CUE!~Si Vis Pacem, Para Bellum~   作:ラッキー

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そろそろメインタイトルを決めなければならないのですが…良いタイトルが浮かびません


02

 何故初めて来た筈の他所様の事務所でコピー機を使って印刷をしているのか。その問い掛けを冷静に青年は心中で別の誰かへ尋ねたかったがーー生憎と誰もいない。眼前にいるのは駆動音を立て、スキャンした書類を次々と印刷しては吐き出している無機物の機械だけだ。

 

 真咲が指定した部数が刷り終わり、出来上がった10部のコピーの端を揃えると一番上へ手渡された書類を纏める。

 

 なにはともあれ用事も済んだ。これを早く談話室にいるだろう真咲へ提出しようと事務室から廊下へ出た矢先、鉢合わせたのは数十分ほどまで行動を共にしてした陽菜という少女だ。

 

「…なに…しているんですか?」

 

「…社長さんに頼まれて…コピーを」

 

「コピー?…どうして?」

 

 少女の質問は正にグッドクエスチョンだ。なにせ彼自身も理由は全く分からないのである。会って間もないが推測するにーーあの女社長は立っている者は親でも使え、を地で行く人物なのではないかとすら感じてしまう。とはいえこの推測はそれほど外れていない妙な自信が彼にはあった。

 

「ところで…足の具合は?」

 

「はい、手当てして貰ったのでもう大丈夫です」

 

「それは良かった」

 

 少なくとも歩行に支障はないらしい。立って話すのも怪我をしたばかりの少女に悪く、彼はなるべく歩幅を陽菜へ合わせて話室へ向かう最中、彼女の歩き方を横目で捉えて判断した。

 

 この手の足首の捻挫は軽視や放置かれがちだが、しっかりとした処置を施さなければ後々に影響が出る。捻挫と軽く言ってしまうが実際は靭帯の損傷だ。テーピングなどで固定せねば靭帯が伸び切ったゴムのようになる可能性すらある。

 

 靭帯断裂とその後の再建手術のリハビリは辛かった思い出が彼には色濃く残っており、その旨を忠告しようかと口を開き掛けたがーーそれよりも早く進行方向から駆け寄って来る足音が聞こえた。

 

「ーー陽菜!道で転んだんだって?相変わらずドジだなぁ」

 

 艶のある黒髪を後頭部で橙色の大きなリボンを用いて結んでいる勝ち気な水色の瞳をした少女が陽菜へ声を掛ける。ーーやはり声優とは容姿も優れていなければ勤まらないのか、と佐々木は眼前に現れた少女の姿を見て勝手な再認識を行ってしまう。

 

「舞花ちゃん…ドジなのは分かってるんだから言わないでよぉ…」

 

 ーー自覚はしているのか、と彼は隣にいる陽菜の答えに思わず横目を向けてしまった。

 

 どうやらこの二人は気安い会話が出来る程には仲が良いらしい。年の頃が近いのもあるのだろうかーーなどと佐々木が考えていると陽菜へ注がれていた少女の視線が上背のある彼を見上げ、次いで首を傾げてみせる。

 

「この人…誰?新しいマネージャー?」

 

 つい先程まで雑用をさせられていたのだが、今度はマネージャーへジョブチェンジだ。落ち着く暇もないとはこの事である。

 

「ううん、違うよ。私を助けてくれた…とても親切な人」

 

 どうやら陽菜が誤解を解いてくれるらしく、彼はその言葉に頷くと眼前に立つ少女へ軽く頭を下げた。

 

「はじめまして、佐々木と申します」

 

「彼女も私と同じ声優のタマゴなんです」

 

「どうも!鷹取舞花っす!」

 

 当たり障りのない挨拶と自己紹介をすると少女は快活な声を上げる。陽菜が礼儀正しく温和な性格であるなら、この舞花という少女は見たままの性格なのかもしれない。

 

 しかしこの事務所では声優志望の人間は“タマゴ”と呼称するのが慣わしなのだろうか。新たな疑問が彼の脳裏に浮かぶが気にしても仕方ない事なのかもしれない。

 

 談話室へ戻ると出迎えたのは事務所の社長である真咲だ。

 

「ーーこちらがコピーです」

 

「ありがとう。わざわざごめんなさいね、助かったわ。さぁコーヒーをどうぞ。遠慮しないでね。ブラックで良かったかしら?」

 

「えぇ、大丈夫です。…頂きます」

 

 真咲へコピーと書類を纏めて手渡すと窓際へ互いに向き合う形で置かれた一人掛けのソファを勧められる。その中央にはテーブルが鎮座し、机上の一画へコーヒーが注がれたカップが置かれている。

 

 遠慮なく、とは言われたがーー果たして遠慮がなくなっているのはどちらなのだろう、と佐々木は内心で溜め息を吐きつつ床へ置いていた鞄を拾うとソファへ歩み寄った。袖を通したままだった外套を脱いで軽く畳み、鞄と共に足元へ置くと腰掛ける。

 

「真咲さん、志穂とほのかは遅刻ですか?」

 

「さっき、電車が遅れるって連絡があったの」

 

「二人とも家が遠いから大変なんだよね。あっ…お隣、失礼しますね」

 

 カップを摘まんでコーヒーを一口嚥下していると空いている席へ社長や少女達が次々と腰掛ける。

 

