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【本戦14日目】
マダラガ・クリケットvsウィング・シードマン
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「おはよーっ!ナクト、朝だよー」
「……ん」
朝からテンションの高い羽純に起こされるも、空返事を返すのみ。
昨日は双子と数戦交えたので、気持ちの良いまどろみの中、布団にくるまりもぞもぞとしていたのだが、耐えきれなくなったのか掛け布団を引っ剥がされた。
「ほらっ!起き……きゃあっ!」
男性特有の朝起きる現象を間近で目撃した羽純は両手で顔を覆い驚いている。
が、指の隙間からその綺麗な目玉が見えてるぞ。
「あ、朝から何を……」
「生理現象だよ。俺のせいじゃないし」
きゃーきゃーと、生娘な羽純は恥ずかしそうに騒いでいるが、俺はゆっくりと着替えを始めた。
「……準備、できた?」
おずおずと、だが、興味津々といった様子の羽純が扉から少しだけ顔を出してこちらを見ている。
仲直りのキスと言い、羽純との距離感が少しだけわからなくなっていた。
初めてキスをしたのは俺から。次は、まさかの羽純から。
羽純と違って、俺は女を知らないわけでもないし、キスくらいで慌てるような性格もしていない。
ただ、羽純と関係を持つ、となると足踏みしている自分がいる。羽純と想いを伝え合った夢の中には、確かに幸せがあった。でも、その続きは……
今まで見てきた悪夢はこの街に来てからどんどんと現実に重なっていく。
もしかしたらそうなるのではないかと、躊躇してしまっている。
だが、昨日ナミールと話せて、少し楽になったので、俺の心も少しづつ変わっていくのだろうか。
とはいえ、まずは闘神になるのが最優先。
朝食を食べ終えて、カテナイ亭の部屋を後にした。
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今日の試合。
あのマダラガ・クリケットと、夢ノートとか言う名前を書いた相手を殺す力を持つ、ウィング・シードマン。
この試合に勝った方が、俺の準決勝の相手となる。
本来であれば、どちらが勝つかわからないところだが、俺はどちらが勝つか、確信していた。
「あ、ナクトさん。今日も、魔物がもっと強いところをお望みですか?」
夏ちゃんが伏し目がちに聞いてくるのも、もはやいつもの光景。
俺が毎度毎度、魔物の強いところと注文をつけるので、このやりとりが日課のようになっていた。
「あ。遅くなりましたが三回戦突破、おめでとうございます。いよいよ次は準決勝ですね」
笑顔で話してくれる夏ちゃんの揺れる大きな胸に視線を釘付けにされながらも、それを隠すように頭を下げてお礼を言った。
その後、少し遠慮がちにエリアの説明をしてくれる。
「今回認証しようとしているエリアなんですが、最近おかしな噂がありまして……」
「おかしな、噂?」
夏ちゃんはゆっくりとうなづき、続きを話してくれる。
どうやら、認証しようとしてくれているダンジョンは『鬼の住処』と呼ばれる場所との事。
その名前の由来ともいえる『鬼』は本来認証シール台の付近に現れることは無いのだそうだが、最近は襲われたと言う冒険者が大勢いるらしい。
「ふーん。面白そうだし、そこでいいよ」
「あの…本当に、危険かもしれませんよ?大丈夫ですか……?」
セクハラ謎生物たちのせいで、ここに長居をすることはあまり無いのだが、夏ちゃん自体は優しくて良い子だし、心配してくれているのかな?
