久しぶりにカナエさん視点なのです。
追記:間違って出来てないやつを投稿してしまいました。なのでもう一回投稿しなおします。誠に申し訳ありませんでした。
翌日。朝。
私としのぶは、木刀を持って庭に立っていた。
今日から私たちは弟子としてアノスから指南を受ける。
今までアノスは私のことを花柱の胡蝶カナエとして接してきたが、今は師弟関係。当然、今までよりも厳しい鍛錬となる。
少し怖い。だけど、なぜかその稽古を楽しみにしている自分がいる。
強くなるために、頑張らないと。たとえそれがどんなに厳しいものだとしても。
「ねー、しのぶ」
「そうね姉さん」
しのぶも覚悟をその表情に浮かべていた。
「待たせたな、二人とも。では、稽古を始めるとするか」
アノスが蝶屋敷の縁側から現れる。いつもの白い服装で、木刀を携えている。
「最後にもう一度だけ聞く。今から行う稽古はお前たちにとっては想像もつかないような地獄だ。お前たちには耐えられないかもしれないような、そんな稽古だ。それでも、やるか?」
アノスが、再度確認をしてきた。今まで私たちがしてきた訓練とは次元が違うのだろう。だけど、私たちの答えは決まっていた。
「望むところよ!」
「今のままではいられない……もっと強くなりたいんです!」
私としのぶは、それでも稽古を受けることを選択した。ここでとどまっていたら、ずっと成長できない。
「良き返事だ」
アノスは私たちの返事に、笑顔で返した。そして、稽古の概要を説明してくれた。
「俺から一本取ること。それが、お前たちに課す試練だ」
アノスのその言葉に、私はなるほどとうなずいた。私たちはまだアノスから一本も取れていない。いわば、これは私がアノスとやっている試合を稽古用に改良したものだろう。
「二人がかりでもいい。とにかく俺から一本を取れ。それができた時、お前たちはさらに強くなっているだろう」
二人でもいい、と。ずいぶん優しい条件だ。そう思っていると、唐突にアノスが話題を変える。
「ところで、俺はお前たちとの試合の時、一本を取るとき、いつも服ばかり狙っていた。なぜだかわかるか?」
アノスの質問に私は答える。そんなもの、答えは一つしかない。
「それは、アノスが私たちが怪我しないようにしてくれたんじゃない?」
「そうだ。しかし、この稽古では、お前たちに容赦はしない。もちろん全力ではやらないが、相当な痛みをお前たちは感じるだろう」
つまり、服ではなく普通に木刀で打ち付けるということ。その痛みは私には想像できないほどなのかもしれない。だけど――
「上等よ。それぐらいしてくれなくちゃ!」
「絶対に、一本取って見せます!」
私としのぶはそういうと、木刀を構えた。
「いい覚悟だ。では、来るがよい」
アノスは木刀を構えない。ただだらりと木刀を手から下げている。隙だらけだ。ならば、こちらから攻めるのみ!
私は全力でアノスに向かって走る。まずは挨拶がわりとばかりに、木刀を構えた。
「
紅の斬撃が、アノスに向かって襲い掛かる。
「はあああああああっっ!!!」
全力でも、おそらくアノスにはかなわない。一本取れるとするなら、開始直後。それしかない。
雄叫びを上げながら、全力で刀を振るった。
「……え?」
だけど、私はなぜか空を見上げていた。
仰向けに寝ているのだろうか。だけど、何故か背中から地面の感触がしない。
口の端から赤い液体が伝う。手足に力が入らない。
(あ……)
そこでようやく思い出した。
そうだ、木刀をふるおうとした瞬間、アノスに木刀を叩きつけられ、気を失ったのだ。
恐らく、気絶していたのはほんの数秒。何故なら、空中にいる状態で、私は目を覚ましたから。
背中に衝撃が走る。庭の壁にぶつかったのだろう。
「か……はっ……」
壁にぶつかった衝撃で、肺の空気がすべて絞り出される。続けて体を襲ったのは、尋常でない痛み。
(い……痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!)
その痛みは、全身の骨が折れたのではないかと思ってしまうほどだった。だけど、骨は折れていない。ただ全身が猛烈に痛い。
上弦の弐――童磨で受けた痛みとは種類が違う。
あの時受けた痛みは鋭い痛みだったが、これは全身に響く痛みだ。
全身に走る痛みに苛まれながら、私の思考はある一点にのみ、集中していた。
(攻撃が……見えなかった……!?)
