吸血鬼世界のVtuber   作:縫畑

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16話 人間系Vtuber

『どうしたの? ちょっと疲れてる?』

 

 デスコの通話を利用したコラボの打ち合わせで、開始早々にヒュー子からそう指摘された私はきっとわかりやすいくらいに落ち込んでいたのだろう。鉛のような気分という使い古された表現がこれ以上ないほどにぴったりだ。心がずーんと重くなってしまって、何を考えようにも後ろ髪引かれるような気分と後ろめたさがある。

 

「うん、ちょっとね……」

 

 私は素直に理由を口にした。マネージャーから連絡があったこと。配信内での個人情報の扱いに留意するよう言われたこと。真祖という身分が特殊であること。

 すべてを話し終えるまで彼女は相槌をはさみながらじっと聞いて、最後に大変だねと言ってくれた。

 

『本当に大変ね。普通ならクレカの話くらいって思っちゃうけど、真祖だと気を付けなきゃいけないのね……』

 

 この件はコラボする相手と共有したほうがいいとも伝えられている。個人情報に関する話を振られないようにするためだ。

 それから話題はコラボでプレイ予定のホラーゲームの話に移り、そして雑談へと変わってゆく。好きな漫画の話では私の好みが男っぽいことを意外だと言われた。最近はエゴサしているときにもよく見る意見だった。

 

『そういえば、さっきの話に戻るんだけど……』

 

 言いにくいなら全然言わなくていいんだけど、と前置きが追加されて。

 

『つるぎちゃんって一応成人してるのよね?』

 

「してるよ」

 

 見た目はどこからどうみても十代半ばだがこれでも成人と認定されている。酒類を買おうとすると間違いなく年齢確認されるため転生した後は飲酒も喫煙もしてないが。

 ヒュー子はどうなのかと聞いてみれば、彼女も成人しているらしい。大学卒業して社会人二年目だそうだ。前世と比べれば年下だが、現在の私からすればきっと年上である。

 

「仕事に慣れてきてちょっと余裕ができてくる頃だね」

 

『そうそう。よくわかるね』

 

 どうして生まれたばかりの真祖なのにそんなことわかるんだなどと聞かれるようなことはない。真祖は生まれながらに一定の知識を持っていて、そしてそれぞれ偏りがあるものというのが事実として吸血鬼のあいだに浸透している。ゆえに私が学生生活や社会人に多少詳しくてもおかしくはないのだ。実際は前世で経験したからなのだが、素のままに話してても不自然にならないのは大変に助かる。

 

『社会人になると急に友達と遊ぶ時間がなくなって……Vtuberにハマっていったのはその頃かしら』

 

 急に仕事で忙しくなって新しい環境の人間関係に振り回された。社会に出たときはは悲喜こもごもだったが、大学時代の縁が細くなったのを実感して寂しくなったと彼女は言う。自分もその感覚はよく覚えている。

 まさか吸血鬼に親近感を抱く日が来るとは思わなかった。私は彼らがもっと人間とはかけ離れた生き物だと思っていた。

 

『Vtuberを目指したのは……面白そうだと思ったのと、もしかしたら寂しさを埋めたかったのかもしれない』

 

 彼らも人間と同じように悩んで、同じように選択する。ホラーを怖がり、コメディで笑い、悲劇に涙する。

 考えてみれば当たり前なことだろう。私はこの世界で彼らの生んできた娯楽を普通に楽しんできたじゃないか。それこそが吸血鬼と人間が同じ感性を持っていることの証左である。

 

「人間系のVtuberにしようと思ったのはなんで?」

 

 それは我ながら突っ込んだ質問だった。緊張を悟られないよう努めたし、その甲斐あってか彼女はなにも違和感を抱くことはなかったと思う。

 

『……本当にいたらロマンがあるかなと思って』

 

 彼女の声色には小さな恥ずかしさが籠もっているように聞こえた。

 

「ロマン?」

 

『そうよ、ロマン。何百年も前にいなくなったものがもし生きてたら、なんだか面白そうじゃない?』

 

 そっかぁ、なんて感想しか出てこない。吸血鬼にとって人間はいたら面白そうという程度の存在だったのか。自分があれほど正体がバレることに怯えていたのがバカバカしくなってきそうだ。

 聞けば年末の番組では人間が現代も生きているかのような目撃情報や痕跡が取り上げられるんだとか。まるきりUMA扱いである。それだけ人間の生存は彼らにとって非現実的なことなのだろう。

 

『もし人間がいまも生きていたら、少しインタビューしたいかもね』

 

「人間アピールするネタのために?」

 

 そうそう、と彼女は嬉しそうに笑う。

 話していてわかる。きっとヒュー子は吸血鬼のなかでも普通の感性を持っている子だ。彼女の認識はそのまま世間一般の吸血鬼の認識と捉えていい。利用するようで少し申し訳なくなるけれど、これからは彼女の人間アピールのネタ出しに付き合っていこう。その過程で吸血鬼に怪しまれない振る舞いかたが見えてくると思うから。

 

『ああ、でも恨まれてたらどうしよう』

 

 不意に気付いた様子で彼女が言い出す。私は何のことかと考えて首をひねる。人間が吸血鬼に怯える理由こそあっても恨む理由はあっただろうか。なにせ数百年も前に滅びた種族である。

 

「もしかして……吸血鬼に滅ぼされたから?」

 

『そうそう。ご先祖様の仇、なんて恨まれたりしないかしら』

 

 それは大丈夫だと私が保証しよう。心のなかでこっそりと。

 

「案外友だちになれるかもしれないよ?」

 

『いいわね。なれたらきっと面白いわ』

 

 決めた。

 私はこの子と友達になろう。きっと楽しいはずだから。

 椅子に座ったまま伸びをして、強張った背中や首の筋肉をほぐす。時計を見ればもうじき吸血鬼にとって遅い時間になるころだ。打ち合わせは充分にできたからそろそろ通話を終えるとしよう。

 そうやって通話を切ることを伝えるべく口を開いた矢先のことだった。

 

『友達で思い出したんだけど』

 

 私は口を開けたまま動きを止め、沈黙で続きを促す。

 

『つるぎちゃんと遊んでみたいっていう子がいるの』

 

「どういう子……?」

 

『リジアっていう名前なんだけどね』

 

 リジア・ナプリス。

 それはもうひとりの三期生の名前だった。




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