吸血鬼世界のVtuber   作:縫畑

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31話 3D化配信1

 スタジオの準備が一段落したところで私はルームライトを部屋の隅に置いた。高さ30cmで幅15cmの円柱型の照明だ。我々吸血鬼には不要なものだが夜目の利かないペットには必要で、ペットショップで購入したものだった。

 もちろんスタジオにペットを入れるわけではなく、二週間後に配信を控えたプリズム三期生、乾家つるぎのために用意したのである。彼女のマネージャーを努める身としては当然の準備だった。

 

「渡良瀬さん、笹川さん見ませんでしたか?」

「彼女ならお手洗いに行くと言ってましたよ」

 

 同僚にそう答えると、ちょうど探し人が部屋に戻るタイミングだった。さっそく同僚が歩いていき、台本を見せながら最終確認を行う。

 なんだか手持ち無沙汰になってしまった私はそのままふたりを眺めることにした。これから3D化配信をするヒュー子さんとそのマネージャーである。ここに来てから彼女たちは常に忙しそうだった。再来週は私もそうなるのだろう。

 

「……?」

 

 ふと、打ち合わせ中のヒュー子さんと何度か目が合う。どこか窺うようなちらちらした視線だ。何か私に用事でもあるのだろうかと内心で首をかしげるが特に心当たりはない。思えば今日は会ったときからいつも似たような雰囲気だった気がする。

 

「緊張していますか?」

 

 だから彼女のマネージャーとの打ち合わせが終わるのを待って、話を振ってみることにした。

 するとどうだろう。どこか言い辛そうな、躊躇うような表情で私を見ながら口を開けたり閉じたりして、終いには「……いえ」と小さな返事をしてくるではないか。

 さあどうしたものかと腕組みしたくなる。私に用があるのはわかるのだが会話の糸口を掴めない。

 

「そうですか、それはよかった。もし何かありましたら遠慮なく言ってくださいね」

 

 とりあえずこれだけ言っておいてあとは彼女が何か言い出すのを待とう。そう結論付けて片付けでもしようと背を向ける。

 

「あのっ!」

 

 呼び止める声。振り向くと思い切った表情があった。

 

「あの、つるぎちゃん、あたしのこと何か言ってましたか……?」

「いいえ……?」

 

 彼女はそうですかと言ってマネージャーを追いかける。私は予想外の質問に固まってしまって質問の意図を聞けず、ただ背を見送るしかできなかった。

 

 

 3Dお披露目配信の段取りは前半がヒュー子さんのお披露目で、後半が3Dの体を生かしたゲームということになっている。それぞれ尺は1時間と30分で、後半のゲームのために既に3Dの体を持つ二期生たちが集められていた。

 

「がんばれー!」

「いつも通りで大丈夫だからね」

 

 配信開始直前、ステージのヒュー子さんに声をかけるのは彼女と交流のある二期生たちだ。後半でツイスターゲームなどをするために三人いて、三人ともヒュー子さんと交流のある人たちである。

 三期生で一番活動的な彼女は、デビュー後すぐから積極的にプリズム内Vtuberと交流を作っていた。初めにリジアさん、次に二期生と。なんと恒例の先輩後輩コラボ配信よりも前からいくつもコラボしてきたのだから驚きだ。

 その結果は数字に現れていて、現在彼女は三期生で一番登録者数が多く12万人。二番目がつるぎさんの11万人。そしてリジアさんが8万人となっている。3D化の順番はそのまま登録者数順と言っても過言ではない。

 

「大丈夫、大丈夫……」

 

 ヒュー子さんが自分に言い聞かせながらスタッフのタイムカウントを聞く。一度大きく手を振って、スクリーンのなかの3Dモデルも手を振ることを確かめていた。

 

「3、2、1、始まりまーす!」

「はーい、こんばんわー!」

 

 スタッフの合図に合わせた挨拶が飛ぶ。カメラの範囲を意識しながら手だけ映してみたり、髪だけ映してみたりとリスナーを焦らす凝った登場演出をしている。

 ステージ上のヒュー子さんから斜め向かいの位置が私達スタッフの立つ場所だった。彼女のマネージャーはスマホで配信画面を確認していて、映像班と音響班はディスプレイを見ながら忙しなく色々な操作をしていた。

 お披露目の前半一時間は主にリスナーとのやりとりがメインとなる。それが一通り済めば今度は歌。その次に交流のある人たちから届いた祝いのコメントを発表、後半に続く。再来週のつるぎさんの3D配信でも似たような流れになる予定だが、歌わないぶんだけ調整が入るだろう。まだまだ歌は練習中らしい。

 ステージ上でコメントの要望に合わせてポーズをとっている姿を眺めながら、私は彼女のマネージャーに声をかける。

 

「それではドリンクの準備してきますね」

「はい。よろしくお願いします」

 

 後半に行う3D化配信恒例の利きドリンク企画。準備をするのは私の役目だった。

 

 

 ◆

 

「うわぁ……」

 

 自室。机に座って見ていたヒュー子の3D化記念配信。3Dで悶える彼女の姿を見て私は目を覆いたくなった。

 

 草

 玉ねぎジュースってw

 スタッフ頑張って作ったんだろうなぁ

 

 プリズム恒例と言われる3D配信での利きドリンク企画。最初はコーラとか烏龍茶とかまともな種類ばかりだったが、青汁が出てきたあたりで嫌な予感してきて、ついにタバスコで撃沈する二期生を見せられてヤバい企画だと思い知らされた。

 こんなキワモノイベントだったとは思いもしなかった。

 いまは目隠しをしてるらしいヒュー子が紙コップ片手に口を抑えて蹲っていて、周りの先輩たちが一気飲みコールしてるという地獄のような状況だ。コップの中身が生玉ねぎの絞り汁だというのだから本当に地獄である。

 え、これ再来週私もやるの? 断れないの?

 

『もうゆるしてえ゛え゛え゛え゛!!』

『がんばれがんばれもう半分!』

『やだあ゛あ゛あ゛あ゛!!』

 

 好物なんやろ? 好物なんやろ?

 好きなもの用意してもらえてよかったね!

 

 なんか趣旨変わってきてるような気がする。バラエティ番組を見てる気分だ。

 なぜ玉ねぎジュースなのかと一度首を傾げたのだが、よく考えてみれば彼女は前に人間の好物は玉ねぎだと主張してたくさん食べる配信をしていた気がする。あれは玉ねぎの刺激で泣きながら刻むパートも含めてエンターテイメント性の高い配信だったが、まさかこんな形で玉ねぎが刺しにくるとは夢にも思わなかっただろう。

 企画やスタッフやコラボ相手に弄り弄られてリアクションを響かせるのは、いつものヒュー子の持ち味だった。ここだけ見ればカラオケの日の出来事なんて初めからなかったように思えてしまう。

 けれども私とリジアで祝いのメッセージを送ったとき、リアクションをするまで微かなラグがあった。本当に小さくて、きっと私しか気付かないラグ。あれはどこか、私への対応を決めかねてるような気がした。

 

「……」

 

 再来週の土曜日。私もプリズムのスタジオで3D配信を行う。

 そこでは今日のように既に3Dの体を持っている人たちが集められて、一緒に企画をして遊ぶ予定だと伝えられている。

 つまりその日、私は再びヒュー子と会うことになるのだ。

 




花粉症でダウンしてたら更新が遅れてしまいました。
あと数話で決着がつく予定です。
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