CUE!~Si Vis Pacem, Para Bellum~ 作:ラッキー
あっ、後書きにマネージャーの簡単なプロフィールがあります
事務所へ到着したは良いが、まさか直ぐにエールブルーを飛び出る形で神瑞駅前へ来るとは思わなかった。
路上の隅にある喫煙所は混んでいるのもあり、煙草を吸えないのが苛立たしい事この上ない。ーー本来なら我慢するべきなのだが、路上喫煙禁止の注意書は何処にもなく代わりに“吸殻は携帯灰皿に入れて持ち帰りましょう”のそれが視界へ入った。混雑時は最低限のマナーさえ守ればーーと言い訳しつつ佐々木はソフトパックのラッキーストライクを軽く振り、飛び出た煙草を銜え、ジッポで火を点けた。
事務所を先に飛び出たのは彼女達だ。理由はーー社長室から漏れていた、ただならぬ様子の真咲、そしてりおの会話が聞こえたからである。「まだあの子達には内緒に」という言葉がネガティブな想像を掻き立てたのだろう。事務所を飛び出した陽菜を追って舞花、志穂、ほのかが続くと、彼も夜道を出歩かせるのは憚られて追いかけるしかなかった。
先にエレベーターへ乗ってしまった彼女達へ追い付くには階段を使うしかなかったが、4人がエントランスを出るのに少し遅れるだけで済んだのは幸いだ。事務所前で見失っては彼女達が何処へ行くのか想像が付かない。ーー安堵の息を吐き出すと扉が閉まったエレベーターが上へ昇っている表示が視界の端へ映ると佐々木は「おそらく二人は気付いているな」と直感しつつ駅前へ向かう少女達の背中を追って歩き出す。
ーー駅前まで背後から2日間で感じ慣れた気配と足音が追って来ているのには気付いていたがベンチへ腰掛けて俯いている少女達には教えない辺り、彼も良い性格をしているのかもしれない。
「ーー……ねぇ…ちょっと聞いて来てよ。マネージャーでしょ…?」
「まだマネージャーではありませんよ。契約も結んでいませんからね」
ベンチに腰掛ける彼女達の中で舞花が肩越しに振り向き、花壇を挟んだ向こうで紫煙を燻らせる青年の背中へ告げるも彼は素っ気ない言葉を返した。それに彼女は唇を尖らせる。
「…ケチ」
「ケチで結構。そもそも…まだクビになるかどうかは分からないでしょう。皆さんの勘違いか早とちりの可能性の方が高い」
志穂は二人の会話で聞こえた声に焦りを感じたと言い、陽菜は今日のアフレコで真咲に失望されたのだろうと言う。想像が負の連鎖を起こしている事に彼女達は気付いていないのかも知れない。それを指摘しようかーーと思った所で視界の端に数日で見慣れた人影が姿を表す。二人の人影は彼へ歩み寄ると人差し指を口元へ当てて「静かに」というジェスチャーをした。
頷きながら彼は紫煙を吐き出し、半分程度しか吸っていない煙草を携帯灰皿へ火種を揉み潰して捨てると背後の会話へ耳をそばだてる。
「ーーまぁいい。クビにしたきゃすればいいよ」
「ーー声優事務所はエールブルーだけじゃない」
新たな展開になったな、と背後で話を聞くだけとなっている佐々木は考えつつ隣へ足音を消して歩み寄って来た二人へ「あんな事を言ってますが?」と親指で彼女達を指し示してジェスチャーを伝える。それに二人は「仕方ない」と言わんばかりに頭を左右へ何度か振った。
「ーー舞花ちゃんと志穂ちゃんは…本当にそう思ってるの…?」
「それは……」
「思ってないよ!全然思ってない!エールブルーを辞めたくないよぉ…!」
「…右に同じ」
「私だって他の事務所なんて嫌!エールブルーがいい!」
陽菜が問い質せば、舞花や志穂が前言を撤回し、ほのかが後に続く。先程の言葉は本心ではなく虚勢であったのは佐々木にも分かったがーー忙しいな、と溜め息が溢れてしまう。
「私だってエールブルーが好き!真咲さんが好きなの!」
「りおさんだって好き!」
「ーー元気すぎてちょっとウザいけど」
慕われている事は雰囲気からも察せられたがーー彼の想像の上を遥かに超えるそれに佐々木は横にいる人影へ微笑ましい視線を向ける。視線に気付いた人影は彼を見上げると「凄いでしょう?」と言わんばかりの笑みを浮かべつつ腕を組んだ。
「…私…エールブルーで一人前の声優になりたい…!」
陽菜の声に悲しみのそれが混じり出した瞬間、彼の隣へ立っていた二人が歩き出し、花壇を迂回すると彼女達の眼前に現れる。
「ーーあらあら…泣かせること言うじゃない」
「ーーやっほ~。こんなとこでな~にしてんの?」
二人の人影ーー真咲とりおが突然現れると彼女達は訳が分からぬ様子であたふたと慌て始めた。
