吸血鬼世界のVtuber   作:縫畑

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あとがきにお知らせがあります。


22話 オフ2

 はぐれてしまった原因はふたつ。

 靴ずれで足が痛かったこと。

 思えば転生してから靴を履く機会なんてほとんど買い物のときだけで、それなのに新しい靴を買ったものだから靴ずれをしても不思議ではなかった。実際に店で履いて確かめたならともかく、通販でよく調べもせずに買ったせいだ。

 そして、暗くて周りが見えなかったこと。

 吸血鬼が主として活動する時間帯は深夜で夜目の利く彼らには照明なんて必要ない。せいぜい信号機のランプが例外になる程度だが、この世界のそれは前世よりぼんやりと薄暗くて、とても頼りにできる光源ではなかった。だから私は全神経を集中させてヒュー子から離れないように歩いていたのだ。

 だけど長いスクランブル交差点を渡るとき、足の痛みでほんの僅かなあいだ周囲から意識が外れる。

 しまったと思ったときにはもう遅い。

 直後、どんと鈍い衝撃が体を襲った。たたらを踏みながら踏ん張り、誰かとぶつかったことを理解したときにはもうだめだった。

 私は一瞬で方向を失い、暗い孤独の世界に突き落とされてしまった。

 

「うそ……」

 

 はぐれないようにしていたヒュー子が見つからない。来た方向も進むべき方向もわからない。慌てて周りを見回したって夜中で何も見えやしない。

 むしろ薄暗い信号機に照らされて蠢く人々のシルエットが、もう怪物かなにかにしか見えない。

 いや、本当に怪物なんだ。だって彼らはみんな吸血鬼なのだから。

 私はいま、夜闇のなか吸血鬼の群れの中心に放り出されているのだ。

 そうと理解したら寒気が足の先から染み込んできた。靴ずれの痛みなんて押しのけて、じわじわと寒さが体に浸透してくる。その寒さとはつまり、恐怖だ。私は交差点の真ん中で恐怖に囚われ動けなくなってしまった。

 

「……、……」

 

 ヒュー子の名前を呼ぼうとしたのに、カチカチと震える音しか出せない。指先がばかになってしまってスマホのライトを付けることもできない。

 全身が冷や汗でじっとりと滲む。心臓が痛いほどに激しく鼓動を刻む。

 私はすっかりだめになってしまった。

 人混みで一人になっただけで震えてしまうのだから、この世界で生きていくなんてとてもじゃないけど無理だと思い知らされてしまった。

 もういやだ。

 すべて夢であってほしい。

 気がつけばベッドの上にいて、最悪な夢だったと言わせてほしい。

 いっそ転生なんて何もかもなかったことにして、いつかのホスピスまで戻らせてほしい。いまなら何も望まずにじっと静かな苦痛と死を受け入れられるはずだから。

 けど、車のクラクションが現実逃避を切り裂く。

 

「……っ!」

 

 慌てて顔を上げる。歩行者信号が赤かった。自動車用の信号は青かった。交差点の歩行者はもうどこにもいなくて、車のエンジン音とクラクションばかりが聞こえる。

 私は半狂乱になって歩道に駆け込んだ。

 駆け込んで、植え込みのところでしゃがみこんでしまった。

 頬が熱いものに濡れて呼吸が痙攣しだす。もうプライドや尊厳の何もかもが地に落ちたような気がした。私のどこかにはまだ20代の男というプライドがあったんだ。それが暗闇で一人になっただけで泣き出した『いまの私』の弱さを認められなくて叫んでる。こんなの俺じゃない、なにかの間違いだって暴れまわってる。彼が何かを殴るたび、壊すたび、私の心が血を流すのだ。

 

 

 ◆

 

「えっと……、もう大丈夫?」

 

 喫茶店の一番奥、対面に座ったヒュー子の言葉に頷いた。

 交差点の隅で泣き出した私は、鳴り出したスマホへすぐに縋り付いた。通話先のヒュー子はすっかり驚いて、私を見つけてくれるまでずっと通話を繋いでくれた。

 いま私たちがいる店は、私が落ち着けるようにとヒュー子が手を引いて連れてきてくれたところである。

 

「……急に泣いちゃってごめんね」

「ううん、それはいいのよ。むしろ無理させちゃった?」

 

