ここにあった話のほとんどは、次の話に、追加修正ありで投稿します。
生姜の佃煮事件が起こったその翌日。
「今日は勝って見せるわ!アノス、勝負しなさい!!」
訓練場でしのぶから蟲の呼吸を教えてもらうはずだったのだが、そこにいたのはしのぶではなくカナエだった。
俺との試合に負けたのが相当悔しかったらしい。しのぶは訓練場の隅でうつむいていた。
生姜の佃煮を一週間禁止されたのが相当こたえたらしく、いつもより顔色が悪い。
「私の佃煮……生姜の佃煮が……」
時々そんなうわごとまで口にする始末。本当に蟲の呼吸を教えられるのかどうかも怪しくなってきたな。
まあ、それは後でいいか。カナエのほうに視線を向ける。
「勝負するのはいいが……また泣くのではないだろうな?」
「うぐぅ」
カナエが呻く。若干顔が赤くなっていた。
「き、昨日はあれよ。初めて負けちゃったから泣いちゃっただけ。もう泣かないわ」
「そうか。勝負のルールはどうする?」
「昨日と同じでいいわ。そちらは三本連続先取。こちらは先に一本でも取れれば勝ち。そして、アノスは、」
「そして、一本を取るときは必ず花の呼吸の型を使わなければならず、一度使った型は次の試合以降では使えない、か」
カナエが頷く。昨日と同じハンデだ。
「この程度でいいのか?もっと条件を付けても構わぬぞ」
「いや、これでいいわ」
そうか。ならばもう口出しはせぬ。
「しのぶ~審判お願いできる~?」
いまだにうわごとを呟いているしのぶにカナエが聞く。本当に審判ができるのか?そう思っていると、
「審判やってくれたら、今日のお昼ご飯に生姜の佃煮食べて「やります!!!!!!!!!!」ありがとうね~しのぶ」
物で釣るとは。なかなかわかっているではないか。
相手の欲しいものをぶら下げ、自らの要求に答えさせる。二千年前でもあった常套手段だ。
先ほどまで死んだ魚のようだったしのぶの目は、今は飯を待ちきれないような犬のようになっていた。
お互いに木刀を構える。
「試合、開始!」
しのぶの喜びを抑えきれていない声が聞こえた瞬間、俺とカナエは動き出した。
「ハアッ!!!」
カナエが木刀を上段から振り下ろす。しかし、いくら全集中の呼吸で強化されているとはいえ、人間が放った一撃などたかが知れている。
「甘い」
その一撃を、俺は真っ向から受け止めた。
木刀と木刀が衝突し、鈍い音を立てる。
「くっ……」
カナエが力をさらに込める。しかし、木刀はピクリとも動かない。
「力で俺に張り合おうと思うな。いくら強化されてるとはいえ、俺に勝てるはずがない」
「分かっ……てるわよっ!!!」
言うが早いか、カナエが木刀を離し、技を繰り出す。
「
カナエが木刀を回転させながら切り込んでくる。
だが――まだ甘い。
太刀筋を読み、それを悉く躱す。容易に近づくことが出来た。
「花の呼吸、
そのままカナエに一撃を入れる。カナエも躱そうと身をひねるが、間に合わない。
そのまま、木刀がカナエの服を掠めた。
「一本!」
しのぶが声を上げる。
「……また躱された。そんなに躱しやすい?これ……」
カナエが聞いてくる。
確かに、この世界の人間からしたらこの速度でも速いのかもしれぬ。
しかし、俺の世界では、この程度、躱せと言っているようなものだ。勇者学院の者達でもこの程度の速度、出すことなど造作もない。
まあ、この世界では死んだら本当に死んでしまうのだ。無理な強化は出来ないだろう。
「なに、俺がお前よりも途方もなく強いだけだ。気にすることはない」
「気にするわよ!!!っていうか、私と比べたらアノスってどれだけ強いのよ……」
「お前が思っている数億倍は強いな。さて、無駄話をしている暇はないぞ。二本目といこうではないか」
「ちょ、話の途中なんだけど!?」
「答えたからいいではないか」
「よくないわよ……。ああ、もう!」
何か言いたげそうだったが、気を取りなおしたのか、再び俺と向かい合う。
「二戦目、開始!」
結果、二戦目も三戦目も余裕で勝った。
「また負けた……うう……」
カナエは道場の壁にうなだれ、座り込んでいた。背後に、
俺は、はあ、とため息をつく。
「泣かないのではなかったのか?」
「うるさいわね!負けたら悔しいのよ!」
カナエが俺に噛みついてくる。悔しい気持ちはわかるが、なぜそんなに子供っぽくなるのだ?
「まあ、一日で俺に勝てるほど現実は甘くははない。俺に勝ちたいと本気で思っているなら、毎日俺に挑むことだな」
まあ、天地がひっくり返っても、カナエが俺に勝つことなどありえないがな。
「上等よ……」
カナエがゆらりと立ち上がる。その目には、炎が宿っていた。
「アノスっ!!!これから、毎日私と勝負しなさいっ!!!絶対にあなたに勝って見せるわ!!!」
カナエが俺を指さす。その顔は、先ほどの泣き顔ではなく、いつものカナエの顔だった。
そう来なくては。それでこそ、俺が知っている胡蝶カナエだ。
「くはは。その意気だ。俺に勝てるものなら、勝ってみせろ」
魔王学院の大正コソコソ噂話
カナエが死にかけてから、しのぶは若干シスコン気味だぞ!