CUE!~Si Vis Pacem, Para Bellum~   作:ラッキー

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 どうしてこんな事になったのだろう。

 

 “五十鈴りお”と名乗った女性ーー年齢は佐々木と同じか近い歳に見える彼女の先導で彼はエールブルーの事務所を後にする。案内されたのは神瑞駅近辺の飲食街だ。

 

 スカウトを始めるに当たり五十鈴から指導されたのは

 

 1.声質が良い者

 

 2.容姿も大切だが、「応援したい」と思える者

 

 以上の二点を重視して声を掛けるように彼は教えられた。

 

 1は兎も角として2はかなりの無理難題と佐々木は感じてしまう。むしろ一見しただけでそれを嗅ぎ取るのは不可能なのではないか、とすら考えられる。

 

 彼はその旨を伝え、併せて自分では難しい事だと告げたが、「何事も経験」の一言で五十鈴に送り出されてしまった。

 

「…とはいっても……」

 

 五十鈴は彼を見守るように背後で佇んだまま動かない。どうやら本気でスカウトの真似事をさせるつもりである事を察した彼は溜め息を吐き出すと顔を上げ、疎らだが道行く人々へ視線を順繰りに向け始める。

 

 これだけで声質が分かるとは思えないがーーまずは容姿が優れている人間を探す事にしたらしい。

 

 やがて彼が声を掛ける相手を見定めたのか前から歩いて来る少女へ向かって進み、声を掛けた。

 

「ーー申し訳ありません。お時間宜しいでしょうか?」

 

「あ、はい。なんですか?」

 

 これが夜中の繁華街であったならば無視されただろうな、と佐々木は思いながらスカウトで初めて声を掛けた相手ーー小柄な体格をした茶髪の少女が口を開いた際に発せられた声音が聞き取り易く、発音もしっかりしている事から本題を告げる。

 

「実は声優事務所から声優志望の方を探すよう申し付けられているのですが…声優にご興味はございますか?」

 

「はい、興味あります。ーーていうか声優のタマゴです」

 

「タマゴ?…もしや…」

 

 事務所で散々と耳にした“タマゴ”という表現。それを口にすると言う事はーーと彼が推測していた矢先、背後から五十鈴が歩み寄って来た。

 

「ある意味で大当たりだねぇ。この子もうちに所属してるの。悠希ちゃん、今からレッスン?」

 

「あ、りおさん。この人は…新しいマネージャーですか?」

 

「ううん、まだアルバイト。今の所は、ね」

 

 どうやら彼が推測した通りであったらしく、最初のスカウトが失敗で終わった事を察して溜め息を吐き出した。今日だけで一体どれだけの溜め息と共に幸せとやらが逃げて言ったのかは分からない程だ。

 

「それじゃ、いってきます! スカウト頑張って下さいね!」

 

「はいは~い、頑張ってね!」

 

 悠希と呼ばれた少女は飲食街の通りを歩いて立ち去って行く。その背中を見送ると佐々木は五十鈴へ向き直った。

 

「…申し訳ありません、まさか事務所に所属している人に声を掛けるとは…」

 

「どんまいどんまい!まだまだスカウトは始まったばかりだよ!次、行ってみよ~!」

 

 五十鈴に励まされた彼は暗にスカウトの続行を命じられる。ーーこれもアルバイト代の為と自身へ言い聞かせ、佐々木は改めて通りを見渡した。

 

 昼食時は過ぎているのもあって人通りは疎らだが、それが逆に道行く人間の容姿などは細部まで捉え易い。

 

 彼の目に止まったのは良く手入れがされた茶色の長髪を揺らしながら歩くーー俗な言い方をすれば“おっとり”とした性格に見える成人は過ぎているだろう女性だ。

 

 女性に歩み寄った彼は先程の少女と同じく声を掛けると簡単な挨拶を終えた後に本題を切り出した。

 

「ーーえっ、声優…ですか?」

 

「はい。もしお時間が宜しければ少しお話をさせて頂きたいと思いましてお声掛けした次第です」

 

「…折角、お声掛け頂いたのにごめんなさい。私、実はもう声優事務所に所属しているんです」

 

 まさかの連続であり、彼は呆気に取られてしまった。

 

 女性と別れ、次の声掛けをする相手を探し求めているとーー早々に興味を引かれる特徴的な容姿をした少女を発見する。

 

 特徴的、というよりも個性的の方が正しいかもしれない。頭髪の色は珍しい銀色ーー染めているのだろうが、その銀髪の所々を紫色へ染めている。それだけでなく瞳も左右が緑と青、いわゆるオッドアイである。服装も黒を基調としたゴスロリファッションとくれば彼でなくとも人目を引くだろう。

 

 兎も角、佐々木は一度目や二度目と同じく少女へ歩み寄り、声を掛けるとーー

 

「ーー我輩に何か用か?」

 

 ーー人生初となる実際に自身を指して「我輩」という一人称を使う人物と出会う事となった。

 

 妙な感動さえ覚えてしまうがーーそれよりもまずは本題へ入らねばならない。

 

 声優に興味はないか、と尋ねると眼前の少女はフンと小さく鼻を鳴らした。

 

「残念だったな。我輩は既に声優の勉強中だ」

 

「……貴女もですか……」

 

 何故、声を掛ける相手が三人とも既に声優志望として声優事務所へ所属しているのだろう。運の悪さ、或いは巡り合わせなのかもしれないが、これでは稼ぎになるのかすら怪しい。

