陽の差さない朝   作:ばなな亭ミルク

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私の真実

 

 

 

 死神さんに会ったあの後から、私は頻繁に熱を出すようになった。そして、私の周りの環境も少しずつ変わっていった。

 暗い部屋の中なのは相変わらずだけど、私に会いに色んな人が家に来るようになった。みんなお父さんの知り合いらしいけど、女性の人がほとんどだったから、最初は少し警戒してしまった。だけど、みんな優しくて。私に外の世界の話を色々してくれたり、暗くて本が読めないと愚痴をこぼした私に、点字というものを教えてくれた人もいた。これなら私でも読むことが出来ると知って興奮して、一日で覚えてみんなに驚かれたり。ちょうどその頃、私の耳はみんなの声を聞き取り辛くなっていたけれど、本が読める事への嬉しさが強くて、特に気に留めてはいなかった。

 そんな事よりも、だ。驚く事に、私に会いに来てくれる人達はみんな、この暗い部屋の中でも周りが見えている。何か特別な事をしているのかとみんなに聞いてみたりもしたが、偶々みんな目がいいだけだと、揃って話をはぐらかされた。その時の慌てた様子から察するに、あるにはあるが、私に言えない何か特別な理由がある。困らせるわけにはいかないから、無理に問いただそうとは思わないけど、少し悔しかったりする。

 

 そんな風に、色んな人達と出会って、これまでの生活より随分と周りが賑やかになって。本を読む事が出来るようになって、退屈だった時間は読書という楽しみも出来た。充実した、とは言い難いかもしれないけれど、これまでよりはずっと楽しい日々だった。

 

 そうやって、暗闇の時を過ごしていた私に。ある日突然、これまで経験したことのない胸の痛みが、頭の痛みが、高熱が襲った。

 

「血圧と脈低下、意識もありません! 誰か先生呼んで!」

 

「奈緒ちゃん、今家族の人来るから! 頑張って!」

 

 痛みに耐えられなくて、みんなの呼び掛けに応える間も無く意識が飛んだ。とても慌てた様子で、私を励ますようなみんなの声がずっと頭の中に響いてくる。だけど体が動かなくて、声も出せなくて。急に不安になって、私は暗闇の中、膝を抱えて縮こまっていた。

 

 寂しくて、こんな時間がずっと続くんじゃないかと思って。ちょっと泣きそうになっていた私の元へ、いつかの優しい死神さんの声が聞こえてきた。

 

「ほら見ろ、言った通りになったじゃねぇか」

 

「やっぱり、また会えた」

 

「あん時楽になっときゃ、こんなに苦しまずに済んだのによぉ」

 

 死神さんの声は、どこか元気がなくて。うずくまっている私を見守るかのように、彼は私の傍で立ち止まった。

 

「まあ、お前の父親も惜しいところまではいったんだぜ? お前さえ真実に辿り着いてりゃあ、もしかしたら救えてたかもしれねぇな」

 

「私、死んじゃうの?」

 

「ああ……間違いなく、な」

 

「はは、そっか……」

 

 死神さんからの死の宣告で、私が生きていられる可能性が無い事が分かった途端、急に身体の力が抜けていった。案外呆気ないものなんだなと、未だ自分の死を実感出来ずにいる私は、暗闇の虚空を見上げた。

 

「私は結局、誰かの為になれたのかな」

 

「……さあな」

 

 さして興味もなさそうに、死神さんは素っ気ない返事を返して来た。そこは普通、嘘でも肯定的な言葉を選ぶべきだと思う。不満顔の私に気付いたのか、彼は気まずそうに目を逸らした。

 

「だがまぁ、なんだ。お前が死んじまうのを悲しんでいる奴らはいるみたいだぜ」

 

 そう口にした後、突然彼の目が光を放って、私の目の前に映像を映し出した。驚いて口の開いたままの私に、隣から笑い声が聞こえる。

 暗闇の中に現れたその光景は、さっきまでの私がベッドの上で横たわっている姿と、それを囲むように立つ両親とお姉ちゃんの姿だった。みんな涙を流していて、お母さんとお姉ちゃんは泣き崩れて、私に寄りかかっている。大好きな家族を悲しませてしまった事に関しては、とても胸が痛い。そして、そんな光景を目の当たりにして、私は漸く自分の死というものを実感した。

 だが、もっと気になる事がある。私はこれまでずっと、暗い自室にいたはずだ。なのに、この場所はとても明るくて、見慣れない機械が置かれていて、一面真っ白だ。どう見ても、私の部屋じゃない。

 

「え……どこ、ここ」

 

「病院の中に決まってんだろ。お前はずっとここで寝てたんだよ。高熱を出して意識を失った時から、ずっとな」

 

