「あー……」
強い脱力感に包まれベッドで仰向けに寝転がる。
胸の内を支配するのは自分の迂闊さを責める言葉ばかりだ。
「やっちゃった……」
それはもう、やっちゃいました。
別に炎上したわけではない。リスナーたちには微笑ましく思われている。
だが、富士山で初日の出というのは私にとって間違いなく失言だった。それをエゴサで理解した。
「山の上で朝になったら帰り道で死んじゃうじゃん……」
日の出も登山も、それぞれ単体だったなら問題はなかったのだ。しかし組み合わせが問題だった。それをSNSで指摘されている。
「大丈夫だよね……?」
恐る恐る『乾家つるぎ 人間』で検索してみる。大丈夫だ、両者を結びつける意見はまだないみたいだ。
Vtuber事務所プリズム所属の乾家つるぎ。それを演じるのは黒川京子という者である。
黒川京子にはいくつかの秘密があった。
ひとつは、この世界でたったひとりの人間であること。
自分以外のすべてのひとが吸血鬼であるのだから秘密にする理由はわかるだろう。
万が一人間だとバレたら良くて実験動物。悪ければそこらの吸血鬼に襲われ血を吸い尽くされて死ぬのだ。
人間だとバレないようにするのは、生存に絶対必要な条件だと思っている。
「あーもうほんと……泣きそう」
天井しか映さない両目に腕を押し当てた。
ギリギリのラインを気を付けていたつもりだっただけに、今回の失言はショックだった。
でも。
でもまだ、まだ大丈夫。
というのもこの世界の吸血鬼は日光で即死するわけじゃないから、後からフォローできないこともない。
この世界に最初の吸血鬼が現れたのは、もう数百年も昔のことらしい。それまでには自分と同じ人間がたくさん存在していて、私の知る歴史と同じように歩んできたらしい。
突如どこからともなく発生した吸血鬼は、瞬く間に仲間を増やして人間と争った。
やがて世界を巻き込む規模にまで発展したそれは、吸血鬼の勝利で終結する。
勝者は敗者を捕えて一箇所に押し込めた。効率よく血液を搾り取り、そして養殖するための人間牧場である。
しかし牧場は吸血鬼同士の戦争によって失われることとなる。
この世界において、人間とは数百年も前に絶滅した種族なのだ。
「だから吸血鬼たちは人間のことをほとんど知らない……」
恐るべき怪力と不死性を持つ生きものというのは昔の話。
人間の絶滅によって人間から血液を得られなくなった彼らは、著しく弱体化したらしい。
蝙蝠になれず霧にもなれず、そして大岩を持ち上げる力もなければほどほどの寿命で死ぬ。それはもう人間とほとんど変わらないじゃないか。
現代の吸血鬼と人間にはそれほどのギャップは存在しないのだ。
さらには人間に関する情報も繰り返された世代交代で大半が失われている。
だから。
だからまだ大丈夫。
「大丈夫、大丈夫……気づかれたりしない」
ぱん、と気合を入れようと両頬を張る。意外に力が籠もってヒリヒリした。
「気を取り直して夕ご飯の材料買ってこよっと」
そして私、黒川京子のもう一つの秘密とは。
前世の記憶を持って生まれた転生者であることだ。
◆
いくらか日を置いて枠をとった、ゲーム実況配信。
私はホラーゲームをプレイしている。
「ふふん。私にかかればこんなもんだよ」
あちこち壁に穴の空いた廃墟を突き進む。
吸血鬼向けに作られたホラーゲームは、やはりシチュエーションが深夜じゃなくて真昼間になっている。
全体的に明るく眩しく、ところどころ白飛びしている背景。
崩れた壁や天井からは光が差し込み、キャラクターは日差しを避けながら探索しなくてはいけない。
それなのにカメラの死角や物陰、壁の穴などから異形の化け物が襲いかかる。そんなゲームだ。
おわかりいただけただろうか。
このゲーム、人間には全く怖くないのである。
日光が致死毒である吸血鬼にとっては、崩れたコンクリートの隙間から漏れ出る光はまさに恐怖を煽る演出だろう。
実際コメントに目を向ければ雰囲気を怖がる様子が散見された。
個人的には薄暗いセーフハウスとかのほうが怖いのだが。
「そうだよー。だから明るい雰囲気はわりと平気かな」
日の出とか見るの楽しいし、と付け加えておく。
前に初日の出で個人的な失言をした私は、自分の設定を決めてみたのだ。
あとから日の出見たい発言を否定するよりは『普通のデイウォーカーよりも日光に強い吸血鬼』という設定でいくほうが自然だろう。
ここで言うデイウォーカーとは日の下を歩ける吸血鬼という意味を表す。
具体的に何時間平気ならといった基準はなく、他人よりちょっと日に強い吸血鬼がなんとなく自称したり他称されたりする程度の言葉だ。
ゆえに私はデイウォーカーだという設定でいく。
「いいでしょー。おっかなくて耐久テストみたいなことはしたことないけどね」
画面のキャラクターが物陰から飛び出してきた化け物を避ける。
クリア難易度よりもホラーの雰囲気を重視して作っているゲームらしく、難しく感じる場面はほとんどない。
だから安心してコメントを拾うことができるし、自分の発言に注意しながら話すこともできるのだ。
「あ、初見さんいらっしゃい! 登録もありがとう、よろしくねー!」
「え、もうそんなにいってるの? 嬉しいね」
これで何回目の配信になるのだろう。配信をするたびにチャンネル登録者数が増えてゆく。
自分を見て評価してくれる人が増えるのは純粋に嬉しくて、ニヤけてしまうのを止められない。
もちろん事務所に所属してるから伸びやすいのは理解している。分をわきまえているつもりだ。
「…………」
ただ。
登録者や視聴者が増えるのはただ嬉しいだけではなくて。
この増えていく数字のなかで自分の正体に気づく者が出ないかつい考えてしまうけれど。
人気が出るほどリスクが高まるってどんな皮肉なんだろうか。
「え、コラボ?」
ひとつのコメントに暗い思考から意識を引き戻された。
「コラボ、コラボかぁ……」
ちょっと気が早くないかなと思うが、リスナーにとってはそうでもないらしい。
個人的にはまだまだソロ活動を続けていたいのだ。
先日の失言じゃないが、他のVtuberと絡むのはうっかりボロを出してしまいそうで怖い。
「まあそのうち……そのうちね」
その後、私はセーフハウスへ到達したところで配信を切る。
今回はうまく配信できたと胸を撫で下ろしながら、すぐにマネージャーへ恒例の終了報告を行うことにした。
「配信終わりました」
『お疲れさまでした、見ていましたよ。ホラーゲーム上手なんですね』
人間なら当たり前なんだけどな、と思いつつも1対1のチャットで褒められるとやはりこそばゆいものがある。雰囲気ゲーなら平気かもですねと無難に返しておいた。
『さくさくプレイとして人気が出るかもしれないですね。ところで今日はひとつ連絡がありまして』
どんな連絡だろうと首をかしげる。
少なくとも注意されるようなことをした覚えはない。良い連絡だといいのだが。
『プリズムでコラボ配信をしましょう』
「マジですか……」
感想ありがとうございます。
こういったジャンルが好きで始めたので、同じように好きと言ってもらえると本当に嬉しいですね。