そう、アノスの攻撃が全く見えなかった。気が付いた時にはもうその一撃を喰らっていたのだ。
つまり、私たちはあの攻撃をかいくぐり、その上でアノスに一本入れなければいけない。
今更になってその難易度の高さに戦慄する。優しい条件?そんな緩いことを考えていた数十秒前の自分を一日ぐらい叱ってやりたい。
「え……姉さん……?」
しのぶは、今何が起きたのかがまだ理解しきれていない。そのしのぶにアノスの一撃が襲いかかろうとする。
「俺がただ攻撃を受けるだけだと思わないことだ。ちゃんとこちらからも仕掛けさせてもらうぞ」
避けて!その一言を発そうとするも、肺に空気が入っていないからか、声が出せない。
そのまま木刀がしのぶに襲い掛かった。
「か、はぁ……」
しのぶが、とてつもない勢いでこちらに吹き飛ばされ、私と同じく壁まで叩きつけられた。そのあまりの威力に、壁が破壊される。
「どうした?この程度の一撃も避けられないようでは、到底上弦の鬼には勝てんぞ」
アノスの声が聞こえる。
「俺から一本取るのではなかったのか?それとも、先ほど放った言葉は、ただの威勢か?」
「そ……んなわけ……ないでしょ」
私は木刀を支えにして、どうにか立ち上がる。しのぶも同様にして、身を起こした。
だけど、体が痛い。あの一撃をもろに食らってしまったせいで、体が自由に動かない。
呼吸をして、痛みを和らげる。まだ動ける。動けるなら、まだ戦える。
このままでは、到底一本なんて取れない。
「しのぶ、合わせられる?私が先に行くから、しのぶは……」
「も……ちろんよ、姉さん」
しのぶとの共闘で一本の機会を作る。なりふり構っていられない。
一歩を踏み出す。途端に全身が悲鳴を上げる。その痛みを気力でねじ伏せ、私は再びアノスに向かって斬りかかった。
「花の呼吸、
異なる方向から来る九つの斬撃。これで決まればいいけれども、しかし、現実はそう甘くはない。
「甘い」
木刀が横薙ぎに振るわれる。アノスにしてみたら何気ない一撃。しかし、私たちからするとすべてを粉砕する破壊の一撃。
木刀と木刀が衝突する。
鈍い音が鳴り、木片が舞う。しかし、破壊されたのは、私の木刀だけだった。
そのまま木刀が私を再び打ち据える。その衝撃に、体がミシミシと絶叫を上げた。
途端に私に襲い掛かるとてつもない痛み。体だけでなく、私自身が実際に悲鳴を上げそうだった。
再び私の体が壁に向かって吹き飛ばされる。だけど、私の役目はアノスに隙を作ること。そうすれば――
「
アノスの背後から、神速の突きが打ち出される。
私が技を出した時にはしのぶも復活し、アノスのほうに走り出していたのだ。
これが、今の私たちに出来る最高の連携。
「いっ……けぇぇぇぇぇぇ!!!」
しのぶが絶叫する。その瞬間、私の体が壁に再び激突した。襲い掛かる痛みの強さに、意識が落ちそうになる。
「まだまだだな」
薄れゆく意識の中、その言葉が聞こえると同時に、隣で衝撃音が鳴り響いた。なんとかその方向に視線を向けると、そこには突きを繰り出したはずのしのぶが壁に激突していた。しのぶは既に気絶している。
まさか。あれすらも躱して見せたというのだろうか。そこまで考えたところで、限界に達し、意識が暗転した。
「何を勝手に気絶している?まだ稽古を始めたばかりだ。続けるぞ」
私は失神しているはずなのに、その声はやけにはっきりと聞こえた。
続けて、顔に冷たい何かが浴びせられる。その冷たさに、沈んでいた意識が強制的に引っ張り出される。
意識の浮上とともに、瞼を開けると、桶を持ったアノスが立っていた。
隣を見ると、同じように水を浴びせられたのか、しのぶも目を覚ましていた。
と、アノスが私に木刀を放り投げてくる。反射的に受け取ってしまった。
「最低限、殺す気で来い。でないと、お前たちが死ぬかもしれぬぞ」
その後も、私たちは何度も何度もアノスに挑みかかっては、木刀で吹き飛ばされる。
壁まで吹き飛ばされ、そのまま失神しても、水をかけられ目を覚まさせられる。
体が悲鳴を上げようが、血反吐を吐こうが、おかまいなし。
朝ご飯を食べないでよかったと、心の底から思った。
もし朝ご飯を食べていたなら、私としのぶの体は今頃吐瀉物まみれになっていただろう。
そんなのんきなことを考えている暇はない。気を抜けば即吹き飛ばされる。
アノスは、私たちを吹き飛ばしながらも欠点を所々指摘してくれるのだが、正直今すぐそれを実践できる余裕がない。
「木刀の動きだけを見るな。俺の肩・視線・つま先・肘・ひざのわずかな動きから俺の次の動作を予測しろ。でなければいつまでも後手に回るぞ」
痛みが凄くてそこまで見る余裕がない。
「受け身を取れ。毎回毎回壁にぶつかってばかりでは反撃すらできぬぞ」
木刀の威力が強すぎて、受け身の体勢を作る余裕がない。
