CUE!~Si Vis Pacem, Para Bellum~   作:ラッキー

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まだオリキャラのフルネームは決まっておりません。またゲーム本編とはキャラクターの台詞が異なりますのでご注意頂ければ幸いです。


01

 少女へ肩を貸しながら歩道を進む長身の青年の姿は否応なしに衆目を集めてしまう。面倒臭い職務質問がない事を祈りつつ彼は少女の案内を受けながら出会った場所ーー神瑞駅前から数百mほど進んだ先に建つビルの前で立ち止まる。

 

 ここが目的地だと少女は言う。コンビニが隣接するビルは4階建てで1階には洒落た喫茶店らしき店がある。彼女の年頃であれば“仕事先”とはコンビニ、或いは喫茶店のバイトかと思ったのだがどうやら違うらしい。

 

「ーーここが私が所属する事務所…AiRBLUE(エールブルー)です」

 

「……申し訳ない。AiRBLUE(エアーブルー)と読んでいました」

 

 片足を引き摺る少女へ肩を貸したまま指し示される方向へ向かうとビルのエントランス兼エレベーターホールに入る。その壁へ掛けられたフロア案内板へ視線を遣れば2階から上は全て“AiRBLUE”という聞き覚えのない事務所が所有しているようだ。所有、というよりも賃貸が正確なのかもしれないが。

 

 エレベーターへ歩み寄り、ボタンを押すと青年は少女へ顔を向けて尋ねる。

 

「…事務所…という事は…貴女は芸能人?」

 

「まぁ、芸能人ていうか…まだタマゴですけど…」

 

「…タマゴ?」

 

 つまりはまだ本格的な芸能活動を始めておらず、売り出し前の状態を指すのだろうか。彼は少女の言葉に首を捻りつつエレベーターの扉が開くと彼女を支えながら乗り込んだ。行き先の階を尋ねるよりも前に少女がボタンを押すと扉が閉まり、上昇を始めた事を知らせる浮遊感が全身に走った。

 

「ーー私が演じるのは声だけです。私、声優のタマゴなんです」

 

「…声優…アニメやゲーム…外画の吹替に携わるあの声優?」

 

「はい、そうです。…あっ…済みません。名乗りもせずに…私、六石陽菜です。宜しくお願いします」

 

「…これはご丁寧に…。…佐々木と申します」

 

 今更ながらの自己紹介を互いに交わした瞬間、エレベーターが目的の階へ到着する。それを報せるアナウンスと共に扉が開けば少女ーー陽菜と共に佐々木と名乗った青年は事務所の廊下へ足を踏み入れる。

 

 ーーなんと言えば良いか、俺には場違いだーー

 

 思わずそんな事を考えてしまう程に廊下しか見ていないにも関わらず事務所は明るく彩られ、開放的な雰囲気である様子がうっすらとではあるが佐々木にも伝わって来る。

 

 あそこまで、と彼女が指差す方角にあった扉へ向かう最中、社長室とプレートが打たれた扉が開き、室内から腰まで届く焦げ茶色の髪の女性が姿を現した。

 

「ーーあら、どうしたの陽菜?それにそちらの方は…」

 

「真咲さん!遅れてしまって済みません…足を挫いてしまって…こちらの…佐々木さんに助けて頂きました」

 

 腰まで届く焦げ茶色の髪を揺らし、履いたヒールの足音を微かに立てながら女性は陽菜まで歩み寄る。女性は真咲という名前らしい。彼女へ少女が事情を簡潔に伝えれば女性は承知したのか頷いてみせた。

 

「…そうだったの。弊社エールブルーの社長、鳳真咲です。佐々木さん…でしたか?今回は大変ありがとうございました」

 

「いえ、とんでもありません。それよりも…早めに処置をなさって下さい。恐らく捻挫でしょう」

 

 事務所の社長だと名乗った女性へ佐々木は少女を引き渡し、ここまで預かって来た陽菜の鞄を手渡すと自身の年季が入った革の鞄を握り直す。

 

