新しく追加した部分もあるから、ちゃんと最後まで読んでください(懇願)
「んっ……もぐもぐ……ゴクン……お代わり!」
「し、しのぶ……?ちょっと、食べすぎじゃないかしらこれ……?」
「いいのよ姉さん!どうせ今日の昼だけなんだし。これから一週間食べられないんだし」
「生姜の佃煮を禁止したの間違いだったかしら……?」
昼食では、しのぶが生姜の佃煮をむさぼるように食っていた。どれだけ我慢していたのか。カナエがちょっと引くぐらいには食っていた。
食休憩を取った後、改めてしのぶから蟲の呼吸を教えてもらった。
教わる前から分かっていたことだが、胡蝶しのぶが操る呼吸である蟲の呼吸は、
全集中の呼吸は人の身で鬼の頚を落とす為に編み出されたものである以上、これだけでもこの呼吸の異常性が分かるだろう。
藤の花で作った毒を鬼に注入し殺すために作られた呼吸。
筋力がないしのぶが、それでも鬼を殺すために、持ち前の薬学の知識と組み合わせることで生まれた、彼女だけの呼吸といえるだろう。
「……驚きましたね。姉さんから聞いてはいましたけど、こんな早く習得できるなんて」
カナエの時と同じように一度見ただけで蟲の呼吸を覚えることができた。
しのぶが嘆息する。
「この程度、容易いことだ」
二千年前では、相手の技を見、盗むことが生存への道でもあった。相手の技を見切れなければ、その瞬間死ぬからだ。俺も亡霊だった父からたくさんの魔法を教わった。あれに比べれば、この程度のことを真似るのは造作もない。
「どうする?お前もカナエのように習得をかけて練習試合をするか?」
しのぶは考え込む。と、そこに第三者の声がかけられた。
「もしもしのぶが勝ったら、生姜の佃煮禁止令は解除してあげるわよ~」「やりましょう!!!」
カナエだった。しのぶが俺の相手になるとは思えないが?何か考えがあるのだろうか。
「この戦いを経て、しのぶも何か変わる。そんな予感がするの」
「予感、か」
「ええ。予感よ」
カナエはしのぶの中にある何かを感じ取ったらしい。カナエはしのぶのことをよく知っている。そのカナエが言ったことなら間違いはないのだろう。
「審判は、私がやるわ」
カナエが、木刀を持ったしのぶと俺の間に立った。
「ルールは、私の時と同じ。二度も説明する必要はないわよね?」
カナエの問いに、俺もしのぶもうなずいた。
「では、一戦目、はじめ!」
「
試合開始早々、しのぶが俺に向かって突きを複数繰り出す。速度だけで言えば、カナエのそれを上回るだろう。
その速度、俺が今まで見たしのぶの突きの中で一番速い。
「生姜の佃煮のため……絶対勝ってやりますよ……!」
しのぶが少しばかり危ない笑みを浮かべ、、目を血走らせながら俺に攻撃してくることだ。その突きも、俺を殺さんばかりの勢いで放ってくる。
生姜の佃煮への異常な愛情が、しのぶの突きの速度を増加させているのか。
ファンユニオンに少し似た雰囲気を感じるな。彼女たちも突きを使う。もし顔を合わせることがあったなら、仲良くなれただろうな。
複数放たれたその突きを俺は一歩も動かず躱す。
「蟲の呼吸、
しのぶの攻撃は終わらない。六つの光が俺を襲う。先ほどの突きよりさらに速い。しかし、その突きが俺に届くころには、俺も技を発動させていた。
「蟲の呼吸、蝶ノ舞――<
「なっ……」
それは、先ほどしのぶが発動させた技。しかし、しのぶが発動させたものとはもはや別物といっていいほどに、技の次元が違っていた。
しのぶの目には、蝶が舞ったような錯覚が見えただろう。
しのぶの木刀が、俺がいた場所に届くころには、俺の突きがすでにしのぶの服に当たっていた。
「一本!」
カナエが声を上げる。まず一本。
「どうした?このままだと、俺に勝つのなど夢のまた夢だぞ」
「負けるものですか……。絶対に生姜の佃煮を食べるんですから……」
またそれか。だがまあしかし、俺もこの勝負に勝ったらキノコグラタンを食べさせてやると言われたなら、従っていたかもしれぬな。
そう思っていたら、無性にキノコグラタンが食いたくなってきた。なにせ、この世界に来てからというもの、日本食ばかりでな。
確かに、日本食というのは、俺の世界の文化にはなかったものだ。味も良い。元の世界に帰れたのな広めようと思ってもいる。
