CUE!~Si Vis Pacem, Para Bellum~   作:ラッキー

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「ーーへぇ~」

 

「ーーこのまま一気に下山したんだ~。マネージャー凄いなぁ…っていうか体力がヤバい?」

 

 夕食が終わったエールブルーの寮のリビングでは所属声優達が集まり、SNS(キュイッター)に投稿された写真付きの呟きをそれぞれのスマホを通して眺める中、美晴と莉子が感心を孕んだ声を上げる。

 

 写真とはーーほのかが背負子に乗り、自身のザックを抱えたまま搬送されている姿を写したものだ。その背負子を担ぐ人間は後ろ姿だけが写り、顔は見えないもののこの呟きを投稿した舞花の説明文で正体は明らかだった。

 

【足首を捻ったほのかが下山途中で会ったマネージャーに運ばれてる真っ最中。頑張れマネージャーp(^-^)q】

 

 この呟きは所属声優達だけでなく、ここ最近でFlowerの4人がアニメーションのキャストに選ばれた事もあり、彼女達のフォロワーとなった不特定多数の者達も見ている。いいねの数はいまだに増え続け、舞花の投稿だけでも7000を超えている。

 

 リプライも見受けられ、ほのかの胸の前にあるザックと佐々木自身の背嚢が僅かに写っているのを発見した何名かのフォロワーがその旨を綴り、驚愕が広がっているようだ。

 

【人ひとり担いで登山用の荷物を二人分抱えて下山って化け物すぎる】

 

【このマネージャーさん、ガチで何者?】

 

【おそろしい体力。俺でなきゃ見逃しちゃうね】

 

 などといったリプライが見受けられる。

 

 佐々木が行った方法とそれを実施できる体力は素人の彼女達でも分かる程に常軌を逸しているのだがーー無事に駐車場へ到着すると停めていた愛車のパジェロに4人を乗せて寮へ戻ってきた訳だ。彼は大した疲れも見せておらず、むしろ陽菜達の方が登山の疲労が露になっているという真逆の状態であったらしい。

 

「…マネージャー…体力ありすぎるよ~」

 

「…ノンストップだった…」

 

 舞花と志穂はシャワーを浴びた後に水を飲もうとリビングを訪れたが、興味津々と事情を知りたい他のチームのメンバー達に捕まってしまいソファから動けない。ーーむしろ疲労が祟ってソファから中々立ち上がれない、という方が正しいのかもしれない。

 

「くくっ…流石は我輩の盟友(とも)…この悪魔エリスの盟友(とも)に相応しい化け物ぶりだ…」

 

「…利恵…マネージャーを勝手に化け物扱いするのはどうかと思う…」

 

 厨二病的な言い回しをする銀髪の少女ーー色々と個性的なメンバーが集まったMoonのリーダーである丸山利恵が呟くが、傍らへ腰掛けている金髪のショートヘアーの少女が直ぐにツッコミを入れた。

 

 金髪の少女の名前は遠見鳴。フランス出身で利恵とは日本で最初に出会った親友であり幼馴染だ。ちなみに彼女もMoonのメンバーである。

 

「ーーで、そのほのかとマネージャーは?」

 

「ほのかは陽菜と一緒に風呂入ってる。マネージャーは…何処だろ?」

 

「…ジャーマネか?…たぶん管理人室」

 

 話題の中心人物達の姿が見えない事にBirdのリーダーである悠希が首を傾げれば、舞花と志穂が答えた。

 

 佐々木からほのかは今夜はなるべく介助を付けて行動するよう申し付けられ、陽菜が立候補する形で今頃は大浴場で入浴中なのだと舞花が説明する。

 

 そして佐々木の居場所はーー分からないと志穂が答えると、悠希がソファから飛び降りた。

 

「ーーちょっとマネージャー呼んでくるよ。色々と話聞きたいしね。それに釣りの話も聞きたいし」

 

 二泊三日と言って良いのか微妙だが、野外で寝食を続けた人間を無理矢理連れてくるのは如何なモノかーーなどと彼を気遣う者はかなり少数だ。唯一、美晴が「お疲れだろうから無理させちゃ駄目よ」と注意するぐらいで済み、彼女達はリビングを出ていく悠希を見送った。

 

 年長者である美晴、莉子が登山はどうだったかとFlowerの2人へ尋ねると舞花がSNSに投稿していない分の風光明媚な山の景色を撮影した写真を見せて、紅葉が綺麗だった、山頂で叫んだら山彦が返って来て面白かった、などと説明する。

 

