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【本戦11日目】 ─三回戦開始─
ボーダー・ガロアvsレオパルド・マーラー
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「………ん?」
昨日はかなり早く眠りについたので、寝つきが良く、珍しく夢も見なかった。
いまはまだ、いつも活動を始める時間よりも早い。
カーテンから漏れる朝日はなく、薄暗い、灰色の時間。
普段であれば外に出て鍛錬でもするのだが、なんだか隣に違和感が…
「──ッ!」
羽純が、俺の腕を枕にして寝ていた。
「…すー……すー……」
ゆっくりとした穏やかな寝息。
昨日のレメディアの時とは違って、また違うドキドキというか……
なんでここで寝ているのか気にはなったが、起こさないよう腕枕したまま、羽純の寝顔を見つめていた。
可愛いよな。やっぱり。
この間も思ったけど、小さな時とは違う。大きく、体つきも女になった。男の朝の生理現象を見ればまた怒りそうだし、先に起きてよかった。昨日はガキみたいな勘違いで怒ってはいたけど、それだけレメディアを思ってるんだよな。
羽純のためにも、負けられない。
決意を再確認して、羽純が起きるまで、その寝顔を見続けていた。
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ダンジョンの魔法陣の前で、ピンク色の長い髪をしためちゃくちゃ綺麗な人と、小さな女の子が、揉めてる?
というか、アレはアザミか?
「困ったわねぇ…付き添いの人はいないの?」
「……」
アザミはふるふると首を振っており、女性は困った顔をひたすら浮かべていた。
うーん、この女性の事も、なんか知ってるような気がするんだよな。昔から知ってるような。そんなはずなんてないのに。
とりあえず、アザミの方へと声をかける。
「どした?ダンジョン行きたいのか?」
「……そう」
「あの、あなたは、この子の保護者なの?」
「いや、違いますよ。けどまぁ知り合いというかなんというか」
話を聞けばこの人は レイチェル・ママレーラさんと言うらしく、なんとあのボーダーのおっさんのパートナーだとか。あのおっさんには似つかわしくない、とんでもない美女連れてんなと思ったのは内緒。
そのおっさんを待ってる間に、アザミが一人でダンジョンに入ろうとしているのを止めていたらしい。
「あなたがナクトくんだったのね。あの人が、珍しく骨のある若者がいるって言ってたから覚えてるわ」
「はぁ。あのおっさん、じゃなくてボーダーさんとは一回会っただけですけどね」
「……マヨイガの、サイン欲しい……」
マヨイガ?さっき認証してもらったのがそこだった気がするな。
結果、俺の認証ダンジョンとアザミの行きたいダンジョンは同じだったようで、一緒に行くことになった。
「それじゃあナクトくん、アザミちゃんをお願いね?」
「まぁ、危なくないようにはしますよ。ただ、用事が済んだらすぐ帰れよ?」
「……」
こくりとうなずくアザミ。
口数も少ないし、不思議な子。だけど、なんなんだろうな。この気持ちは。
多少の引っ掛かりはあれど、レイチェルさんに見送られながら魔法陣でダンジョンへと転移する。
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ナクト……
なにも言わなかったな。
ナクトのベッドに潜り込むように寝てしまい、そのまま朝を迎えたのに、慌ててたのは私だけ。ナクトは経験があるから、驚きもしなかったのかな。それとも……ナクトにとって私は、やっぱり家族なのかな。
今まで当たり前のことだったのに、なぜか胸に痛みが走る。
──コンコン
工房の扉を叩く音が聞こえた。
今は、お仕事しよう。
でもわざわざノックまでするなんて、随分と丁寧な人みたい。
「どうぞー。お入りください──えっ?」
「やぁ。お邪魔するよ」
そこにいたのは……
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「魔物の体内か。というか、どうやってサインもらうんだよ?」
アザミが言うには、ここはマヨイガという200メートル程の大きさを誇る虫の魔物の体内だそう。ダンジョンに擬態し、冒険者や他の魔物を消化して栄養としているそうだ。
「……♪」
なにをはしゃいでるのか、表情は変わらないが頭に音符が見えるくらい喜んでいる少女はルンルンと巨大な内臓のような通路を歩く。その姿は年相応に見えなくも無いが、口数の少なさは幼い少女とはかけ離れている。羽純の小さな頃は後ろをついて回る元気な女の子って感じだったしな。
そうして奥へと歩いていると、妙な状況になった。
「おにーさんおにーさん、『夢』で、お困りじゃない?」
「……?」
アントーンという三つ目の巨大な蟻を倒したところで、ダンジョン内にも関わらず、水晶玉の置かれた小さな円卓に腰掛ける、赤ずきんちゃんに声をかけられる。
見た目的には、アザミよりも、年下か?