「真咲さん!?りおさんも!?」
「いつからここにいたんですか…!?」
「ずっと居たわよ?会社からあなた達をずっとつけていたの。話も全部聞かせて貰ったわ。ーー彼の隣でね」
「……彼……って…佐々木さんの…!?」
ネタばらしを真咲がすれば4人の視線が彼の背中へ突き刺さる。何処か非難めいた眼差しを感じながら佐々木は二本目の煙草を銜えて火を点けている最中だ。
「…どうして教えて…!」
「…いやまぁそれは…聞かれなかったから、ですかね」
陽菜から尋ねられた彼は悪怯れる様子もなく肩越しに振り向くと、紫煙を燻らせつつ肩を竦めてみせた。
「…でも…皆の想い、とっても嬉しかった」
「ウザいってのが余計だったけどねぇ」
「…いや聞いてないと思って…」
「聞いてなかったら言うんかい!」
陰口は基本的に本人がいない所で言うモノの筈だが、などと佐々木はどうでも良い事を考えつつ紫煙を吐き出し、溜まった灰を携帯灰皿へ叩き落としていた。
やがて慌ただしさが収まると陽菜が意を決して真咲へ尋ねる。「何を秘密にしているのか」とである。
ほのかが直球すぎる問い掛けに驚く中、彼も同じ思いなのか紫煙を燻らせながら同意の意味を込めて頷いていた。
「……どうしても知りたいのね」
「……はい、お願いします」
彼女が頷くと真咲は腕組みをして何事かを考え込む。数十秒程度で沈黙は破られ、真咲が微かに笑みを浮かべながら面々を見渡す。
「ーー分かったわ。皆、付いてらっしゃい。それと佐々木くんも」
「………自分もですか?」
ちょうど煙草が吸い終わり、吸殻を携帯灰皿に投げ込んだ辺りで真咲が声を掛けて来ると佐々木が首を捻る。果たして自身も同行して良いのか、という疑問が態度に出ていた彼に頷いた真咲が皆を先導して歩き出す。その背中を追って彼女達、そしてりおと佐々木も駅前から移動する事となる。
「…真咲さん…何処に行くんだろう」
「そんなの分かる訳ないじゃない…」
喧騒に包まれる駅前を抜けても真咲は進み続け、住宅街へ足を踏み入れても歩みを止める素振りがない。その様子に不安を抱いた舞花が呟くと、ほのかも不安が心中を覆っているのか声をひそめて彼女へ返す。とはいえ誰も行き先が分からないのだ。
唯一、行き先が分かっているりおだけが「ついてくれば分かるよ」と彼女達へ告げていた。
「…もしかして他の声優事務所だったりして」
「自分達、売られるってこと!?」
「……いや…それはないでしょう。皆さん、事務所と契約を結んでいるのでは?事務所側が勝手に所属を変えようとするのは法律に抵触するおそれがありますよ。それに…鳳社長ならそんな回りくどい事はせず、クビにするならそう言うでしょう」
志穂が冗談か本気か分からない予想を口にすると舞花が驚愕しつつ事情を知らぬ人間が耳にしたら勘違いをしてしまう声を上げてしまった。それに佐々木は溜め息を吐き出すと冷静で低く落ち着いた声音のまま彼女を諌める。
そもそもデビューすらしていない声優を売った所で得られる金銭は二束三文にもならない、と脳裏には過ったが語らなかっただけ佐々木は気遣いが出来るのかもしれない。
ーー不意に住宅街を歩いていた真咲の歩みが止まり、彼女の視線が眼前にある建物へ向けられた。
「ーー着いたわ。これが私が貴女達に内緒にしてた事よ」
少女達の視線もその建物へ向けられ、一斉に首を傾げる。一見すると小綺麗な3階建てのマンションだ。
「…この建物は…?」
これが何故、内緒にしなければならないのか考え込んでいる彼女達に代わって佐々木が尋ねれば真咲が笑顔を浮かべながら振り向いて口を開く。
「ーーここは貴女達が住む新しい家…エールブルーの寮よ」
「え?寮ですか!?」
「ついこの間、完成したの。タイミングを見計らって大々的に発表するつもりだったのだけど…」
「だから言ったじゃないですか。内緒にするのは無理だって。どうせ直ぐバレちゃうんだから」
人の口に戸は立てられぬ、とは言うがーーこの手の話は何処からか漏れて彼女達だけでなく他に所属していると聞いている声優達の耳へも届くだろう。時間の問題であったのは否めない。
真咲は彼女達を前にして、この寮が全員の新しい家であり、巣となり、ここで切磋琢磨しながら夢を語り合いーーいずれは一人前の声優として巣立って行く事を願っていると語る。
「ーーとはいっても…皆はまだ未成年だし高校生もいる。親御さんとしっかり話し合う必要があるわ」
なにせそれぞれの親にとっては掛け替えのない大切な娘だ。安全の保証がなければ共同の寮とはいえ全面的に賛同して送り出すような事はしないだろう。第一関門はまず説得である。