 

 縁がなかったな、と立ち去る少女を横目で見送ってからややあって五十鈴が苦笑混じりにやって来ると彼に声を掛ける。

 

 なんと二人目の女性と三人目の少女は両者ともエールブルーに所属している声優のタマゴだと言うのだ。

 

 それならば早く言って欲しい、と口が滑りそうになったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 事務所内は喫煙所がないと五十鈴から言われ、彼はエントランス前で乾きを感じられるようになった秋風の中、ラッキーストライクを銜えて紫煙を燻らせる。

 

 溜め息とミックスした紫煙を喉の奥から吐き出し、短くなった煙草を携帯灰皿へ押し入れて火を消すとスーツの内ポケットに仕舞った。

 

 あの後は声を掛けるに値するような人物は見受けられず、スカウトを切り上げる事となった。三人とも声優志望、しかもエールブルーへ所属している人物ばかりに声を掛けてしまったが五十鈴からは「逆にそれだけ人を見る目がある」と慰めなのか、本気なのか判断に困る言葉を掛けられた。

 

 エレベーターへ乗り込んで談話室がある階へ辿り着き、五十鈴から顔を出すよう告げられていた社長室を目指す。軽く身形を整えた後に扉をノックすると直ぐに室内から真咲の声で入室を許可された。

 

「ーー失礼します」

 

 自衛隊へ居た頃、入室する際は「入ります」だったが「失礼します」にも慣れたモノだと、どうでも良い感想が心中で漏れた。

 

「お帰りなさい。ーーりおから聞いたわよ。人を見る目があるんですって?」

 

「……皮肉ですか?声を掛けた相手は三人ともこちらの事務所に所属なさっていると聞きました」

 

 出迎えた真咲は本心から称賛を口にしたつもりだが、地味にショックを受けているらしい佐々木は溜め息と共に応じる始末である。それに苦笑しながら彼女は首を横へ振ってみせた。

 

「違うわよ。彼女からも言われたでしょうけど…それだけ人を見る目がある、という事よ。やっぱり私の目に狂いは無かったわ。貴方はマネージャーに向いてる。保証するわ」

 

 随分と自信がある口調と様子を前にして彼は困惑の表情を僅かながら露にしながら真咲へ尋ねる。

 

「…何故そのように思うのですか?」

 

「私にコーヒーを淹れてくれたでしょう?」

 

 それがどうしたというのか。新隊員(新兵)の頃は誰に言われずとも上官や先輩へコーヒーや茶を淹れるのが習慣だった。夏場は麦茶が圧倒的に多かったがーーそれだけでマネージャーに向いているとは納得が行かない。

 

「お言葉ですが…些細な事では?」

 

「その“些細な事”が実は大きな事なの」

 

 どういう意味なのか理解が及ばず、佐々木は思わず首を捻った。

 

「私がコピーを頼んだ時もそう。貴方は訳が分からなかったでしょうけど…でも兎に角、迅速に行動した」

 

「命令が下れば疑問の余地なく即応する。それが仕事だったので…」

 

「そうかもしれない。でもーー何より、陽菜を助けたでしょう?無視しても誰からも文句は言われなかった筈なのに。困っている誰かを支えたい、助けたい、という気持ちはとても大切よ」

 

 真咲が放った一言を聞いた佐々木の脳はかつての記憶を呼び起こした。

 

 彼が自衛官を志した切っ掛けーー故郷の宮城を数年に分けて襲った震災。一度目は郷里の人々に愛されていた山の一部を崩落させ、二度目は震度7を記録すると共に沿岸部を襲った大津波。その凄惨たる光景が広がる中、必死に生存者を捜索し、救助に当たる迷彩服を纏う数多くの名も知らぬ人間達の勇姿を目に焼き付けた。

 

 あの惨事を身を以て体験していなければ彼は自衛官という道へ繋がる門戸を叩かず、志願もしなかっただろう。

 

 向こう見ずな、そして分別のない子供じみた“人々を助ける力を持った人間になる”という願いを胸に抱いたのはーー果たして何年前の事だったろうか。

 

 随分と遠い昔の出来事にすら思えてしまう。

 

 純粋で、綺麗だった筈の願いは、忘却の彼方へ置き去りにしてしまったがーー

 

「ーー大丈夫?」

 

 不意に耳朶を打ったのは凛とした声。ハッとした彼の瞳が眼前で心配そうな表情を浮かべた真咲の姿を捉える。

 

「…少し…些末な事を思い出しました。ーーお話の途中で申し訳ありません」

 

「…いいえ、気にしなくて良いわ」

 

「……それで……」

 

「…うん?」

 

 急に微動だにしなくなった佐々木だったが声を掛けられて意識が浮上したらしく、特に問題がなさそうであると感じた真咲が安堵の息を漏らすと彼が躊躇いがちに彼女へ口を開く。

 

「……私は誰も人の命を直接救った事がありません。語弊を恐れずに言えば敵と戦い、人を殺す訓練は嫌というほど受けました。誰かを支え、誰かを手助けする事に自信は微塵もない人間です。ーーそれでも私はマネージャーに向いていると?」

 

 鋭く濃い茶色の瞳が細められる。問い掛けと共に向けられたその視線にーー真咲は、はっきりと頷いて見せる。

 

「ーーえぇ。貴方はマネージャーに向いている。私が保証するわ」

 

 

 

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