陽の差さない朝 作:ばなな亭ミルク
ある日、私は高熱を出した。
頭がぼーっとして、傍にいるお母さんが投げ掛ける声も、なんだか朧げに聞こえ始めた。自分の意識が少しずつ遠のいて行くのが分かる。心配をかけたくなくて、大丈夫だよ、と言いたいけど、胸が苦しくて口が上手く動かせない。
薬を飲んだ後に体調を崩す事はあったけど、こんなに酷いのは初めてだ。どうせなら、薬が合わない時でも辛くならない薬とか用意してよ、と。この場にいないお父さんへの愚痴をこぼしつつ、私は直ぐに意識を手放した。
「お前、何で生きてるんだ?」
いつ振りだろう。明るくなった部屋の中で、私はベッドの上で仰向けに寝ていた。私にとっては待ちに待った明るい世界で、内心少し浮かれ気味だ。だけど、それも素直に喜べない。だって、目の前に知らない生き物が浮かんでいて、こちらを見ていたから。
それだけでここが現実ではないと理解して、私は少し落ち込んだ。そしてその後直ぐに湧き上がってきた怒りを、さっき変な質問をしてきた目の前の人……大きな目玉に羽と足が生えた不思議な生き物へ、八つ当たり気味にぶつけた。
「知らないよ、私の方が知りたいくらい」
「だったら死んじまえよ。死んじまえば、これ以上苦しまなくて済むし、ここから抜け出すこともできる。何より“自由”だ。やりたい事だって出来る」
自由、という言葉に少し興味を惹かれた。私が生まれてから今まで、全く縁のなかったものだ。
外の世界で陽の光を浴びて、家ではたくさん本を読んで、家族みんなで食事をする。日々を楽しく幸せに過ごせる、普通の自由があればいい。
もしも、その願いが叶うのなら、と。死という選択もありなのかもしれないと、そう思ってしまった。
「でも、怖いし。どうやったら死ねるの?」
「何、簡単な事さ。生きるのを諦めちまえばいい。家族を、この世への未練を捨てれば、苦しむ事なく今すぐにでも殺してやるぜ?」
「そっか……」
私のイメージとして、死というのはとてつもない苦しみを伴うものだ。ただ、この生き物が言ったのはとても簡単な事。辛く苦しい現実から目を背け、自由を渇望している私の望みを願うだけ。家族の事を忘れ、私自身の望みを願うだけで自由を手に入れられる。
だけど、私に家族の事が忘れられるだろうか。こんな境遇でも、お父さんを恨んでいるかと言われれば首を傾げるし、お母さんやお姉ちゃんは大好きだ。私にとって家族とは、それだけ特別で、大切な存在だから。
「何を悩む必要がある? 暗い部屋の中に置き去りにされて、得体の知れない薬を飲まされ続けて。何の為に生かされてるのか、お前だってよく分かってんだろう?」
「分かってるよ。分かってるけど……」
「お前は“
実際に言葉にされて、私の胸に深くそれが突き刺さる。私の生かされている意味であり、こんな姿の私でも必要とされる理由。
暗い部屋での生活を始めた次の日から、私は様々な薬を食事後に飲まされてきた。お父さんの仕事が薬を作る事で、私の置かれている状況がお父さんの仕事の手伝いだと知らされて、気付かないはずもない。
普通の家に生まれていたら、私は多分捨てられていた。薄い金色がかった髪に、病的なほど白い肌。血のように真っ赤な瞳は、幽霊と見間違われてもおかしくない、気持ち悪い見た目だ。だから、生まれた家が普通の家庭なら、私に居場所はなかった。
薬を作る仕事をしているお父さんがいて、こんな見た目の私でも優しくしてくれるお母さんやお姉ちゃんがいたから、私は今も生きている。嬉しい事や楽しい事、辛い事や苦しい事。それらが、今この瞬間を、自分が生きているんだという実感を与えてくれる。私を受け入れてくれた家族がいたから。
だから、私が救われているように、私も誰かの為に生きる事が出来るのなら———
「ううん、やっぱりまだこのままでいいよ」
死への誘いは、私にはまだまだ早い。
「あん? 何でよ」
「ただ生きているだけの私だけど、何も出来ない私だけど。どうせなら、私が家族に救われたように、私が生きている事で救われる誰かがいるんだったら、もう少しだけ頑張ってみる」
「殊勝なことだな。そうやって他人本位に考えてると、きっと後悔する事になるぜ」
「大丈夫だよ。苦しかったり、辛かったりするかもしれないけど、きっと大丈夫。そんな気がする」
根拠はないけど、本当の望みは叶わないかもしれないけど、それでも。誰かの為に生きられたのなら、その時を迎えた私に後悔なんてあるはずがない。
「はっ! そうかよ、だったら苦しみながら死んじまえ。ったく、折角旨そうな魂を見つけたと思ったのによう……」
私の決意が伝わったのか。目の前に浮かぶ一つ目の生き物は、大きな目をパチリと瞬きした後、残念そうにどこかへ消えて行った。折角私の話し相手になってくれたのに、落ち込んだ様子で帰してしまったのは少し胸が痛い。
だって、もしかしたらあの生き物は、苦しんでいた私を見つけて、助けに来てくれたのかもしれない、そんな気がしたから。
「ふふ……またね、優しい死神さん」
既に消えてしまった存在へ、暫しの別れを告げる。私の役目が終わったその時に、もう一度。さっきの生き物とは、また会えそうな気がした。