 病院と言えば、病気になった人達が行く場所だと教えられた事がある。何故そんな場所に私がいるのかと思ったが、考えてみれば分かる事だった。私はお父さんの作った薬を飲んで、薬の副作用というもので高熱を出すようになった。なら、それを治す為に私が病院に連れて行かれたのも納得だ。

 ただ、だとしたら不可思議な事がある。私がこの病院へ連れてこられたあの日から、私は自室にいるものだと思って色んな人と話をしたが、誰もその間違いを教えてくれなかった。私はずっと暗い自分の部屋にいると勘違いしていたままで、みんなはあたかも私がそこで過ごしているかのように接してきた。

 そうだ。おかしいと言えば、そもそもがこの部屋は明るいのに、何故私の視界は真っ暗だったのか。私が死んだから明るくした、というのなら分かるが、映像に映るお母さん達は未だ必死に横たわる私へ声を掛け続けている。という事は、私の死は確定しているが、あの場所にいる私はまだ死んでいない。みんな暗闇の中でも目が見えるのだから、わざわざ明るくする必要はないはずだ。

 

 

 

 ……あれ、もしかして。暗闇の中だと思っていたのは、私一人だけだった?

 

 

 

「気付くのが遅ぇよ。お前を傷付けたくなくて、周りが合わせてたと言っても、そこまで分からないもんか?」

 

 という事は、だ。事前の相談なしに、お父さんが私を暗い部屋に閉じ込めたと思っていたあれは、目が見えなくなった私を誤魔化す為の嘘という事になる。どうしてそんな事をしたんだろう。

 じゃあ、今まで飲まされていた薬は。お父さんの仕事の手伝いとして飲み続けた薬は、もしかして———

 

「そのもしかしてだ。これまでお前が飲んでた薬は全部、お前のために作られたもんだ。お前を暗闇の世界から連れ戻す為に、病気を治す為に、あの男が一からな」

 

「お父さん、が?」

 

「ああ」

 

 死神さんは頷くような素振りをした後、さっきまでとは違う映像を映し出した。

 

 

 

 電気のついた明るい私の部屋の中で、目を覚ました私がパニックになりながらお母さんを呼んでいる姿だった。多分、私がお父さんの手伝いで暗い部屋での生活を始めた日の事。お母さんは動揺する私を宥めた後、部屋を出て、リビングで待っていたお父さんの元へ戻ると、急に泣き出した。

 

「お医者様は直ぐには見えなくならないって、そう言っていたのに!? 本を読む事が大好きなあの子に、私は、なんて言えばいいんですか……っ!」

 

「落ち着くんだ。君が慌てては、あの子も余計に心配してしまう」

 

「でもっ! もうずっと暗いままで、二度と何も見えないだなんて、私は、私は……っ!」

 

「大丈夫だ。私達の元へ生まれてくれた、大切な息子(天使)に、そんな悲しい思いは決してさせない。私に、考えがある」

 

 

 

 場面が変わって、次にそこへ映し出されたのは、お母さんが私に食事を与えている光景だった。器には、私の大好きなお母さんお手製のドリアがあって、だけどそれを食べている私は、少し不満そうで。食事を終えて、薬を飲んで私が眠ったのを確認したお母さんは部屋を出ると、台所にドリアの余った器を置いて、その場に崩れ落ちた。ポケットから携帯を取り出すと、通信先のお父さんへ泣きながら声を上げ始めた。

 

「あの子、もう食べ物の味が分からなくなってるんです! ドリアを食べながら、お粥はつまらないから、お母さんのドリアを食べたいって……! 私、もうなんて言ったらいいのか、分からなくて……!」

 

 

 

 次に映ったのは、お父さんが私の部屋に来て、私と話をしている様子だった。どこか元気のなさそうな、疲れた様子のお父さん。私は声からその様子を察したのか、今の私と同じように、心配そうな目をお父さんへと向けていた。

 

「お父さんこそ大丈夫? 何だか疲れた顔してる」

 

「み、見えるのか!?」

 

「見えるわけないよ、この部屋真っ暗だもん。だけど、声を聞いたら何となく分かるよ。お父さん疲れてるんだなって」

 

「っ……そ、そうか。いや、お父さんは大丈夫だ」

 

 その時のお父さんは、大丈夫だと言っているけど、確かに目からこぼれ落ちるものがあって。それが涙だと、私が理解するのはそう難しいことではなかった。

 

 

 

 また場面が移り変わって、今度はお姉ちゃんとお話をしている光景だった。久し振りのお姉ちゃんとの会話に、私の表情は嬉しそうで。お姉ちゃんも昔から変わらない、人懐っこい笑顔でベッドに座っていて。身体を起こした私に寄り添うように、その手を握っていた。そういえば、この後は確か……

 

「よかった、お姉ちゃんが楽しそうで」

 