「ーーでは私はここで失礼を…」

 

「お礼もしていないのにお帰り頂いたとあっては弊社の沽券に関わります。…廊下を進んだ先に談話室がありますのでそこでお待ち頂ければ…」

 

「……畏まりました」

 

 踵を返そうとした刹那、女性ーー真咲が彼に待ったを掛ける。これは素直に従った方が波風は立たないだろうと感じた佐々木は真咲に頷き、指し示された方向にあるという談話室へ向かった。

 

 扉を開き、室内へ入るとこの部屋も開放的な雰囲気を演出する為にレイアウトを凝っているように見える。女性からは待つように、とは言われたものの流石に空いている椅子へ腰掛けるのは憚られる。

 

「……それにしても最近の声優は容姿も整っていなければならないのか…?」

 

 手助けをした少女や、先程顔を合わせた社長も顔立ちは非常に整っていた。彼の認識ではーー声優とは声音が良く、聞き取り易い上に感情表現が抜群に上手いという認識だ。画面にはキャラクターのみが映り、声優は裏方へ徹するというイメージが強く、容姿によって仕事が左右される職業ではないとすら考えていた。

 

 とはいえ昨今では声優本人がメジャーデビューや年末の国民的歌番組へ出演する事も珍しくはなくなって来た。それ故に事務所側も選考基準に容姿の項目を入れるのは当然なのかもしれない。

 

「…しかし…鳳さん…だったか。…何処かで声を聞いた覚えが…」

 

 これでも彼は一度聞いた人間の声は耳へ残って忘れない。何処か聞き覚えがある、と呟くとそれが“何処でだったか”を思い出そうとするがーーそれよりも早く談話室の扉が開く音が静かに響いた。

 

「ーーお待たせして申し訳ありません。では改めて…。はじめまして、エールブルー社長の鳳真咲です」

 

「先程は自己紹介もなく失礼致しました。佐々木と申します」

 

 入室して来た真咲が彼へ歩み寄ると上背のある佐々木を見上げつつ改めて自己紹介を口にした。それに応じて彼も軽く頭を下げて自己紹介を返す。

 

 頭を上げた彼は眼前の真咲を緩く見下ろす。歳の頃は30代前半といった所だろうか。キッチリと着こなしたジャケットやタイトスカートは辣腕を誇るキャリアウーマンの印象すら感じさせた。

 

「今回は弊社の所属声優…陽菜を助けて頂き、ありがとうございます」

 

「いえ、とんでもありません。たまたま通り掛かっただけですのでお気になさらないよう六石さんにもお伝え下さい。それでは私はここでーー」

 

 床へ下ろしていた革の鞄を拾い上げると青年は折り目正しく一礼した後、場を後にしようとしたがーー

 

「ーーお急ぎでしたか?もし宜しければコーヒーでもと思ったのですが…」

 

「…いえ、そういう訳ではないのですが…何分、私には場違いに思えまして…」

 

「そんなことお気になさらないで下さい。貴方に陽菜を助けて頂いたのに何のお礼もしないのは…」

 

「いえ…ですからお気遣いは…」

 

 言葉遣いこそ丁寧だが随分と押しの強い人だなーーと佐々木は眼前の切れ長の瞳を持った社長と言葉を交わしつつ考えてしまう。このまま続けても暖簾に腕押しか千日手となりかねない。堂々巡りは趣味ではない為、彼は諦めの意味が籠った溜め息を小さく吐き出した。

 

「……では…ご馳走になります」

 

「ありがとうございますーー」

 

 何処か勝ち誇った表情を浮かべた真咲だったが、不意に談話室に備え付けられた固定電話が鳴り響いた。足早に着信を告げる電話へ歩み寄ると受話器を取る寸前で女性は佐々木へ顔を向ける。

 

「あっ、コーヒーはそこにありますから。ーーはい、お待たせしました。エールブルーです」

 

