吸血鬼世界のVtuber   作:縫畑

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ちょっと重めなパートその2です。


11話 Vtuber2

「つるぎちゃんってどういう子?」

 

 まったりした時間に飛んできた質問へぼくは足を組んで答える。

 

「うーん、猫みたいな子かな」

 

「犬なのに?」

 

 うん。犬なのに。

 高校の教室ほどの広さを持つ3D配信用スタジオ。三つ並んだ大型ディスプレイには神屋トゥーリを始めとした二期生たちが映っており、巨大サイコロを振り回すなどしてはしゃいでいた。ディスプレイの前にはそれぞれスタッフがいて一生懸命に編集作業をしている。彼らにはいつも感謝している。

 そんな空間でぼくはパイプ椅子に背を預けたままお菓子入れに手を伸ばした。指先に触れたソフトクッキーをふたつほど摘んで、共演者と分ける。

 収録の休憩時間でいまニ期生にとって一番人気のある話題は後輩ネタだった。

 

「つるぎちゃんはねー……、礼儀正しいけどわりと警戒心が強い子かも」

 

「トゥーリが警戒させたんじゃない?」

 

「ぼくめっちゃ優しい先輩してたんだけどなあ!」

 

 ぼくのことを何だと思ってるんだと言いたいところだけども、神屋トゥーリはそういうキャラクターだから仕方ない。実際に過去のコラボを振り返ってみるときっと警戒されていたような気がする。ただ、彼女が身構えてる相手はぼくだけじゃないと思うのだ。

 彼女が何を考えてるのかぼくにはわからない。いつも無難にやろうとしているような印象を受けるからトラブルが怖いのかもしれない。なんとなくドッキリ企画などには弱そうに思えてくる。もし仕掛けられたら平静を保てなくなってガタガタになるか、最悪キレたりしそうだ。

 クッキーひとつをまるごと頬張った。控えめな甘みを咲かせてしっとり崩れてゆく食感が優しい。

 

「あれだね、拾われたばかりの子猫みたいな感じ」

 

「警戒してケージから出てこないような?」

 

 そうそう。きっとケージからなかなか出てこない子猫のようないきもの。

 こういう話に上るほど乾家つるぎへ興味を抱いているひとは多い。

 けれどもデビューから四ヶ月近く経っているにも関わらず、彼女と通話した経験があるのはコラボした自分だけ。プリズムのデスコでは他者との交流どころか発言自体がほとんどない。彼女はそんな孤独というよりは孤高のなかなかに話しかけづらい後輩だ。真祖だと一般的な吸血鬼と感覚が違うのかなんて勘ぐりそうになる。

 だからみんな様子をうかがいつつも、こうしてぼくに質問を飛ばしてくるんだ。

 

「それじゃまだ話しかけたりとかしないほうがいいってことなの?」

 

「そうだねー。自分でケージから出るまで待ったほうがいいね」

 

 もうデビューから四ヶ月くらいなのにと言いたげな顔を見て、つい四ヶ月もケージから出てこない子猫を想像して吹き出しそうになった。

 なんて生きるのが不器用な子猫なんだろう。誰も取って食いはしないのに。

 

 

 ◆

 

 収益化記念配信を終えて私はぐったりしていた。理由はもちろんスーパーチャットへの対応である。

 解禁されたとあればこれまで乾家つるぎを応援したいと思っていた人たちはここぞとばかりに送ってくるし、私のコメントへの反応を見たくて送ってくる人もいるし、果てには怒涛のスーパーチャットを処理しきれず飽和状態になっているのが面白いという理由で送ってくる人もいる。

 それだけ乾家つるぎを好意的に見てくれていることに私は喜ぶべきなのだろう。

 ただし彼らは知らないのだ。普段私が何に苦心して配信しているのかを。

 自分の言葉が人外の支配する世界にどのような波紋を作るかわからず、何をきっかけに彼らが私の正体に気づくかもわからない。そんな状態で配信し続けることのストレスを彼らは知るわけがない。