しかし、もう一週間も食っていないのだ。俺とて我慢ができないものはある。この世界でキノコグラタンを作ってみるのもよいかもしれぬ。
母さんのを見て、材料や調理方法は覚えている。近々、作ってみるか。
「二戦目、開始!」
カナエの声で、現実に引き戻される。
正面を向くが、しのぶはもうそこにはいなかった。
「蟲の呼吸、
しのぶは、低い姿勢で四方八方にうねりながら俺に突進してきた。その速度、今までの中で最も早い。
床が所々、割れている。しのぶが一歩を踏むごとに底が割れているのだろう。訓練場を踏み割るほどの脚力。残りの一戦を捨て、これで決めに来たのだろう。この一撃に、すべてを込めて。
しのぶの木刀が、とてつもない速さで襲い掛かる。俺は体をひねり、その一撃を完全に躱した。
「!?」
渾身の一撃を完全に避けられ、しのぶの体が一瞬硬直する。俺の前でのその硬直は、敗北に等しい。
「蟲の呼吸、蜻蛉ノ舞――<
六つの突きがしのぶに襲い掛かる。硬直したしのぶが躱せるはずもなく、木刀がしのぶの服を次々と掠めた。
「一本!」
しのぶは絶望の表情を浮かべていた。おそらく、あれがしのぶの全力、全身全霊をかけた一撃だったのだろう。
「どうした?まだ一本残っている。まさか、降参とは言わないだろうな?」
しのぶは、まだ呆然としている。木刀を構える様子はない。心が折れたか。
そう思ったその時、
「しっかりしなさい。立ちなさい、しのぶ!!」
叱責が、しのぶにかけられた。しのぶが、虚ろな目を、カナエに向けた。
「姉……さん……無理よ……敵うわけない……強すぎる……」
しのぶがそんな弱音をこぼす。しのぶの瞳から、涙がこぼれる。
しかし、そんなしのぶをカナエは一喝した。
「関係ありません。構えなさい。胡蝶しのぶ。勝つと決めたのでしょう?ならば勝って見せなさい!」
「ああ。倒すと決めたのならば、倒せ。そこで蹲っても、何も変わりはしない。進め。たとえどんな障害があっても、進んでみせろ」
「しのぶならちゃんとやれる。頑張って!」
「……っ」
二千年前では、恐怖と怨嗟があふれていた。しかし、その恐怖を乗り越えたものだけが、生き残った。恐怖を乗り越えたものは、驚くほどの成長をする。それは、この世界でも、例外ではない。
俺とカナエの言葉を受け、再び立ち上がる。その顔にもう恐怖はなかった。
「いい顔だ。では、いくぞ」
「はい」
お互いに木刀を構える。
しのぶの目は、まっすぐに俺を見ていた。それはまるで、毒を持ち、獲物を狩ろうとする蟲の如し。
「三戦目、開始!」
「蟲の呼吸、蜈蚣ノ舞――<
開始と同時に、しのぶが動いた。それは先ほどしのぶが見せた、そして俺が躱した技。
この技を見るのは二度目だが、一度目とはまったくもって別物と言っていいだろう。速度がまるで違う。
バキャァッ!!という音が連続して響く。先ほどよりも強い踏み切り。床が先ほどよりもさらに割れる。
「はああああっっっ!!!!!」
しのぶが雄たけびを上げる。これが限界を超えたしのぶの一撃。文字通り全てをかけた一撃が俺に迫った。
全く。カナエといい、しのぶといい、この二人は俺が思った以上に成長する。なんと面白いことか。自然と顔に笑みが浮かぶ。
しのぶの成長に敬意を表して、俺も見せてやろうではないか。
本物の突きというものを。
「蟲の呼吸、
それは、しのぶの反応速度を遥かに超える、神速の一撃だった。
「――<
閃光が走り、俺の突きは、しのぶの服を掠めた。
掠めた部分は、突きの速度が速すぎたのか、そこにはまるで刃物のようなものに切られたかのような傷がついていた。
「一本!」
カナエの声が、試合の終了と、俺の勝利を告げた。
「な……にが……私、負けたの……?」
しのぶは呆然としていた。何が起こったのか、まだ理解できていないようだった。
あれは、光速よりははるかに遅いが音速よりは速い。今のしのぶでは見切れなかったのだろう。
「しのぶ!」
カナエがしのぶに抱き着く。しのぶは何が起こったのかわからず、されるがままだ。
「姉……さん……」
「心折れずに、よく頑張ったわね。しのぶは本当に、よく頑張った」
しのぶがうつむく。カナエの服で顔がよく見えない。
「わ……わかってたの。姉さんが負けた相手だもの。私に勝てるわけがない」