「大丈夫。俺は死なないらしいから」
少し笑ってそう言うと、不思議そうな顔をしている夏ちゃんは認証をしてくれた。
鬼──ね…
そんくらいやれなきゃ、どの道この先勝ち続けることは難しいだろう。
気を引き締めて、転送魔法陣へと乗った。
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「ここが、鬼の住処……」
雰囲気はそこそこあるが、今のところ至って普通のダンジョンに見える。
ひとまず最奥を目指すべく、気を引き締めていくか。
出てくる魔物はまぁまぁ。今までよりは確かに強いが、かと言って苦戦する、と言うわけでも無い。
程よい緊張を持って進めるし、夏ちゃんにはいいダンジョンを選定してもらえたと思い、群がる魔物を切り捨てつつも進んでいく。
「ナクト・ラグナーーード!!!」
突然大声で名前を呼ばれたと思ったら、いつぞやの変態記者。
初めて入ったマビル迷宮内でいきなりオナニーを始めたその姿だけがやけに脳裏に焼き付いている。
「…………」
そのまま通り過ぎよう。
この人には、深く関わってはいけない。
俺の脳が細胞全てにそう指示を出していた。
「ちょーーーっと!待ちなさいよ!!ボルト様が気にかけている、ベスト4進出を決めたナクト・ラグナード!!私が名前を覚えていると言うだけでもすごい事なのよー?もう、ナクトくんって呼んでもいい?」
大声で名前を連呼されるのも嫌だし、何より、やかましい。
「五月蝿い。ダンジョン内で騒いでると、噂の鬼が出るぞ」
「んん〜?ナクトくんはその鬼退治に来たと……ふむふむ…あぁ、なんだか久しぶりに話せる闘技者で、ムラムラしてきちゃったわ……あぁ……いぃ……もぉ、ここでヤらない?」
勝手な決めつけをしたかと思えば、突然自らの股間を弄りだした。
また、この展開か……
よがっているシャリーを放置して先へと進んでいると、どうやら追いかけているよう。
適当に放置した魔物の攻撃を躱してくるとは……無駄に根性あるな。
「はぁ……なんで俺に執着する?出場者は他にもいるでしょ?」
バァンと大地を踏み鳴らし、変態レポーター、シャリー・ヤマモトは言葉を荒げた。
「だーーーって!今年の出場者だと、残りはイカれた虫使いに、発達障害かってくらい喋らないカラーに、万年準優勝のボーダー・ガロアよっ!!!残るはあんたしかいないじゃない!!」
力強く叫ぶシャリーの背後に、ザッパーンと、荒波が岸壁に打ち付けているような背景が一瞬見えた。
それに、イカれた虫使い、と言うことはもう試合は終わってるのか。
俺の予想通りに。
「はぁ。俺も特に話す事ないで────ッ!退け!!」
「ちょっ!!……痛いじゃない!!あら?」
シャリーの間抜けな声をバックに、襲撃者の爪を剣で塞ぐ。
「テメェも、狙って来やがったのかぁ?アァッ!!?」
何をだよ、と思いつつもその襲撃者の、噂の鬼の猛攻を捌く。
コイツは、まぁ強いな。
素早く重い攻撃を捌きつつも、シャリーから距離を取るように動くのが厳しい。
なら、羽ばたきを潰した方が良いか。
握りを甘くした俺の大振りに、拳を合わせてくる鬼。
馬鹿が。それが狙いだ。
「お…ラァ!!」
弾かれた勢いをそのままに掌の上を回転する剣を、逆手に掴み、その機動力の要である翼を狙うも…
「──ちぃ!!」
翼を狙う斬撃は器用に躱された。が、これで終わるわけではない。
そのまま鬼に肉薄し、鍔迫り合いの体勢のままに通路を奥へ奥へと進んでいく。
「テメェ!やっぱりクリスタルが狙いか!?」
ん?クリスタル?
意図せず最初の疑問に答えてくれたようだが、別に狙ってなどいない。
すると、背後で悲鳴が聞こえた。
「ギャアァァァァァアア!!!!」
電撃のようなものを体に浴びて、所々焼け焦げているシャリーと、建造物が視界の隅に映った。
そこにあったのは、鳥居?
この鬼と縺れている間にいつの間にかくぐっていたらしい。
とはいえ、シャリーのおかげでこの場での戦闘が一瞬止まった。
「オイ……クリスタルってどう言う事だ?お前、もしかしてカラーを弄んでんのか?」
そうであれば、このまま生かしておくわけにはいかない。
俺がこの場で、この手で、殺してやる。
「ふざけるな……いつだって、カラーを道具のように扱って来たのは、お前等人間だろうが……」
そう言う鬼の顔は怒りの形相。
まるで親の仇も見るように睨み付けてくるその目には、なぜか覚えがある。
あぁ、そうか……あの時の召喚ドアの男の目の奥と、同じなんだ。
「ふざけた事を……吐かすな!!」
吐き捨て襲いかかる鬼の攻撃を、真正面に向け一直線に伸ばした剣先に当てる。
そのまま軌道を逸らすように手首を返し、迫りくる顔面に柄頭を思いっきり打ち当てた。
「グゥゥ…………」
痛みに耐える獣のような呻き声を上げながらも、鬼は膝をついた。
その眼前に立ち、剣を鞘へと納める。
殺す気はないと言う意思を見せつけた。
「……ど、どういうつもりだ…?」
完璧に脳天にぶつけたため、兜の下の、更に奥では脳が悲鳴を上げているだろう。
それでも、もう言葉を発することができるとは、鬼という種族の強さか、はたまたコイツの強さなのか。
「俺には、師匠みたいな、憧れの人がいる」
