吸血鬼世界のVtuber   作:縫畑

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諸々の組み直しで投稿間隔が空いてしまいました。
今回より3話ほど少し重めな展開が始まります。


10話 Vtuber1

 

 そういえばリスナーの呼び方ってまだ決めないの? 

 

 

 乾家つるぎのデビューから4ヶ月。

 私は自室のパソコンでマロマロの開封をしているときにそれを見つけて固まってしまった。

 リスナーの呼び方、あるいはファンネームの決定。それは音楽アーティストなどと同じように自分を見るひとたちへ固有名詞を付けることだ。これを導入することでリスナーたちがファン意識を抱きやすくなったり、Vtuberとの距離感の近さを覚えることがある。

 ファンサービスや自身がそういうものを好むなどの理由で、実際にプリズム所属のVtuberでも多くがこれを採用している。

 さて乾家つるぎはどうするかだ。

 プリズム所属に限らず多くのVtuberがそうしているのだから、私もそれに倣うべきなのだろうか。

 ベッドから枕を抱き寄せ顎を乗せる。最近は考え事をするたび枕のお世話になっている気がした。理由はきっと弾力が心地よいだけじゃない。

 

「考えなきゃだめかな……」

 

 ファンネームの導入を伺うマロマロはこれが初めてではなく、それこそデビューした月にはもう届いていた。それでもいままで決めようとせず、また配信内でも触れてこなかったのには理由があるのだ。

 心理的抵抗、そんなとてもシンプルなものだった。

 世界中に吸血鬼が住む世界。Vtuberを見るものたちも当然ながら吸血鬼となる。つまり私の画面の向こう側にいるのはみんな潜在的な脅威だ。

 彼らの関心を掻き立てるようなことをするのはできるかぎり避けたい。

 現に私はもう配信後のエゴサをしなくなっていた。私に向く吸血鬼たちの関心を目にするのが怖いのだ。

 しかしそれはすべて人間の黒川京子の理由である。

 Vtuberの乾家つるぎには関係のない話だ。

 乾家つるぎとして考えるなら、他のVtuberに倣ってリスナーと親しくしてサービスしていくべきだ。

 枕に回した腕の力を強める。

 Vtuberとして生きるのがなんだか苦しい。

 だけど、今日もまた配信をしなくてはいけない。

 事前に選別した無難なマロマロ。業界の流行から採用したゲームの実況。雑談は生活に関することじゃなくてゲームに関すること。そんなトラブル要素を排除した安定志向の内容が最近の乾家つるぎの配信だ。

 チャンネル登録者数はおよそ数日前から4万目前で留まったまま増減しない。

 

「ずっとこのままで……」

 

 何も変化しないでほしい。

 いつまでも安全なぬるま湯のなかに浸かっていたい。

 ふと寒気を覚えた。心を隙間風が通り抜けたような寒さだった。

 ひょうひょうと響く風の声が何を言ってるのか、いまの私にはわからない。

 

 

 

 それからしばらくして、私は予定していた配信を無難に終える。

 

「はい、それじゃ今回はここまで。今日も見てくれてみんなありがとーう」

 

 締めの挨拶とともに配信を切って深呼吸すれば、疲労感が息にまぎれて吐き出されていく。

 今日も問題なく消化できてよかった。

 4ヶ月目の配信ともなればゲームプレイしながらのトークにはすっかり慣れてきている。話が詰まって黙り込むようなことはもうない。とはいえ失言しないよう気を使い続けるのはやはり神経がすり減ってゆくもので、一定の疲労感は常にあった。

 パソコンの画面に開いていたものを閉じていくと、ふいに自分のチャンネル登録者数が目に映る。数字はやはり4万手前。ほぼ増えていなくて安心する。登録者数の増加を喜ぶ感情は私の中から消えていた。

 エゴサもしない。何も見たくない。

 私は現状の乾家つるぎで満足している。Vtuberを名乗るにはこれで充分であると。

 だから、直後にマネージャーから届いたダイレクトメッセージに心を大きくかき乱されることとなった。

 

「収益化とスパチャ解禁ですか……」

 

『はい、これまで頑張られた甲斐がありましたね。おめでとうございます』

 

「……」

 

 どうしてこうなるんだろうとデスコの画面を睨む。開かれたページにはマネージャーのチャットログがあって、私がなんとかいままで消化してこれた環境を変えてしまう内容が書かれていた。

 乾家つるぎは企業に属するVtuberだ。プリズムを運営する企業は基本的に各Vtuberの配信における広告表示やスーパーチャットで収益をあげ、それを給与や設備などの形で各Vtuberへ還元してゆく。

 ではデビューしてすぐに広告表示などをして収益を出せるかというとそうではない。広告表示やスーパーチャットの有効化には動画配信プラットフォームごとに条件があるのだ。収益化とスーパーチャットが解禁されたとはつまり、有効化の条件を達成したということだ。

 こんなこと全く望んじゃいない。

 そんなの嫌ですと反射的に言わなかった自分を褒めてやりたい気分だ。

 現状の乾家つるぎの配信にこれらの要素が足されることでどう変わるのかというと、きっと客観的にはほとんど何も変わらないだろう。せいぜいスーパーチャットという投げ銭付きのコメントにリアクションを返すタスクが追加されるくらいだ。

 だがきっと主観的には大きな変化だった。

 私がエゴサをしなくなった理由は吸血鬼たちの関心と向き合うのが怖いからだ。配信中のただのコメントならば私はある程度無視をすることができる。単純にゲームのプレイやトークに集中すればいい。しかし投げ銭付きのコメントとなると、リスナーがコストを払っている以上は無視することができない。内容の確認。必要に応じて読み上げたりリアクションを返して必要がある。リスナーとの距離感はさらに近くなり、私がボロを出す可能性はこれまでより高まるのだ。

 

『不安ですか?』

 

 返事をしなくなった私を気遣うメッセージが届く。

 肯定するか否定するかを迷い、結局しばらくの沈黙を返すこととなった。肯定したところで不安の本当の理由など言えるわけがない。

 現状のままですでにVtuberをやれてるじゃないか、どうしてそういうことをするのだと叫び出したい気持ちが胸で渦巻く。

 変化はリスクだ。それは黒川京子という人間の綱渡りに吹き付ける風に違いない。

 

「いいえ大丈夫です。それじゃさっそく告知と記念配信をしないとですね」

 

『はい、よろしくお願いします。これからも頑張ってくださいね』

 

 デスコでのチャットを終えた私は椅子からベッドへ飛び込んだ。毛布を引き寄せてみの虫のように包まり、視界を暗闇で覆う。

 もう眠りたい。何も考えたくない。

 いまが昼間でも、昼食を食べていなくても、パソコンの電源がつけっぱなしなのも何もかもがどうでもいい。

 どうしてこのままでいさせてくれないのだろう。

 どうして自分が変化を祝わなくちゃいけないのだろう。

 どうして、Vtuberでいることがこんなにも息苦しいのだろう。

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