CUE!~Si Vis Pacem, Para Bellum~   作:ラッキー

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疲労困憊の為、短くて申し訳ありませんが今日の投稿はこれで……( ˘ω˘ )スヤァ…


07

 ーーソフトパックから振り出した愛煙の煙草を銜え、ジッポのオイル臭い火で先端を炙れば紫煙が緩やかに立ち上る。ニコチンとタールが配合された煙を肺の隅々まで行き渡らせてから吐き出すと肌寒さを強く実感する夜風へ煽られて消えて行った。

 

 昨今の禁煙・嫌煙によって佐々木のような愛煙家は迫害されるばかりだ。彼が店先で煙草を吸っているイタリアンファミリーレストランチェーン店でも以前までは禁煙席、喫煙席と分煙がされた状態で席へ案内されていた記憶があったものの見事に店内は完全禁煙の運びとなったようだ。

 

 副流煙ーーもとい毒煙を撒き散らすなら外で吸え、と言わんばかりに店先の脇へ灰皿が置かれているのは店側から喫煙者へ対するせめてもの慈悲なのかもしれない。

 

 このまま居酒屋、BARなどの酒を中心に提供する店でも全ての店舗を対象として禁煙化が進むと彼は間違いなく足を運ぶ事はなくなるだろう。佐々木にとってアルコールとニコチンはセットの存在だ。尤も不思議な事に煙草だけを吸っても酒を飲みたい衝動には駆られないが、逆であると求めてしまうのだという。

 

 大半が灰となり、短くなった煙草を備え付けの灰皿へ潰して投げ捨てると深呼吸を何度か行い、肺に残っているだろうヤニ臭い息が彼女達へ掛からないよう処置を済ませてから店内に戻り、案内された席を目指す。

 

 夕食時であるのも手伝って店のスタッフは忙しそうだ。

 

 料理を運ぶスタッフと通路で擦れ違いながら佐々木は昨日と今日で見慣れた姿をした4人組を認めると、その隣の席へ腰を下ろした。

 

「ーーただいま戻りました。…まだ料理は届いていないのですね」

 

 4人が腰掛ける隣の席の机上には水が注がれた樹脂製コップしか置かれていない。流石に注文は全員したのだろう。さて自分も注文を、と彼は液晶タッチパネルを手繰り寄せて検索を掛け始める寸前、隣から囁き合う声が佐々木の耳朶を打った。

 

「陽菜…今言いなよ」

 

「え、今?私が…?」

 

「自分らも言うからさ…」

 

 何を相談しているのだろうと疑問を覚えながらも彼は取り敢えずカルボナーラとフォカッチャ、そしてイタリアンサラダをタッチパネルで注文を終える。あまり誉められた食べ方ではないものの皿へ残ったソースをフォカッチャに絡めて口へ運ぶのが好きなのだ。

 

「ーーうちの陽菜からお話があります」

 

「ちょっと志穂ちゃん…!」

 

 間怠っこしかったのか志穂が早々に話を始めようと彼へ向けて口を開けば、急な展開もあって陽菜が慌てる。心の準備が出来ていないのだろう。

 

「…お話ですか?…奢りについては…」

 

「いえ、そうじゃなくて…あ、奢って頂く事は本当にありがとうございます。…実は…さっき皆で話していたんですが……」

 

 彼が煙草を吸いに外へ出掛けていた合間、彼女達が何事かを話し合っていたと耳にした佐々木が首を傾げる。料理の代金の事でもないようで疑問を深めつつ無言のまま陽菜へ続きを促す。

 

 彼女は何度かの深呼吸を繰り返すとーー意を決して口を開いた。

 

「ーーお願いします!私達のマネージャーさんになって下さい!」

 

 陽菜が胸の前で手を組みつつ要件を告げれば他の三人は期待を込めた眼差しを彼へ送る。

 

 急な展開すぎて困惑をするのは佐々木へ移った。何故、自分がーーと考えてしまうが、今日は事務所からの去り際に真咲からも「マネージャーに」と誘われていた記憶を思い出す。

 

「…マネージャー…」

 

「…昨日と今日、色々と手伝って貰って凄く助かったっていうか…」

 

「ーー要するに便利」

 

「いてくれるとホッとするんです。安心するっていうか…」

 

「ーーつまり、ゆるキャラ」

 

「……自分は六石さんと鹿野さん、どちらの言い分を受け取れば良いのですかね…。そもそもこんな、ゆるキャラがいてたまりますか」

 

 陽菜の言い分は兎も角として、志穂の物言いではどのように解釈すれば良いか分からず、佐々木は縦皺が浮かんだ眉間を指先で揉み解した。

 

 困惑の色が強くなった彼を見て、舞花が志穂を制すると今度は代わってほのかが紫水晶を思わせる瞳を佐々木へ向けて口を開く。

 

「これは私達、皆のお願いです」

 

「…ですが私はズブの素人ですよ。業界の事は右も左も分かりません」

 

「誰だって最初は素人だよ」

 

 正論を述べる舞花に彼女達が頷く中、佐々木は困った様子で短く刈り上げた黒髪へ手を伸ばしてガリガリと掻き始める。

 

 その姿を見た陽菜は普段の気弱を殺し、彼へ更に誘いの言葉を投げ掛けた。

 

