CUE!~Si Vis Pacem, Para Bellum~   作:ラッキー

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序章、そして出会い

 

 

 炸裂。

 

 何十、何百もの破片が四方八方へ飛び散る。

 

 それが突き刺さった瞬間、良く絶叫を奏でなかったと自分自身を誉めてやりたい。

 

 まぁ痛みは感じず、焼けた鉄を押し付けられたような熱を感じたかと思えば気を失い、意識が戻ったのは病床の上であったのだが。

 

 これからどうするべきかーー長期に渡るリハビリが必要な人間に居場所はないだろう。

 

 

「ーー……本当…どうするべきかな」

 

 小さく呟かれた言葉が向けられた先は窓ガラス越しに見える清々しい程に晴れ渡った空だ。この空のように気分も晴れれば良いのだがーー生憎と彼はそんな心持ちには到底なれなかった。

 

 

 

 

 前十字靭帯断裂、半月板断裂、脚部へ深々と何十も突き刺さった破片による切創。挙げればキリはないが再建手術やリハビリ、再入院も含めれば以前のように活動出来るまでに約1年もの歳月が掛かった。

 

 とはいえ主治医によれば「状況からして普通なら死んでいた」と言わしめる程度には彼が退職する原因となった“事故”は生死に関わるそれであったらしい。

 

 高額療養費制度を利用しなければ、かなりの金額を自己負担で支払わなければならなかっただろう。軽く見積もっても数百万だ。賄えるだけの貯蓄はあったがーー流石に彼も国の恩恵に預かる事にした。

 

 なにせ退職の決意を固めており、次の就職先が決まるまでの期間は彼曰く「お情け」で職場に居られたのである。退職後に待つだろう様々な支払いーー税金や光熱費、通院や医療費の負担を考えればなるべく支出を減らしたいのは当然だ。

 

 18歳から世話になった職場だがーー松葉杖を突いて歩く人間への視線は冷たい。事情を知っている者は色々と気遣ってくれるが、それを知らない者達からは廊下で擦れ違い様のあからさまに邪魔だと言わんばかりの視線を感じてしまう。

 

 それが余計にストレスとなったのは言うまでもない。耐性はあると思っていたが、彼も人の子であり中々堪えたようだ。

 

 兎にも角にもーー松葉杖を使わずとも“一応”は膝へ装具を付けて一人で歩けるようになれば彼は次の就職先を探し回った。

 

 これだと思う求人票を見付けては給料や勤務時間、勤務先、様々な条件を考慮しつつ就職活動を続けた。

 

 だが届くのは不採用通知ばかりという有り様だ。しかし当然である。

 

「ーー直ぐに働けますか?」

 

 面接で尋ねられた質問に彼は首を縦に振れなかったのだ。なにせまだ完治に至っておらず、無理が出来る身体とは世辞にも言えない。

 

 しかし数十以上の会社へ不採用の烙印を押され続けたが、遂に一社だけとはいえ彼を採用しても良いという場所があった。

 

 社長との面接に臨んだが中々に出来た人物で「身体を治しながら仕事を覚えて欲しい」と彼を迎え入れる事を約束してくれたのだ。

 

 それを受けて彼は18歳から7年を過ごした職場を退職。事情を知る者達は退職を強いる風潮が強かった事を詫びながらも次の人生へ歩み出す彼を送り出してくれた。

 

 彼を採用した警備会社は工事現場などへ警備員を派遣する業務などを行っていたがーー流石に彼を派遣するのは見送られ、管理業務が主な仕事となった。

 

 元々能力が高いのもあり、すぐに仕事を覚えて順応したのだがーー人生というモノは中々どうして上手く行かないモノだ。

 

 

「ーー君を疑っている訳じゃないんだが…」

 

 重々しい口調で切り出した社長の顔色はあまり宜しくない。彼を経営する会社へ招いたのは約3ヶ月前の事だが、当初に比べると老け込んだようにも見える。

 

 正確に言えば老け込んだのはここ1ヶ月の事だがーー兎も角として彼は試用期間の3ヶ月が終わる数日前、出勤するとルーティンと化している喫煙所での一服をしていた。

 

 愛煙のラッキーストライクをソフトパックから振り出して一本を銜え、慣れた手付きでジッポの火を点ける。紫煙を燻らせていると普段よりも早く出勤した件の社長が現れ、彼を社長室へ招いたのだ。

 

