吸血鬼世界のVtuber   作:縫畑

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12話 Vtuber3

 結局、サリス・ヒューマンとのコラボの話は有耶無耶になって、それきり彼女とは連絡を取っていない。

 それどころかこの一週間、配信とデスコへの接続もせず、SNSさえ開いていない。

 予告なく活動を停止した乾家つるぎを心配している人はきっといるだろう。あるいは全くいないのかもしれないが、それを確認する気にはまったくなれなかった。

 生活面でも、この一週間はほぼ何もしていない。

 自分はどうして転生したのかとか何のために生きてるのかとか、そんなことをベッドで考えてるうちに寝不足になり、遅い時間に眠っては変な時間に起きて、空腹が限界になっては冷蔵庫を漁る。一度だけ下着が血で汚れゾンビのような顔で洗うなどした以外は、ただ息を吸って吐くだけの生活だった。

 いまも私は呼吸のみが聞こえる空間で微睡みのなかに浸る。

 意識の浮上と水没をしばらく繰り返すうち、窓の磨りガラスが明るくなっていることに気がついた。同時に空腹感を自覚してご飯食べなきゃなと体を起こす。

 

「あ……」

 

 しかし冷蔵庫の中身は空だった。

 私はひさしぶりの外出を余儀なくされた。

 

 

 吸血鬼たちにとって深夜に相当する時間を、十代の女子の体で歩く。

 薄暗い地下道に足音をひとつひとつ響かせてゆくと、沈んだ思考が凝り固まってゆくのを感じる。私の気分はすっかり自棄になっていて、たとえ道行く吸血鬼に見つかって正体に気づかれても、その果に血を吸われたり殺されたりしても、もうどうでもいいと思えた。

 きっとこんな吸血鬼だらけの世界で人間が生きていくなんて無理なのだ。いつまでも隠しきれるわけがないし、それまでに様々なものをすり減らして失っていくのだ。いっそすぐに捕まって殺されたほうが楽なのかもしれない。

 だからもう、誰かに怪しまれたら何もかも白状しようと思った。

 

「……」

 

 なのに、その機会を得ることなくコンビニに到着する。

 そこからの動きは体が覚えていた。気だるそうに佇む店員の死角を歩き、非常誘導灯の頼りない明かりを利用して買い物かごの嵩を増やしていった。

 冷凍食品を手に取り、かごに入れる。菓子パンと惣菜パンを入れる。重い牛乳パックは食品コーナーを離れる直前に入れて、次は生活用品の補充をする。

 いざレジへと進もうとしたとき、ふとかごに入れた生理用品が目に止まる。

 そのときだった。

 命の危険とは全く別ベクトルの恐怖が私を貫いた。

 そうだ、自分はもう女の体なのだ。もし自分の正体に気づく吸血鬼がいて、それが男性だったとしたらどうなるだろう。ただ死ぬよりもっとひどい目に遭う可能性に気づき、体の芯が冷えていく。

 足が止まる。

 恐る恐るレジの店員の風貌を盗み見た。若い男性の吸血鬼だ。おそらく前にも会ったことがある。

 途端にレジで待つコンビニの店員がひどく恐ろしい化け物に見えた。吸血鬼であるだけでなく、男性である以上に、もっと危険で致命的な怪物に映った。

 かごを持つ手に汗が滲む。買い物をやめて餓死する選択肢と、気付かれない可能性に賭ける選択肢で天秤が揺れる。

 一秒、二秒とそのまま時間が流れていった。

 無意識に口元へ手を当てる。最低限、私はマスクをしているらしい。顔を隠していても気休めにしかならないかもしれないが。

 九秒、十秒。意を決して足を進めた。

 

「いらっしゃいませー」

 

 間延びした声を聞きながら店員と目が合わないよう視線を落とす。バーコードの読み取りがはやく終わることを祈り続けた。機械の出す音が時限爆弾のアラームのように聞こえた。

 やがてアラームが途切れて、もう終わったかと視線を上げると店員が生理用品を見ていることに気づく。

 あっと声を出しそうになる。前に袋を別にするか聞かれたじゃないか。返事をしないで済むようあれは食料品と別々に買おうと決めたじゃないか。

 店員は次に私の顔を見てきた。口を開く気配がする。

 ピッ。

 

「5986円になります」

 

「え……」

 