「何でそう思うの?」

 

「だってお姉ちゃん、昔から嬉しそうな時はいつも、私の手をぷにぷにしてくるもん」

 

 私の幸せそうな笑顔を見たお姉ちゃんは、突然苦しむように声を漏らすと、その場で俯いて。お姉ちゃんの頬を伝った、太ももにぽたぽたと落ちる雫は、次第にベッドの隅を濡らしていった。

 

 

 

 

 

 

「漸く、理解したようだな」

 

「なんだ……そっか、そうだったんだ」

 

 どうして、どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。私は自由を奪われたと思って、それでも大好きな両親を困らせたくないからと、本当の気持ちを胸の内に隠して。その結果が、これだけ家族のみんなを悲しませてしまった。

 私がもっと我儘だったら、素直に本当の気持ちを打ち明けられていたなら。私が、もっと心の強い子供だったなら。お父さんとお母さんは、きっと私に本当の事を教えてくれた。さっきみたいに、お姉ちゃんだって悲しませずに済んだ。だって、私の為にみんなが頑張ってくれている。みんなが応援してくれている。それを知っていたのなら、きっと私はまだ頑張れた。そっか、死神さんがこの前言ったのは、こういう事だったんだ。

 

「後悔先に立たず、かぁ……そういえばさっき、お父さんが惜しいところまでいってたって、どういう事?」

 

「ああ、それか」

 

 私の声に応えた死神さんは、また新しい映像を映してくれた。

 

 

 

 

 

 

 様々な色の水が入った瓶に、よく分からない機械が色々置かれているその部屋では、お父さんを含めた複数の人達が白い服を着て、透明なケースに閉じ込められたネズミを見ていた。そのネズミはケースの真ん中で、じっと動かずにうずくまっている。何だか、今までの私によく似ているな、とも思った。

 ひょっとして、そのネズミは死んでいるんじゃないんだろうかと、映像にいるお父さん達と同様に私も見詰めていたその時。うずくまっていたネズミはゆっくりと起き上がると、直後にケースの中を元気よく走り始めた。私も含めて、みんなが驚きの声を漏らしている最中。機械を触っていた一人の男性が、何かの画面を見ながら不意に右手を突き上げた。

 

 

「先生、成功です!」

 

「破壊された免疫機構の再生を確認……視神経の回復も認められます! 凄い、凄いですよこれは!」

 

「これなら、先生のお子さん達も……!」

 

「ああ。後はこの二つの薬の治験申請が通れば、あの子達も漸く———」

 

「先生! 奈緒くんの容態が急変したそうです!」

 

「っ!? 直ぐに準備する!」

 

 

 

 

 

「とまぁ、お前の頑張りも、案外無駄じゃなかったな」

 

「そっか……やっと薬が完成したんだ。良かった。やっぱり、私が生きてきた事に、意味はあったんだ」

 

 映像が消えて、再び二人きりになった暗闇の中で、私は安堵の息を漏らした。お父さんが私の為に作ってくれた薬は、私を治すのには間に合わなかったけど。その薬で、私と同じような病気を抱える人達が救われるのなら。私がこれまで頑張ってきた意味がある。

 知りたい事も漸く知れた。今の私に、心残りは一つしかない。それは———

 

 

 

「ねぇ、死神さん。最後に一つだけ、お願い聞いてもらえる?」

 

「死神って、あのなぁ……まあいい。言ってみろ」

 

「あのね、お父さんとお母さんと、お姉ちゃんに、ね———」

 

 

 

 

 

 

「知るか。そんな大事な事、お前が自分の口で伝えてやれ」

 

「出来ないから言ってるのに、ケチ」

 

「出来ないって決めつけるから出来ないんだよ。何でやってみようって思わねぇんだ」

 

 これまでお願いすれば聞いてくれたのに、ここに来て首? というか目を横に振って断る死神さんに、私は不満な顔を取り繕う事なく向けた。ここまできて今更他力本願という点は申し訳ないと思うけど、少しくらい力を貸してくれてもいいと思う。やってみるって言ったって、その手段が分からないからお願いしてるのに。

 じっと見詰め続けても、彼は目を逸らしたまま。結局諦めた私は、最後の手段に出る事にした。それは……

 

 祈る!

 

「神様でも、悪魔でも、何でもいい。私に出来ることなら何でもするから。私にあげられるものだったら何でもあげるから! だからもう一度だけ、ほんの少しだけでいい。私をあの場所に、みんなの元に連れて行って……ッ!」

 

 

 

 

 

 

「ったく、しょうがねぇな……その言葉、忘れんなよ?」

 

 後ろから、呆れたように漏らす死神さんの声が聞こえたと思ったら。私の視界は、突然眩しい光に包まれた。

 

 

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