「すまねえな。俺の嫁たちが迷惑かけて」
「なに、気にすることはない。あれぐらいのことは慣れている」
あの騒動から二時間経つ。俺は天元と茶を飲んでいた。
天元は少し前に目を覚ました。そのころには体力はもう全快したらしく、普通に動き回っていた。
「それにしても天元、まさか嫁を三人ももらっているとはな。この国は一夫一妻制だと思っていたのだが」
目を覚ました天元が、あの三人はすべて嫁だと、俺に教えてくれた。
俺の世界では一夫多妻でもよかったのだが、この世界では基本的に一夫一妻制だ。十数日もこの世界を見ていればわかる。
ちなみに、三人の嫁は今は別室にいる。
「あー……それはな、俺の家が特別なんだよ」
天元が苦い顔をしながら、自分の境遇を語ってくれた。
天元は忍者という、諜報や暗殺など、隠密行動を得意とする戦士としての一族に生まれたらしく、その掟により十五の時にあの三人を嫁にもらったそうだ。
しかし、時代の流れに焦った父親が凄惨極まる訓練を課したことにより、九人いる兄弟のうち三人が歳が一桁の内に死んでしまった。
さらに、子供の死により錯乱した父親によって、残った六人は命令により顔と頭を覆面で隠した上で、相手が兄弟と知らずに殺し合いをさせられる羽目になった。
その殺し合いの中で、天元は相手が誰だか知らずに兄弟を二人殺めてしまった。
結局、残ったのは天元ともうひとりの弟だけで、その弟も兄弟を二人殺めている。
しかし、弟はそれについて何も思っていなかった。それどころか、天元すらもその刃にかけようとしたのだ。
弟は父親の生き写しのようで、「心」や「生命」を消耗品として扱うようになってしまった。
兄弟を殺し狼狽していた天元は、忍者の在り方に疑問を感じ、三人とともに家を抜け出した。
「なーんか忍者ってのが地味で地味で。それで不満が爆発して派手に家出してやったってわけよ!」
天元が笑いながら語る。
笑ってはいるが、家を抜けるというものが簡単であるわけがない。家を抜けるということは、家から殺されてもいいということ。それはこの世界でも同じだろう。
自分の理想のために自分勝手に嫁たちを連れていった訳でもないだろう。天元はあの三人を心の底から愛している。そのそんなことをする奴ではない。
つまり、天元はそれほどの覚悟を持って家を抜けたということか。
その後、鬼殺隊に入り、こうして鬼を殺しているといったところか。
「御館様には派手に感謝してるぜ。俺の生き方を肯定してくれた人なんてあのお方が初めてだったからな」
幼少期に植え込まれた価値観を否定しつつも、戦いの場に身を置き続ける。
一見矛盾している天元の生き方を肯定してくれた輝哉は、天元にとっても敬うべき存在であるらしい。
まあ、俺も似たような矛盾を抱えていたからな。
戦争を終わらせるために、人を殺す。これほど矛盾しているものはないだろう。
俺の場合は配下たちがその生き方を肯定してくれたが、それが天元の場合は輝哉だったというわけか。
「俺が一族を滅ぼすべきだったのかもしれねえ。だけど、できなかったんだ」
「そういや、お前の過去とかは聞いたことねえな。いやもちろん、あの時聞いたのもあるけど、転生?したんだろ。転生した後の話とか聞きてえんだけど」
話を終えた天元が今度は俺の番だと言わんばかりに詰め寄ってくる。
まあ、正直二千年前よりも転生した後のほうがいろいろあるのだが、天元に話すわけにもいかぬな。
一晩では話し終えることなど到底できないだろう。途中で切り上げても、天元が音の呼吸を教えることに障害が出るかもしれぬ。
「それは、また今度話してやる。それよりも、音の呼吸のほうが先だ。もう体力は全快しただろう」
「……しょうがねえなー。でもそのかわり、いつかちゃんと話せよ」
