面倒くさいので、取り敢えず寝る(完結) 作:とんこつラーメン
「それは…どういう事ですか……」
「言葉の通りです」
理事長室に呼び出された千冬と真耶は、自分の耳を疑った。
目の前には厳しい顔をした初老の男性が座っている。
彼こそが、このIS学園の真の理事長『轡木十蔵』その人である。
普段は己の妻を表向きの理事長として、自分はどこにでもいる用務員として振る舞っているが、今回のような有事の際には本来の役職に戻るようにしている。
「あの謎の正確無比な狙撃を行ったのが、ウチのクラスの相良さんで……」
「それと引き換えに、全ての単位を免除した上で自由登校にした…ですって…!?」
「はい。その通りです」
到底、信じられることではなかった。
幾ら敷地内とはいえ、三年生校舎から第一アリーナまでは相当な距離がある。
普通ならば到底不可能な狙撃を、見事に成功させてみせた。
それを行ったのが自分のクラスの生徒だと聞かされ、誰が素直に信じるだろうか。
「彼女にはそれだけの能力があり、あの時はそれが最善だと判断した。今でも、その判断が間違っていたとは思っていません」
「確かに…アレによって謎の機体の撃破には成功し…怪我人なども全く出ずに済んだ……だが…!」
「言いたいことは分かりますが、これは彼女自身も納得した上で交わされた約束です。決して蔑には出来ません」
「…でも…だからって! それじゃあまるで…相良さんの学生生活と生徒達の命を天秤に掛けたみたいじゃないですか……」
「実際に私は天秤に掛けました。その上で相良さんの力を借りようと思った。それだけです」
「「…………」」
本当は二人だって分かっているのだ。
加奈がいなければ、どれだけの被害が出ていたか計り知れない。
もしも、あの場に彼女がいたら、千冬も思わず助力を請いていたかもしれない。
その気持ちが理解出来るからこそ、千冬は強く言えなかった。
「実際、相良さんは実技の授業には全く出ていないと聞いていますが?」
「はい…彼女は入学してからこっち、一度も実技系の授業には出席していません……」
「恐らく、それが彼女にとっての最低限の許せるラインだったのかもしれませんね……」
「理事長…相良さんについて何か知っているんですか?」
「それは……」
意味深な言葉を放った轡木に、思わず真耶が質問をする。
すぐに失言だったと悟るも、一度出した言葉は戻せない。
「…彼女は…相良加奈という少女は、全ての人類を疾うの昔に見限っているのです」
「み…見限っているって……」
「話だけは聞いていましたが、実際に会話をして確信しました。彼女は、この学園の生徒や教員が何人死んでも顔色一つ変えないでしょう。それ程までに、相良さんは人類に絶望している」
話している轡木自身も相当に辛いのか、苦虫を噛むような顔をし、痛々しいまでに拳を握りしめている。
それ程までに、彼もまたショックを受けているのだ。
「ですので、これから先…彼女が教室に入る事は一切無いと思っていた方がいいでしょう。まともなコミュニケーションはまず不可能でしょうから」
「私は……弟や教え子達の命を救ってくれた者に礼の一言すら言えないのですか……」
「もし仮に言えば、却って彼女の逆鱗に触れるだけでしょう。相良さんが求めるのは礼の言葉ではなくて自由なのですから」
「それは…彼女が保護プログラムにて縛られた人生を歩んできたから…ですか?」
「それもあります。ですが……」
ここで言葉が止まる。
いつもは全てをハッキリと答える轡木にしては珍しい反応だ。
それだけで、二人は変に勘ぐってしまう。
「もしかして…理事長は何か知っているんですか? 相良さんが極度なまでの人間不信になった原因を……」
「知っていますが……言えません。これは最上級機密事項に抵触するので……」
「担任である私達にも…ですか……」
「担任だからこそ…ですよ。世の中には知らない方が良い事も沢山ある。特に織斑先生、貴女はね……」
自分を名指しにする。
そうされると、嫌でも千冬は理解してしまう。
彼女もまたISによって人生が歪められた人間の一人なのだと。
「一応、忠告しておきますが…『お友達』を使って探ろうなどとは思わない事です。もしも知ってしまえば、貴女は確実に自分で自分を殺したくなる。優秀な教員をまだ失いたくないのでね」
「……分かりました」
