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【本戦10日目】 ─休憩日─
「ナクト!おかえり」
「ん、ただいま。じゃあ、行くか?」
「うんっ!」
今日は羽純がサンドイッチを作っているあいだに、先に認証を済ませて来たので、予定通り、二人でレメディアの元へと向かう。
歩いていると、塀の高さがいきなり変わる。今までは普通だったのだが、急にかなり高い塀に囲まれている場所へと辿り着き、正面に周ると扉も巨大で、強固な素材で作られている。
レメディアの宿泊先である『アルカトラズ』へと到着した。
「何のようだ」
厳重な門扉に付いている、小さな覗き窓の鉄板が開き、そこには敵を射殺さんばかりの鋭い一つの眼光がこちらを捉えていた。
羽純・フラメルとナクト・ラグナードがレメディア・カラーに会いにきたと伝えると、「しばし待て」の返事とともに覗き穴は再び閉じた。
「すごい警備だね。これならレメディアも安心だね」
「そう、だな。さっきの女性も凄腕そうだし、安全ではあるな」
確かに、ここであればそんじょそこらのやつでは侵入はできないだろう。
が、中をみていないのでなんとも言えない。安全ではあっても、レメディアにとっては確実に安心できるとは言い難いだろう。
もちろん、カテナイ程とは比べるまでもないほどの安心感だが。
そこで、羽純がかわいく首を傾げる。
「女性って……なんでわかるの?」
「ん?声質と、見た感じで」
「えー、あんな隙間じゃほとんど見えなかったよ。声は確かに、女性と言うよりは、綺麗な声だったけど…」
羽純は不思議がっているが、振り返る際に少しだけ見えた耳と輪郭、そして髪質は完全に女性だと思う。
すると今度は、大きく重そうな扉が開いた。
「レメディア・カラーに確認が取れた。2秒以内にこちらに入れ」
「イエスマム」
「いえす、まむ」
軍隊あがりか、元傭兵といったその風貌に思わず返事をすると、羽純も真似して返事をしていたのがかわいい。
入ると同時に簡単な身体検査をされるも剣は取られない。
主に爆発物や広域に渡る兵器類は取り上げられると言ったところか。
侵入するつもりはないが、俺の考えを見抜いたのか、冷たい視線を向けられた。
「……レメディア・カラーの宿舎はこの奥だ。私の歩く場所以外を歩いたりここ以外への侵入を試みた場合、警告無しで射殺する」
「「イエスマム!!」」
次は二人同時に返事をしてアルカトラズの敷地内を歩く。
内側から見ると、360度高い塀に囲まれており、部屋というよりかは、小さな家がそれぞれ独立して建っているようだ。
宿泊者同士でも極力出会わないようにか、途中で分岐点のような広場があり、そこから先は一本道になっているようだ。
「ここだ。退出の際はまた私を呼べ」
「あの、お名前は?」
「……ディーナ・ヴァリエッタだ」
羽純の質問に、少し間を開けて答えると、ディーナは立ち去って行った。
それと入れ替わりに、
「あなたたち、どうして…?」
レメディアが門の前に立っていた。
「あの、昨日怪我したって聞いて、お見舞いに…」
「昨日応援しにコロシアムまで行ったんだけど、色々あって会えなかったからさ」
かすり傷というのは本当らしい。
傷という傷は見当たらず、既に回復薬で塞がっているようだ。
「怪我なんて、いいのに…」
「でも、平気そうでよかった……」
「羽純なんか朝から張り切っちゃってさ。お見舞いだって昨日から騒いでたんだ」
「そ、それはナクトもでしょ!」
「……二人とも…ありがとう…」
客室へと案内されると、中は本当に家みたいだ。
広間ともう一部屋で小さいが、簡単なキッチンもお風呂場もあり、生活する分にはここで十分事足りる。
「レメディア、ごはん、もう食べた?」
「いいえ……」
「じゃあ一緒に…そうだ、お庭で食べよう?きっと楽しいよ」
羽純の提案通り、ピクニックのように中庭にシートを広げて、三人でサンドイッチを頬張る。
途中、なぜかモジモジとしだす羽純。
今までの付き合いから、何を気にしているかはなんとなくわかった。
「あの…レメディア…?」
「なあに?」
「えっと、味、どうかなぁ…?」
「…とても、美味しい。本当に…」
パーっと言うように羽純の顔は明るくなった。
レメディアも、微笑んでいる。
「わ、よかったぁー。はー、すっごく緊張してたの…」
「羽純の料理が不味かったことなんか一度もないのに」
「な、ナクトはそうでも、レメディアがどうかはわからないもんっ!」
「…美味しいよ。羽純」
そうして三人でサンドイッチを食べ終えたところで、羽純は紅茶を入れに客室へと行っている間。
レメディアと二人で付与魔法の話や次の対戦相手の話をしていたのだが、
「レメディ……あ?」
──コテン
会話の切れ目に、目を擦るレメディアの仕草がきになり声をかけたのだが、俺の方へとゆっくりと倒れてきて、今は膝へと頭をのせている。
え?もしかして、寝てる…?