いまいち納得いっていないような表情を顔に浮かべるが、天元は表情をすぐに切り替えた。
俺と天元は屋敷の外に出る。と同時に、天元が俺に何かを投げてよこした。
それは、鎖でつながった巨大な二本の日輪刀だった。
その色は夕焼けのような橙色をしていた。これが音の呼吸の色なのだろう。
「俺の呼吸はそれがないと使えねえからな。貸しといてやる」
天元も俺が持っているのと同じ日輪刀を持っていた。
「日輪刀が壊れた時とかに備えて、同じのをもう一組作ってもらってんだよ」
なるほどな。日輪刀は鬼を殺すためには必須。壊れた時のためにスペアを用意しておくのは当然のことと言えよう。
「そんじゃ……ってんん!?」
いざ音の呼吸を教えようと意気込む天元の動きが急に止まる。
「な……なんで日輪刀の色変わってんだ……?」
天元の視線は俺の日輪刀に向けられていた。
握っている日輪刀を見る。天元の言うとおり、日輪刀の色が変わっていた。
夕焼けを思わせるような橙色から、烈火のような赤色に。
確かに、なぜ変わった?俺の適性は黒のはず。赤色ではない。確か赤は炎の呼吸だった。
「ふむ、どうしてだろうな?」
「いや、俺に聞かれてもわかんねえよ……。っていうか、一度色が変わった日輪刀は、二度と色が変わんねえんだよ」
ふむ、そうなのか。知らなかったな。となると、ますますわからなくなってきたな。
考えられる可能性は二つ。
一つは、二度と色が変わらないというのが間違いだということ。
もう一つは、何かの条件を達成した時に日輪刀は色が再び変わり、その条件を俺が知らずに達成してしまったということ。
前者はほぼあり得ないと言っていい。長く鬼殺隊に入っている天元が言うのだ。間違いない。そして、日輪刀の色が赤く染まる理由も証明できない。
つまり、後者か。それならば、色が変わった理由も納得できる。日輪刀は、特別な金属でできた刀。鬼殺隊が知らない特性があってもおかしくはない。
そして、それによって変わる色が赤なのだとしたら、そちらのほうにも説明がつく。
そう天元に説明すると、天元は「マジか……」と唸っていた。
「その赤いやつがお前だけに出ているからな……。ほかの奴にも出てりゃもうちょっとばかし答えが分かると思うんだけどな……」
「まあな。もしかしたら異世界出身である俺が持ってるからなのかもしれぬしな。とはいえ、音の呼吸の習得に支障はないだろう」
「まあ、確かにな」
天元も納得したようだ。
たかだか、色が変わっただけ。習得には何一つ関係がないだろう。
「そんじゃ、派手に教えてやる。ちゃんとついて来いよ!」
こうして、天元による音の呼吸の習得が始まった。
音柱である宇随天元の音の呼吸は、雷の呼吸の派生であるらしい。
「雷の呼吸?初耳だな」
「おいおい……。お前せめて五つの型ぐらいは覚えとけよ……」
天元は呆れながらも、俺に説明してくれた。
全集中の呼吸の型は、主流となる五つの型が存在するらしい。
どんな形にもなれる、水のように変幻自在な歩法で如何なる敵にも対応できる受けの型、水の呼吸。
呼吸の力を脚に集中させ、強烈な踏み込みから、文字通り雷光の如き速さで居合いの斬撃を繰り出す神速の型、雷の呼吸。
脚を止め力強い踏み込みから、間合いを一気に詰めての強力な斬撃が多い攻めの型、炎の呼吸。
岩のように頑強な防御に長け、筋力に物を言わせた荒々しさが特徴の守りと攻めの両方に特化した型、岩の呼吸。
暴風のように荒々しい動きから鎌鼬のように斬り刻むのが特徴の攻撃特化の型、風の呼吸。
その五つの型から多くの型が派生していったという。
花の呼吸は水の呼吸の派生と言っていたからな。音の呼吸も同じようなものなのだろう。
そして、音の呼吸のその最大の特徴は、日輪刀に仕込まれた爆薬。
