CUE!~Si Vis Pacem, Para Bellum~   作:ラッキー

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今日もほのかが可愛い…


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 一 飯は食うものと思うな

 二 道は歩くものと思うな

 三 夜は寝るものと思うな

 四 休みはあるものと思うな

 五 教官は神様と思え

 

 

 

 

 佐々木がコーヒーを啜る陶器の大振りのマグカップには箇条書きされた五つの訓示、落下傘と翼の紋章、そしてダイアモンドを囲う月桂冠の紋章が印字されている。

 

「なにそれ?」

 

 気になったりおが尋ねるも彼は

 

「単なる記念品です」

 

 とだけ返していた。

 

 ふーん、とコーヒーを啜る姿を眺めながら彼女はそろそろ事務所へ戻ると告げ、頷いた佐々木はリビングを抜け出るりおを見送った後、空になったマグカップへ新しいインスタントコーヒーの粉末を適量落としてからケトルで沸かした湯を注いだ。

 

 コーヒーを啜りつつ冷蔵庫の中身ーー昨日、ベッドを購入しに出掛けた際に買い出しをした食材を確認していると掃除や片付けが終わった舞花がリビングへ戻って来る。荷物が少ないのが原因だろう。

 

「ーー舞花は姉弟が多いと聞いているが…急に一人部屋になって寂しくはないか?」

 

 冷蔵庫にある食材の中には挽肉とタマネギなどがある。管理人室に置いているウイスキーと混ぜればーーなどと夕食の献立を考えながら冷蔵庫の扉を閉めるとリビングのソファへ腰掛けた舞花へ尋ねながらコーヒーを啜る。

 

「ないない!全然ヘーキっす!」

 

「そうか。弟や妹達はどうだった?お姉ちゃんが居なくなって寂しがっていなかったか?」

 

「そうでもないですよ?食べれるご飯の量も増えるし、部屋も広くなるしで逆に大喜びっす」

 

「…ふむ…」

 

 最初はそうだろうな、と彼は経験があるのか予想を考えつつシステムキッチンを出ると彼女が腰掛けるソファの対面へ腰を下ろした。

 

「あ…でも…」

 

「ん?」

 

「親は…ちょっと寂しそうでしたけどね…」

 

 それはそうだろう。佐々木は頷きながら大振りのマグカップを傾けて彼女へ先を促した。不安や寂寥の感情は言葉に出来るならば、そして吐き出せるなら吐き出した方が良い。

 

「…家出る最後の日に…お父さんが珍しくラーメン作ってくれてさ…自分が大好きな具沢山特製ラーメン…とっても…美味かったなぁ…」

 

 声音が段々と尻窄みに、涙声も微かに滲み始めた舞花の目尻へ小さな水滴が浮かんだのを彼は見逃さなかった。

 

「…そんなに美味かったのか」

 

「…ぅ…ん…すっごく…」

 

「…羨ましいな…皆や俺にも振る舞って欲しいぐらいだ」

 

「え…?」

 

「キミがそこまで唸る程だ。余程なんだろう。味は覚えているだろうし…姉弟が多いなら料理は作れるな?これからは人も増える。寮生活でもその腕を振るって欲しい」

 

「…それは良いけど…マネージャー」

 

「…なんだ?」

 

「……慰めるの下手」

 

「知ってるよ…」

 

 魂胆はバレていたが、指摘されてもそれは既に自覚している事だ。彼女の言葉に頷きながらコーヒーを啜ってみせるとーー舞花が苦笑を漏らした。

 

 その後、舞花に続いて片付けが終わった志穂もリビングへ現れる。舞花が少し気落ちしている姿を察してからかったのはーー彼女なりの慰めだろうと好意的に受け取りながら眺めていたのだが、かなり過程は端折るものの「部屋で線香を焚いても良いか?」と尋ねて来る。

 

 予想出来なかった質問に流石の佐々木も面食らったのは言うまでもない。

 

「…あー…志穂。どなたか近しい方が…?」

 

「違う」

 

「…違うのか」

 

 報告は受けていないが自身が入社する前に彼女の近親者や親戚、或いは友人が鬼籍へ入ったのかと佐々木は思ったが違うらしい。舞花と志穂が香りについて言い合うのを途中で彼は止めると何故、線香を焚きたいのか問うた。

 

「ーー勿論、リラックスするため」

 

「…そうか」

 

 リラックス出来るのだろうか、と彼は考え込む。線香の香りは嫌いではないのだがーーどうしても仏前や葬儀、死を連想してしまう。

 

「志穂は実家がお寺だからリラックス出来るかも知れないけど…」

 

「…じゃ…いい。諦める…」

 

