得する呼吸法が決まったな。
「そうか。ならば、明日は蟲の呼吸を覚えるとしよう。しのぶ、教えてくれ」
しのぶは見るからに嫌な顔をしていたが、先ほどのことで罪悪感を感じていたのか、しぶしぶうなずいた。
――――ちなみに、あのときしのぶがカナエに言おうとしたことは、行列ができるほどの人気店の生姜の佃煮を買えたことだったらしい。まさか、生姜の佃煮でこんな修羅場になるとはな。
生姜の佃煮は修羅場を生む。忘れないようにしておこう。
おまけ2
あの時のアオイ
「アノスさんとカナエ様大丈夫でしょうか……」
あの後ご飯を作るために訓練場を出た私だったが、あの二人のことが気になってしまう。
まさかカナエ様があのまま寝てしまうとは思わなかった。あれからもう四時間立つ。
野菜を切っているときも、米を研いでいるときも、あの二人のことが気になってしまう。
すると、玄関のほうで声が聞こえた。
「ただいま~」
任務を終えたしのぶ様が帰ってきたのだ。なにやら上機嫌だ。
「おかえりなさいませしのぶ様。何かいいことでもあったのですか?」
「あそこの生姜の佃煮が買えたのよ!」
「え、あの店の!?」
あの店の生姜の佃煮は、ここら辺では有名だ。なかなか手に入らないからしのぶ様は一時期、毎日通っていたそうだ。
「久しぶりに寄ってみたらたまたま買えたの!」
しのぶ様の顔はこれ以上ないほど幸せで満ちていた。しのぶ様の幸せは私の幸せでもある。いつもよりご飯を多めに空いておくべきだったか。そう思っていると、
「姉さんはどこにいるの?」
辺りをキョロキョロと見まわしたしのぶ様が聞いてきた。
「えっと、訓練場ですけど……」
言ってしまって、私はハッと気づく。まだ訓練場には、あの二人が……
しのぶ様を止めようとしたが、その時にはもう遅かった。しのぶ様はもう私の目の前から消えていた。
ああ、もうこれはだめだ。
私は諦めた。
しのぶ様が「カナヲ―!姉さんが、姉さんが―!!!!」と叫びながら蝶屋敷を走り回っていた時も、みんなが武装して訓練場に突入しようとした時も、私は台所でご飯の支度をしていた。
「さーて、今日の献立は何にしましょうか」
そう現実逃避しながら。
ちなみにこの後、しのぶ様から「なんで言ってくれなかったの!?」と理不尽に怒られ、それでしのぶ様がカナエ様に「一週間生姜の佃煮禁止!」といわれ、しのぶ様が泣きだしてしまったりと、いろいろあった。
「やはり生姜の佃煮は修羅場を生むのか……」とアノスさんはつぶやいていた。
―――それに私も少し同意してしまったのは内緒の話。