しのぶが言葉を漏らす。しのぶはカナエとの再戦をその目に映している。そして、優秀な頭脳をもその身に宿している。俺に勝てないことぐらい、しのぶは最初から分かっていた。
「だけど……だ……けど……」
ぽた、ぽたと水が落ちる音がした。水は、しのぶの目から流れ落ちていた。
「だけど……やっぱり、悔しいよ……」
しのぶの目から流れ落ちる涙は止まらない。大粒の涙が訓練場の床に染みをいくつも作った。
「しのぶ……」
俺に勝てないと分かっていながらも、やはり負けは悔しいのだろう。
だが、それでいい。悔しさも、恐怖も、それは人を成長させる重要なものなのだから。
「悔しいか、しのぶ」
俺はカナエとしのぶに歩み寄る。二人の顔がこちらに向いた。
「そんなの……当たり前じゃ、ないですか……」
しのぶは、まだ泣いていた。ちょっとは落ち着け。
「その悔しさは、これからお前を成長させるための大事なものだ。大事にとっておけ」
「……はい」
「それにしても、最後の一撃、あれは見事だった。磨けば、さらに速度を上げることも可能だろう」
「……っ!そ、それは本当ですか!?」
しのぶが詰め寄る。涙は収まったか。
「ああ。お前にも目を見張るようなものがある。鍛錬を続ければ、最後に俺が放ったような速度で突きを繰り出せるようになれるだろう」
筋力がないからと言って、毒で鬼を殺せることができるようになったしのぶだ。自分の弱点など越えることができると、俺は信じている。
「そういえば、私に勝ったから、アノスさん、蟲の呼吸習得ですね」
そういやそうだったな。いろいろなことがあって失念していた。
さて、次は何を覚えるか。
「あの、アノス、ひとつ提案があるんだけど」
すると、しのぶの隣からひょっこりとカナエが顔を出した。
「私たちを弟子にしてくれない?」
「ほう?」
カナエは続けて言う。
「今の私たちじゃ上弦すらも倒せない……。私たちは今のままじゃいられないの。私たちだけじゃあんまり強くなれない。だけど、アノスなら私たちをもっと上の次元に到達させてくれると思うの」
まさか、そんな提案をするとは。俺の弟子になりたいと言ったやつは、見たことがなかった。
……いや、いるにはいたか。しかし、あいつは俺が永劫の死の螺旋に閉じ込めた。もう二度と出てくることはない。
「俺の弟子になりたいとはな。なかなかどうして、素っ頓狂な提案をするものだ」
「茶化さないの!で、どうなの?返事はハッキリ!!」
カナエが俺の答えを急かしてくる。少し考えさせろ。
「俺の弟子になるのがどういうことなのかわかっているのか?地獄を見るぞ」
「わかっているわ。強くなるためにはそれくらいのこと、当たり前じゃない」
「強くなれるなら……私も弟子になりたいです!たとえ、どんな修行でも耐えてみせます!」
俺はため息をつく。そこまで言うなら、もう止めまい。しかし、本当の地獄とはどういうものか、彼女たちは知ることになるだろうな。
「分かった。お前たちを弟子にしてやる。しかし、後悔するなよ。お前たちは思い知るだろう。お前たちが踏み込んだ先は、地獄を超えた地獄ということを」
軽く脅して見せるも、彼女たちは動じない。
「よし!二言はないわね!」
それどころか、逆に喜ぶ始末。本当に大丈夫か?
「しのぶ!弟子にさせてもらったお祝いよ!生姜の佃煮の禁止を解除するわ!」
「え!?本当に?いいの!?」
しのぶが喜ぶ。こういうところは、姉妹だな。
「た・だ・し」
カナエが床を指さす。そこは、しのぶの踏み込みで床が割れたところだった。
「このままじゃここでの試合とかができないから、この床を直してからね」
しのぶの顔がたちまち青くなる。
「え……これを……全部……?」
しのぶがギ、ギギといった音を発しそうな動きでカナエのほうを向いた。顔が真っ青だった。割れているところは十か所以上。普通に直したのなら、丸一日はかかるだろう。
カナエは笑顔で言った。
「大丈夫よ!しのぶなら、ちゃんと最後までやれるって信じてるから!」
――その晩、しのぶの悲鳴が蝶屋敷中に響き渡った。
魔王学院の大正コソコソ噂話
最初にアノス様に弟子入りしようとした人がだれかわからない人は、魔王学院の原作10章を見ると分かるぞ!