CUE!~Si Vis Pacem, Para Bellum~   作:ラッキー

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「ーーこの場合は、まずyを微分をして…y´=3x2+6x」

 

「……?」

 

「ーーy´=0となる時を考えると3x2+6x=0より、3x(x+2)=0なのでx=-2 , 0の時にy´=0」

 

「えっと…?」

 

「……おい、大丈夫か?」

 

 夕食後、補習の課題が出たという舞花がFlowerのメンバーへ泣き付くが同じく高校生の陽菜とほのかはそれぞれの課題もあって手伝う事は出来ず、大学生である筈の志穂に至っては「それは自分でやるべき」という珍しく正論中の正論を口にしてーー別の言い方をすれば見捨てていた。

 

 彼女が結局頼ったのは仕事を終えて寮へ戻り、今からの時間は暇だという佐々木だ。

 

 彼も面倒臭そうな表情を浮かべ、数学はそこまで得意ではないと言いながらも頷き、寮のリビングで現役高校生の舞花から借りた教科書を片手に家庭教師の真似事をしていた。

 

 ちなみに彼が解説しているのは微分積分の『y=x3+3x2+1 (-1≦x≦2) の最大値と最小値を求めよ。また、そのときのxの値も求めよ』という問題である。もっと言えば2年生の数学で習う問題だ。

 

 そして舞花は高校3年生である。同じチームのメンバーのほのか、Birdのリーダーとなる悠希も都立神瑞学園高校へ通っているがそれぞれが2年生と1年生。つまり舞花が先輩となるのだがーー

 

「…舞花。授業のカリキュラムがどうなっているか何年も前に高校を卒業した俺は今のシステムを知らんが…記憶が正しいなら俺の頃は高2で習ったぞ。大丈夫か?」

 

「…ごめんマネージャー…ぜんっぜん理解出来ない…」

 

「…俺の教え方が悪いんだろうか…」

 

 こうも理解を示してくれないと自分が悪いのではないかとすら佐々木は考えてしまう。

 

「……虎の巻は買わなかったのか?」

 

「…なにそれ?」

 

「…教科書の解説書なんだが…」

 

 今はそう言わないのか、と世代のギャップを感じてしまう。しかし舞花と佐々木の歳の差は一回り以上離れている訳ではない。単純に彼が育った場所と舞花が育った場所で呼び方が違うだけだろう。

 

「…まぁ虎の巻も高価な割には大した内容ではないし…教科書から出された課題や宿題の答えを誤魔化すか、聞き逃した授業の内容を自分で勉強する時ぐらいしか役に立たないが…」

 

「…え?そんなのがあるの?…それさえ使えば平常点も上がる…」

 

「…使い方次第だな。授業や課題も結局は要領だ」

 

 なんとも身も蓋もない事を言い放った佐々木だが、その発言は全国の教師を敵に回しかねない。だが舞花にとっては神の啓示か、悪魔の甘い囁きに聞こえたようで瞳を輝かせている。

 

「ーーとはいえ、普段から真面目に授業へ参加して勉強していれば使う必要もないんだがな。俺も買ったは良いがあまり使った覚えがない」

 

「…なんか自慢に聞こえるんっすけど…?」

 

「国語と社会全般、保体は5、それ以外はだいたい4だったな。赤点は一度も取った記憶がない」

 

「…ナチュラルに自慢してきた…」

 

 割と佐々木が優等生だった事を知って舞花は肩を落とす。大昔に習った筈の分野を解説出来るのだから覚えは少なくとも悪くはないのだろう。

 

 雑談になってしまったが改めて舞花へ佐々木が解説を始めると彼女はウンウンと唸りながらシャーペンを補習の課題として出された問題用紙へ走らせる。これだけでなく複数の教科から出題がされているようでリビングのテーブル上には数学だけでなく現代文と世界史の問題用紙が置かれていた。

 

 悩ましげな唸りを上げる舞花の隣で佐々木が解説を続けーーなんとか数学の問題用紙が埋まると次に現代文のそれへ取り掛かる。

 

 数学に比べればまだ優しいだろう。そう思っていた佐々木だが、彼女はどうやら勉強全般が苦手のようだ。流石に声優として現代文だけは僅かでも理解を深めて貰いたいと彼が解説と指導を続けているとリビングの扉が開き、陽菜とほのかが顔を出した。

 

「ーー舞花、進んでる?」

 