「あたちはアーシー・ジュリエッタ。てんちゃい占い師なの」
「どういう意味だ?」
「んー。おしえてあげない」
「……奥、いく」
少女たちは自由すぎる。奥へと向かい、テクテクと歩いていくアザミと、意味深な事を言うだけ言って教えないというアーシー。アーシーの発言が気にはなるが、アザミは止まる事なく奥へと向かっている。
「ふふふ……」
不適に笑うアーシーはとても5歳児には見えない。ただ、言い当てられたのは占い師であるから俺の悩みを見たってとこか。
アーシーとの話よりも今はアザミを追うことにする。レイチェルさんにも言われたし、なにより自分がアザミに何かあったら、と思っているようだ。
夢という思い込みとはいえ、随分と厄介だな。
「それ、『夢』じゃないよ。くすくす」
アーシーの言葉に後ろ髪を引かれるも、背を向けてアザミの元へと向かった。
「アザミ、あんま先いくな。闘えんのか?」
「アザミは、できない」
ふるふると首を横に振り、否定の意思を示す。
「なら、離れすぎるな。なんかあったら困るだろ?」
きょとんとしたようだが、相変わらずの無表情でこちらを見ている。
なにか思うことでもあるのか、少し驚いているような気もした。
「…ナクトが、なぜ困る?」
言われて思う。確かに、と。
アザミに何かあって、例えば死んでしまった場合、マダラガはパートナーを失い失格となるだろう。闘いもせずに勝てる。羽純がかかっている今、力が欲しいのはもちろんだ。闘いで自分の力を示したい。でも、それよりも勝ちにこだわる必要がある。
例えば、ここでアザミを俺が殺してしまえば……
「……なぜ、悲しそう?」
悲しそう?俺が?
頬を滴が伝っているのに気づいた。
アザミの死を、無残に倒れる姿を、それを見下ろすことしかできない俺を。その光景が脳裏に浮かび、無意識に頬を濡らしていたようだ。
「さぁ、な。わからないが、俺が困るのは確かみたいだ。だから、離れるな」
「…わかった」
納得してくれたようでなにより。
自分のおかしな様子を振り払うように、普段とは違い雑に、思うがままに、魔物を蹂躙しつつ奥へと進んだ。
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「良かったな。無事にもらえて」
「……♪」
コクコクと首を縦に振り、嬉しさが滲み出ている。
マヨイガにある無数の穴の一つにはまったかと思えば、そのまま消えてしまった時は大いに焦ったが、出てきたアザミはほくほく顔で色紙を抱きしめていたのでホッとした。
「帰るか?」
「うん…」
「おかえり盆栽あるか?」
ゆったりとした服の懐をごそごそとまさぐり、小さな盆栽の鉢を取り出す。戻り木と呼ばれる枝がダンジョンの外へと帰還する事のできるアイテム。『おかえり盆栽』はその枝が戻り木であり、折った枝は瞬時に生えてくる割と高価なアイテムだ。もちろん俺も持っている。
「ある。ばいばい」
「またな」
「ぱっきり、にょきにょき……♪」
嬉しそうに見えなくもない顔でぱきりと枝を折ると、アザミの姿は目の前から消えた。
認証台の位置は既にあたりをつけている。群がるアントーンを斬り殺しながらも認証シールをゲットして、羽純の元へと向かった。
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──ガチャ
「羽純、なんかあんのか?外に──え?」
「あ、ナクト…」
工房の扉を勢いよく開けてナクトが入ってきたが、応接用の椅子に腰掛けている人物を見て驚いている。それはそうだろう。なんたって。
「闘神…ボルト……なぜここに?」
金色の髪を三つ編みにしており、眼帯をした美麗な男性。そもそもよく街に繰り出している闘神ボルトさんは有名だ。流石のナクトも見ただけでわかったよう。
ただ、私でもわかる程に、ナクトの雰囲気が怖い。今にもボルトさんに斬りかからんという勢いだし、それを隠そうともしていない。こんなナクトを見るの、はじめてだ。
「やぁ、ナクトくん。君の留守にパートナーと二人でいた事に謝罪はする。だから、その闘気を収めてくれないか?」
ボルトさんの言葉を聞き、ナクトはゆっくりと剣の柄から手を離した。
「いや、前回の闘神が随分な方だったんで、すみませんね。で、なんでここに?」
剣から手を離しはしたが、それでも態度は変わらない。
この前の闘神というのは、あの闘神のことを言っているんだろうけど、なんでこんなに怒ってるの……?