「ーー信頼出来るマネージャーさんと一緒に成長出来たらなって…。私達が一人前になるには佐々木さんの力が必要なんです」

 

「ーー……殺し文句を……」

 

 陽菜が口にした言葉の何が彼の琴線へ触れたのか。佐々木は溜め息を漏らすと舌の上で小さな呟きを転がしつつ刈り上げた黒髪を何度も掻き続ける。だがーーやがてその手が止まり、居住いを正すと隣の席へ腰掛ける彼女達へ視線を送った。

 

「…先程も申し上げましたが…私はズブの素人です。声優のマネジメントへ携わった経験は当然ない上に皆さんと違って男性です。気遣いが及ばない可能性が大いに考えられます」

 

「ーーそんな事は…!」

 

 反論しようと陽菜が身を乗り出すが、彼はそれを手を翳して制した後、再び口を開く。

 

「ですがーーそれらの不安要素を抜きにして……皆さんのひたむきな姿が眩しく映りました。ひたすらに努力する貴女達はとても美しい。その努力を続ける姿は尊敬すら覚えます」

 

「う、美しい…!?」

 

「そ、そんなこと自分は初めて言われたなぁ…」

 

「…ううっ…なんか恥ずかしい…」

 

「…女性を口説く殺し文句と見た」

 

 自分は正当な評価と思った事を口にしただけなのだが、何故このような反応を示させれるのかーーと彼は疑問符を浮かべてしまう。

 

「…生憎と女性とはあまり縁がありません。それはさておいてーー…昨日と今日のレッスンや収録を拝見して声優という仕事に強い興味を抱いた事も事実です」

 

「本当ですか…!?」

 

「…嘘は申しませんよ。鳳社長からもマネージャーにならないか、と誘われています。雇用契約については…まだ分かりません。流石に無給で働くのは無理ですし…」

 

 彼は自分なりの冗談を呟くと志穂以外の面々が苦笑を浮かべる。逆に志穂は「確かに」と言わんばかりに頷いていた。

 

「…確認しますが…私は自衛隊崩れの“落伍者”です。皆さんを支えるのが精一杯でそれ以上の働きは期待出来ません。それでもーー自分が必要ですか?」

 

 最後の確認として彼は陽菜、舞花、志穂、ほのかへ順繰りに視線を向けて尋ねる。すると彼女達はーー顔を見合わせた後、佐々木へ眼差しを送って頷いてみせる。

 

「ーーはい。私達には佐々木さんの力が必要です」

 

 代表して陽菜が数分前と同じ言葉を繰り返す。それを聞いた彼はーー天井を仰いだ後に小さく頷き返す。

 

「……お食事が終わり次第、事務所へ行ってみます。まだ社長がいらっしゃれば良いのですが…」

 

 

 

 

 

 

 むしろ俺なんかで良いのか、と佐々木は思いながらも会計をレジで済ませると纏った外套の裾を翻しながら店の外へ出た。

 

 待っていてくれた彼女達も肌寒さを感じるようになった季節柄、それぞれが防寒着の類いを纏っている。

 

「ーーでは今から…礼儀を考えるなら明日の方が良いのでしょうが…私の考えが変わらない内に事務所へ行って来ます。取り敢えず皆さんとはここでお別れという事で…また近い内にお会いしましょう」

 

 折り目正しく佐々木は4人へ頭を下げるとスラックスのポケットへ両手を突っ込み、事務所のビルがある方角に向かい、歩道を進み始めたのだがーー

 

「…あの…何故こちらに?皆さんのお住まいもこちらなのですか?」

 

 立ち止まって背後へ肩越しに顔を向けると面子が変わらない4人が付いて来ている。最寄り駅である神瑞駅は反対方向なのだが、と思いながら問い掛ければーー

 

「ーーいやぁ…」

 

 舞花がなんとも言えない笑顔を浮かべつつリボンで髪を結んでいる後頭部の辺りへ片手を添える。

 

「…気になってしまって…」

 

 次いでほのかが苦笑しながら佐々木へ告げると陽菜と志穂も頷いた。

 

 4人の姿を視界へ収めた彼は溜め息を漏らすと再び歩き出す。面々の中で最も長身のほのかの背丈を遥かに超える身長なのも相俟って広く見える背中は「勝手にしろ」と物語っているように見える。

 

 無論、背中は語り出したりはしないのだが、彼女達は勝手な解釈を済ませると彼の側まで駆け寄り、行き先を通い慣れたエールブルーへ向ける。

 

「…あ、そうだ。佐々木さん、無事にマネージャーさんになれたら私達に敬語は使わないで下さいね?」

 

「そうそう。年上なのに敬語を使われると…ちょっとね」

 

「…というか…何歳なんですか?」

 

「…もしかして30歳過ぎてる?」

 

「…分かりました。…年齢ですか?26歳です」

 

 佐々木が年齢を口にすると、真咲が履歴書を読み上げた場に居合わせていなかった志穂とほのかが驚いた姿で彼を見上げ、「嘘」と異口同音を呟く。

 

「……そんなに老けているように見えますか…?」

 

 まだ若いのだが、と彼は何処か気落ちした様子のままエールブルーへ向けて歩き続けた。

 

 

 

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