命の従花を咲かす少年達 作:班・損
宣言通り、オルガはCGSの乗っ取りを成功させた。
そして落とし前とつけるべく一軍隊長のハエダを射殺し、CGSを去る者には退職金を与えたという。彼曰く、仕事には正当な報酬が与えられるべきなんだとか。全くもってその通りである。
「おはよう、昭弘」
三日月が操っていたバルバトスなるモビルスーツを遠目で眺めていた昭弘に声をかける。すると昭弘は「ああ、ジョシュアの兄貴」とこちらを向いた。
「アレがガンダムか。かっこいいな」
「そうっすね」
彼の隣に並び立つ。俺と昭弘の身長は同程度だ。しかし彼の肉体は筋骨隆々そのものであり、身体の大きさで言えば俺よりも一回り大きい。正直カッコいいし憧れる。
「そういや昭弘はどうするんだ?」
「……どうするってのは」
「そりゃあお前、このままCGSに残るのかって話だよ」
「兄貴が残るんなら俺も残ります」
なるほどな、昭弘らしい返事だ。というか、前々から思ってたんだが俺に対する信頼重すぎない? ちょっと前までは小生意気だった癖して。でもまぁ、信頼に応えたくなるのが男の性だ。
「じゃあこれからも宜しくな」
「おう」
俺が拳を突き出すと、彼の拳と"コツン"とかち合う。あ、そうだ。
「そういえばこれを預かってたんだった」
ポケットから棒状の物体を出して、ソレを昭弘に差し出す。この世界におけるフラッシュメモリ的な代物だ。
「そいつの中にはお前の人権と契約データが詰まってる」
「え、それは」
「オルガからのプレゼントだ。どでかい花火を打ち上げようぜ、だってさ」
感極まってロクな言葉も出ないままデータを受け取る昭弘。それもその筈だ。俺も昭弘もヒューマン・デブリなのだから。正確には”だった”と言うべきだろう。
「これで俺たちは名実ともに人間だ。勿論、他の奴らもな」
ヒューマン・デブリ。
言ってしまえば人身売買された奴隷の様なものだ。人権などないに等しく、一度その烙印を押されてしまえば二度とマトモな仕事に在りつけない。火星、と言うよりもこの世界の悪しき風習だ。
「憎い奴だよな」
「……ああ、全くだ」
昭弘がCGS社長に買い取られた頃から、俺は彼の面倒を見てきた。だから昭弘にとってヒューマン・デブリという烙印がどれだけコンプレックスだったかを知っている。
それがこんなにもあっさりとなくなってしまった。オルガは本当に粋な奴である。
「ありがとう」
余韻に浸っていた昭弘が、唐突にそんなことを宣った。心当たりがなかったので、「感謝はオルガにしろよ」と言うと―――
「いや、兄貴がいなかったら俺はもっと腐ってた」
昭弘はまっすぐな瞳で告げた。それが何だかこそばゆくて「そっか」と素っ気ない言葉で返した。マジで参番組の奴らいい子が多すぎる。
★
昭弘・アルトランドがCGS社長、マルバ・アーケイにゴミ屑の様な値段で買い取られてから10年近く。彼はまさかこんな日が来るとは思ってもみなかった。
掌にあるデータを握りしめる。昭弘の隣には、彼が兄貴と慕うジョシュア・キサラギがいた。
ヒューマン・デブリは人間じゃない。海賊に誘拐されてからずっと、昭弘はそう言い込められてきた。故に幼かった頃の彼の精神は、そうした度重なる人格攻撃と理不尽な暴力によって摩耗していった。
しかしジョシュアの小隊に配属されてから、昭弘の環境は一新する。
不条理な大人から部下を守るようにジョシュアは常に皆の前に立ち、子供らしからぬ立ち回りで大人と子供の緩衝材となった。そのため彼の体は生傷が絶えなかったが、その度に「いつか絶対あいつらへこますわー」と冗談交じりに笑う。
その背中があまりにも格好良くて、眩しかったことを覚えている。
とはいえ出会った当初の頃は、複雑な事情を抱えていた昭弘は親身に語り掛けてくるジョシュアを邪険にしていた。勿論、今はその事を深く反省している。
