吸血鬼世界のVtuber   作:縫畑

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30話 同期

 カラオケで何があったんだろう。

 同期三人の通話でカラオケのことを聞こうと思い、つるぎさんとヒュー子さんを誘ったらそれぞれからやんわりと、歯切れ悪い様子で断られてしまった。

 あれ、と首を傾げずにいられない。

 歌の練習に打ち込んでいるつるぎさんは応援していたし、彼女と住む地域が近いヒュー子さんが彼女を手伝おうとするのは心強かった。

 だから私は二人と遠く離れた九州で、一抹の寂しさとともにいつか三人で歌える未来を夢想していられた。

 それなのに。

 なんだかカラオケの日を境に二人の様子がおかしい。

 

「……ふぅ」

 

 デスコにログインと表示されているふたつの名前を見ながら席を立つ。なんとなく口が寂しくなって冷蔵庫に向かった。グラスへ豆乳を注ぐときまでも、どうしたって二人のことが頭から離れない。

 なんだか避けられているのは三人での通話だった。

 私とつるぎさん。私とヒュー子さん。それぞれ1対1の通話なら応じてくれる。普通に話もできる。

 ただカラオケでの出来事を聞くと二人とも極端に口数が減った。ヒュー子さんは終始言葉を濁していたし、つるぎさんのほうは服を選んであげた礼こそ言われたけどそれ以外はあまり話そうとしなかった。

 

「もしかして、喧嘩?」

 

 状況から考えるとありそうだけど、二人の仲を考えるとなさそう。それに本当に喧嘩だとしたら愚痴なり悪口なり言ってきそうなものだが、未だそういうのは一切ない。

 むしろ、お互いがお互いへの言及を避けている気がしてならない。

 グラスを持ち上げ、どろっとした液体を見つめる。微かに震える水面は私の心のようだった。

 大丈夫かな。

 あの二人のことが心配だ。

 

「もうすぐ3Dお披露目あるのに……」

 

 

 ◆

 

 軽率だった、と言わずにはいられない。

 ただし軽率な行動だったと反省するけれど、後悔しているかというと答えはノーだ。とはいえカラオケの日から3日経ったいま、事態の重さはきちんと受け止められている。

 私はベッドの上で丸めた掛け布団を抱き枕にした。カラオケでの一件から色々なことを考えすぎてしまって、もう考えることに疲れてしまった。

 まず、考えていたのはヒュー子のこと。

 彼女は私の出血に気付くなりすぐに襲いかかろうとした。幸いにも呼びかけですぐに正気を取り戻してくれたけれど、彼女自身が相当なショックを受けていたのは表情でわかった。

 昨日のリジアとの通話でひとつ質問したことがある。吸血鬼は動物に直接口をつけて血を飲んだりするのかと。答えは否だった。それは乳牛から直接牛乳を飲むようなものだと言われた。不衛生だと思う、とも。

 それならあのときのことはヒュー子にとっても異常な行動だったのだ。ショックを受けても仕方ない。

 きっとヒュー子はそのうち私の正体に気付くだろう。もしまだ気付いてないとしても、私が普通の吸血鬼でないことは必ず行き当たるはずだ。

 私は心のどこかですべて何もなかったことになって、前のように戻れるんじゃないかという願望を抱いていた。だから私から彼女に接触することで、揺らいでいる関係性に変化を決定付けてしまうことを怖れた。だからリジアから三人での通話に誘われても頷くことができなかった。

 そしてヒュー子以外にもうひとつ考えたのは、吸血鬼を屋外に引っ張り出してしまったこと。

 予想ついていたことだがこれは犯罪だった。吸血鬼は日光を浴び続けると死んでしまうのだから当然の話である。

 地上通路でヒュー子が去ったあと目を閉じて、再び目を開けると私は制服の警官に囲まれていた。なんでも監視カメラで事件に気付いたらしい。

 幸運なのは厳重注意だけで済んだことだ。カメラで一部始終を見ていたのだろう、まず彼らは私を逮捕でなくて保護をして、それから事情聴取してきた。私が発生後1年経ってない真祖であるのを知るととても難しい表情で頭を抱えて、説教だけに留めてくれた。

 結果的に処分は注意だけで済んだが私は大いに反省した。場合によってはヒュー子やプリズムに連絡が行ったかもしれないのだ。前者は彼女に迷惑がかかるし、後者は迷惑どころかVtuberの契約が危うくなったかもしれなかった。

 だからこうして、カラオケの日から3日経ったいまでも私はベッドの上でぐずぐずしている。

 

