吸血鬼世界のVtuber   作:縫畑

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21話 オフ1

 地下鉄の改札前にキャスターバッグと並んで立つと、いよいよつるぎちゃんと会えるんだという実感が湧いてきた。

 推しアーティストのライブは大いに楽しんだけれど、終わりが近づくにつれてだんだんと頭のなかで彼女の存在が大きくなって集中できなくなったと思う。あたしは自分が考えていた以上に彼女と会うことを楽しみにしていたらしい。

 スマホカバーの鏡でメイクを確認するけどもうこれで三回目だ。どこも変なところはないしライブの後に一度着替えたから汗臭さもないはず。カバーを閉じて瞼も閉じて深呼吸した。

 突然の通知音でびっくりすると、つるぎちゃんからレインが来ていた。

 

『いま駅についたよ。南口改札まで歩いてる』

 

 やばい。もう会える。もう会えてしまう。

 余計にどきどきが大きくなった。Vtuberを始めて誰かとオフで会うのはこれが初めてだけど、それだけが理由じゃない気がする。

 待ち合わせにした駅が彼女の最寄り駅だと聞いたとき、良い場所に住んでるなと思った。けどよく考えてみれば彼女は真祖で都の用意したマンションに住んでるわけだから彼女が選んだ土地じゃない。まあいい、いまのあたしには彼女が徒歩で来るってわかるだけで充分だ。

 地下街を歩いてくるのかそれとも地上から階段で降りてくるのか、どっちだろう。

 あたしは改札前の柱を背にして行き交う人々を眺めながら待つことにした。そのうち人の波のなかからつるぎちゃんが出てくるはずだ。

 そのときだった。

 世界に波紋が生まれた。

 ひとつ、静かな水面を想像してみてほしい。すべてが水びたしになっていて、人々も腰ほどの高さまで浸かっていて、ただし誰も身動きをとらないから水面は鏡のように静止してる、そんな世界。そこでただ一人だけがばしゃばしゃと水を叩いたらどうなるだろう。

 きっとみんなその子を注目するに違いない。誰かと話をしてる人も仕事中の人も一度は視線を向けざるを得ないような、周囲からくっきりと浮いた存在感。

 その波紋を作る子はひとりの女の子だった。中高生ほどの歳で、さらさらの黒髪を肩まで真っ直ぐに伸ばしていて、タイツと長袖で肌を隠しているガーリーコーデ。

 女の子は地下街を壁伝いに歩いていた。何故かライト機能で点灯させたスマホを覗き込むように俯いてるから、周りの人にちらちら見られてることに気付いてない。

 なんだかちぐはぐな子だなとあたしは思った。縮こまって目立たないように歩いているのにどうしようもなく目立ってるのだ。

 

「……あ」

 

 彼女の格好にはどこか覚えがあった。服とスマホカバーがどれも事前に聞いていた通りの色だ。すると彼女があたしの待ち人なんだ。

 そう思うと途端に胸の内からガスのようなものが吹き上げた。それは感情だった。なんだかよくわからない、名前のつけられない感情。

 彼女をちらちらと伺う周囲の吸血鬼たちに無性に腹が立って、その子はあたしのなんだぞと主張したくなる。あたしはきっと大胆になっていた。だからレインに文字を打ち込んでから大きく手を上げて振ってやった。

 

「見つけた、いま手を振ってるよ」

 

 すると例の子が動きを止めた。スマホを見たあと周囲を伺うからあたしはもっと大きく手を振ってあげる。

 周りをぐるりと見回す彼女の顔がこちらに向いたとき、これで気付いてもらえたと思った。なのに彼女の顔はそのままあらぬ方向へ流れていった。

 

「え……」

 

 かなり大きく手を振ってるのに見えなかった?

 確かに周りに人は多いけど、20mも離れていないような距離で?

