CUE!~Si Vis Pacem, Para Bellum~ 作:ラッキー
10月下旬の昼食時。エールブルーのスタッフ達は真咲に誘われて事務所が入っているビルの一階のカフェで昼食を共にする事となった。
当然ながら佐々木も誘われ、メニューからカレーとサラダが付いたランチセットを注文する。味は良いのだが量が少ないと以前から感じていた彼は追加料金を払ってカレーのご飯は大盛りにしている。
真咲と桐香、そして佐々木とりおが並んで腰掛けて昼食を口へ運ぶ中、彼が不意に対面の席へ座っている社長へ質問を投げ掛けた。
「…真咲さん。駐車場のスペースなのですが…」
「駐車場?寮の近くの月極かしら?」
「はい。もう一台分を増やす事は出来ますか?」
「構わないけれど…新しいクルマでも買うの?」
彼の要望を前向きに検討しつつ真咲がコーヒーのカップを傾けながら尋ねる。その問いに彼は頭を横へ振った。
「いえ、バイクですね」
「バイク?寮の駐輪場じゃ駄目?莉子もバイクを置いてた筈だけど…」
「…サイドカーも付いてくるそうなので…駐輪場では余計なスペースを取り過ぎてクレームが入りかねません」
食事時にスマホを弄る事はしない佐々木ではあるが、説明する為にも写真が必要だと判断してジャケットの内ポケットから端末を取り出した。画面を開き、目的の画像を探す出すとそれを真咲へ見せる。
興味が沸いたのか桐香とりおもその画面を覗き込んだ。
「あら、カッコいいわね」
「…これは…ウラル、と読むのかしら?」
「何処のバイク?」
「ウラル・ギアアップ750cc。ロシアのバイクです。まぁ設計はソ連の頃ですが…」
もっと正確に言えばウラルは第二次世界大戦でドイツ軍が使用していたBMW-R71型のコピーバイクが源流である。何故、ソ連が敵国のバイクをとなるだろうがこれには複数の説があり、はっきりとした事は分かっていない。
まずはソ連のスパイがBMW-R71の青写真と車両を盗んだという説。次に独ソ不可侵条約下でドイツ軍の主力バイクがBMW-R75になった為、R71をソ連に販売したという説などである。
いずれにせよウラルは未舗装路などが多く存在するロシアの大地で鍛えられただけでなく元々が軍用という事も重なり、その堅牢な造りとデータの蓄積によって生まれる屈強さと頑丈さが特徴の優秀なバイクーーと言いたい所だが製造された年代や個体によっては壊れ易いという事でも評判であり、評価が難しいバイクなのだ。
その中でも彼が購入を検討しているウラル・ギアアップ750ccはアウトドア使用を意識したモデルであり、何に使うのか用途不明の機関銃を備え付けられる銃架を標準装備しているばかりか、サーチライトをイメージしたサブライト、サイドカー側面にショベルを装備しているーー等々から、かなりマニアックなモデルでもある。
「…私も二輪の免許を取ろうかしら…少し憧れるわ」
「大丈夫ですよ桐香先生。このバイクは
「そうなの?え、でもバイクよね?750ccなら大型なんじゃ…」
「後輪と側車の車輪がシャフトで繋がっているパートタイム式2WDなので
そういう例外があるのか、と真咲達は初めて知ったようで感嘆の息を漏らす。一足先に食事を終えたりおは値段が気になったのかーー自身のスマホで佐々木が口にしたバイクの名前を検索してみると、驚愕で目を丸くした。
「ーー新車で350万!?クルマの新車なみじゃん!!バイクってこんな高いの!?」
「一応は輸入車、色々とカスタマイズをしているそうですからね。まぁ自分は知り合いから中古で買う予定です。150万ぽっきりで買って欲しいとか」