「うー……」

 

 抱き枕にしがみついたままごろごろしてみた。

 このまま植物になりたい。

 植物になってしまえば血を吸われることなんて心配しなくて済むのに。

 植物って樹液吸われると辛いんだろうか。そんなこと考えていたらなんだか吸血鬼がカブトムシみたいに思えてくすっとしてしまって、少しだけ気分が楽になった。

 

 

 たっぷり時間を掛けて気分を引き上げてからパソコンを起動しにいく。

 デスコを開くとヒュー子はログインしていた。とはいえ何を言えばいいかわからないので気にしないことにする。

 私は次にマネージャーとリジアから来ていたメッセージを確認する。すわ警察からプリズムに連絡が行ったのかと肝が冷えたが、マネージャーからの要件はヒュー子の3D配信用のコメントを考えておいてほしいというものだった。リジアの要件も同じで、一緒に考えようというものである。

 

「どうしようかな……」

 

 本当にどうすればいいんだろう。彼女を傷つけてしまった私は3Dモデルのお披露目という晴れ舞台でどうコメントすればいいんだろう。

 通路での彼女が走り出す寸前の、決壊寸前の涙顔を思い出す。お披露目の最中の彼女が、私のコメントでまたあのような表情になってしまったらどうしよう。

 いつの間にか私は祝いの言葉より辞退の言い訳を考え始めていた。

 何も言わず何も触れないままでいてあの日をなかったことにしたい。また彼女を傷つけたくない。心のなかで辞退する理由ばかり膨れ上がっていく。

 けれども、その後のリジアとの相談で辞退の考えを伝えたとき、彼女には珍しく力強い口調で否定された。

 

「だめ。それは絶対だめ」

「そ、そうかな」

 

 チャットで考えを伝えた直後に通話リクエストが来て、開いた瞬間にこれである。普通に呆気にとられてしまった。

 

「せっかくのお披露目なのにつるぎさんが何もコメントしないのはだめ」

「うん……」

 

 そんなにいけないことだろうか。同期のコメントが必要なだけならリジアがいる。必ずしも私である必要はないんじゃないかと思う。

 

「きっとヒュー子さんが寂しいと思う」

「そうかな」

 

 いまはそこに自信が持てないんだ。彼女がいま私のことをどう思ってるかもわからない。リジアに説明できないのがもどかしい。

 

「あと、リスナーたちだって心配すると思う」

「そうかもね……」

 

 それはプリズム的には問題かもしれない。やはり避けて通れないのだろうか。

 リスナーとプリズムのために当たり障りのない言葉を考えておくべき?

 

「なにより、いつか絶対につるぎさんが後悔すると思う」

「……」

 

 ひゅっと息を呑む。

 それは。

 もう絶句というしかなかった。

 いつか絶対に後悔すると、リジアの放った一言は私の心の一番奥のもっとも柔らかい部分を撃ち抜いた。

 その通りだ。正体がバレかけて彼女に辛そうな顔をさせた。でも、それで私が辛いのは彼女のことが好きだからなんだ。まだ大事な友達だと思っている。

 ようやくわかった。私は大事な友達を傷つけてしまったことに傷ついてたのだ。

 

「……私だって」

 

 そう、私だって。

 

「本当は祝いたいんだよ」

 

 彼女のことが好きだ。大事な友だちだから好きだ。彼女にとても救われてきたから好きなんだ。いつも感謝している。

 目標が叶っておめでとう。3D化おめでとう。いままでたくさん頑張ってきたね。努力が実ったね。そう言ってあげたい。

 

「本当は祝いたいんだ……」

「うん、大丈夫。わかってる」

 

 リジアは理由を聞かずに、ただ私の感情に寄り添ってくれる。

 彼女だって突然態度の変わった私達のことを知りたいはずだ。仲間はずれにも感じているかもしれない。それなのに、私達を想って言葉を尽くしてくれている。

 泣いてしまいそうだった。

 私はヒュー子だけでなくリジアにも救われている。

 

「いまどうしても苦しいなら、一緒に祝いの言葉を考えて贈ろう」

「……うん」

 

 視界が何も見えなくなって喉から嗚咽しか出せなくなっても、彼女はずっと通話でいて、寄り添い続けてくれた。

 




3D化はサリス・ヒューマンのほうが先です。乾家つるぎはその直後になるでしょう。

主人公が厳重注意だけで済んだ理由は一応色々あるんですが、書いても面白くできなかったのでばっさりカットしました。
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