Fate/Grandwars 〜亜種聖杯大戦〜 作:ももももると
魔術王を騙る者による、数千年にも及ぶ殺人計画……いや、死を恐れた魔神による創世記は、人理継続保障機関カルデアと最後のマスターによる7つの特異点を巡る"偉大なる旅路"の果てに打ち破られた。
おめでとう、人類の諸君。
君達は"来るはずの無かった明日"を取り戻した。
しかし、戦いはこれで終わりではない。
これは、四つの亜種特異点探索の裏で巻き起こった"偉大なる戦争"の記録。
───────雨。
まるでバケツの水を思いっきりひっくり返したかの様な土砂降りが降る昼過ぎの住宅街。
そんな街の中を、黒いロングコートを纏った女性が一人、幼い少年を抱きながら駆け抜ける。
傘もささず、また水溜まりを気にする様子もないまま女性はなんの躊躇いもなく水溜りを踏み抜いた。
その腕に抱いた少年に対し、
『君は、私が絶対に護るから』
と何度も呼び掛ける。
抱き抱えられている少年はそれに対して何の応答もせずに、ただ項垂れたまま、右目からは明らかに普通ではない量の血を流していた。
『君が失った右眼、必ず見えるようにしてあげる』
女性は宥める様に少年へと告げ、それからは何も言わずにある場所へと駆けて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……いつの間にか寝てたか」
時刻は18時半。
薄暗い部屋の中で、青年─時谷冬葵はベッドの上で目を覚ました。
カーテンを締切っているせいで、外の様子は分からないが、先程から雨音がずっと聞こえる。外は雨が降っているのだろう。
ムクリとベッドから起き上がり、そして伸びをする。
じわりと浮き出た涙を拭い、そして立ち上がると、自分の部屋を出てから1階下のリビングへと向かった。
怖い程に静まり返ったこの家
一人で住むには余りにも広すぎるこの屋敷に、冬葵は"今の所は"一人で住んでいる。
元を辿ればこの家は自分のではないのだが、本来の屋敷の主は2ヶ月前から『しばらく留守を頼むよ』という書き置きだけを残して家を出てから何の音沙汰もない。
"便りがないのは良い便り"なんて言葉があるが、今や送信ボタンを押すだけで一瞬でメッセージが届く現代…… メールや電話の1つ位はくれてもいいはずだ。
「本当、いつも勝手だな"師匠"は……」
リビングに飾ってある幼い頃の写真を見て俺は呟く。
"師匠"と呼んだ右眼に眼帯をつけた赤髪の女性に後ろから抱きつかれている幼い頃の自分。
とある理由で親が居ない冬葵の母親代わりとして、生きる上で大事な術や、"色んな"事を教えてくれた師匠。
中学生になってからは、いきなり家を出て、そして突然帰ってくる事が当たり前にはなっていたので、今更2ヶ月も家を空けることに対して不安や驚きはないが……
連絡は位はして欲しいものだ。
「それにしても腹減ったな……」
思い返せば、かれこれ昨日の夜から何も食べていない。
昨晩この屋敷の地下室で、とある興味深い物を見つけてから時間も忘れて夢中で取り組み、そして眠気の限界を迎えて部屋で寝ていたらこんな時間。
冬葵は買い溜めておいたカップラーメンにお湯を注ぎ、3分待ってから、勢いよく麺を啜る。
こんな馬鹿でかい屋敷で、カップラーメンを啜っているのは世界中を探しても自分くらいだろう。本当ならばメイドの一人や二人でも雇ってもいいレベルの大きさはあるのだから。
「次、師匠が帰って来たらメイド雇って貰うように頼もうかな」
たまにはインスタントラーメン以外の物が食べたい。
冬葵ももう高校生、その上いきなり数ヶ月は余裕で家を空ける人間と暮らしていたら家事位は出来るのだが、料理だけはどうにも苦手だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
食事を終え、時刻は20時を回った。
とりあえずお風呂を済ませ、冬葵は懐中電灯を片手にとある場所へと向かう。
「今日も徹夜ルートかな」
薄暗い廊下を明かりで照らし、とある古びた扉の前で足を止める。
そのままドアノブへと手をかけ回すと、ギィィィという軋んだ音と共に、地下室へと繋がる階段が姿を現す。
石で出来たその階段を、転ばないように慎重に降り、辿り着いた先には山の様に積まれた書物やどうやって使うのか分からない様な器具で溢れかえった部屋が冬葵を迎えた。
机の上へと置いてあったマッチに火をつけてランタンへと火を灯すと、暗かった部屋は申し訳程度に明るくなる。
「さて、今日もやるか」
冬葵は机の上に栞を挟んで放置していた国語辞典なんかよりも数倍分厚い本を開いてそう呟く。
今からやる事は書物の解読。わざわざこんな分厚い本を解読しようとする理由が冬葵の左手の甲にある。
……5日前、突然左手の甲へと現れた謎の紋章。
最初こそ火傷か、痣か何かかと思ったが、怪我をした記憶はない。
それに痣と呼ぶには何処か不自然な感じがして、これが何なのかをはっきりさせるべく様々な参考文書のあるこの部屋に篭もり、正体をはっきりさせようと寝る間を惜しんでいるという事だ。
今のところ、正体は分からない。
「ダメだ、分かんねえ」
解読開始から4時間、既に0時を過ぎ日を跨いだ。
今日は学校があると言うのに、また夜更かしをしてしまう。
「なんかもうちょいで答えに辿り着けそうなんだよなぁ……」
一度やると決めると、活動限界が来るまでやろうとする程諦めが悪いのは昔からの性格。
勿論この性格が良いように向くこともあれば、今のように本来やらないといけない事を差し置いてまでやろうとするという悪い様に向くこともある。