実に半額以下である。愛好家に売れば引く手数多なのだろうが、彼の知り合いは人見知りの気質があり、信用ある人間にしか売りたくないのだそうだ。
「…うーん…駐車場の方はまだなんとも言えないけれど…確か駐輪場には莉子や他の子達もバイクと自転車を置いていたわよね。まだ余裕はあった筈だし…一応、両方で検討して貰っても構わないかしら?バイクは買って構わないから安心して」
「分かりました。では早速ーー……失礼します」
真咲の承認も得られた事で早速、知り合いへ電話を掛けようとした矢先の事だ。まるで図っていたかのように、その知り合いから佐々木へ電話が掛かって来た。一言断ってから彼は席から腰を上げ、他の客達の迷惑にならないようカフェの外へ出て通話に出た。
窓ガラス越しに彼が電話をする姿が3人には見えたがーー困惑しているのか佐々木の眉根に皺が寄っている様子が窺い知れる。なにかあったのだろうかーーなどと思っていると何回か頷いた後に彼が通話を終え、再び店内へ戻って来た。
どうかしたのか、と桐香が尋ねるとーー
「ーーギアアップは思い入れがあるから、やはりCTにしてくれ、と言ってきました。まぁバイクが欲しいと思っていただけなのでモデルに拘りはないから大丈夫なのですが…」
急に変更するのは如何なモノか。彼の心中で漏れているだろう悪態を察した3人は苦笑を浮かべるしかなかった。
「ーーほれ。名義変更とナンバープレートの交換はやっておいたから直ぐに乗れるぞ。任意保険は?」
「大丈夫です。…どうぞ、確認を」
「悪い」
水曜日の夜中ーー仕事が終わった佐々木は私服に着替えるとショッピングモールの立体駐車場までタクシーで移動し、待ち合わせていた知り合いと合流した。必要書類などを交換し合い、最後に知り合いがイグニッションキーやトランク、ハンドルロック等の複数のキーへリングを通し、カラビナへ付けたそれを手渡す。佐々木も知り合いに封筒を手渡した。互いがそれを受け取り、知り合いは封筒の中身である紙幣を数えて行く。
「…はい、確かに。…これで一安心だわぁ」
「……少しグアムに行く頻度を抑えては?」
「んー…まぁ考えてみっかな。…考えると言えば…お前…部隊に戻る気は?」
不意に知り合いが佐々木へ尋ねる。どうやら知り合いも自衛隊関係者のようだ。彼に迫るほどの背丈と鍛えられているだろう体格がそれを物語っている。
「怪我は治ったんだろ?後遺症は?」
「…今の所はありません…」
「…なら尚更、俺としてはお前に戻って来て欲しい。今は声優事務所でマネージャーやってるんだったよな?…お前が本当に活躍できる場所は……」
「…自分でもそう思いますが…中々どうして悪くないモノです。それに…一度、部隊を去った身です。しかもブランクを考えれば即戦力にはなりません」
「それこそ長い眼で見ればーー…って悪い。…放っておけなくてな……」
勧誘か、或いは説得じみてしまった、と知り合いが謝れば佐々木は気にしていないと頭を横へ振る。タバコを互いに銜え、ジッポやガスライターで火を点ければ銘柄が違うのもあり、違う紫煙の香りが漂い始める。
「…けどまぁ…考えてみてくれ」
「…気が向けば、ですが」
その答えに知り合いは苦笑を静かに漏らす。退職してしまったが、眼前にいる男は彼で間違いないと再認識した思いなのだろう。
「ノークレーム、ノーリターンで頼むぞ。ーーそのヘルメットはサービスだ。ちゃんと国産のだから安心しろ」
「それは良かった。ーーでは、また機会があれば」
「ーーあぁ、元気でな」
互いに頷き合うと知り合いはトラックへ乗り込み、エンジンを掛けてショッピングモールの立体駐車場から走り去ってしまった。