「ーーどうですかマネージャーさん?」

 

「…順調とは世辞にも言えんな」

 

「助けて二人とも…」

 

「……留年したくないなら頑張ってくれ。ほのかと同級生になるぞ。親御さんもプラス1年間の学費を払うのは一苦労だろうからな」

 

 無慈悲すぎる佐々木の一言で舞花がメドゥーサに睨まれた人間の如く石のように固まった。それを見た陽菜とほのかが堪らず苦笑を漏らしてしまう。

 

「…そっかぁ…舞花と同級生かぁ…」

 

「それはやだぁ…!」

 

「…下手をすれば悠希と同級生になる可能性もあるな」

 

「もっとやだ!!なんか今日のマネージャー、めっちゃ意地悪!!」

 

「平常運転だ。泣き言抜かすのは余裕があると看做すぞ。次は世界史だ。頭を切り替えろ」

 

 現代文の教科書を机上へ戻し、佐々木は世界史のそれを手に持ってページを捲り始めた。

 

「…イスラーム世界の形成と発展……まぁここは混乱するか。中国史ほどではないにせよ王朝が次々に出て来る」

 

「…私も苦手だなぁ…」

 

「私もです」

 

 舞花と比較しても遥かに勉強が出来る筈の二人もこの範囲は苦手だと語る。覚え方の問題なのだがーーなどと考えつつも佐々木は解説を始めた。

 

「イスラーム教…イスラム教の方が馴染みはあるだろうが…これが成立したムハンマド時代、大規模な征服や侵略が行われた正統カリフ時代、アラブ人が特権を持っていたウマイヤ朝、そしてイスラム教徒が平等になったアッバース朝を覚えておけばなんとかなる」

 

「……もうハードルが高いよぉ……」

 

 げんなりとした声音を漏らした舞花が机上へ突っ伏す姿を横目に見た佐々木が溜め息を吐き出す。歴史関係は記憶力勝負だ。もっとも興味がある人間はそこまで苦労はしない。むしろ嬉々と先に予習をする始末である。

 

 舞花がその手の人間には見えないがーー台本の台詞を覚えるのは比較的得意であった筈だ。であれば彼女が歴史を覚えられないのは興味の有無が関係しているのだろう。

 

「…イスラーム世界は色々なゲームや漫画、映画、劇、小説の題材にもなってるんだが。…アッバース朝の第5代カリフ ハールーン=アッラシードは千夜一夜物語にも登場するぞ」

 

「…せんや…?」

 

「アラビアン・ナイトと言えば分かるか?」

 

 やっと聞き覚えがある言葉が彼の口から出た事で舞花が顔を上げる。

 

「アラビアン・ナイトって…あのアラビアン・ナイト?舞浜のランドの映画みたいな?」

 

「…あの作品の原作が千夜一夜物語の中でも有名な話のひとつだ。…まぁ尤もアラビア語の原本には収録されていないらしいから、厳密に言えばアラビアン・ナイトとは直接の関係はない」

 

「…ややこしい…」

 

 佐々木が記憶にある説明をすると舞花が眉根を寄せる。だが幸いにも先程までの数学や現代文のように理解出来ないと投げ出してはいない。この物語をモデルとしたアニメ映画が有名であり、彼女も当然ながら観た事はある為、興味はあるのだろう。

 

「…詳しいですねマネージャー」

 

「本当、先生みたい。でも…確か大学には…」

 

「進学しなかったな。そんな余裕はなかったし…奨学金を借りてまで進学しようとも思わなかった」

 

「成績良かったんでしょ?何故っすか?」

 

 世界史の教科書の開いたページを流し読んでいる佐々木へ彼女達が首を傾げる。その疑問に彼は真相を語る為、気負う様子もなく口を開いた。

 

「ーー津波で住んでいた場所が流されてな」

 

「……え?」

 

「当時はキミ達と同じく高校生だったが…とてもではないが学費を捻出する余裕はないし、就職して安心させたかった。多賀城に引っ越す前は…内陸地震で住んでいた所が甚大な被害を受けたのもあって追い打ちを掛けられた形だな」

 

「…そういえばマネージャーさんって…宮城県の…」

 

 彼の出身地を思い出した陽菜が呟くと佐々木は事も無げに頷いた。

 

 彼女達は当時、10歳になるかならないかの年頃だ。当時の亡国の瀬戸際にあるような空気、雰囲気は記憶にはあまり残っていない。あの震災の凄惨さと甚大さは後年になって思い知っただろう。