しかし当時は生きるか死ぬか、仮に生きていたとしてもゴミ扱いされる。そんな人生に意義を見出す事は甚だ難しく、有体に言えば昭弘には余裕がなかった。だから同じヒューマン・デブリの癖してへらへら笑うジョシュアの事が、どうしても好きになれなかったのだ。
「昭弘さー。お前、いつになったら捨て身の特攻やめてくれるん?」
どれ程前の出来事だったかは覚えていない。ただ確かなのは、まだ昭弘がジョシュアを嫌っていた頃の話だ。訓練後、毎度の如くペイント塗れになった昭弘のモビルワーカーを眺めながらジョシュアは告げた。
「……別に。やめる理由がない」
「何言ってんだ。実戦だったら死んでるんだぞ、お前」
「でも戦果は挙げてる。お前よりも」
そう、何を隠そう昭弘もまたエースだった。事実、被弾数こそ昭弘はジョシュアよりも多かったが、それに比例するように撃墜数もジョシュアに勝っていた。
だから所詮は口先だけ、その時はそう思っていた。
「ちょっと歯を食いしばれ」
そう言われた直後だ。鋭い衝撃が顎から全体に走った。
「……痛っ。て、てめぇ!!」
「口で言っても分からないんだろ? だったら体で覚えろ」
その上から目線な発言が、積もりに積もった不満を爆発させた。昭弘はその鍛え上げられた腕を振わんと、一歩前に出ようとする。しかし―――
「あ?」
疑問の音が漏れる。立ち上がろうとして手を付きだすと、それが何故か空を切ったからだ。不思議な感覚だった。頭がぐわんぐわんと揺れて、身体が思うように動かない。
「被弾するってのはそう言うことだ。訓練で扱うのはペイント弾だから、いくら直撃しようが性能は落ちない。だが現実は被弾したら燃料が漏れるかもしれないし、弾薬に誘爆してまともに動けなくなるかもしれない。当たり所が悪ければ、最悪死ぬかもな」
分かったかと、彼は告げた。その物言いに腹が立った。故に昭弘は揺れる視界の中で強引にも立ち上がり、そのまま力の限りジョシュアを殴りつける。
「ど、どうだぁっ! 俺はまだ全ぜっ―――!?」
今度は腹部を蹴り飛ばされた。故にまた昭弘は殴り返した。
だからその後は、もう手の施しようがないくらいの喧嘩である。そして壱番組の大人たちに止められるまで、昭弘とジョシュアはずっと殴り合っていた。
そんでもって「騒ぎを起こすなクソガキども」と折檻を食らい、ジョシュアと昭弘は独房で二日過ごした。
「ごめんな、いきなり殴ってさ」
隣り合った独房であったため、ジョシュアの声は昭弘にしっかり届いていた。しかし昭弘にとって意外だったのは、ジョシュアの方から謝意を述べたことである。
「もっと俺にコミュ力があれば、こんな事しなくても良かったんだろうけど。でもやっぱりどうしても、手を出さずには居られなかった」
昭弘が無言でいようと彼は勝手に話し続けた。コミュ力なる単語の意味を昭弘は知らないが、それでも言いたいことは伝わってくる。
「死んだら二度と説教もできない。だから悪いけど、後悔はしてないんだ」
それは俺もだ、そう言いかけそうになって昭弘は口を押える。いや、正確には抑えようとしても枷で固定されていたから、鎖をジャラリと鳴らしただけだのだが。
とはいえ、昭弘にも本能的に理解していた。モビルワーカーと人間は全くの別物だが、彼の言い分は根本的に正しいという事を。
何よりなまじっか殴り合ってしまったがために、彼の『仲間に死んでほしくない』という熱い意思を感じ取ってしまったのだ。
「仲直りしないか?」
これまで昭弘が無言を貫いていたからだろうか。不安げな声音でジョシュアは呟いた。それが何だか居た堪れなくて、昭弘はついに―――
「……いいよ」
ジョシュアに泣き落されたのだった。
それからは語るのも野暮だろう。結果として、昭弘はジョシュアを兄貴と呼び、ジョシュアは昭弘をかわいい弟分として面倒を見ている。
評価や感想が来ると本当にやる気が出ますね。
と言う訳で連載します。