カラーは常に人から狙われる。安心して眠れる場所など存在しないと、そう聞いていた。
本当に、寝てるのかな?
気になったので、レメディアの口元に顔を近づけていると。
「ナクトッ!!!」
紅茶を持った羽純が遠くから怒鳴っていた。
人差し指を口に当てて静かにするようジェスチャーで伝えるがどうやら見えていないらしい。
「なにをしようとしてたの!?」
「静かにしろって、起きちゃうだろ」
何に怒っているのか、荒々しくこちらへと近づいて来る羽純。
声が届くところまで来て、レメディアの顔を見て少しは落ち着いたようだ。
「…寝てるレメディアに、何しようとしてたの?」
「いや、本当に寝てんのか呼吸音聞こうと聞き耳立ててたら羽純が怒鳴ってきた。今の羽純の怒鳴りっぷりでも動かないから、本当に寝てるんだとは思うけど」
「〜〜〜っ」
ちょっと嫌味っぽく言うとバツの悪そうな顔をした羽純は、レメディアの口元へと耳を近づける。
「…すー…すー…」
一定のリズムの呼吸と、規則正しく上下する胸。
「なぁ、羽純」
「…なに?」
「俺たちといるのは、安心だって思ってくれてんのかな?」
「……うん。そうだと、いいね」
二人でレメディアの顔を覗き込む。
綺麗、というより、可愛い寝顔。
「こうして見てると、あんな強い人には思えないな」
「うん……あの…ナクト、ごめんね。勘違いして」
「いいけど…なにを勘違いしてたんだよ?」
「ん〜、なんでもないっ!」
「ばっか、起きちゃうだろ。せっかく入れてくれたんだし、紅茶、飲んでいい?」
「…うん……」
変な羽純だな。
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「うん、美味い。ありがとな」
ナクト、大人になったな。
それに比べて、私……
寝てるレメディアにナクトがキスしようとしてる風に見えて…
なんでそんな卑怯なことをするのか。無断でキスしようとするなんて、女性に乱暴する男の人たちと変わらないように見えた。レメディアはそんな人達のせいで安心できないというのにと、思わず怒鳴ってしまった。
でも、結局は私の勘違い。
それでも、ちょっと嫌味っぽかったけど、怒ることも怒鳴ることもない。
理由を聞かれて、顔から火が出るかと思った。
ナクトは俺たちっていうけど、きっとレメディアは、私じゃなくて、ナクトに安心してるんだと思う。
「ん……」
小さな声。
ナクトの膝の上の頭が動き始めた。
ナクトは、優しく水色の長い髪を撫でている。
「……ん……ん?」
「……おはよ」
レメディアは目を覚まして、少し慌てた様子でナクトの膝から体を起こした。
「…私……眠っていた…?」
「うん」
「ご…ごめんなさい……膝を…」
「そんなの、全然平気」
「あ……ありがとう……」
二人の、世界みたい。
二人のこと、大好きなのに、大好きなのに……
「喉乾いてない?羽純の紅茶美味しいからさ」
「…うん」
「………」
「…ん?羽純?どうかしたか?」
私が呼ばれてたんだ。びっくりしちゃった。
「あ、うん。どうぞレメディア」
「…ありがとう」
その後しばらく話をしていたが、何を反していたかは全く頭に入ってきていない。そして、ナクトが立ち上がった。
「俺、そろそろ探索行くよ。羽純はもう少しレメディアといる?」
「あ、うんん。私も…一緒に…」
「…ん」
二人で片付けと身支度をして、レメディアに見送られてアルカトラズの敷地を出た。
「お邪魔しました」
「…ん……お見舞い…ありがとう…」
「こっちこそ相手してくれてありがとう。お大事に」
レメディアとナクト、今はまだ年齢差を感じるけどけど、カラーであるレメディアは月日がたっても今のまま。
じゃあ、ナクトがもっと大人になったら…