 彼の眼前にあるソファへ腰掛けた真咲などは真向かいに男性がいるにも関わらず、艶かしい動きでストッキングに包まれた脚を組む始末だ。

 

 この中で唯一の良心は隣へ腰を下ろした陽菜なのだろうが、こうも美形の女性達に囲まれると居心地が悪い。

 

「ーーそういえば佐々木さん。貴方のお勤め先は?長居させてしまったし、お勤め先に私から事情を説明しようかと思うのだけれど…」

 

 真向かいの席に付く社長が耳の保養となる凛とした声音で佐々木へ尋ねると、彼はカップを机上へ置きながら首を左右へ振った。

 

「…実は…お恥ずかしい話ながら再就職活動の真っ最中でして…」

 

「…そうだったのね…答え難い事を聞いてしまってごめんなさい」

 

「いえ、お気になさらず…」

 

 彼も良い歳だ。まだ三十路ではないが、20代も半ばを過ぎた男が定職に就かず昼間から歩いているのは佐々木の価値観からすると羞恥を覚えるものなのだ。尤も古臭い価値観である事は否めない、という前置きは付いてしまうが。

 

「…以前はどちらに?」

 

「…3週間前までは警備会社に勤めておりましたが…色々とありまして。条件の良い求人を探していますが…なかなか…」

 

 出会ったばかりの人間に自身の事情を語るのは憚られるのか佐々木は言葉を濁す。眼前の女社長は話ぐらいなら聞いてくれるかもしれないが、彼女は公共職業安定所の職員ではない。仕事の紹介や斡旋をしてくれる訳ではないのだ。

 

「…もし履歴書を持っているなら…見させて貰っても良いかしら?」

 

「…は?」

 

「ほら、私は社長だからね。私が貴方の履歴書を添削してあげようかな、と思ったのよ」

 

 確かに人材不足の事務所とはいえ曲がりなりにも社長という要職にある女性だ。今後も就職活動は続けなければならない事を考えると要職に身を置く人物から履歴書の添削と修正箇所を指摘して貰えれば助かるのは間違いないだろう。幸いな事に人様に恥じるような仕事は一度もした事がない。

 

「…お願いしても宜しいのであれば…」

 

 コーヒーを半分ほど飲み干し、カップを机上へ置いた彼が対面の真咲へ告げると社長は快く頷いて見せる。佐々木は床の上にある鞄を開け、中からクリアファイルを取り出した。

 

 履歴書が入っているページを開いたまま身を乗り出して社長へ手渡すと真咲は興味津々と手元へ視線を落とす。

 

「…佐々木 政敏(まさとし)さん…年齢は26歳になったばかりなのね。…宮城県の高校を卒業して…陸上自衛隊?」

 

 真咲は職歴欄にあまり縁がない組織の名が綴られているのを認めると対面に腰掛けている佐々木へ確認を兼ねて視線を向けた。

 

「はい。卒業後に宮城県は多賀城駐屯地の第22普通科連隊新隊員教育隊へ着隊しました。前期教育を修了した後は千葉県の習志野駐屯地に駐屯する第1空挺団で後期教育を。今年の6月末までは空挺団で勤務しておりましたが…負傷が原因で退職し、その後の職歴については履歴書にある通りです」

 

「…なるほどね。最終階級は3等…陸曹(りくそう)って読み方で良いのかしら?」

 

 真咲の問い掛けに彼は頷く。一般人に自衛官の階級は馴染みがない。読み方も分からない者も多いだろう。

 

 真咲もそうだが、彼等の隣でやり取りを聞いている陽菜と舞花は呆気に取られるばかりだ。陽菜は特にである。

 

 足を挫いて事務所まで佐々木に手助けされて歩いている間は彼の肩を借りていたのだが、布地の下にある確かな硬い筋肉の存在を感じており、その理由がやっと納得出来た心持ちだ。

 

「…自衛官の方だったんですね」

 

「元、です。それに珍しくもないでしょう」

 

 理由は様々だが退職した自衛官は街中にいくらでもいる、と佐々木は事もなげに隣の陽菜へ告げた。

 

「…いや…割りと珍しいかも…」

 

 声を上げた舞花は少なくともこれまでの人生で現役・元に限らず自衛官と接触した記憶がないのだ。

 

 一方、履歴書へ視線を落とす真咲は自衛隊を退職した後に就職した警備会社の勤務期間が2ヶ月半で終わっている事が疑問だった。理由は“一身上の都合により退職”とだけ綴られている。一先ず、会社や同僚、先輩と反りが合わなかったのだろうと推察して疑問を解消した。

 

「…趣味・特技は…アウトドア、渓流釣り、トレーニング…身体を動かすのが好きなのかしら?」

 

「はい。…怪我もあって1年以上のブランクはありますが直ぐに勘は取り戻せるでしょう」

 

「ふむふむ…。そして取得資格は…沢山あるわね。普通自動車免許、大型自動車免許、大型特殊に大型自動二輪…」

 

 資格欄が埋め尽くされる勢いで綴られた取得資格の数々を真咲は読み上げて行く。それと同時に思考の片隅では彼を見定め、そして“素質”を測っていた。

 

 不意に社長が履歴書から僅かに顔を上げ、対面の佐々木へ視線を向ける。ーーその切れ長の瞳がキラリと光ったかのような感覚に晒された彼は言い様のない不安と困惑を強く抱いたのだった。

 

 

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