CUE!~Si Vis Pacem, Para Bellum~   作:ラッキー

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 ーーこの人達はいつになったら帰るのだろう。

 

 湯呑へ注がれた日本酒を嚥下しつつ佐々木は眼前の様子を眺めて思わず心中で疑問を口にする。

 

 真咲、桐香、りおの三人が彼へ宛がわれた客室へ襲来したのは1、時間程前だ。わざわざ何処から調達して来たのか一升瓶、そして肴となる乾物を持参しての襲来である。

 

 長居する気であるのは何気なしには感じていたのだがーー

 

「ーー真咲ったらぁ…飲み過ぎじゃなぁい…?」

 

「ーーそーゆー桐香もじゃないのぉ~」

 

「ーー真咲さんもぉ桐香先生もぉ…明日は帰りもありゅんですからねぇ~?」

 

 ーーここまで酔っ払うとは思っていなかった。早々に隣の部屋へ帰って休んで貰った方が良さそうなのは分かっているのだ。既に何度か酒盛りのお開きを促してはいるのである。しかし「まだまだこれから」と顔を赤くしながら(のたま)うのだ。

 

 半ば以上、諦めの境地にある佐々木は彼女達の誰かがさっさと酔い潰れて眠ってしまわないかとすら考えている。それを合図にして改めてお開きを宣言し、部屋へ運べば彼も休む事が出来る。

 

 とはいえ時刻はまだ21時を少し過ぎただけだ。良い歳をした大人が寝付くには早すぎる時間であるのも確かである。

 

 布団を敷く際に部屋の窓際へ移動させられていた机はすっかり酒盛りの様相を呈していた。

 

 日本酒だけでなく、備え付けられていた冷蔵庫の中身ーービールの大瓶までも取り出しての酒盛りだ。

 

 最も窓際に近い場所に座る佐々木は諦念もあり、窓を少しだけ空けて換気をしつつ銜えた煙草に火を点けて紫煙を燻らせて時間を過ごすしかない。

 

 左手に日本酒が注がれた湯呑、そして右手の人差し指と中指へ煙草を挟んでの酒盛りはなんとも健全とは程遠い退廃的さすら感じられてしまう。

 

「ーー事務所の知名度アップの為にもぉ…やっぱり色々と宣伝するべきだと思うのよ~」

 

「例えばぁ?」

 

「そうねぇ…踊ってみたとか歌ってみた、って感じの動画かしらぁ…」

 

「あ~それ良いかもですねぇ。皆の顔と声を覚えて貰えそうですし~」

 

 先程までは全く別の話題ではなかっただろうか。

 

 紫煙を唇の端から吐き出し、彼女達の会話を右から左へ聞き流す佐々木はなるべく渦中へ入らぬよう素知らぬ顔をして日本酒を、そして愛煙の煙草を口にしていたがーーそうは問屋が卸さないようだ。

 

「ーーねぇねぇ、佐々木くんはどう思う~?」

 

 フラフラと立ち上がった真咲は彼へ意見を求めつつ一升瓶を掴んで歩み寄ると傍らへ腰を下ろした。アルコールが身体へ回って暑くなっているのか長羽織は脱ぎ捨てられ、浴衣も襟元がだいぶ乱れているので胸元の谷間が見えてしまうが、そちらへ視線が向かないよう視界は首から上だけを収めるよう努めるしかない。

 

 

「…良いのではないでしょうか。生憎と自分はその手の動画は見ませんが…それが宣伝材料となるならば実施する価値はあるように考えます」

 

「話が分かるわねぇ~!さっすが私が見込んだマネージャー!」

 

 勢い良く真咲が背中を叩き、何が面白いのかケラケラと笑い始める。

 

 鍛えられた身体であるのも手伝って全く動じる様子もないが流石に酒を飲んでいる最中に叩くのは止めて貰いたい、というのが佐々木の本音だ。衝撃もあって少し噎せそうになったのである。

 

 喉の奥へ日本酒を嚥下すると今度は指へ挟んでいた煙草を銜えて肺へ紫煙を吸い込み、隅々までそれを行き渡らせてから開いている窓へ向かって細く吐き出した。

 

「あぁ、そういえば…佐々木くんの為に喫煙所とか作るべきかしらねぇ…いつも屋上に行って吸ってるし…」

 

「無駄な事に金は使わない方が宜しいかと。ただでさえ喫煙者は迫害されているので全面禁煙という方針でないだけ有り難いほどです」

 

 酔っ払いとは話題が二転三転するものなのだろうか。

 