鬼の身体にダメージを与える事が出来る程の威力を持った、自前の爆薬丸を刃に仕込む事で攻撃力を底上げしており、さらにその爆風で敵の攻撃の威力を減衰させる。
この爆発によって戦闘中には凄まじい音が鳴り響き、それが、音の呼吸の名前の由来ともなっているらしい。
「派手」を体現した天元だからこそできる、派手に敵を倒すために作られた呼吸なのだろう。
天元が蝶屋敷ではできないといった理由がよくわかる。人が密集したあそこでやったならば、うるさい爆音で、苦情の嵐が殺到しただろうな。
「……で、この型の時はこうだ。それで……」
そんなことを考えている間に、天元が音の呼吸の型を説明を交えながら一通り見せてくれた。
天元の動きはすべて見ていた。俺ならば再現できるだろう。
あとは爆発だが、周りに被害を与えないために爆発範囲はかなり狭いと見える。
それならば、一発で成功できるだろう。
「ふぃー。一通り見せたぜ。どうだった?」
型を全て見せ終わった天元が、僅かにかいた汗をタオルで拭う。
「ああ。お前の動きが精密なおかげで一度見ただけで覚えることが出来た」
「……は?」
天元が唖然としている。カナエと言い、天元と言い、そこまで驚くほどのことではないだろうに。
「え……?おいおいおいマジで?俺の動きを一回見ただけで覚えたのか?嘘だろ?」
天元はまだ信じられていない様子だ。そこまで取り乱さなくてもよいのだがな。
「嘘ではない。覚えた証拠を見せてやる」
そう言い、俺は先ほど天元が見せてくれた音の呼吸の型、その一つ一つを忠実に再現する。
「マジだわ……お前どんだけすげえんだよ……」
俺の動きは天元の目から見ても文句がないものだったらしい。
「おい……ひょっとして、お前他にも呼吸覚えてたりする?」
いまさらか。まあ、そのことについて言っていないから聞かれても仕方がないか。
「ああ。花の呼吸と蟲の呼吸。その二つを覚えている。たった今そこに音の呼吸が加わったがな」
「……一日で?」
「無論だ」
「……はぁぁぁー」
天元はため息を吐き、その場に座り込む。
「最初見た時からこいつはヤベエとは思っていたがよ……。派手に予想以上だぜ……。おかしいと思ったんだよ。雷の呼吸も知らないのに音の呼吸を覚えようとかよ」
「音の呼吸の習得を認めてくれるか?」
俺は天元に問う。カナエとしのぶの時は手合わせをしたものだが、天元はどうなのだ?
「ああ、いいぜ認めてやる。そのかわり……」
そのかわり?なんだ?
「蝶屋敷でのことを教えろ。派手に興味がある」
「そんなことか。それぐらいでいいなら、話してやる」
「そうか!そんじゃ今日は泊まってくか?もう日が沈むしな」
「ああ。そうしよう」
「……だっはっはっは!マジか?あのカナエが?大泣き?はーっはっは!」
「そこまで笑うことでもないだろう。別に人間泣くときは泣くものだ」
俺と天元は三人の嫁たちと蝶屋敷での日々を話しながら夕食をとっていた。
四人とも俺の話を興味深そうに聞いていた。
「でもカナエ様が自分の感情を出すことってあまりないような感じがしますからね。珍しいのではないですか?」
天元の嫁の一人、雛鶴が口をはさむ。
「そうなのか?俺が見ている限りではそんな感じではないようだが」
泣いたり、赤面したり、怒ったり。カナエは普通の人間と同じだ。いや、少し幼い感じがするかもしれぬ。
彼女は早くに両親を亡くした妹のために姉として取り繕わなければならなかったからな。
その反動が来ても不思議ではあるまい。
「いやさ、俺も柱合会議でカナエがあんなに怒るのなんて初めて見たからな。珍しいと思うぜ」
「そんなものか?怒ることなどそう珍しくはないと思うが」