「あと2時間……! それで無理なら寝よう」
とりあえず仮の限度を決め、解読を続ける。
思い返せば昨日も同じ時間帯に『あと2時間!』と言って結局日が昇るまでやった気がしたが、考えない様にした。
◇◆◇
「……」
嫌な予感は的中、冬葵はこの日寝坊した。
まだちゃんとした確信はない上に、地下室故に窓がないので陽の光は見えないが、目を覚ました身体の感覚で今が11時くらいだと分かる。
いつ寝たか記憶にないが、恐らく5時を過ぎた辺りで気を失った気がする。
とりあえず文書の解読は一旦中止して、地下室からリビングへ。
とりあえずカーテンの下から漏れている光で今が朝だというのは分かった。気が散るから という理由でリビングに置いていたスマホを開くと、案の定時刻は11時過ぎ。そして『夏希』から3件ほど着信が入っていた。
「今更行っても遅刻確定だしな……」
無断ではあるが、大人しく今日は休む事にして、カップラーメンにお湯を注いで麺を啜る。
とりあえず、昨日の成果を振り返ろう。
この、左手の甲の痣か火傷かよく分からない物に付いては相変わらず不明。
だが、昨日解読していた文書に、『令呪』というなんだか引っかかるワードがあった。
『英霊』を律する3画からなる刻印…… ということらしいが。
「英霊って、英雄の霊って事か……? 霊を律する刻印ってなんだよ」
そして、その『英霊』とやらを降臨させる儀式についての説明までもがあった。
ご丁寧に必要な道具と詠唱もだ。
あんな本が家にあると言うことは、過去に師匠か誰かが『英霊』とやらを降臨させようとした…… という事になる。なんの為に?
左手の痣について知りたかっただけなのに、何だかとんでもない事を知ってしまった気がする。
「それにしても、日に日にくっきりしてんな……」
左手の甲に浮かんでいた痣の様な物も、明らかに濃さを増してきている。
もしや……この痣……?
「……とりあえず解読進めるか」
食べ終わったカップ麺のゴミを捨て、冬葵は地下室に戻ることにした。
◇◆◇
「……ふぅ」
本を閉じ、冬葵は溜め息をつく。
とりあえず分かった事がある、それは不味い事に巻き込まれているという事だ。
ある日突然現れた左手の甲の痣の様な物……
どうやらこれは『令呪』の兆しらしい。
聖杯戦争。
どんな願いをも叶える万能の願望機である聖杯を、7人の魔術師と、その魔術師が従えるサーヴァントと呼ばれる英霊が奪い合う血塗られた戦争。
その聖杯戦争に参加する権利を持つ者に与えられるのが、この令呪。
何故そんな物が自分に与えられたのか…… なんて、理由は分かっている。
自分が"魔術師"と呼ばれる人間だからだろう。
「……つまり今の俺には聖杯戦争の参加資格があるって事か」
左手の甲に刻まれた"兆し"を見つめ、ポツリと呟く。
願いを叶える願望器…… そしてそれを奪い合う7人の魔術師……
聖杯が何故自分を選んだのかはよく分からないが、間違いなく言える事があるとしたら、この街で争いが起きるという事だ。
何の罪のない人が巻き込まれる可能性だってある、それはどうしても許せない。
とはいえ止める手立てもない。相手は『過去の時代でそれなりの戦果を残した英雄』なのだ。
幾ら自分が魔術師と言えど、そんな奴らに真っ向から向かって戦いを止めるなんて出来るのだろうか。
「……目には目を か」
英霊には英霊を。
こちらも英霊を召喚し、この英霊同士の血塗られた戦争を止める。
そして……
「やる事は決まった」
椅子から立ち上がり、冬葵は読み解いた文献を再び開く。
◇◆◇
「マジでなんでもあるなこの地下室……」
埃被った棚を開き、ある物が入った試験管を取り出す。
中身は水銀、あの文献に書いてある事が正しいなら、英霊召喚に必要なものだ。
英霊召喚について記された文献があるならば、それに必要な道具もあるはずだ と睨んで探し始めたが、まさか本当にあるとは思わなかった。
「で、これで魔法陣を引く……」
本に書かれていた通りに魔法陣を描く。
なんだかワクワクしてきている自分に少し嫌気が差す
「で…… 触媒? そんなもんは無いし、俺の召喚に応じてくれる英霊が来てくれる事を祈るしかないな」
用意は終わった、後は呼ぶだけ。
俺は魔法陣の前に立ち、静かに目を閉じる。
心は鏡面の水面の如し。落ち着かせ、邪念は捨てる。
そして、詠唱を口にする。
『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ
閉じよ
閉じよ
閉じよ
閉じよ
閉じよ
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。
告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ ……だっけ?』
───────応答は無し。
魔法陣はうんともすんとも言わない。
「……失敗か?」
やはり無謀だった、触媒もなしに英霊を呼ぼうなんて。
そもそも俺が今からやろうとしている事は───────
その時、魔法陣が赤い輝きを放つ。
巻き起こる風に煽られ、本や器具は散乱。片付けが一気に面倒な事になった。
「時間差かよ……!」
目も開けられない程に眩い光を放つ魔法陣から……
一人の男が姿を現した。
『───────お前がマスターか、酷い面構えだ』
白い髪に黒い肌。両手に握られた二丁拳銃。
彼が何の英霊なのかは分からないが、何処か感じる安心感。
『まぁいい、おかしなナリをしているがアーチャーだ。せいぜい上手く使え』
こうして、俺とアーチャーの二人による聖杯戦争が幕を上げるのだった。