「ええ…羽純も、ありがとう…」
「う、うん!じゃあ、また…」
レメディアと別れ、ナクトは私を工房まで送ってくれた。
「……何か悩んでんなら聞くぞ?」
「…うんん、大丈夫だよ。ありがとう、ナクト」
「そっか…じゃあ、行って来るな」
私を気にかけてくれてるのに、変わらないって言った私が、どんどんと変わっていく。
工房から出ていく前のナクトの顔は、少し悲しげに見えた。
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「ただいま。──羽純?」
探索を終えた夕方、工房に入るも返事がない。
嫌な予感が脳内を駆け巡る。
「や、やめてください……」
羽純の声。
それは工房の奥の部屋からした。
飛び込むようにその部屋へと入ると、壁にもたれかかる羽純と、赤毛のモヒカンで特徴的な鎧を着込んでいる大男が立っていた。
「誰だお前は?羽純から離れろ」
「闘神におまえだなんて、おじさんは優しいから怒りはしないが、次はないぞ小僧?」
「ナクト……」
闘神と言うだけあって、放つ闘気はなかなかのもの。
羽純と男との間に走り込み、羽純を背に、剣の柄に手をやり構える。
「羽純、裏口から逃げろ。先に宿に」
「でも、それじゃあナクトが……」
少し震えている羽純。
頭に血が上る。これは、またデジャブだ。
いつも見る夢の一つと同じ状況。
違うのは、俺はあそこまで弱くはない。
「闘神クランク様に向かってくる気か?おじさんもここまでコケにされたら相手にするしかないが…」
「闘神、ね。その力がどんなもんか、ご教授いただけませんか?」
羽純を押し出すように裏口へと向かわせる。
負ける気もないが、闘神に手を出したら失格だったっけ?逮捕だったっけ?
まぁいい。今は、羽純が無事ならば。
「ナクト…」
「必ず帰るから、夕飯の準備頼むな」
「おじさんはお前なんぞお呼びじゃないんだ。羽純ちゃん、逃げずにおじさんの言う事を聞いてくれたら、この小僧を殺すのはやめておくよ?」
一瞬立ち止まる羽純。
そんなに、そんなに俺が心配か?俺が、弱いからか?
「羽純──」
信じてくれと、続きは言えなかった。
「ナクト、待ってるね!信じてるからっ!」
羽純はそのまま走って出て行く。
なんだ、信じてないのは、俺の方じゃないか。
「あぁ、お前は殺すぞ…羽純ちゃんとは胸躍るプレイをいっぱいする予定だったのに…お前がいくら強かろうとも、衛兵百人に囲まれればどうだ?」
「大丈夫だ。お前は衛兵を呼ぶ間も無く、不慮の事故で死んでしまうのだから…」
剣を鞘へと納めたまま、姿勢を低く構える。
今は、負ける気はしない。
なんたって、羽純が待ってるんだから。
「おぉぉぉぉぉ!!」
「むんっ!!」
振り下ろしを躱し、地面スレスレを這うように滑り抜け、スネを斬りつける。
が、ズボンの下にも鉄甲を装備していたようだ。
すり抜け様に当てただけの為ダメージは入っていない。
だが、見えた。
闘神の一撃にも、俺は反応できている。
斬りつけたのちに飛び退き、裏口を背に再度構える。
「ははっ」
「俺を撫でたのが、そんなに嬉しいか?」
確かに、今のは撫でただけ。
両手で剣を握り込み、上段に構える。
「いや、今のは本当に撫でただけなんで。──だけど次は、命に届くぞ?」
「むぅ………」
明らかに、警戒心を増したクランク。
闘神の殺害になるんだ。
速やかに殺し、速やかにしたいを処理しなくては。
殺気が高まり、緊張感が辺りに充満し切る直前、この場に似つかわしくない幼い声がした。
「おじさま…?なにをされてるんですか?」
声の主は、フィオリだった。
入口を向いた瞬間、クランクから放たれる闘気は完全に霧散していた。