 疑問が尽きない佐々木は真咲が口にした提案を断る。今後、事業の拡大に伴ってマネージャーや社員が増える可能性は大いにあるが、事務所の規模からしてもそこまで大勢の雇用をする可能性は低いと言える。喫煙者も年々減少する一途を辿っているのだ。現在の事務所よりも大きなそれへ変わるなら兎も角として、わざわざそのような施設を設置する必要性は無いように思われる。

 

「佐々木くんは…禁煙する予定はあるのぉ?」

 

「…今の所はありませんね。あぁ、事務所の方針で禁煙しろと言うなら話は別ですがーー」

 

「あぁ、そこまで無理強いなんかしないから安心してちょーだい。」

 

「嗜好品だし…吸わないとやってられない気持ちは分かるからぁ…」

 

「あらぁ?桐香も吸ったことあるのぉ?」

 

「ほんの少しだけねぇ」

 

「へ~意外ですねぇ」

 

「…もっと喉や肺を大切にしていたのかと…」

 

 桐香の言葉に意外性を感じたのは佐々木もだった。煙草のような喉や気管支、肺に悪影響が出る代物へ少なくとも手を出すような人物とは思えなかったのもある。

 

「この業界にいるとぉ…特に駆け出しの頃は色々とストレスがねぇ…」

 

「なるほど…」

 

「えっと…なんの話だったかしらぁ…あ~そうそう。禁煙の話だったかひらね。彼女さんとかタバコ嫌がったりしないのぉ?最近は嫌いって人が多くなってるって聞くしぃ」

 

「……彼女?」

 

 それはつまり特定の交際している相手の事だろうか。佐々木は紫煙を燻らせた後、短くなった煙草を灰皿へ揉み潰してから口を開く。

 

「交際している女性はいませんよ。というより今まで一人もいません」

 

「ーーえ?」

 

「ーーあら?」

 

「ーーマジ?」

 

 恋愛経験が皆無という佐々木の発言に三人が目を丸くする。そこまで意外だったろうか、と彼は湯呑へ残っていた日本酒を飲み干しつつ考えてしまう。

 

「…意外ですか?」

 

「いやぁ…モテたんじゃないかと思ってたし…」

 

「学生の頃ですか?」

 

 予想を口にしたりおへ尋ね返すと彼女は頷き返した。

 

「全くでしたね。まぁ施設育ちなので仕方ない面もあったかと思いますが」

 

「施設?」

 

「…話していませんでしたか?両親と祖父母と死別してからは高校卒業まで施設ーー児童養護施設で過ごしてましてね。人伝(ひとづて)になのか…クラスや学年全体も知っていて、担任と教師も腫れ物に触るような態度でしたから」

 

「それ聞いてなかったわよ!?」

 

「話す必要もなかったので」

 

 雇用主である真咲も酔いが何処かへ消えてしまったのか驚愕を露にする。それと同時に納得もしてしまった。

 

「…年末年始の休みは要らないって佐々木くんが言っていたって真咲から聞いていたけど…そういう事だったのね」

 

 真咲へ代わって桐香が口にすると佐々木は新しい煙草を銜えつつ頷いた。帰省の必要がなく、寮で過ごすか事務所で電話番などの仕事をしていると語っていた理由がやっと判明し、真咲は溜め息を吐き出すと掴んでいた一升瓶を傾けて先ずは佐々木の湯呑へ、そして手繰り寄せた自身のそれへ日本酒を注いだ。

 

「…確かに敢えて言う必要はないけれど…そういう事はもっと早く言って欲しかったわ」

 

「…申し訳ありません」

 

 湯呑を取って何口か日本酒を嚥下した真咲へ彼は小さく頭を下げた。

 

「…この事務所でーー私も含めて皆もだけど、佐々木くんの身の上を知って差別するような人間はいないから安心しなさい。もし居るようなら私に相談して。ちゃんと対処するから」

 

「…ありがとうございます」

 

 火を点けていない煙草を口から取り除いた佐々木は雇用主へ頭を改めて下げる。身の上ばかりはどうしようもない。今更、どうしようという気もないが、対処する、と明言した真咲には頭を下げて感謝を示した。

 

 その礼が擽ったかったのか真咲は、それよりも飲み直しだと言わんばかりに佐々木へ酒を勧める。

 

 勧められるままに彼は湯呑を取って日本酒を呷ろうとしたがーー机上に置いていたスマホがバイブレーションを起こして着信を報せて来る。

 

 一口しか飲まずに湯呑を置いた彼は携帯を取って着信したメールを開くとーー溜め息を吐き出した。

 

 

 

 

「ーー10のスリーカード」

 

「うっそー!!?」

 

「またマネージャーさんの一人勝ち!?」

 

「佐々木くん強いわねぇ」

 

 酒盛りもそろそろ終わらせようと思っていた矢先に彼のスマホへ届いたメールの差出人は舞花だ。

 