 思い出話を続けて5分ほど経った頃だろうかーー不意にリビングの扉が開くと湯上がりのほのかが陽菜に肩を貸されて入って来る。

 

「あら、ほのか。足は大丈夫?」

 

「無理しちゃ駄目だよー?」

 

「心配掛けてすみません…」

 

 出迎える彼女達が気遣う声を掛けると陽菜の肩へ腕を回した格好のまま、ほのかが頭を下げる。甲斐甲斐しく彼女がほのかをソファの空いているスペースへ導き、そこに腰を下ろせば、ほっと息を吐き出した。

 

「ほのか、大丈夫か?」

 

「大丈夫だよ。マネージャーの処置が良かったからか痛みはほとんどないから」

 

「良かったぁ。あ、そうそう。悠希がマネージャーさんを呼んでくるって、さっき管理人室に行ったわ。そろそろ戻って来るんじゃないかしら?」

 

 そこまで重傷ではなく、痛みが引いてきていると彼女が告げると尋ねた志穂だけでなく他の面々も安堵の息を漏らした。

 

 しかし美晴が間もなく佐々木が来るだろうと語るとーーほのかが肩を落として目を伏せる。

 

「…なんか…顔合わせ辛いなぁ…」

 

「まだ気にしてんのかよ」

 

「普通は気にするでしょ!山道を担いで運んで貰ったんだよ!?しかも荷物まで一緒に!」

 

 しかもロクに休憩すら取らずにである。感謝は尽きないがそれよりも申し訳なさか大きいとほのかが舞花へ言い返し、陽菜が両者を宥めている最中、リビングの扉が開かれた。悠希を先頭に下が黒いジャージ、上はオリーブドラブの半袖のシャツを纏った佐々木が室内へ姿を表す。そのシャツの背面には“1st Airborne Brigade”という文字や月桂冠へ囲まれたダイアモンド、落下傘と翼を広げた紋章が白い刺繍で綴られていた。

 

「おりょ?喧嘩?」

 

「……少し時間を置いてから来ても良いが…まだ髭を剃ってないからちょうどいい」

 

 舞花とほのかが言い合う光景に見えたのか悠希は首を傾げ、佐々木は無精髭が生えたままの顎を片手で擦りながら呟く。

 

「喧嘩ではないぞ我が盟友(とも)よ。……意見の不一致…かしらね」

 

「…意見の不一致?」

 

 利恵が“特徴的”な口調の後に言葉遣いを至って普通のそれへ変えて説明し、佐々木は釈然としないながらも喧嘩でないなら問題ないと結論付けた。

 

「まぁ、それは良いとして……ほのか、足をみせてくれ」

 

「あ、はい…分かりました」

 

 彼は片手に鎮痛と炎症を抑える効果があるスプレーとテーピングを携えている。どうせリビングへ行くなら手当てをと考えていたようだ。

 

 彼女が頷くと佐々木はほのかの足下へ膝を突き、部屋着のショートパンツの裾から伸びる健康的な長い足へ手を伸ばして手当てを始める。とても手慣れている姿を目の当たりにした Flower以外の面々は興味津々といった様子で視線を向けた。

 

「マネージャー、慣れてるねぇ」

 

「そりゃな。色々と経験はしているのもあるが…巻くぞ。痛かったら言ってくれ」

 

 傍らに歩み寄った悠希が横から覗き込みつつ感嘆の声をあげると佐々木は軽く肩を竦めた後、ほのかの足首へテーピングを巻き付ける。幸いにも酷い腫れは見受けられず、痛みもほとんど感じていない。それを察した彼は安堵した。

 

 一方のほのかは気が気でない。黙々と処置を続ける彼を見下ろす形となっている彼女の足とはいえ素肌に男性の大きな手が触れているのだ。山で処置を受けた時は全く意識しなかったが妙な気分である。

 

 決して意識していない、と彼女は自分自身に言い聞かせるがーーマネージャーは紛うことなく男性だ。まだ剃っていない野性味溢れる無精髭が何よりの証拠。

 

 それが治療という行為であり、佐々木に下心の類いがないのは明白だが気恥ずかしさや羞恥といった感情が混ざり合い、次第にほのかの頬が微かだが紅潮している様子を年長者の美晴と莉子は目敏く認める。それを茶化さない辺りが年長者の彼女達らしい。

 

 処置が無事に終わると佐々木は膝を突いた格好のままほのかを見上げた。

 

「痛みはないようだが、明日になって痛みや腫れが酷くなるようなら病院だ。それと…明日と今日は大事をとって日課のトレーニングは休んでくれ」

 