 私は椅子に座ったまま枕を抱き寄せた。そのまま強く抱きしめ、ぎゅっと目をつむりながら顔を埋める。

 自分は一体何をしてるのだろう。Vtuberとはもっと楽しいものじゃなかったのか。これを私は続けていかなきゃいけないのか。

 そのときだった。

 私はデスコのダイレクトメッセージに気づいた。

 

『配信お疲れさま! そして収益化おめでとう!』

 

 マネージャーの打つものではなく、ついったでよく見る文章。

 チャットの名前欄にはサリス・ヒューマンと表示されていた。

 口であ、の形をつくったまま硬直する。

 突然の接触の驚きと何かの予感で私の頭はすっかり漂白されてしまって、ただ出力されてくる文字列を目で追いかけるしかできない。

 

『あのね、あたしたちって同期じゃない? ずっとつるぎさんと話してみたいと思ってて、それで前につるぎさんが私の配信見てるって言ってくれてたから』

 

「うん」

 

 連続する文章へかろうじて返せたのはたったの二文字だけ。さすがにこれだけじゃまずいと思って、ありがとうと付け加える。

 

『つるぎさんホラー得意みたいだから、一緒にホラー配信やらない?』

 

 一緒に。その単語を見てそっと目を閉じる。心の中で十を数えてからまた見直しても、やはりコラボの誘いに違いなかった。

 きみも私に変化を強要してくるのか。

 間近で打ち上げ花火を見たときのような衝撃が体の中で連続して、それが鼓動だと気づくのにしばらくの時間を要した。前回のコラボのときはそれほど驚きがなかったけど、あれはプリズム運営の指示で行ったものだから今回とは違う。

 今回は、吸血鬼からまっすぐ関心を向けられている。

 

「うん」

 

 私の頭のなかにある生存本能が断れ断れと繰り返し叫ぶ。それでも気がついたら打ち込んでいたのは承諾の二文字で、どうやら私の指先は吸血鬼の機嫌を損ねまいと一生懸命に媚びを売っているらしい。

 喜色を滲ませた文面がデスコ画面に続く。

 

『ありがとう! 嬉しいわ。それじゃあコラボの前にお互いのキャラクター性とかNGを共有しておきたいのだけど、つるぎさんは配信で気を付けてることとか表現していきたいことってあるかしら?』

 

 え?

 私の指がキーボードの上で固まる。

 未知の概念を聞かされた気分だった。

 

『ええと、うまく言えなくてごめんなさい。私はリスナーの人たちに人間アピールのヒュー子を表現して楽しんでもらいたいと思ってるんだけど、つるぎさんにもそういったものがあれば知っておきたくて』

 

 どくんと、ひときわ強く胸が鳴った気がした。

 Vtuberでキャラクターを通して表現したいことだなんて、乾家つるぎには存在しない。ただ他人のやることをなぞって、Vtuberと名乗れる状態を維持できていればいい。ただそれだけを考えてきた。

 でもそんなのおかしいと私のどこかが叫ぶ。心にぽっかり空いた穴を指差して、見ろ、ここにあったはずじゃないかと訴えてくる。

 それはきっと大事なものだった。

 とてもとても大事なものだったのに、吸血鬼の影に怯えてるうちに忘れてしまっていたのだ。

 乾家つるぎは、黒川京子はなぜVtuberになりたがったのだろう。

 

『えっと、特になさそうかしら……?』

 

 一向に返事をしないのを心配してサリス・ヒューマンが続ける。

 でももう私にはパソコンの画面すら目に映っていない。椅子から崩れ落ちて、ベッドに倒れ込んでしまった。枕を抱きこみ毛布を被って暗闇のなかに閉じこもる。

 

「く、うう……、ぐす……」

 

 どうして前世であれほどVtuberになりたがっていたのか。

 失ってしまったものがあまりにも大きくて。失ってしまったことがあまりにも悲しくて。

 涙の止まらない顔をただ枕に押し当てた。

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