 嘆息と共に何処か落胆した雰囲気が漏れ出る志穂を見て佐々木は溜め息を吐き出した。

 

「……取り敢えず…今日だけは許可しよう。今後も継続したい場合については他の子達に相談と了承を得てくれ」

 

「…本当?」

 

 却下されると思っていたのか志穂が眼を丸くすると佐々木は頷き返す。

 

「舞花、いいか?」

 

「まぁ…取り敢えず今日だけなら…」

 

「後で陽菜やほのかにも聞く。ーーついでに聞くが“りん”を鳴らすのはダメ?」

 

 更なる要望として志穂が口にした単語ーーそれが脳裏に浮かんだ佐々木は困惑を感じて眉根を寄せてしまった。

 

「…りん、ってなに?」

 

「…仏壇の前に必ずある道具だな」

 

「そう。チーンって鳴るやつ」

 

「…それは…やめて…」

 

 妙な気分と錯覚を覚える光景が容易に想像出来てしまい、彼もそれは却下したという。

 

 

 

 時刻は15時過ぎ。40分ほど前に陽菜から少し出掛けて来ると告げられ、了解を返しながら見送った佐々木はそろそろ夕食の仕込みを始めようかと思い立った。

 

 書類の中には入寮した彼女達が搬入、購入した家具などのリストがある。

 

 9割は埋まったリストを確認し、彼はソファから腰を上げると空のマグカップを携えてシステムキッチンへ向かった。

 

 マグカップをシンクへ置き、ワイシャツの袖口を留めているボタンを外し、腕捲くりすると手早く洗い物を済ませて調理台の上へ冷蔵庫から取り出した食材を置いて行く。

 

 まな板を洗い、切れ味が鋭くなった包丁も準備し、タマネギの皮剥きから始めた途端、リビングの扉が開いた。

 

「ーーマネージャー!片付け終わりました!」

 

「お疲れ様。少し休憩すると良い。…結構掛かったな…」

 

 リビングに足を踏み入れたのはほのかだ。彼の姿がキッチンにあるのを認めると指摘を受けて恥ずかしそうに顔を赤らめながら焦げ茶色の長髪を揺らしつつ歩み寄る。

 

「あはは…運動器具とか健康グッズが思いの外多くて…」

 

「そりゃまた…随分と持ち込んだようだ」

 

 プロフィールの趣味特技欄にトレーニングという記載があったのを彼は思い出すと皮剥きが終わったタマネギをまな板へ載せ、両端を切り落としてから微塵切りに刻み始めた。

 

「…通販番組でいいなって思ったら、つい買っちゃうんですよね。腹筋を鍛える器具とか、フィットネスマシンとか!」

 

「……済まん…分かるようで分からないのが本音だ…」

 

「えー!マネージャーなら分かってくれると思ったのに…」

 

「…ダンベルの類いは水を入れたペットボトルやコンクリブロックでも代用出来るし、それをするぐらいなら普通に腕立て伏せや腹筋、懸垂をすれば良いだけだと思っている人間だからな」

 

「でもマシンを使った方が効果的ですよ?」

 

「そりゃまぁ…確かに。とはいえ買いすぎじゃないか?」

 

 ほのかの指摘には頷くのも吝かではないが午前と午後で何度も彼女宛の荷物が宅配で運ばれており、その手続きを行った佐々木としてはーーあの量の運動器具が部屋へ全て入るのか気掛かりでしかない。下手をすれば床が抜けるのではとすら考えてしまう。

 

 刻み終えたタマネギを耐熱皿へ全て入れ、ラップで蓋をすると電子レンジで1分ほど加熱する。その間に挽肉の用意だ。

 

「無駄遣いするなんてあんまりしないんですけど…運動器具だけは我慢出来なくて…!」

 

「…そうなのか。…ひとつ聞くが…プロテインを飲んでいたりするか?」

 

「はい、飲んでますよ。YAVAS(ヤバス)のココア味です」

 

「奇遇だな。俺も同じ物だ」

 

「嘘、本当ですか!?すっごい偶然!」

 

 瞳を輝かせて身を乗り出す彼女に佐々木は頷いた。彼にとっても昔から愛用しているプロテインだ。個人的な感想を言えば「一番美味い」らしい。

 

「とはいえ余り飲む事はしないな。ボディービルダーではないし、なるべくアスリートのような筋肉と体型を維持したいと考えている。それに普段の食事に勝る栄養摂取はない」

 

「確かにそうですね。私も気を付けます。そういえば…何を作ってるんですか?」

 