 要約すると、これからトランプで遊ぶが付き合わないか、というそれであった。

 

 真咲達と飲んでいる真っ最中であると佐々木は返したのだがーーなら部屋へ邪魔をする、と返信が来てから5分も経たずFlowerの4人が各々の飲み物を持参して彼の客室へ現れたのである。

 

 来客を嬉々と迎えた彼女達によって陽菜を始めとした4人は部屋へ上がり、全員がババ抜きなどのゲームに興じる事となった。

 

 とはいえ四順もすると飽きが出てくる。

 

 今度はポーカーとなったのだがーー彼ばかりが勝ち続けている状況だ。

 

 ほのか、陽菜、真咲が彼を混ぜての4人で遊ぶが全く歯が立たないのである。

 

 なら次はとメンバーが代わって志穂、舞花、桐香が彼と対戦する事となる。

 

 テキサス・ホールデムのような正式なルールの下で遊んでいる訳ではないが、良くシャッフルしたカードが配られ、順にそれを各々が変えて行く。コールが掛かり、手札を見せ合うとーー

 

「ツーペア」

 

 佐々木の手札の中にAが二枚、9が二枚のカードがある。完成した役を告げると、また彼の勝ちである事を察して彼女達は目を剥いた。

 

「…ジャーマネ。イカサマしてないか?」

 

「…そんなしみったれた真似をする訳がないだろう。ツキが良いだけだ」

 

「いやいや。にしたって勝ち過ぎっすよ。ズルしてません?浴衣の中に隠してるとか…」

 

「…キミ達が持ち込んだトランプのデザインと同じ物を俺が持ってる確率を教えて貰いたいな。疑うなら浴衣を脱いでゲームをしても構わんぞ」

 

 志穂と舞花が疑惑の視線を向けると佐々木は溜め息を吐き出しつつ肩を竦める。たかがゲームにそこまで熱を入れる必要性がないのだ。捨てられたカードや各々の手札を回収した佐々木が良く山札をシャッフルを始めると、不意に志穂が待ったを掛けた。

 

「ーー腕の良いディーラーは自分の好きにカードを配れると聞いた事がある。怪しい」

 

「……そこまで疑うか。…なら…桐香先生、お願いします」

 

「えぇ、良いわよ。私も少し…怪しいと思っていたし」

 

 まさかの桐香まで疑っていたと耳にした佐々木は何度目かの溜め息を吐き出し、彼女へ山札を纏めて手渡した。

 

 桐香が彼に代わって混ぜ直しーー改めてカードを各々の眼前へ配り終える。

 

 その初期の手札を手に取った佐々木はカードを眺めーーコールが掛かるまで、一枚しか交換をしなかった。

 

 そして手札を晒すとーー

 

「8のフォーカード」

 

「なんでー!!?」

 

「ツキが良すぎるな…カジノなら一晩でどれだけ稼げるのか…」

 

 完成した役を目の当たりにした舞花は天井を仰ぎ、志穂は溜め息を吐き出し、そして桐香は苦笑しながら4のワンペアを捨てるしかなかった。

 

 

 そのまま夜は更けて行きーー翌日、再び社長以下のスタッフ達のクルマへ乗り込んで名残惜しいが帰路へ就く時間がやって来る。

 

 やはりと言うべきか、佐々木以外のスタッフの面々は起床して間もなくから二日酔いに悩まされ、旅館を出る寸前まで顔色が悪かったようだ。

 

「……マズい時は…莉子達に運転を代わって貰うか。美晴とまほろはペーパードライバーかもしれんが……」

 

 車列の最後尾で先を進む三台のクルマの動向を注視しながら佐々木は心配そうに呟いてしまった。

 

 お陰で何度かの休憩を道中で挟み、神瑞町にあるエールブルーの寮へ到着するまで要した時間は行きの倍は掛かってしまったようだ。

 

「…佐々木くん…私達より飲んでた筈よね…」

 

「…なんで二日酔いになってないのかしら…」

 

「……ちょっと休んでから帰ります…」

 

 寮の前へ駐車し、乗り込んでいた声優達が降りた頃、真咲達も路上へ降り立ったのだが、気分は優れないようで揃って寮の中へ歩いて行く。

 

 その後ろ姿を見送った佐々木は彼女達から預かったそれぞれのキーを片手に路上へ停まっているクルマに乗り込むと近くの駐車場を目指して移動させる事となる。

 

「…次があったらマイクロバスをレンタルした方が良いかもしれんな」

 

 これを教訓に機会がある際は強く進言をしようと彼は考えつつ一台ずつクルマを駐車場へ移動させたのだった。

 

 

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