それを見送ると佐々木は眼前に残されたバイクーーサイドカーが右側面へ付けられたウラルCTを眺める。カラーはスレートグレイだ。
排気量は749cc、変速段数は前進が4速、後進1速のマニュアル。最初に購入を検討したギアアップとは異なり、こちらは大型二輪の免許がなければ運転は出来ないモデルである。
短くなった煙草を携帯灰皿へ投げ込んだ彼はカラビナに通されているイグニッションキーを抜き取り、それをバイクへ挿入すると所定位置まで回す。セルでエンジンを掛けても良いがーー気分的にキックスターターのレバーへ片足を乗せ、勢い良く踏み付ける。
エンジンが一発で掛かった。耳に“比較的”優しいと言えるエンジン音が立体駐車場に響き渡る中々、佐々木はサービスで付けられたフルフェイスの黒いヘルメットを被ってからバイクへ跨がる。
サイドカーを付けたバイクの運転は経験がない。慣らしながら寮へ帰ろうとスロットルグリップを少し回してエンジンを空吹かしして暖める。
クラッチレバーを握り、足でチェンジペダルを押し下げて1速に入れる。スロットルグリップを少しずつ回してクラッチレバーも少しずつ離して行けばサイドカーを付けたバイクがゆっくり前進する。頃合いを見てクラッチを離し、完全にバイクが走り出した事を認め、再びギアチェンジで1速から2速へ。
ーー思っていたよりも素直だな。などと購入したばかりのバイクの感想を心中で漏らしながら佐々木は立体駐車場を抜け出ると道路を駆け抜けて行った。
「ーーうわ~!わ~!」
聞き慣れないエンジン音が聞こえ、いてもたってもいられず寮から出て来た日名倉莉子は長い金髪を揺らしながら駐輪場へ向かう。ーーなにせエンジン音が途切れたのが寮の裏手にある駐輪場なのだ。あそこには彼女の愛車のバイクーー新聞配達や蕎麦屋の出前で使われているようなそれの他に寮で暮らしているメンバーの自転車が置かれている。
その場所に何故、自分以外のバイクがーーと疑問を覚えながら向かい顔を覗かせる。そこには整然と並ぶ自転車や彼女の愛車に混ざり、空いたスペースへ駐車されたサイドカー付きのバイクが停まっているではないか。
「ーーなになに!これマネージャーの!?買ったの!?」
ちょうどバイクにハンドルロックを掛ける為、鍵を回し終えたばかりの佐々木へ声を掛けるとヘルメットを脇に抱える彼は頷いてみせた。
「知り合いからな。90万で売って貰った」
「うわぁ…すっごーい…!あたしもこういうの乗りたいなぁ…」
羨望の眼差しで莉子が佐々木が購入したばかりのウラルCTを見詰める。バイクが趣味のひとつでもある彼女だけに羨ましさは人一倍のようだ。
「…週末、まほろと一緒にツーリング行くって話になってて…」
「…ツーリング?…彼女、免許持ってたか?」
「持ってないって。だからあたしのバイクの後ろに乗せてって思ってたんだよねー」
莉子の言葉に佐々木は思わず駐車場へ停められている彼女の愛車ーー明るいオレンジ色と白いカラーリングが施されたバイクへ視線を移す。
「……あれ、排気量が50ccか、それ以下じゃなかったか?2人乗りは出来なかった筈だぞ」
「……あっ!忘れてた…!」
ヤバい、と漏らしながら莉子は既にまほろと約束をしてしまったツーリングをどうしようかと思い悩む。
自分もそうだが、なにより折角、予定を空けてくれたまほろに申し訳がないーーと思っていた矢先、頭上で小さな溜め息が聞こえた。
「……なら、俺が連れて行こう。どうせ週末はこいつに慣れようと思ってた所だ」
「…え!マジ!?いいの!!?」
「…サイドカーに1人、ちょうどシートの後ろにも1人乗れるから大丈夫だろう」
その言葉に莉子は感激して思わず彼の手を両手で握ると語彙力の続く限り感謝を述べ続けた。