「…うっ…やっぱりダメですか…?」

 

「…むしろ身体を動かせと勧めるとでも?」

 

 紫水晶を思わせる瞳に落胆の感情が浮かんだのを見た佐々木が溜め息を漏らし、処置が済んだ足から手を離すと腰を上げる。

 

「……走る事は勧めないが…そうだな…ベッドや椅子に座りながらダンベルでも使ってコンセントレントカールやハンマーカールでウェイトトレーニングをしてくれ」

 

「効果…あんまり出ないんじゃ…」

 

「少なくともやった後の気分は良い」

 

「…あのさぁマネージャー。ほのかと専門用語で話さないでくれない?」

 

 聞いてるこっちはちんぷんかんぷんだ、と悠希が呟くと他の全員も頷いた。彼女達は佐々木やほのかと比較するとトレーニングの類いは初心者だ。

 

 成る程と頷いた彼は端的に先程のメニューは主に上腕二頭筋を鍛えるそれだと説明する。

 

「他にも上腕三頭筋や大胸筋を鍛えるメニューもあるが…キミ達は声優だからな腹筋を鍛えるサイドベントを勧めるぞ。くびれを作る事も期待できる」

 

「ほぅ…我が盟友(とも)よ、つまりはこういう事か?……腹筋を鍛えて声優の仕事に直結するだけじゃなく、女性としての魅力も…?」

 

「…まぁ努力と継続次第だが…」

 

 最近、利恵のキャラがぶれているな、と思いながらも佐々木は頷いてみせた。

 

「腹筋かぁ…さっき見ちゃったけどマネジャーも凄かったね」

 

「……見ちゃった…って何を?」

 

 とても参考となる物を見たばかりの悠希が腕を組んでウンウンと頷くと、高校では彼女の先輩となる舞花が首を傾げる。

 

「え?マネージャーの裸」

 

 特に大した事ではないように告げた悠希だが、それを聞いた他の彼女達が一斉に噴き出し、少女と佐々木へ何度も交互に視線を向ける。

 

「は、裸!?」

 

「…勘違いされる言い方はやめてくれ。しっかり下はジャージを履いてただろう」

 

「うん、真っ裸(マッパ)じゃなかったよ。…まさか皆…あたしがマネージャーのチn」

 

「悠希!それは女の子が言っちゃいけないわ!」

 

「…おりょ?だって親父で見慣れてるし。あ、でも偉いよねマネージャー。親父と違って風呂上がりでも下はちゃんと着てるもん」

 

 アフレコ現場であれば間違いなくNGが入るか、OKが出たとしてもOAでは伏せられるだろう言葉を悠希が口にする寸前、堪らず美晴が声を荒げて止める。そのファインプレーに彼女達は内心で拍手喝采だ。

 

「…悠希さん。それで見たって何を…?」

 

 割りと冷静な鳴が表情を変えずに改めて悠希へ尋ねれば、少女はそういえばそういう話だったか、と思い出して口を開く。

 

「あぁ、うん。見たのはマネージャーの上半身。めっちゃバキバキだった」

 

「…バキバキ…?」

 

「そう!…むしろバッキバキ?腹筋とかめっちゃ凄かった」

 

「……真咲さんと電話してたらノックもせずに突入してきたからな。足音には気付いていたが…」

 

 10分以上は過去の出来事を思い出した佐々木が溜め息を吐き出す。普段は着信をバイブレーションに設定しているが、シャワー中は着信音が鳴るよう変更してる。シャワーが済み、そろそろ髭を剃ろうかと思った矢先にスマホが鳴り、ひとまず下着とジャージの下だけを履いて応答に出たのだがーーその最中に悠希が管理人室へ突入したのだと彼は説明した。

 

「…なんだ…びっくりした…変な汗掻いちゃったよ」

 

「…でも悠希?マネージャーさんは男の人で悠希は女の子なんだからお部屋に用事がある時はちゃんとノックしないと駄目よ?」

 

「分かってるよー。さっきマネージャーに注意された」

 

 まさか15歳の少女に一般常識を教える日が来るとは思わなかったな、と佐々木は美晴と悠希の会話へ耳を傾けつつ考えてしまう。

 

「えっとー…マネージャーの腹筋ってそんなにバキバキだったの?あたし、サーフィンやってるけど割と男の人でも腹筋割れてる人いるから珍しくないんだよね」

 

「…確か…サーフィンのテイクオフは腹筋も意識しながらサーフボードの上に立つんだったか?」

 

「そう言う人もいるね。あれ、なになに?マネージャーもサーフィンやるの?」

 

