陽の差さない朝 作:ばなな亭ミルク
私のお姉ちゃんは、私の三つ上で、お母さんがそのまま小さくなったと言ってもいいくらい、お母さんにそっくりな容姿だ。私はほとんどお母さんに似なかったから、それがとても羨ましい。
だけどお姉ちゃんも、私と同じように私の見た目が羨ましいと言っていた。私のプラチナブロンドの髪が、真っ白な肌が、ルビーみたいな目が、鈴のような声が、とても綺麗で大好きだって。物語の中のお姫様みたいだとも言ってた。
でも今思うと、私は多分この見た目のせいで外に出してもらえなかったから。だから、やっぱりお母さんにそっくりなお姉ちゃんが羨ましい。私も、お父さんやお母さんと一緒に手を繋いで散歩したかった。お姉ちゃんと一緒に外で遊びたかった。家族みんなで、色んなところへお出かけしたかった。
そんな風に、お姉ちゃんの事を考えていたからだろうか。今日はとても、とっても懐かしい声が聞こえてきた。
「来ちゃった」
「え……もしかして、お姉ちゃん?」
見た目はお母さんにそっくりだけど、お母さんのおっとりとした声とは正反対の、甲高い特徴的なお姉ちゃんの声がして。懐かしくて、ずっと忘れていたのに忘れていなくて。嬉しくて、興奮しちゃって頬が熱くなった。
お姉ちゃんは、あの頃とちっとも変わっていなくて。昔と変わらない、人懐っこい口調で耳元に囁いてきた。
「そうだよ〜お姉ちゃんだよ〜。もしかして、私の顔忘れちゃった?」
「う、ううん。そんな事ないよ。ただ、この部屋暗いから、顔が良く見えなくて」
「あ……そ、そうだったね。ごめん」
少し申し訳なさそうに話すお姉ちゃんの声が、私の耳元から離れた。そんなお姉ちゃんの様子から察するに、お姉ちゃんは私の顔が見えているのだろう。お母さんもお父さんもそうだけど、こんな暗い部屋の中で周りが見えているのは正直言って凄い。
……もしかして、私が飲まされてる薬って、暗闇の中でも周りが見えるようになる為の薬、だったりするのかな? 聞いたところで、お母さんやお父さんが答えてくれるかは怪しいけど。
と、そんな事よりも。今は久し振りにお姉ちゃんとお話が出来る時だ。色々お話しないと。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「何? お姉ちゃん何でも答えるよ」
「学校って、楽しい?」
私は学校というものがよく分からなくて、お母さんに一度聞いてみた事がある。色んな人と一緒に本を見て勉強をする場所だと言っていたけど、私はそれがとても羨ましかった。どんな本を読んでいるんだろう、どんな人達がいるんだろう。想像すればするほど、学校への憧れは膨らんでいく。
だけど、今の私に学校へ通うなんていう夢が叶うはずもなく。結局はこうやって誰かの話を聞いて、情報を知ることしか出来ない。
「どうかなぁ……中学に上がってから勉強は大変だし、先生はうるさいし、友達と話せるのは楽しいけど、学校が楽しいかって聞かれると……」
話を聞いていると、どうも私の想像していた学校生活とはかけ離れているようだ。私が勝手に憧れているだけで、当のお姉ちゃんは学校で色んな苦労があるのかもしれない。私としては、それも羨ましかったりするのだけど。
お姉ちゃんの言葉からは、どちらとも言えない、微妙といった感じの節がある。でも、私はお姉ちゃんの本当の気持ちが分かってしまった。
「よかった、お姉ちゃんが楽しそうで」
「何でそう思うの?」
「だってお姉ちゃん、昔から嬉しそうな時はいつも、私の手をぷにぷにしてくるもん」
そう。いつの間にか握られていた私の右手に、懐かしい感触があった。お姉ちゃんは嬉しい事があって、それを私に話す時、癖なのか私の手を握ってぷにぷにと揉んでくる。お誕生日の日とか、クリスマスの日とか、お正月の日とか。記憶にある記念日は絶対、私に話しながら手をぷにぷにしてきた。何でぷにぷにするのって言っても、何となく、と返してきて中々離してくれなくて。
本当に、お姉ちゃんは私の知っているお姉ちゃんのままで。つい、頬が緩んでしまった。
「あっ……う、ううっ……」
何故か突然、お姉ちゃんの苦しむ声が聞こえてきた。何が起きたのか分からなくて、心配になって声を掛けようとして。気が付けば私の手を握っているお姉ちゃんの手に段々と力が加わってきて、それが痛みに変わったところでつい声が出てしまった。
「いたっ」
「あ……ご、ごめんね!?」
慌てて手を離したお姉ちゃんは、直ぐに私の手を取り直すと優しく撫でてくれた。その手の温もりが心地良くて、さっきの痛みは直ぐに消えていった。
だけど、さっきのお姉ちゃんの苦しむような声は、一体何があったんだろう? 私は気になって聞き返した。
「大丈夫だよ。それより、お姉ちゃんどうしたの?」
「えっ? えっと……ううん、何でもない。明日もまた来るから……おやすみ」
「えっと……うん、おやすみなさい」
最初は少し動揺した声だったけど、でも直ぐに落ち着きを取り戻したのか、お姉ちゃんは私の頭を撫でた後に部屋を退室した。急な事だったから私も心配だったけど、お姉ちゃんの事だからきっと大丈夫だ。それに、明日もまた来てくれると言ってくれた。
いつ明日が来るのか、私は時間の確認が出来ないからよく分からないけど。その時が待ち遠しくて、頭へ残っているその温もりに手を当てて余韻に浸っていた。暫くしてお母さんがご飯を持ってきてくれて、その話を聞いてもらって、薬を飲んだ後に眠たくなって。
———あれからどれくらいの時間が経ったんだろう。お姉ちゃんはまだ、私のところに来てくれない。