 

「えっと…マネージャー…ご家族…ご両親は?」

 

「ーー死んだよ」

 

 気遣うようにほのかが尋ねると教科書を読みながら世間話を語るように佐々木がただ一言だけ答える。

 

 彼がマネージャーとなって1ヶ月近く経ったが身の上を初めて知った彼女達が沈痛な表情のまま顔を俯かせた。

 

 その様子を見た佐々木が小さく溜め息を溢し、教科書から顔を上げる。

 

「だからと言って腫れ物に触るような接し方はしないでくれ。そんな関係は望まないし、過去は過去と割り切っているつもりだ。悔やみ、恨んだところで何かが変わる訳でもない」

 

「…それは…そうですけど…」

 

 レッスンが休みとなる週末があれば彼女達は帰省で実家に度々帰り、家族と団欒の時間を過ごしている。それが当たり前だと思い、寮から送り出してくれるばかりか暇であればクルマで駅へ送ってくれてもいた佐々木に嬉々と帰省してからの予定を楽しく語っていた自身を思い出して彼女達は申し訳なさが募る。

 

 沈黙がリビングを包んだ時、リビングの扉が開き、気紛れな猫のような雰囲気を醸し出す小柄な人影が入って来た。

 

「ーー舞花、手伝いに来てやったぞ。感謝し……なんだ、このお通夜のような空気…」

 

 普段と同じく静かな口調で軽口を叩こうとした志穂だったが、まず感じ取った重々しい雰囲気に首を傾げる。

 

「ーーあぁ、志穂か。悪いが舞花の勉強を見てやってくれないか?世界史の範囲…イスラーム世界の形成と発展の範囲だ」

 

「…マネージャーは寺生まれ寺育ちにイスラム教の講釈を垂れろというのか?」

 

「…キミ、そこまで敬虔な仏教徒だったか?」

 

「寺育ちを嘗めるな。ーーというのは冗談だ」

 

 相変わらず分かり難い冗談だな、と佐々木は自身のジョークや冗談のセンスを棚へ上げつつ考えてしまう。

 

 兎も角として家庭教師の交代だ。曲がりなりにも大学生である志穂の方が上手く解説出来るだろう。腰掛けていたクッションから彼は立ち上がると志穂へ教科書を差し出した。

 

「じゃあ後は頼む」

 

「任せろジャーマネ。聖典(コーラン)を諳じられるまで教えてやる」

 

「……冗談だよな?(スーラ)は114に別れて、更に(アーヤ)が…」

 

「ふえっ!?無理ムリむり!!覚えらんない!!」

 

「冗談だ。単純な奴」

 

「…まぁ…聖典ではないがالله أكبر(アッラーは偉大なり)だけでも覚えておいて損はないだろう」

 

「…アラビア語分かるんですか?」

 

「…少しだけだがな。…さて…俺もシャワー浴びるか…」

 

 あとは学生同士に任せると佐々木は教師役を交代した志穂へ席を譲り、リビングの扉に向かって歩き出した。扉へ手を掛け、それを開いて廊下に出ようとした刹那、彼はテーブルの周りへ集まる彼女達に視線を向ける。

 

「ーーあぁ、それと…さっきの話は広めないでくれると嬉しい。あまり気分の良い話ではないからな。皆に気遣われてしまうと居心地が悪い」

 

 念押しする彼に身の上を聞いたばかりの陽菜、舞花、そしてほのかが頷く。それを認めた佐々木が今度こそ扉を開けてリビングから姿を消した。

 

「……なんの話だ?」

 

「……ごめん志穂ちゃん…」

 

「…これはちょっと…」

 

「…話せないよなぁ…」

 

「……ジャーマネが昔の恋人の話でもしてたのか?酷い別れ方をしたとかか?」

 

「……そういう話の方がよっぽど気が楽だったよ」

 

 一人だけ除け者にされるのが嬉しくないようで志穂が尋ねるが彼女達は誰一人として口を割らない。それどころか肩を落とす様子に志穂は疑問符を浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




現実と主人公であるマネージャーの生い立ちをリンクさせるのは如何なものかと悩みましたが、彼が宮城県出身であり、書き手の私も宮城県出身なのもあって世代的に書かない訳には参りませんでした。御気分を悪くされた方がいらっしゃれば大変申し訳ない限りです。
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