「いや、知識だけだ。知り合いにはいたが…俺は海釣りだけだな。…まぁ興味が無かった訳じゃない。もし都合が合えば誘ってくれ。初心者だから教えて貰う事になるが…」

 

 数少ない同好の士を発見出来たと思っていたばかりに莉子は落胆するも続いた佐々木の言葉に彼女は嬉しそうに長い金髪を揺らして頷いた。

 

「もっちろーん!手取り足取り教えるよ。なんかちょっとマネージャーの腹筋に興味湧いて来たなぁ…ねね、見せてくれな……そんな顔しないでよー。減るもんじゃないでしょ?」

 

 莉子が見せて欲しいと佐々木に要望するとーーその彼は途端に眉根を寄せ、困惑の表情を浮かべる。なにを言っているんだお前は、と言わんばかりのそれだ。

 

「…確かに減るもんじゃないが…」

 

「…恥ずかしい?」

 

「いや、恥ずかしいと思うような身体でもないが…」

 

 興味津々の眼差しを向けて来る莉子から視線を逸らしたがーーそれでも向けられる眼差しからは逃げる事が出来ず、佐々木は何度も吐き出した中でも最大の溜め息を漏らしてしまう。

 

「……見たくない人は目を閉じるか、顔を明後日の方向へ向けてくれ」

 

 腹だけなら、と譲歩した彼が片手でシャツの裾を握り、それを胸の下辺りまで雑な手付きでたくし上げる。

 

 ーー彫刻を思わせる圧巻の肉体美が晒されると警告を先に受けて目を逸らそうとしていた筈の陽菜まで目を奪われてしまう。

 

 いわゆるエイトパックと呼ばれる状態で浮かび上がる腹直筋だけでなく内腹、外腹斜筋までもが彫刻刀で刻まれたかの如く隆々としている。

 

「…すごい…」

 

「…マジでバッキバキ…予想以上…」

 

「…マネージャー…ボディービルとかやってたの?」

 

「…ジャーマネ、写真撮って良いか?」

 

「…うわぁ…」

 

「…前にやったゲームでこういうキャラいた気がする…」

 

「ね!言った通りでしょ!」

 

 各々が思い思いの反応を見せーー志穂がスマホを取り出すと佐々木はそれを止め、悠希は自慢気に鼻息も荒く腕を組む。

 

 もう良いだろうとシャツを元に戻すがーー

 

「…マネージャー…」

 

「ほのか…?」

 

「……もっと見せて下さい。というか触らせて下さい」

 

「……は?」

 

 目の色を変え、爛々と光る瞳の視線を佐々木が元へ戻したばかりのシャツへ向けるほのかが息を荒くしつつ頼み込む。頼み込む、よりも熱望するの方が正しいかもしれない。もし足を捻っていなければ佐々木へ縋り付いていた可能性すらあった。

 

「…触らせて貰えたら…きっと元気になると思います」

 

「…俺の腹筋にそんな効果はないと思うんだが……」

 

 その程度で捻挫が治れば苦労はないのだが、此処でごねて説得まがいの事をしても彼女は引き下がらない可能性も考えられる。であればーーさっさと触らせて満足させた方が時間の節約になる。

 

 仕方なしに佐々木はほのかの手が届く距離まで歩み寄ると再び自身のシャツを軽くたくし上げて腹筋が隆々と浮かぶ腹を見せた。緊張の面持ちで彼女が「失礼します」と一言告げてから恐る恐る手を伸ばす。

 

 自身とは違う細い指先が腹部に触れ、軽く押し込まれる感覚を彼が覚えるとほのかが感嘆の息を吐いた。

 

「…うわぁ…凄い…硬い…」

 

 これは事情を知らない人間が見れば勘違いしそうだ、と脳裏に過った警告を思わせる思考に佐々木は内心で頷くしかなかったという。

 

 ーー翌朝、彼がジョギングを済ませて寮へ戻った頃、足は少し引き摺っているが昨日よりも達者に歩くほのかと廊下で出くわした。

 

 少し痛むだけだという彼女の足へ念の為に今朝も処置を行う。

 

 朝食後、月曜日という事もあり高校生の声優達が制服に着替えて寮を出て行く後ろ姿の中に、ほのかと同じ高校へ通っている舞花と悠希が彼女を気遣い、傍らを歩きながら進む様子を見送る。

 

 とりあえず心配は要らないようだと察し、佐々木も事務所へ出勤する事となるのだがーー出勤して早々にやらなければならなかったのは真咲へ提出する ほのかが負傷した件に関する報告書であったそうだ。

 

 

 

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