自分の考えを先読みしたかのように忠告を受ける。
やっぱり、この人にだけは敵わないと実感した。
「相良加奈さんはこれからもIS学園に在籍し続けますが、それだけです。彼女の事はもう忘れた方が良いでしょう。向こうもそれを望んでいる筈です」
「「はい……」」
納得できたわけではない。納得できる訳がない。
自分達に出来なかった事を、やらなければいけなかった事をしてくれた少女に恩返しは愚か、近づくことすら出来ないと言われているのだから。
「では…失礼します……」
暗い顔のまま、千冬と真耶は理事長室を静かに後にした。
残されたのは、目を瞑って眉間に皺を寄せている轡木だけだった。
「全ては…私たち大人の罪…ですか……」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
『軍曹殿。前々から疑問に思っていた事があるのですが』
「なぁ~に?」
寮にある自分の部屋のベッドの上に寝転びながら、タブレットで色んな観光サイトを眺めていると、いきなりあるが質問をしてきた。
アルからの質問というのは割と珍しい。
『どうしてM9を『
「主な理由は二つ。一つ目は面倒くさいから。二つ目は……」
『二つ目は?』
「強すぎる力なんて必要ないから」
過剰戦力なんて邪魔なだけ。持ってるだけで災いしか呼び込まないんだよ。
それだけの責任も覚悟も最初から持ってないしね。
「アルだって分かってるでしょ? 『
『そうですね……機体性能は勿論ですが、何よりもあの『
「『
『そうでしたね。すみません。失言でした』
「別にいいよ。今度から気を付けてくれれば」
そもそも『妖精の目』だけでも十分にチートだしね。
それ以上は必要ないっていうか。
「もう二度と、こんな事が無いように、今度からは本当に徹底しないとね」
『軍曹殿のIS嫌いは治りそうも有りませんね』
「治るわけないよ。治そうとも思わないし。何が悲しくて、あんな『欠陥だらけの大量破壊兵器』を自分から好きにならないといけないのさ」
『大量破壊兵器…ですか』
「何も間違ってないでしょ。ISのパワーアシストさえあれば何でも壊せる。誰でも殺せる。女しか起動できないっていう致命的な欠陥があるとしても、あれが危険な代物であることには変わりがないんだから」
『…否定は出来ませんね』
「でしょ? ISってのは麻薬と殺人兵器を悪魔合体させたような物さ。一度でも、その破壊力と性能を知ってしまえば、その瞬間に虜になって、もう二度とその魅力には抗えなくなる。そして段々とIS無しの人生なんて考えられなくなる。専用機持ち達が一番分かりやすい例だろ」
『そうかもしれませんね。データによると、専用機を所持している代表候補生達の中には、まるで何かに憑りつかれたかのように自分の機体を溺愛している人間もいるとか』
「そして、その麻薬を世界中にばら撒いたのが……」
『ISの生みの親である篠ノ之束……。本人はあくまでも『ISは宇宙活動用のパワードスーツ』と言っているようですが?』
「そんなの、単なるポーズに決まってるって。そうでも言っておかないとISの世間体とかが悪くなるから。実際に、今まで生み出されてきたISで一機でも宇宙空間で活動をした奴がいるの? いないでしょ。つまりはそーゆーこと」
目が疲れたので少しだけ揉んでから、ゴロンと仰向けになる。
「そもそもさ、あの自作自演のデモを見た時点で子供でも分かるじゃん。ISは兵器だって」
『デモ…といいますと、例の『白騎士事件』の事ですか?』
「そ。その事件。もうアルも分かってるとは思うけど、あれは天災兎が何らかの方法でミサイルの発射装置をハッキングしてから……」
『織斑千冬が乗る白騎士に迎撃させた』
「もしも本当にISが兵器じゃなかったら、あんな事をする必要は何処にも無かった筈だ。他にもISの性能をアピールする方法は色々とあるんだから。それなのに、あの女はそれをせずにISの兵器としての性能と恐ろしさだけを世界に広めた。ってことは、最初からISは初期の設計段階から殺戮兵器として運用することを想定していたって事になる。実際、ISは兵器として世界に認知されていった」
『その割には、博士はコアを467個しか製造しなかった。それは何故?』