 五つも購入したバランスボールをお近づきの印に、と彼へひとつ譲ろうかと思っていた彼女だが調理をしている佐々木の手元が気になってリビングからキッチンの調理台を覗き込む。電子レンジでの加熱が終わり、皿を取り出した彼はボウルの中へ放り込んでいた挽肉の上へタマネギを落とした。

 

「ハンバーグ。色々と考えたが…結局はこれに行き着いた」

 

「料理、得意なんですか?」

 

「…人並みといった所かな。言っておくが普通のレシピとは違うからな。味が少し違っても多目に見てくれ。所詮は手抜きの男料理だ」

 

 覗き込むほのかへ告げてから佐々木はボウルの中にナツメグ、砂糖、塩、コショウ、チューブから捻り出したニンニク、片栗粉を次々と目分量で入れる。

 

「…片栗粉ですか?」

 

「つなぎだよ。それと…これを使う」

 

「…お酒?」

 

 調理台の下から佐々木はウイスキーのボトルを取り出してキャップを外し、これも目分量で注いだ。

 

「加熱すればアルコールは飛ぶし、肉も美味くなる」

 

 へぇ、と彼が調理する光景を眺めていたほのかだったが、廊下で「いたっ!」と聞き覚えのある声が響いた。

 

 佐々木も当然ながら気付いたようで作業の手を止めると手を軽く洗ってから先に廊下へ向かうほのかの後へ続く。

 

「ーーどうかしたか?」

 

「マネージャーさん…ほのかちゃん。えっと…廊下にダンベルが置いてあって…それに躓いちゃいました」

 

 声の発生源は直ぐに判明した。外出から戻ってきた陽菜である。彼女の足下にはダンベルがありーーその持ち主は、と思考を巡らせたが直ぐにそれも特定された。

 

「……ほのか、片付けは終わったんじゃなかったのか?」

 

「ヤバい出しっぱなしだった!陽菜ごめん!すぐ片付ける!」

 

 上背のある佐々木が頭ひとつ分ほど低い位置にあるほのかの顔へ視線を向けると彼女は慌てながら陽菜へ謝罪した後にいそいそとダンベルを持ち上げて自身の部屋へ運び込んだ。

 

 なんだかんだで彼女も気が抜けていたようだ。おそらくは実家を出た事も影響して心ここにあらず、といった心境だったのかもしれない。

 

「それじゃ私は部屋に戻りますね」

 

「ん、あぁ。……キャベツを買って来たのか?」

 

 バタバタと忙しないほのかの後ろ姿を見送った陽菜が自室へ向かおうとするが、その片手に下げられたビニール袋の中身が一玉のキャベツだと気付いた佐々木が首を傾げる。

 

「えっと…部屋で食べようと思って…」

 

「…千切りキャベツなら夕食に出る予定なんだが…それまで待てないか?」

 

 それほど空腹なのだろうかーーとも一瞬脳裏をよぎったが、そもそも一玉もキャベツを食べる女子はレアだろう。それも部屋でだ。

 

 疑いの眼差しを彼が向けているとダンベルを片付け終えたほのかが戻って来る。

 

「いやぁゴメンゴメン。もう片付けたから大丈夫。…って陽菜。キャベツ買ってきたの?」

 

「う、うん。急に食べたくなって…」

 

「丸々ひとつ食べるの?しかも部屋で?一人で?」

 

「そ、そうなの。最近、野菜不足だから…」

 

 この子、隠し事や嘘が下手すぎる。舞花を慰めるのが下手だった自身を棚に上げて考える程に彼女はその類いが下手なようだ。

 

「…何を隠しているんだ?」

 

「いや…その、えっと…な、なにも隠してないです!し、失礼します!」

 

 核心を突いたのかーーむしろこの程度で核心を突いたとなるのは些か考え物ではあるが、陽菜は慌てながら彼へ一礼し、急ぎ足のまま廊下を進むと自室の扉を開いて室内へ消えてしまった。

 

「…分かり易い反応だなぁ…」

 

「……俺、あそこまで分かり易い人間に会ったのは初めてかも知れん」

 

 とはいえ放ってもおけない。挙動不審であるのに加え、あからさまに嘘と分かる発言だ。

 

 一応は寮の管理人として見過ごす訳にはいかない。

 

「……ほのか。済まないが同行してくれるか?…流石に年頃の女の子の部屋に俺が一人で入るのは…」

 

「あ、はい。分かりました。…気にするんですね」

 

「気にしない奴はあまりいないと思うが……っと、その前にラップしておかんと…」

 

 陽菜へ真偽を問い質す前に調理途中のハンバーグを保護しなければならない、と彼女の部屋へ向かう前に佐々木はキッチンへ急いだのだった。

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