 彼女はライトのついたスマホを持ちながらゆっくり壁際を離れる。少しずつ近づいてきてるけどこちらには気付かずおどおどした様子で周りを伺ってる。

 あ、と気付いた。もしかして人混みが苦手なんじゃないか。

 ここは複数の路線が交差する大きめの駅で、しかも祝日。人通りが多いしあたし以外にも待ち合わせしてるような人はたくさんいる。そんなところに生まれて1年も経ってない真祖が、さらに普段はずっと家にいるという子が立ったらどうか。

 怖いに決まってる、そんなの。

 

「京子ちゃん?」

 

 キャスターバッグを引きながら近づいて名前を呼んであげると、その子は弾かれたようにあたしへ向いた。

 

「ヒュー……。笹川、梨沙さん……?」

「うん」

 

 事前に伝えた本名が呼ばれる。これでもう確定だ。

 つるぎちゃんの安心した表情を見たらさっきのことなんてすべて吹き飛んでしまって、むしろこれを他の誰にも見せたくなくて、さっそく歩きだすことにした。

 

 

 二人で予定した食事の時間まで適当な店を見て回ることになった。地下街は人が多いから地上へ出て駅から離れる方向に歩く。つるぎちゃんはそのあいだずっと私からはぐれないようにぴったり真横を歩いていたし、ときどきスマホで地図を見てもいた。迷子になりやすいんだろうか。

 

「正直もっと大きいと思ってた」

 

 道すがらそういうと、つるぎちゃんはたちまち口を尖らせる。初対面でいきなり言うことじゃないと思うけど、緊張してるはずだから努めて普段の調子で話しかけようと思ったのだ。

 

「こう見えてちゃんと成人してるから」

「うん、知ってる」

 

 いわゆる合法ロリという言葉がよぎったけどさすがにロリって見た目じゃない。ただお酒やタバコを買おうとしたら間違いなく待ったが掛かると思う、そんな幼さだ。前に飲まないし吸わないと聞いたことがあるけどもしかしたらそのへんが理由なんじゃないかな。

 飲食店の前を通るときは食べ物、アパレルの前では服の話、それ以外では普段の出来事とかを話しながら歩く。初めてオフで会ったVtuberの友達といるのは楽しい。楽しいけど、道ですれ違う色んな人が彼女に目を向けるからこの子はあたしのだぞってオーラを出すのは忙しかった。

 オフのつるぎちゃんは人への警戒心が強いくせにどこか無防備で、うっかり目を離すとすぐ攫われてしまいそうで、しかも話してるときは私の方を向いてるけど微妙に目が合わない子だ。人とのコミュニケーションに慣れてない感じが野生の小動物みたいで可愛らしい。デスコで話してるときだと全然しっかりしてるんだけども。

 

「その服すごく似合ってるよね。どこで買ったの?」

「これは……ネットでちょこちょこ、と」

 

 服を褒めるとくすぐったそうにしながら歯切れ悪く答える。自分がどこのメーカーで買ったか覚えてないそうだ。でも私はリジアちゃんからつるぎちゃんの服を選んであげたってリークされてたから知ってる。

 たくさん褒めてみると顔を背けるしだんだんと返事が途切れがちになったから、褒められ慣れてないんだとすぐに察した。顔を背けたときの、襟から覗く首筋がやけに可愛らしい。

 危うい子だ。

 こんなに可愛い子が実は真祖で世間知らずで無防備だと知ったら世の狼たちは絶対に放っておかない。

 

「京子ちゃんってあまり外には出ないのかしら」

「そう、だね……。ほとんど家にいるよ」

「いつも家にいると飽きたりしない?」

 

 返事が完全に途切れる。

 これはまずったなと思った。一生懸命言い訳を探す表情が見えて家にいなきゃいけない事情があるんだとと悟る。どんな事情かわからないけど、もしかしたら真祖はいろいろと複雑なのかもしれない。そしてあたしはまだそれを言えるほど親しい相手ではないということだ。

 少し残念だけど、しょうがない。

 それからあたしは普段は家でどんなことをしてるかを聞いた。好きな漫画や映画の話とかゲームの話もたくさんした。

 ときどき邪魔そうにキャリーバッグを引くあたしのことを気にかけてくれて、もうつるぎちゃんへの好感度はうなぎのぼりだった。

 

「今日はずいぶん人が多いね。ここっていつもこうなの?」

「わかんない。いつもこっちまで来ないから……」

 

 あたしたちは大きなスクランブル交差点に差し掛かる。向かい側を見ればびっくりするほど人がたくさんいた。祝日だから近くで何かイベントをやってるんだろうか、キャリーバッグを引きながら渡るのは大変そうでため息が出る。

 歩行者信号が青に変わった。バッグをぶつけないよう歩行に集中した。

 たぶんそれがいけなかったのだ。

 あたしたちは人の流れにのまれて、はぐれてしまった。


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