 生理用品のバーコードを読み取らせた店員の手は、そのまま他の商品と一緒にビニール袋へまとめる。

 そうして私は一言も言葉を交わすことなく買い物を終えられた。

 私の態度から怯えを察したのだろうか。彼のさりげない気遣いに気づいて、帰り道で静かに感謝した。

 

 

 帰宅して食事を終えてしばらくは放心状態だったかもしれない。恐怖の象徴に気遣われた事実をどう消化したらいいかわからないでいた。ただこのとき私の気分は少しずつ上を向いていたのだろう。私はおよそ一週間ぶりにパソコンの電源を付けて、デスコを開こうとする。

 目に飛び込んでくるのはダイレクトメッセージを示すアイコン。送信元はマネージャーとサリス・ヒューマンのふたり。

 長い音信不通を怒られてるんじゃないかと戦々恐々になりながらマネージャーのメッセージを確認すれば、なんと体調を気遣う文章から始まっている。

 

『このところ気温の安定しない日が続いておりますが、体調など崩されてはいないでしょうか』

 

 それから私生活のほうで忙しいだけならば問題ないと続く。終始物腰の柔らかい文面だ。

 

『もし先日の収益化をプレッシャーに感じていましたら、よければ一度お話しませんか。たとえ些細なことでも話すことで気が楽になると思います』

 

 私はひとつのファイルに気付いた。チャット画面に貼られていた。

 内容は私がプリズム三期生のオーディションで送ったエントリーシートだ。

 中にはきっと私が書いた志望動機などが載っているはずだ。あのときなんて書いただろう。

 

『つるぎさんは以前、人狼を名乗られていましたね。デビュー時は犬耳系Vtuberという設定でしたが、最初のプロフィールはすべて運営の方で用意した設定です。もしこれにやりにくさを感じていましたらすべて刷新していただいても構いません。つるぎさん自身で一から乾家つるぎを作っていいのですよ』

 

 そのためにエントリーシートを貼ったのだという。もっともっと私の自由にしていいのだと、やりたいようにしていいのだと。

 私の関心はすっかりエントリーシートの内容に釘付けだった。

 この世界に生まれた黒川京子が、Vtuberを目指した理由は前世の夢を叶えたかったことである。実現寸前まで至った夢を失った悲しみと怒りに突き動かされたまま行動したように思う。だからVtuberになったあとで活動にあまり喜びを見いだせずつらい思いばかりしてきた。

 だけどこのシートに書いてある動機は全く別物だ。これは黒川京子の志望動機ではない。

 

「自分が面白いと思うものを発信し、たくさんの人々と楽しめるVtuberになりたい……」

 

 前世の自分がVtuberを夢見た動機。これは魂へ最初に焼き付いた想いだ。

 自分が面白いと思うもの。それは本当に心から面白いと感じたものなら何でもいい。ゲームでも漫画でも、誰かとの他愛もない雑談や遊びでもいい。自分が抱いた楽しさをプロデュースして、リスナーたちを楽しさに巻き込んでゆく。紹介動画、プレイ実況、リスナー参加型企画、コラボと方法はなんでもある。

 もし本当にやれたら、どんなに楽しいのだろう。

 こんどこそ乾家つるぎをそんなVtuberにしよう。もう一度スタートをしよう。

 私の夢は叶ったのではなく、まだ叶えている途中なのだから。

 この世界は吸血鬼だらけの変な世界だけども、そんなことに夢を邪魔されたくない。何より彼らはリスナーなのだから敵じゃなくて仲間と思うべきなのだ。

 

「この世界でどこまでやっていけるかわからないけど……」

 

 たとえ途中で正体がバレて活動できなくなったとしてもいい。その瞬間まで私は夢を叶え続けるのだ。

 黒川京子はそのために転生した。そういうことにしよう、たったいま決めた。

 

「そのためにはまず二人に謝らなきゃ……!」

 

 時刻は正午を過ぎたところ。吸血鬼にとっては深夜も深夜という時間だがそんなの関係ない。いますぐダイレクトメッセージを返信してしまおう。

 どうせいつまで生きていられるかわからない身なのだ。

 後悔しないようつねに全力で走り続けてやろう。




主人公がようやくVtuberを目指す動機を再確認。
次回からコラボなどが始まります。

年末年始は投稿間隔や投稿時間がかなりバラつくと思いますがご容赦ください。
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