 まだ吸いかけの煙草を消してから社長の後へ続いて社長室へ足を踏み入れる。勧められた応接用のソファへ腰掛けると切り出されたのはーー早い話が俗な言い方をすれば“クビ”である。

 

 勤務態度に問題がある訳ではない。新入社員である為、誰よりも早く出勤し、お茶汲みや電話対応などの雑用までこなしつつ与えられている管理業務へ精を出している。

 

 では何が問題なのか、と言えばーー横領の疑いが掛かっているのだという。それを言い出したのは専務や部長であるらしい。

 

 妻子がそのポストへ収まっており、彼に嫌疑が掛かった当初から社長へ早く退職させるよう求められていたのだという。

 

 しかし彼が横領を行った、という確たる証拠はない。なにせ金庫や口座の暗証番号を教えていない所か知る術もないのだ。本人からすれば知りたいとも思わない上に知る必要もない、と答えるだろう。

 

 社長も彼を庇っていたが、昨夜は自宅で激しい口論に発展したのだという。

 

 ほとほと疲れた様子なのはその為か、と彼は納得してしまった。

 

「……こんな自分を招いてくれた社長には恩があります。まだ試用期間も終わっておりませんが……お世話になりました」

 

 溜め息をひとつ吐き出した彼は頭を深々と下げる。それに社長も同じだけ頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く以て人生とは上手く行かないモノだ。

 

 彼は溜め息と紫煙をミックスさせた息を吐き出す。この界隈では珍しい事に灰皿が外へ置かれたコンビニの前で一服つけ、短くなった煙草の火種を潰して捨てると生地が黒く丈の長い外套(トレンチコート)の裾を翻して立ち去った。

 

 退職勧奨ーーとは聞こえこそ良いが、ただの自主退職の体となり、面談の翌日に2ヶ月と半月を過ごした会社を後にした彼は次の就職先を探す為、公共職業安定所(ハローワーク)へ通う必要があった。

 

 通い始めて3週間。易々と次の就職先が見付かる訳ではない。長々と就職活動を続けても貯蓄という名のタイムリミットも存在する。

 

 季節は夏を過ぎて今は9月の半ばを過ぎた。1ヶ月程で本格的な秋の到来を思わせる肌寒く、乾いた風が吹き初めるだろう。外套を背広の上から羽織っている彼の服装からして例年よりも早くその時は訪れるかもしれない。

 

 その頃には月々の家賃、光熱費、税金の支払いは兎も角として一週間の食費を削るはめになりかねないのはゴメンだ。良くも悪くも彼という人間は身体が資本だ。一食を抜けば自身の肉体がどのような状態となるかは彼が誰よりも知っている為、食事を抜くような愚は犯さないものの将来の不透明さから不安ばかりが募る。

 

 大型自動車の免許は持っている。その資格を用いてトラックのドライバーも良いかもしれない。経験はないがーー慣れればなんとかなるだろう。フルタイムの定職ではなく、こうなればアルバイトでも構わない。

 

 それを思い付くと彼は足を止めて踵を返した。

 

 向かう先は十数分前まで職探しをしていた職業安定所だ。

 

 外套の裾を翻して歩き始めようとした刹那、背後で人が転倒したのか「痛ッ」という声が彼の耳朶を打った。

 

 肩越しに振り向くとーー色素の薄い亜麻色の髪を肩ほどまで伸ばし、その髪の一房へ白いリボンを巻いた少女が路上に膝を突いている。端正だが、幼さが残る顔立ちは少女が子供から大人への階段を昇ろうとしている年頃を思わせた。

 

 知らぬ顔でその場を離れても良かったがーー足を挫いたのか端正な顔に苦痛の表情を滲ませているのを見れば彼にその選択は生じず、再び踵を返して少女の元へ向かうと片膝を突いて声を掛ける。

 

「ーー大丈夫ですか?」

 

 不意に自身よりも遥かに声が低く、落ち着いたーー大人の男性の声が鼓膜を震わせると少女も顔を上げて眼前で片膝を突いている人間の濃い茶色の瞳へ頭髪と同じく色素の薄い瞳を向けた。

 

 黒い上下のスーツに同色の外套、ライトグレーのワイシャツとダークブルーのネクタイを合わせたコーディネートは少女の記憶から呼び起こしたアニメに登場する怪しい秘密結社か映画のマフィアのようにも映った。それを纏う男性の容姿は長身かつスマートな体型だが、精悍な顔立ちや細く鋭い双眸も合わされば“あちら側”の人間に思えてしまうのも無理はないだろう。

 