「その答えもまた簡単だよ。既存の兵器を完全に凌駕する性能を誇るISの心臓部ともいうべきコアが一定数しか存在しない。下手をすれば自分達の国にはコアが手に入らない。となれは必然的に……」
『戦争状態に突入する…ですか』
「アルくん、またまた正解。あの女は自分の産み出した武器を巡って他の人間達が右往左往して殺し合う様を見たいのさ」
『全く以て生産性が無い行為と思われますが……』
「天才って人種に人間の常識を当て嵌めちゃダメだよ。奴らは往々にして『手段』が『目的』になっているような連中なんだから。ウチの馬鹿親が最たる例でしょ」
『軍曹殿……』
「『身内』って言って妹や親友を大事にしている風に見せているのは、自分の事をまだ真面な人間だって主張したいからだろうな。もしくは、現実を直視出来ていない幼稚園児以下の精神の持ち主か。もしかしたら両方かも知れない」
『ですが、そうなると……』
「必要なくなれば、簡単に妹も親友も切り捨てるよ。だって、天災兎からすればアイツ等はあくまでも都合のいい道具に過ぎないんだから。捨てる時は一瞬さ。飲み終えた缶ジュースの空き缶を道端にポイ捨てするようにね」
『自分以外の人間は須らく無価値…ですか』
「本人はそう思ってるな。間違いなく」
『狂ってますね。だからこそ天才と呼ばれる存在になれたのでしょうが……』
ベッドから降りて、キッチンにある冷蔵庫から麦茶を取り出し、そのままがぶ飲みする。
コップを出すなんて面倒くさい。私一人しかいないんだから問題無いよね。
「ぷは……。女性権利団体を放置しているのもワザとだろうな。自分の事を神のように崇め奉ってるんだから気分がいいんじゃない? 噂だと、権利団体本部のロビーには天災兎の金の像が立ってるらしいし」
『完全な成金趣味ですね』
「気持ち悪い事この上ないよね。もしかして、奴の背後には権利団体がいたりして」
『可能性としては十分に有り得るかと』
「女だけしか動かせないっていう欠陥も仕様に違いないな。そうやって国と国だけでなく、男女間でも争いを誘発させてから世界を更に混乱させたかったんだろう。現実として世界は現在進行形で女尊男卑になっているし」
『では、織斑一夏が男でありながらISを動かせたのも彼女が関与しているのでしょうか?』
「それに関しては彼の生まれも関係してくるけど、それとは別にウサギが関わっているのは絶対だと思う。世間に更なるスパイスを加える為に」
『この世界は篠ノ之束の掌で踊らされているのですね』
「そうなるように仕組んだんだから当然でしょ。だからこそ分かる事もあるんだけど」
『分かる事とは?』
「……これはあくまでも私の予想だけど、向こう十数年の間にまず間違いなく、この世界は滅びるよ。ISに依存し過ぎた人間達と篠ノ之束の手によって」
『世界の滅亡……』
「いや…違うな。とっくの昔に世界は滅びの危機に瀕している。誰も彼もがISという甘い蜜で目が曇って気が付いていないだけで。生まれたばかりの赤ちゃんが男だったって理由だけで殺されるような世界に未来があるわけがない。寧ろ、滅びは必然だとも言える」
『統計では、ISが誕生してから死亡した男の乳幼児の数はIS誕生前の数百倍となっています』
「本当に…世の中クソだな。IS学園もそうさ。名目上は学校法人になってるけど、実際には単なる兵士養成学校だ。自分達が教えられていることが本当は『どれだけ効率よく人間を殺せるか』の技術だって事に誰も気が付いていない」
『私もここの教科書を拝見しましたが、お世辞にも高等学校で教えるような内容ではありませんでした。参考書を全て読破して再現すれば、立派な人殺しが完成するでしょう』
「私がIS学園を嫌悪する最大の理由がそれだよ。それに全く疑問を持たない生徒達も好きじゃない。関心すら持とうとも思えないね。道端に転がっている石ころの方がまだ価値がある。誰かが言ってたような気がするけど、ここの生徒は意識が低すぎる。近い将来、死ぬ程に後悔するのは自分自身だってのに」
『改めて、軍曹殿が授業に出たがらない理由が分かったような気がします』
「分かり合えたようでなにより。それでこそ、私がこの世で唯一、信じている大切な相棒だよ」
水分補給を終えた私は、電子煙草を口に咥えながら再びタブレットを眺めながら初めての旅行先をどこにしようかネット内を散策する。
ふむ…まずは国内とかいいかもしれないな。
トゥルーエンドのフラグが立ちました。