そう言い放つ俺に、痛みに耐えるような苦悶の顔をしながらも、器用に意味不明だと言わんばかりの表情を浮かべている鬼に対して、言葉を続ける。
「その人は、カラーなんだ。俺はその人を守れるくらいに強くなりたい。だから、お前の言うようにクリスタルもカラーも、絶対に狙うことなどない」
兜の奥の目が俺を捉えて離さない。
値踏みされているのだろうが、それはこちらも同じだ。
しばらく睨み合いを続けた後に、ゆっくりと口を開いた。
「……天降鬼」
「は?」
「鈍いやつだな。俺の名だ。鬼だのお前だのではない」
「あぁ、なるほど。俺はナクト・ラグナードだ」
意外と、天降鬼は話せる奴だった。
カラー談義に花が咲き、しばらく話していると、住処だと言う鳥居の奥の奥へと案内してくれた。
「お前の嫁さん、綺麗だったんだろうな」
話に聞く天降鬼の妻は、トキセラというカラーの女性。
ただ、話に聞くには既に亡くなっているそうで、一目見てみたかったと、意図せず口に出していた。
「見せてやるよ。というか、見てやってくれ」
「……は?俺も死ねってことか?」
亡くなっている人を見てやってくれと言うのは、そう言う意味としてしかとれない。
が、どうやら違うらしい。知っているようで、カラーの事を全然わかってないんだなと鼻で笑われてしまった。
少しカチンとくるも、思い返せばカラーはレメディアしか知らないのだったと思い出した。
そうして歩いていると、とんでもないものが目に入り、思わず息を飲んだ。
「……お前のくぐった鳥居には結界を施している。本来であれば、クリスタルを所有するものしか通れないのだが、お前は俺とくっついていた拍子に抜け出たのかもしれん」
なるほど……その結界を潜った者たちの成れの果てが、コレか。
蒼く輝く、百は降らないであろうクリスタルの山がそこにあった。
「これは、クリスタル装備をつけた人間から奪い返した物だ。トキセラが一人で寂しくないよう、こうして供えているんだ」
そういう天降鬼に、俺はそうか。としか答えることができなかった。
トキセラを散々に凌辱し、殺したのは人間……
天降鬼は完全に復讐者としての大義名分を手に、クリスタルを所有する人間を殺しているだけなのだから。
その奥に、柔らかい光に包まれた透明な、細長い球体の中に横たわる綺麗な女性の姿。
その額に輝くクリスタルもまた、青く輝いていた。
「…………」
「なんだよ?あまりに美人なもんだから、緊張しちまったか?」
俺へと話しかけてくる天降鬼の言葉も頭に入ってこない。
これが、死。
もう二度と、動くことはない、人の形をしたモノ。
脳裏に浮かぶ自身の大切な人。この都市で出会った人たち。
その全てが、モノとなってしまった夢の世界。
なぜか今、この光景が脳裏に鮮明に浮かび上がる。
「オイ、ナクト?どうしたんだよ?」
「うわっ!」
夢の世界へと意識が飛びかけていた。どうやら俺の肩を掴んだ天降鬼に引き戻されたようだ。
なおも心配してくるとは、鬼というのに随分と優しい奴だな。
少しの偏見が混ざっているが、ここから打って出て人を襲うのは程々にと伝える。と、思わぬ答えが帰ってきた。
どうやら最近カラーを買い、この街で飼っている奴がいるらしいのだ。
だから、冒険者を襲っていたのか……
理由もわかったところで、このダンジョンを後にしようと鳥居の側まできたところで、黒焦げのまま倒れているシャリーさんを見つけた。
「あ。忘れてた」
「………」
黙っていると綺麗な顔をしているしスタイルもいい。
仕方がないので、シャリーを肩に担いだまま認証シールを取り、『鬼の住処』を後にした。
余談だが、途中で目覚めたシャリーはまたも一人性に溺れ始めたので放置してサッサと帰った。
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「おねがい……もっと……もっとしてぇ…………寂しいのぉ……入れてよぉ……」
水色の髪も、透き通るような肌も白濁液で汚れきった、少女のカラー。その瞳は焦点が合っておらず、中毒者のように男性器を求めている。
その額に備わるクリスタルは、当然のように青く輝いていた。
「貴様ッ!!!」
「ダメだ─────!!今コイツに手を出したら!!」
「くくく、意外に冷静だな。よくわかってるじゃねぇかガキ。俺に手を出せば、失格だ」
─────が我を忘れる程に怒るのもわかる。俺だって、怒り狂いそうだが目の前で激昂するその姿を見てなんとか冷静を保っていた。
「まー本当はもう少し溜めたかったんだが、お前の目の前で消してやりたくてなぁ」
「…ッ!!!」
「やめろっ!!!」
「くくく……」
ニヤニヤと笑いながら、額のクリスタルを強引に抜き取る。
「……あ…」
小さな呟きと共に、名前も知らないその子の体はあっけなく消滅した。
そしてアイツの手には……
──ガバッ!!
また夢……
だが、今日の話と、リンクしている部分がある。
この街の中に、あの背景のような、どこかにカラーの子が監禁されているのかもしれない。
ただの想像でしかないが、半ば確信していたので、明日は街中を探し回ることに決めた。
【試合結果】
◯マダラガ・クリケットvsウィング・シードマン×