「ほげっ!…フィ、フィオリちゃん、おじさんはこの子に稽古をつけてやっていてね…」
「まぁ、そうでしたの。でも、お兄様は闘神大会出場者なんですから、無理をさせてはいけませんよ」
「そ、そうだね。なかなか筋がよさそうだぞ、少年!ではな」
いそいそと工房から出て行くクランク、ではなくフィオリを見ながらも剣をおさめた。
「フィオリちゃん、おじさまって、アレが?」
「お兄様、ちがいますわ。おじさまと呼んでいるだけでして、私の叔父ではありません」
流石に、そうだろうとは思ったが、そのままいくつか質問をした。
フィオリの叔父さまは闘神都市の都市長と親しく、今は闘神区画の屋敷に住んでいるとのこと。よく見かけるのでクランクをおじさまと呼んでいるそう。
初めて会った時と同様、底知れぬ何かを感じるが今はお礼が先だ。
「そうだったんだ。ありがとうフィオリちゃん。闘神と揉めるとなると流石に覚悟が必要だったから」
「いえ、私は何もしておりませんわ。お姉様にも、また来ますとお伝えください」
「あぁ。わかった。じゃあね」
フィオリが見えなくなるまでその背を見送る。
なぜ、俺はあの子を見ると心が波立つのか…
答えは出ないままに、宿へと向かった。
──
「……ただいま」
「ナクト!!」
帰った瞬間、羽純に抱きつかれる。
「な、帰ってきたろ?」
「うん、うんっ!」
なんだかんだ、不安だったよな。
そりゃそうだ、相手は腐っても闘神。
ただ、あのレベルであれば、そのまま勝てた気がする。
何か力を隠していたのかはわからないが。
羽純の作ってくれていた夕食を食べて、フィオリとクランクの関係だったり、羽純のいなくなった後の事を話た。
「そうなんだ…」
「そーなんだよ」
「んー。真面目に話してるのに…」
「いーんだよ。結果オーライじゃん」
羽純はクランクには何もされていないらしい。
近寄るのから逃げて転けたところで俺が来たそうだ。
間に合って、良かった。
「それは、そうだけど…」
「ウジウジ禁止。今日の羽純、ちょっと変だったし、今日は早く寝よ」
「……闘神ダイジェストは?見ないの?」
「いいよ。休みの日はゲストが荒らすだけ荒らして終わりじゃん」
「んんー、私は、見ようかな…」
羽純は意外とあの絡みが楽しかったりするそうだ。
これまでの試合のない日は頭のネジが外れたゲストがクリちゃんと切り裂きくんと会話、いや、会話になっていないかも知れないやりとりを繰り広げていた。
「そっか。俺は横になってるから、見てていいよ。なんか、情報あったら教えて」
今日はなんだか疲れていた。
レメディアのお見舞いに行き、25LDKとかいうダンジョンがやたらと広くて歩き回ったし、帰ってきたら闘神とお遊びとはいえ一戦交えた。
こう考えたら、疲れて当然か。
ベッドに横になると、自然と眠りに落ちていた。
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寝ちゃったかな?
闘神ダイジェストまではまだ時間があるけど、ベッドに横になって動かないナクトの顔を覗き込む。
「…すー、すー……」
寝てる。
疲れてたんだな。
ごめんね。私、変だったよね…
ナクトの顔を見てると、なんだか吸い込まれそうになる。
人の事、言えない。というか、それも私の勘違いだったしね。
そんな事を思っていたら、急に寝返りをうつナクトの手に、頭を抱かれ、引き寄せられた。
「わっ…ナク、ト?」
近い。それはもう近い。
息が、かかるほどに。
そして…
──ん……
たぶん、ナクトからだったと思う。
私にもわからないから、そういうことにしておく。
自分は怒ったくせに、ずるいのは、わかってるけど……
「…おやすみなさい、ナクト。
──大好きだよ」