吸血鬼世界のVtuber   作:縫畑

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25話 ジ・エンド

 正午になるのを待ってから私は家を出る。目的はコンビニへの買い物だ。

 前にヒュー子と会いに深夜の屋外に出た経験は私に大きな勇気を与えてくれた。

 スマホのライト機能を使えば真昼間でも暗い地下通路は少しだけマシになる。気休め程度の明るさだが、この気休めこそがとても大事なのだ。

 そしてこのライト機能が本領を発揮するのはコンビニ店内だ。これがあれば商品棚をよく観察できるようになるのだ。店員は訝しむかもしれないが、文句つけてくることはないだろう。どうしてもっとはやくライト機能の活用に気づけなかったのかと思うけれど、目立たないことを最優先にしていた前の自分では思いついていても活用に踏み切れなかったかもしれない。

 いらっしゃいませ、とコンビニに入るなり店員の挨拶が飛んでくる。

 一番最初に進むのは食料品のコーナー。

 これまで非常灯の明かりを頼りにしながらぼんやりと浮かび上がる輪郭で当たりをつけて食材を掴み取るばかりだったが、ライトがあればきちんと商品を確認できる。

 改めて観察すると、吸血鬼世界のコンビニは弁当が棚で幾重にも並び、その上には多種多様な具を収められたおにぎりが整列。隣の棚にはサンドイッチと惣菜類の行列が作られている。更に隣を見れば今度はコンビニスイーツのコーナーで、プリンアラモードからエクレア、シュークリームなどがある。

 呆れるほどに前世の人間世界そっくりな品揃えだ。せいぜいドリンクコーナーに血液が売られているだけで、それ以外はレイアウト含めて何も変わらない。

 そのはずなのに、私はなぜだかスイーツの類に引力を感じた。

 

「……」

 

 じっと視線を注いでしまうのはクレープ。もちもち生地の生チョコクレープと書かれてある。

 前世の男だった私ならクレープなど一瞥して通り過ぎる程度のものだった。好きな菓子はもっぱらポテトチップスなどの塩分と炭水化物で作られるものだったし、甘いものなどスポーツドリンクかアイスくらいしかとらなかった。

 なのに、いまクレープに心惹かれている。

 きっと私は、転生したときからもう味覚が変わっていたのだ。

 いままでは暗いなか掴み取れたものをただ消費してきただけだったが、このように食べ物を俯瞰し選べるようになったことでようやく自覚しただけなのだ。

 私はこの変化がどういうものかわからない。男だった前世の自分が消えてきてるのか、いまの肉体に順応しているのか、それとも新しい黒川京子という存在が育ちつつあるのか。

 いつかわかる日がくるのかすらわからない。ただひとつわかるのは、私はこのまま生きていくしかないということのみ。私は黒川京子を辞めることはできないのだ。

 むんずとクレープを掴んで、買い物かごへ放り込む。いまはただこれが美味しいことを祈ろう。

 

 さて。

 そろそろ今回コンビニに来た目的と向き合わなくてはいけない。

 私は最凶激辛ジ・エンドというカップ焼きそばを買いに来たのだ。

 

「うわぁ……すごい色……」

 

 果たしてインスタントコーナーにそれはあった。

 全体を赤黒い炎でデコレーションし、中央には嗜虐心に満ちた表情の鬼だか悪魔だかが高笑いしているパッケージ。これ食べたら地獄だぞわかってるよなと全体で表現してくれている。ご丁寧に決して小さくない文字で、涙が出るほど辛いので小さなお子様や辛いものが苦手な方は十分注意して喫食してください、と注意書きまでしてある。何が起きても自己責任と言いたいらしい。

 私はこれを食べなきゃいけないのか。

 実のところ辛いものは得意じゃない。前世からそうだったし、転生したこの体では辛いものの刺激を強く感じるようになった気がする。だから最凶激辛ジ・エンドなんてものを食べたら死ぬ。間違いなく死ぬ。並の死に方じゃ済まない。

 まだ買ってもいないのに鼻がツンとしてきた。

 しかしこれも配信のため。エンターテイメントのため。

 私は涙を呑んでカップ焼きそばとともにレジに向かった。

 

 

【罰ゲーム】約束通り例のものを食べるよ【乾家つるぎ/プリズム】

 

「はぁ……」

 

 ため息助かる

 開幕から常にめっちゃ嫌そうで草

 クソテンション低くて逆に新鮮

 

 目の前には刺激的な湯気を昇らせる劇物。

 コメントでテンション低い低いとよく指摘されるが彼らにはちょっと想像してほしい。激辛焼きそばを食べるまでには当然それを作る過程が存在する。封を開け、かやくを入れ、湯を注ぐ。それは自分用の絞首台を作るのと何も変わらない。テンションなど下がって当然である。

 キッチンタイマーの音は死刑執行の宣告であったし、湯切りは13階段の登攀だ。ソースを混ぜる段に至っては縄を首に掛ける気分で泣きそう。というか湯気にソースの刺激が混ざって本当に出た。

 

 泣かないで

 美味しいよ!笑顔で食べよう!