「うちは狭い癖に兄弟が多いから、家を出る、って言ったら大喜びすると思う!」
「私も家が遠いから寮になればすっごく助かります!」
「…うちはお寺で一人っ子だから…しょっちゅう法事の手伝いをさせられる…」
「じゃあ反対されるかもね…」
「ーーでも家を出たいから説得する。根気強く」
舞花、ほのか、そして志穂も実家を出て寮へ入るのに前向きであるようだ。佐々木の脳裏には両親を説得する彼女達の姿が浮かび上がる。最初こそ渋い顔をする両親ーー特に父親達の姿が想像出来たが、やがて折れて承諾してしまう所までを考えてしまう。大概の場合、父親というものは娘の真剣なお願いに弱いものだ。
「陽菜は?」
「私も…家族と話してきます。真剣だって事を伝えられたら…分かってくれると思います」
真咲が陽菜へ尋ねると少女が決意を口にした。それを見た真咲は満足気に頷く。
「分かった。私達も精一杯バックアップをするつもりよ。私とーー」
ーー真咲は途中で言葉を区切るとまずはりおへ視線を向け、ついで佐々木へ眼差しを向けた。
「ーーここにいるマネージャー二人でご説明に伺うわ」
マネージャー二人で。
その一言を聞いた少女達はまず最初にりおへ顔を向ける。彼女は間違いなくエールブルーのマネージャーだ。であればもう一人はーーと此処にいる唯一の男性にめいめいが視線を送る。
「……自分ですか?」
「えぇ。……ごめんなさい。話が前後したわね。では…改めて……」
社長へ濃い茶色の瞳を向けつつ尋ねた佐々木へ彼女は大きく頷くと、仕切り直しとばかりに居住いを正す。
少女達が二人を見守るように息を飲む中、真咲は微笑みを浮かべて口を開いた
「ーー貴方が必要なの。うちのマネージャーになって下さい」
ーーその一言に佐々木は難しい顔をしながら後頭部へ手を回してガリガリと短く刈り上げている黒髪を掻きながら溜め息を吐いた。
なんと返すのだろう、と少女達が不安と期待が混ざった眼差しを向ける中、彼も居住いを正して真咲と相対する。
「ーー何処までお力になれるか分からない半端者ですが…宜しくお願い致します」
「いいえ、こちらこそ」
頭を下げた佐々木へ慈愛を湛えた表情を浮かべながら真咲が頷くと少女達に笑顔が溢れた。
「ーーヨッ!マネージャー!」
「ーージャーマネ」
「ーー頼りにしてますよ!」
「ーー宜しくお願いします!」
あまり期待しないで欲しいのだがーーと佐々木は思いながら微かに苦笑を漏らす。彼が口にした通り、この業界では半端者どころか半人前にすら至らない初心者だ。何処まで仕事が出来るのか分かったものではない。
そこまで考えたところで佐々木はふと気付いた。彼がこれまで経験した就職活動に準じた流れーー入社試験や面接の類いを踏んでいないと。
「…あの…面接や試験は宜しいのですか?」
「必要ないわよ。だって…履歴書は見せて貰ったし、面接もしたもの」
真咲へ尋ねると彼女は既に済んでいるという。一体いつ、と更に佐々木は問い掛けようとしたがーーまさか履歴書を彼女へ見せた時のやりとりが面接だったのではないか、とすら思えて来てしまった。
「……まさか最初から……?」
「どうかしらね。そういう事は野暮ってものよ?…雇用契約とか面倒なお話は後日…もし都合が悪くなければ明日にでもだけど…」
「自分は大丈夫です。…履歴書と住民票は既に持っていますので…年金手帳や免許証のコピーも持参すれば宜しいですか?」
「えぇ、それでお願い。……あぁ、それともうひとつ……佐々木くんも引っ越しをお願いしても大丈夫かしら?」
今度は真咲が尋ねて来る。おそらく住まいが遠いと所属声優や事務所で何か急な仕事が入った場合、或いは急用が出来た際に対応が遅れてしまうのを避ける為だろうと思い至り、佐々木は頷いた。
「…大家へ話を通さなければなりませんが…おそらくは」
「なら良かった。引越し費用は会社側で持つから安心して。……実は…寮の管理人を決めかねていたのよ。管理人室も敷地内にあるんだけど…佐々木くんなら警備員も兼ねれるから安心よね」
「…………え?」
真咲が漏らした一言に佐々木は珍しく口を半開きのまま固まってしまったという。
氏名 佐々木
年齢 26歳
誕生日 9月15日(乙女座)
出身 宮城県
血液型 B型(Rh+)
身長 187cm
体重 80kg
趣味特技 アウトドア、渓流釣り(海も少し)、トレーニング
嗜好品 煙草全般(ソフトパックのラッキーストライク11mgが好みの銘柄)