「攻撃を躱せないということは、体づくりがなっていない証拠だ。もっと肺に空気を送れ。心拍数を上げろ。血液の巡りを早くすることだ」
出来る限りやっているけど、それでも躱せない。
「できないと思っているならば、それは永遠にできない。出来ると思え。人間は心が原動力だ。心構え一つで人は見違えるほど強くなれる」
まさかの精神論。その気持ちでいるけど力の差が凄すぎる。今にも心が折れそう。
「せめて俺の攻撃を一回でも躱して見せろ。でなければこの稽古は終わらんぞ」
何年たっても終わらないような気がしてきた。
何度地面にたたきつけられたか。何度地べたをなめたのか。もはや何度木刀を破壊されたのかもわからなくなってきた。
途中で握力がなくなる。だけどそれでアノスが止まってくれるわけがない。仕方ないから布で手と木刀を固定する。握力がなくなったぐらいで止まるわけがない。
蝶の髪飾りなんてとっくに壊れた。私もしのぶもまとめていた髪がほどけてしまっている。
その髪も泥まみれになってところどころぼさぼさ。血や泥で固まってしまったところもある。
私の羽織もボロボロ。辛うじて袖を通せるくらい。むしろ袖を通せるのが奇跡。
隊服も土まみれでボロボロ。早く着替えたい。
体には常に激痛が走る。呼吸で痛みを和らげても、それでも一瞬でも気を抜いたら気を失ってしまいそうだった。
口の中も何か所か切れている。常に口の中に鉄の味がするけど、もう慣れた。
斬りかかり、吹き飛ばされ、失神して、また覚醒させられる。何時間、それを繰り返しただろうか。
吹き飛ばされた回数を数えるのもおっくうになってきた。
「はぁっ……はぁっ……」
何十回目かわからない失神から目を覚ます。自分がなぜ立てているのか、それすらも考えている余裕がない。しのぶも立ってはいるが、動ける様子がない。
もはや動けるのは私だけ。覚悟を決め、再びアノスに斬りかかる。極度の疲労で、もはや花の呼吸の型すら出せない。
アノスが再び木刀で私を吹き飛ばそうとする。その威力は最初と全く変わらない。全く見えない。
――木刀の動きだけを見るな。
しかし、私は木刀を見ていなかった。先ほどのアノスの言葉を思い出す。
――俺の肩・視線・つま先・肘・ひざのわずかな動きから俺の次の動作を予測しろ。
極限の疲労のせいか、そのおかげで精神が研ぎ澄まされているのか、アノスの動きが一瞬、ほんの一瞬だけ、ゆっくりに思えた――気がした。
しかし、その一瞬で私はアノスの微細な動きから、木刀の動きを予測することができた。
それは、たった一つの奇跡。偶然にも引き起こすことができた、私の無意識の行動。
木刀の動きは予測できた。後は、これを躱すだけ。
死ぬほど痛む体から、最後の力を振り絞る。
(動け動け動け動け!)
肺に、これまで以上に空気を送り込む。
身体も、心も、想いも、私のすべてをこの一撃に捧げるつもりで、花の呼吸の技を繰り出す。
「花の呼吸、
(私は……このままでは終われない!!!)
「あああああああああああああああああああああっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!」
絶叫が、私の身体かあふれ出る。
そして、私の身体は―――――振るわれた木刀を躱した。
(このまま……)
稽古の最終目標はアノスから一本取ること。躱すことは大前提だ。
そして、今が千載一遇の機会。
このまま木刀をアノスに叩きつけようとする―――その直前、声が響いた。
「見事だ、カナエ」
瞬間、体に衝撃。そのまま吹き飛ばされる。
何故。どこから。体が宙を浮く中、様々な疑問が頭の中を駆け巡る。
そして――私はその答えにたどり着いた。
アノスは、振り終えた木刀をもう一度構え、私の身体にたたきつけたのだ。
私が木刀を躱し、そのまま攻撃するまで、0.1秒もなかったはず。その超極短時間でそんなことをするとは、人間業じゃない。これまでの速度は、アノスにとって全力ではなかった。
地面に転がる。だけど、体に走る激痛のせいで転がっている感覚がない。
一本、取れなかった。とてつもない悔しさが体の中に広がる。
もう一回だ。さっきの感覚をつかめば、もう一度できる。やってやる。
だけど、私の身体は拘束されたかのように動けなくなってしまった。
まだだ。まだやれる。足掻いてやる。まだ、まだ、まだ――
「今日はこのあたりにしておく。今はゆっくり休め」
その言葉が聞こえた瞬間、私の身体から力が抜けた。終わったのか?この地獄が。
その言葉を理解するのに、数秒の時を要した。
「お、終わったぁ……」
ようやく、アノスの言葉を理解する。これで、やっと休める。
そう思った途端に安堵と睡魔が私を襲った。それに抗うことなんて、今の私にできるわけがなかった。
完全に視界が真っ暗に染まる。だけど、今度は起こされることはなかった。
す、スマ〇ラァ……。