 

「うう……」

 

 心理的なハードルが高すぎてついつい焼きそばから視線を反らしコメントばかり見てしまう。『ちゃんと血は用意した?』とあるが吸血鬼は血を飲むと辛さが和らぐのだろうか。ちなみに牛乳なら用意した。

 

「それじゃ、いきます!」

 

 目をぎゅっと瞑り、箸で摘んだ物体を口に運ぶ。

 

「……ん?」

 

 さっそくマグマの嵐が味覚を蹂躙してくるかと身構えていたのだが、意外にも真っ当な辛さの食べ物という感覚しかない。むしろ焼きそばの熱さのほうが気になるくらいだ。

 悲鳴を期待していたコメント欄が私のリアクションに困惑する。

 だが、地獄は遅れてやってきた。

 

「あ、待って待ってまっ、あ、あ」

 

 舌の上が熱い。炎がこびりついてとれない。

 

 きた!

 きちゃあああ

 

 焼きごてを押し付けられたような痛みが蔓延する。口内が炎で埋め尽くされて呼吸ができない。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あっ! う゛、げほ」

 

 口から火が出そうなんて使い古された表現が頭をよぎる。本当にそうであってくれと祈った。炎を吐き出して楽になりたい。この苦しみを取り除きたい。なのに現実はどんどん苦痛が体に染み込んできて、どれほど牛乳を流し込んでも一向に収まらない。

 パソコンデスクに雫が落ちる。それが汗だと気付いて、ようやく身を蝕む苦痛の正体が辛さだと実感した。

 

 

 ◆

 

【バーチャルTuber】乾家つるぎについて語るスレ11【プリズム3期生】

 

プリズム3期生の乾家つるぎについて語るスレ

・荒らしはスルーを強く推奨。反応すると喜ばせちゃうぞ

・次スレは>>950が立てること。立たない場合は>>970が立てること

 

276 名前:名無しさん@視聴中

悲鳴はかどる

 

277 名前:名無しさん@視聴中

めっちゃ悶絶したあと残りを見て「まだこれだけあるの……」って小さく呟いてたとこほんとすこ

 

278 名前:名無しさん@視聴中

これから歌の練習するってのに喉痛めそうな真似していいのか……

 

279 名前:名無しさん@視聴中

罰ゲームだから仕方ないね…

 

280 名前:名無しさん@視聴中

すげえ大変そうだったけど頑なに血を飲まなかったのはなんでだろう

 

282 名前:名無しさん@視聴中

飲んどけば多少楽になるのにね。

 

283 名前:名無しさん@視聴中

罰ゲームの苦痛を最大限に味わおうという芸人根性かもしれない

 

284 名前:名無しさん@視聴中

口に出さなかっただけで飲んでたんじゃねえの

 

287 名前:名無しさん@視聴中

これまで清楚売りしてたつるぎちゃんが激辛焼きそばかぁ

嬉しいような…複雑なような…

 

288 名前:名無しさん@視聴中

清楚売りしてたっけ?

あとアイドル担当なんて言うやついるけどなんでそうなったんだ

 

289 名前:名無しさん@視聴中

他の三期生が芸人気質とゲーマー気質だからあまったポジションを割り当てられただけだと思ってるけど

 

290 名前:名無しさん@視聴中

自分で下ネタ言うことはないし、下ネタ振られても絶対乗っからずにうまく流すから。

 

291 名前:名無しさん@視聴中

下ネタ言わないことがイコール清楚ってわけじゃないんだが

本人も清楚って言われたとき否定してたぞ

 

301 名前:名無しさん@視聴中

プリズム公式垢の告知?

 

302 名前:名無しさん@視聴中

時期的に四期生の募集じゃね

 

303 名前:名無しさん@視聴中

つるぎももう後輩ができるのかなぁ

 

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