 気遣う声色に首を振って答える。彼女は何も悪くない。ただ私に重大な欠陥があっただけなのだ。

 

「一応理由があるんだけど、聞いてくれる?」

 

 醜態を見せてしまったからには説明しないわけにいかないだろう。

 とはいえすべてを説明するわけにもいかず、私は生まれながら原因不明の病気により暗いところが見えないと伝えた。

 助けてくれた彼女を騙すことに心がちくりと痛んで、ここに至るまで散々自分で傷ついてきたのにまだ痛みを感じられたのかと我ながら驚く。

 こんな嘘を信じてくれるかどうかはわからないが、それで自分が人間だと怪しまれたりしない自信はある。なにせ吸血鬼の常識では人間なんて数百年も前に絶滅していなくなった生物だ。同族のフリして現代社会に紛れてるなど考えもしないだろう。これはきっと前世の世界で吸血鬼が人間のフリして社会に紛れ込んでるなどと誰も考えないのと同じレベルの話だ。存在したらいいなとロマンを抱いたり創作に登場させることはあっても、目の前の人が本当は吸血鬼じゃないかと本当に疑ったりはしない。

 そして私が暗いところが見えない話も、信じる信じないは別にして、それを押し通されたら彼女は受け入れざるを得ないだろうと踏んだ。

 

「そう、なのね……」

 

 息を呑んだ表情から重々しい相槌が返ってくる。

 意外にも信じてもらえているらしい。さっきの出来事や、それまでで彼女に心当たりがあったのかもしれない。

 

「いまあたしの顔見える……?」

 

 問いに首を振ってみせる。

 吸血鬼用に作られた喫茶店に照明などない。せいぜいが非常口を示すランプだがそれは遠いところにあった。

 

「ほとんど外に出ないのは目が見えないせいなの?」

「うん」

「じゃあどうして今日は……ううん、ごめんね。なんでもない」

 

 予想外のトラブルが起きてしまったが、私は今回ヒュー子に会おうとした理由は単純な興味のほかに、彼女を味方に付けたかったのがある。

 今後もVtuberとして活動していくに当たって、全く外出しないというのは無理だろう。プリズムの会社に行くことがあるかもしれないし、どこかに集まって収録することもあるかもしれない。そのとき私の事情をある程度知っている人がいれば都合がいい。

 そう。私はこの世界で初めてできた友達を打算で利用しようとしている。

 

「このこと、あたし以外に知ってる人はいる?」

「ううん。ヒュー子ちゃんだけ」

「こら」

「あ、ごめん……」

 

 いけない。ごちゃごちゃ考えすぎたせいでうっかりVtuberの名前のほうで呼んでしまった。身バレを防ぐためにお互い本名で呼び合おうと事前に決めてたのに。

 心証を損なったかなと思いきや、意外にもくすりと笑い声がした。

 

「あーあ。それじゃ罰として、マネージャーにもいまのこと告白してもらおうかしら」

 

 いかにも私怒ってるフリしてますよと言わんばかりの声色である。

 

「真面目な話、全然見えないなら頼れる相手を増やしたほうがいいわ。マネージャーなら絶対に味方になってくれるから」

 

 それどころか真剣に私を気遣ってくれた。

 目頭が熱くなる。

 彼女への深い感謝と、騙している罪悪感が私の心を弱くしている。転生してからすっかり泣き虫になってしまって嫌になる。

 

「うん……、そうするね。ありがとう」

「もう、泣かないでよ。何かあったら手伝うから。何でも言ってね」

 

 それから私たちはしばらく話をして、暗いなかで食べるのは難しそうだからと夕食の予定を取りやめた。そのかわりに彼女は私のマンションの近くまで手を繋いで送ってくれた。そのあいだもたくさんの話をした気がする。お互いの住んでいる家のことや、くだらないことも。

 前世を含めた実年齢では私のほうが年上なのに、姉ができたようで妙な気分だった。

 

「本当にありがとう」

「いいわ。だって友達でしょう?」

 

 マンションの前で別れてオフを終える。

 様々なことがあって色々な思いをしたけれど、あとから思い返してみれば楽しい一日のような気がした。

 




たぶん一週間くらい更新をおやすみすると思います。
詳細は活動報告に記載します。
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