「ってか、アノスって怒るのか?あんまそんな印象ねえんだけど」
「俺とてあるぞ。まあ、怒らせた相手には相応の罰を受けてもらうがな」
「その罰ってのは……やっぱいいわ。聞くのが怖くなってきた」
天元がおじけづいたような表情を見せる。まったく、勇気がないやつだな。聞いたところで天元がその罰を食らうわけでもないだろうに。
「それにしても、アノスさん花の呼吸と蟲の呼吸を一回見ただけで覚えたんですね……」
天元の嫁の一人、まきをが話を変える。その話か。
「まあ、二人とも動きがとてもよかったからな。おかげで一日で覚えることが出来た」
「まあ、俺は二人のように音の呼吸で手合わせはできねえな。俺が木っ端微塵にされちまう」
「えっ?天元様がですか!?」
天元の嫁の一人、須磨が声を張り上げる。
「余裕で俺の走りについてきたり、っていうか追い抜かされかけたり、音の呼吸を一回見ただけで全部覚えるような奴だぞ?勝てるわけがないっての」
まあ、賢明な判断だな。天元と手合わせしても一合と持たずに爆破されるのがオチだ。
「それよりも、カナエとしのぶがお前の弟子になったことのほうが驚きだわ。なんだその稽古。一本取るまでひたすら木刀で殴り続けられるのって、控えめに言って地獄だろ」
「なに、こちらの世界では魔法が使えないからな。あれでもかなり稽古としては軽いほうだ。魔法が使えるなら、もっと厳しくしている」
「お前の世界にますます興味がわいてきたわ。どんな世界だそれで軽いって」
夕食が終わった後も話は続く。
「でもお前カナエに魔法使ったんだろ?聞くところによると一年ぐらい復帰できないとかだったじゃねえか」
ふむ、情報が早いな。それを知っているとは。というか、こういうのは簡単に広まってはいけない気がする。
「あれは特別だ。あんなのを何回もやっていては、俺の神経が持たぬし、世界が持たぬ」
「なんで派手にスケールのでかい話になっちまうんだよ……。しかし、フーン、特別、ねえ……」
何やら天元が含んだ言い回しをしてくる。少し目つきがニヤニヤしている。
「なんだ?」
「いや、なんでも。それより、気付いてるか?」
「当たり前だ。俺を誰だと思っている」
天元も気付いていたか。まあ、天元は柱だ。それくらい、わけもないだろう。
雛鶴たちに何やら指示をしていたようだしな。
「二十、いや三十いるか?滅茶苦茶いるぜ。なんだよ、基本鬼って群れないだろ……」
「普段群れないはずの鬼が群れるということは、そういうことだろう」
おそらく、この屋敷を鬼の群れが取り囲んでいる。大方、前に話に聞いた
「これ……多分お前を狙ってんじゃないのか?」
「恐らくな。童磨が俺のことをしゃべったのだろう」
「童磨ってあれか?お前がボコボコにした上弦の弐とかいう」
そんなことを話しながらも、俺たちは戦闘準備を整える。俺はまだ自分の日輪刀を持っていないので、天元のスペアの日輪刀を借りた。
すると、天元が突然こんなことを提案してきた。
「派手にいいことを思いついたぜ。音の呼吸で鬼を倒せば、音の呼吸を取得したって認めてやるよ」
全く。こんな時に何を考えているのかと思えば、そんなことか。
「その程度でいいなら、乗ってやろう」
「おーおーおー。派手に威勢が良いじゃねえか。そんじゃあまあ、派手に鬼狩りだ!」
そう叫んだかと思うと、天元は障子をスパァンと勢いよく開け、外に出ようとした。
瞬間、俺はその障子の向こうから放たれる異様さを感じ取った。障子の外に、鬼がいる。
「天元!」
そのことを、天元に警告しようとした。
しかし、俺が警告する前に、何者かによって障子が開かれた。
「ヒイイイイイイイイ」
開かれた戸からぬらりと地を這いながら現れたのは、怯えた声を放つ、一人の小柄な老人だった。
かませの肆、襲撃!