 自分で淹れろという事か。とてもではないが礼代わりにコーヒーを振る舞うと言った人物の行動とは思えない。しかしコーヒーの濃さを自分の好みで淹れられるのはある意味で僥倖なのかも知れない。

 

 好意的に受け取ろうと考えた佐々木は受話器を取り上げる寸前、真咲が視線で示した方角へ顔を向けーー直ぐに前言を撤回する。ーーよりにもよってコーヒーメーカーだ。インスタントなら濃さを自由に変えられるが基本的にコーヒーメーカーの味は一律である。

 

 再び溜め息を吐き出しながら彼はコーヒーメーカーへ歩み寄り、備品なのだろうインサートカップをホルダーに挿入してコーヒーを注いだ。

 

 一口を啜り、一息吐く。コーヒーや酒を飲むと条件反射なのか途端に煙草も吸いたくなるのが不思議だ。組み合わせが抜群に良すぎるのもあるだろう。スーツの内ポケットへ忍ばせたソフトパックとジッポを取り出したい衝動に駆られるがここは我慢する。

 

 背後では真咲が掛かって来た電話の応対へ追われつつ手にした書類へ何事かを書き込んでいる様子が伺えた。

 

 社長自ら電話応対しなければならないとは、この事務所は余程人材不足なのかも知れないと彼は勝手ながら想像してしまう。

 

 あまり好みの味とは言えないが、それでもコーヒーはコーヒーである手元の湯気立つ飲み物を静かに嚥下しているとコーヒーメーカーの横に張り紙があった。

 

 見慣れない名前がいくつか並びーーその一番上には“鳳真咲 砂糖なしミルクひとつ”の文言が綴られている。名前こそ見慣れないが、この表記には見覚えが嫌という程あった。

 

 もう一人分のカップをホルダーへ挿入し、そこへコーヒーを注いだ後にポーションミルクの封を切って垂らし、使い捨てのスプーンで良く撹拌する。

 

「ーーでは詳細が決まりましたら、また連絡します。失礼します」

 

 折良く電話も終わるようだ。彼は両手に自身のカップと女性用のカップを握りながら受話器を置いた真咲へ歩み寄ってそれを差し出した。

 

「ーーどうぞ」

 

「あら…私の分も?ありがとう。気が利くのね」

 

 何故か先程よりも砕けた口調となっている女性だが、畏まった言葉遣いよりもこちらの方が彼女には似合っている。

 

「…ミルクはひとつで宜しかったですか?」

 

「えぇ、そうだけど……良く分かったわね」

 

「張り紙がありましたので」

 

 疑問符を浮かべつつ女性がカップの縁へ口を付けると彼は事も無げにコーヒーメーカーの横で存在感を示していた張り紙を告げる。あぁ、と納得したように真咲は頷いてみせた。

 

「なるほどね。本当に気が利くわーーあぁ、また…」

 

 電話を切ってまだ数分も経っていないが再びの着信を告げる電子音が談話室へ鳴り響く。溜め息混じりに真咲はカップを片手に受話器を取り上げようとしたがーーおもむろに佐々木へ視線を向ける。

 

「あぁ、悪いけど…この書類、コピーしてきてくれない?」

 

「…は?コピー?」

 

「そう、10部ぐらいで良いわ。コピー機は談話室を出て左手の事務室にあるから。ーーはい、もしもし。エールブルーです」

 

 念の為に言っておくと佐々木は所属声優を手助けして事務所まで送り届けてくれた人物だ。決して事務所に籍を置く社員の類いではない。

 

 とはいえ差し出された書類を反射的とはいえ受け取ってしまった手前ーー何もしないのはどうにも居心地が悪い。

 

 まだ温いとは言えないコーヒーを彼は一息で飲み干し、カップをコーヒーメーカーの横へ一先ず置くと真咲が示した通り、コピーを刷る為に談話室を後にした。

 

 

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