「昨日の闘神ダイジェストは、見ていないのかい?」
「生憎、俺は試合結果しか見ないので」
「そうか、私が君の事を話してしまったものでね。無駄に記者が群がり鍛錬に支障が出てしまうのではと心配していたのだが、その様子ではなんとも無いようだね」
「そうだよナクト。ボルトさんは責任を感じてわざわざ来てくれたんだよ?」
私の言葉は耳に入っていないらしい。
ボルトさんへと冷たい視線を向けたままに苛立ちを露わにしている。私にはすごく怖く見えるけど、ボルトさんはずっと涼しげな顔をしていた。
「なにを話す事がある?俺の何があんたに引っかかる?もしも羽純に手を出すってんなら、今ここで殺すぞ?」
「ナクトッ!!」
「ふむ。その闘志は予想外だが、君の強さはわかった。私が羽純くんに手をあげる事は無いよ。ではこれで失礼をしよう」
そう言って、ボルトさんは立ち上がり、私の手を握った。
「え…?」
「美味しい紅茶のお礼だ。それでは」
私の手の甲に口づけをして、ナクトの横を通り抜けて工房を出て行った。
こういった事に免疫のない私は呆然としていたが、ナクトは苛立ったままのようだった。
「……」
「ナクト、変だよ。失礼だし。ボルトさんはナクトを褒めてたんだよ?見込みがあるって」
「それで?」
ムッとしてしまう。闘神様にナクトが褒められたら嬉しいに決まってる。むしろ、なんでそんなに不機嫌なんだろう。
「それでって…ナクトを心配してきてくれたのに、なんでずっとそんな態度なの?ボルトさんはあの人とは全然違う、良い人だったよ?そんなの、ナクトだってわかってるでしょ?」
殺すなんて、ナクトには使って欲しくなかった言葉。私も知らず知らず熱くなってしまってたよう。ただ、ボルトさんの名前を出すと、ナクトの目が急速に冷めていったのが、わかってしまった。
「……心配される筋合いは無い。それに、俺は全ての闘神を信用していない。消えた親父も。あの赤モヒカンも。金髪のゴミ野郎もな」
「…なんで、そんな汚い言葉使わないでよ!バカ!」
「……バカでも構わない。顔の赤い羽純がボルトに思う事があるなら、好きにしたらいい。ただ、俺が闘神になるまでは待って欲しい。付き合わせて悪いとは思っている。ごめん」
何を言ってるんだ?
付き合わせて悪い?
私がボルトさんを?ボルトさんと?
勝手な事ばかり言うナクトに、感情が爆発してしまった。
「何それ……ナクトのバカ!もう知らないっ!!」
「……」
ナクトは無言のまま、工房から出ていってしまった。
その背を見送ることしかできなかった。
ナクトが何を考えてるのかわからない。なんでボルトさんをあそこまで敵視するのかも、私を、どう思っているのかも。
本当はもっと話したかった。それなのに、私が先に拒絶した。
怒りと後悔がこんがらがったまま、工房を片付けて、重い足取りでカテナイ亭へと戻る事にした。
そして、その夜ナクトが部屋に帰ってくる事はなかった。
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自分でも予想外だった。ここまで感情が荒ぶったのは初めてかもしれない。明確な意思を持って、アイツを殺したかった。あの場で勝てるかはわからないが、アイツを殺したくて殺したくて堪らなかった。羽純のそばに近づくことすら耐え難い。
頬を赤くした羽純を思い出す。
もしかしたら惚れたのかもしれない。それは、嫌ではあるが仕方がない。感情の抑制はできても止めることなど誰にもできない。ただ、羽純と恋仲になろうがなんだろうが、アイツは俺が殺す。いつかはわからずとも、絶対に……
マヨイガへと再度入るもそこにアーシーの姿は無かった。
聞きたいことがあったが、いないのであれば仕方がないので魔物を狩り続ける事にした。
勝てない。今のままじゃ、勝てない。
自分の中の黒いモノがどんどんと大きくなってきている気がするが、今はそれでいい。
思うがまま、望むまま、気の向くままに、朝を迎えるまで永遠に魔物を殺し続けた。
【試合結果】
◯ボーダー・ガロアvsレオパルド・マーラー×
現在のナクトステータス
Lv.42
活力:1613(1260+353)
攻撃:464(336+128)
防御:152(126+26)
・スキル
①身体操作術
②威圧
③逃走術
④剣術 Lv.4
⑤テクニシャン
・付与剣性能
活力+28%
攻撃+36%
防御+20%
命中+4%
回避+4%
重撃…全ての斬撃が重くなり、硬いメタルな敵にもダメージを与えられる。剣の重さは変わらない
耐呪抵抗+…呪い効果を持つ魔物の呪いを無効化でき、呪い攻撃に耐える率も上昇
氷マポ…残り2回