「ーーは、はい、大丈夫です。走ってたら転んじゃって…」

 

 痛む足首を擦ると彼も視線を負傷した部位へ向ける。骨折ーーかどうかを判断するには触診するのが手っ取り早いが、下手をすると“事案”となりかねない。視界の端に少女の持ち物だろう鞄が目に入った。歳の頃からして学生だろうか、と予想する。

 

「…あっ、急がないと…!済みません、失礼しま…ッ!」

 

「無理に動かない方が良いですよ。捻挫した可能性が高い。テーピングかガムテープがあれば処置はするが…病院へ行く事をお勧めします」

 

「…お医者さん…ですか?」

 

「いえ、心得があるだけです」

 

 それこそ嫌というほど。舌に乗り掛かった言葉は飲み込んだ。その情報は少女に必要ないだろう。

 

「…たぶん…病院に行く程じゃないと思います。それに…仕事に遅刻しそうだから行かないと」

 

「……仕事?貴女は学生さんでは?」

 

 少女が発した“仕事”という単語に彼は疑問符を浮かべる。確かに義務教育を終えた後に就職する人間も一定数存在するが、少女の雰囲気からまだ世間の荒波に揉まれた経験は少ないようにも感じる。であればアルバイトかもしれないがーー大半の学生はアルバイトへ行く事を“仕事”とは言わない。バイトへ行く、等と言うだろう。

 

 とはいえその疑問も些末な事だ。名探偵宜しく推理をしている暇は少女にも、そして就職活動中の彼にも存在しない。

 

「なら…タクシーを停めましょう。そうすれば仕事先まで…」

 

 少女はやや困惑してしまう。外見は“怖い”と感じてしまうのだが妙に優しいのだ。声音こそ低いが、相手を恫喝するような素振りは全く見せず、落ち着いた声で解決策を提示して来る。

 

「ーーご親切にありがとうございます。でも…直ぐそこですから歩いて行きます」

 

 わざわざタクシーを停める程ではない、と告げると彼は眉間に皺を寄せる。一見すれば顔を顰め、不快を表している表情だがーー少女にはそれが先程まで自身が抱いていた“困惑”の表情である事が不思議と伝わった。

 

「…しかし…その足で歩くのは…」

 

 ーー性根は優しいのかもしれない。外見と性根が相反している眼前の男性が新たな解決策を考えているのがありありと分かってしまう少女は彼が口を開く前に自身から言葉を発する。

 

「ーーあの…お願いがあるんですが…」

 

 前置きを口にすれば彼は少女へ視線を向け、無言のまま先を促した。

 

 その姿に少女は言葉を発しようとしたがーー

 

「あっ…やっぱりいいです…」

 

 生来の小心者のきらいがある故か少女は出会ったばかり、そして名も知らない人物へ不躾な“提案”をするのは憚られてしまう。

 

 やはり自分でなんとかすべきだ、と思いを新たにしたがーー

 

「…自分が出来る事なら力になりましょう」

 

 言い淀む少女の姿を見た彼は眉間を指で揉みながら呟いた。前々職の仲間曰く「お前は目付きが怖い」と注意された記憶が蘇り、図らずも少女を怖がらせていたのだろうかと思い至ったのだ。

 

 努めて眉間の縦皺を解しつつ、声音も幾分か優しくすれば少女はおずおずと彼へ視線を向ける。

 

「…じゃあ…えっと…これ…持って貰えませんか…?」

 

「…む?…あぁ、構いませんが…」

 

 そんな事か、と言わんばかりに彼は少女の傍らにある路上へ投げ出されたままの鞄を拾い上げた。まさかそんな事で躊躇っていたとは思わず彼は拍子抜けした気分を味わったという。

 

「初めてお会いした方に…図々しいですよね…済みません…」

 

「いえ、構いませんよ。この程度ならお安い御用です。それで…仕事先へは?」

 

「あ、そうだった…!急がなきゃ…ッ…!」

 

「…だから無理に歩くのは……」

 

 仕事の事を告げられると少女は弾かれたように立ち上がるが、足首から走る痛みを覚えて再び路上へ踞った。呆れた溜め息を吐き出した彼は片手に鞄を持ったまま少女の片手を取って自身の肩を掴ませる。

 

「ーー立てますか?」

 

「…は、はい…ありがとうございます…」

 

 身長差はあるが、腰を落とす事で合わせた彼は肩を貸したまま少女の案内を受けつつ“仕事先”へ向かうのだった。

 

 

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