吸血鬼世界のVtuber   作:縫畑

36 / 36
36話 吸血鬼世界のVtuber

 男にとって金曜日の夕方は鬼門だった。なぜならその週にあったトラブルのしわ寄せが一気に来るタイミングなのである。

 ゆえに男はその日、推しのVtuberの配信があると知っていても残業せざるを得なかった。時計の針が進むごとに激しくなる焦りのオーラに同僚たちはさぞ神経を削られたことだろう。しかしそうと自覚していても抑えられないのが吸血鬼の性である。あるいは吸血鬼だけでなく、他の生き物もそうなのかもしれない。

 仕事が片付き次第、男がすぐに走り出したのは言うまでもなく、そのまま地下鉄の駅まで直行した。

 額の汗をシャツの袖で拭いながら駅のホームでやべ、と小さく声を漏らす。うっかり服を汚してしまったが今日はもう家に帰るだけだからまあいいだろう、そう思うことにした。

 電車が来るのを待つ時間は男へ想像以上の苦痛を強いた。何故ここまで走ってきたのに待ち時間で3分も浪費しないといけないのかと、電光掲示板を睨んでしまうは仕方のないことである。

 男にとって救いだったのは、どうやら配信時間にはギリギリ間に合いそうなことだった。このままスムーズに行けばもう走る必要はないだろうと脳が電卓片手にガッツポーズをする。なんとコンビニで弁当を買う時間まであるらしい。

 余裕を自覚した途端、男の頭には様々な雑念が湧いた。

 そういえば血液のストックが切れかかってたなとか、前にもこんな風に急いで帰ったことがあったなとか。そんな取るに足らない事ばかり思い浮かぶ。

 前に急いで帰ったときはいつ頃だっただろうか。たしか推しのVtuberがデビューして1ヶ月も経ってない頃だったはずだ。だとすればもう10ヶ月も前だということになる。

 轟音響かせながら電車がやってくるのを認め、身を滑り込ませる。座席がすべて埋まっているのを確認し、ドア脇の壁にもたれかかった。

 落ち着ける状況になるなり取り出すのはスマートフォンだ。

 

 

 乾家つるぎ tsurugi@prism

 

 【お泊り配信】罰ゲームつきミニゲーム大全【ヒュー子✕つるぎ/プリズム】

 

 今日の9時から開始するよ

 みんな来てね!

 

   .o164  2,119  5,772

 

 

 

 サリス・ヒューマン Saris_h@prism

 

 【お泊り配信】罰ゲームつきミニゲーム大全【ヒュー子✕つるぎ/プリズム】

 

 人狼女子に料理で完全敗北するなどのトラブルがありましたが

 9:00から予定通り開始します

 オイシカッタ...クヤシイ...

 

   .o256  3,753  5,912

 

 

 もう何度目かわからないほどに開いたSNSが示すのは、推しと推しによるお泊り配信の告知だ。

 Vtuberグループ『プリズム』の三期生、乾家つるぎ。そして同じく三期生のサリス・ヒューマン、通称ヒュー子。男にとってデビュー時から推し続けていた二人である。

 自然体のまま特別なことをせずともがっしりとリスナーの心を掴んでくる子と、様々な企画を考えて常にリスナーを楽しませようとしてくれる子。そんな彼女たちが好きになってしまったら、二人が仲良さそうにしているだけで言葉にし難い熱が間欠泉めいて吹き上げてくる。

 とはいえ彼女たちはデビュー初期からずっと仲がいいわけではなかった。

 最初から社交的で様々な人と交流していったヒュー子だが、長いあいだ孤高を貫いていたつるぎと初コラボまで漕ぎ着けたのはデビューからおよそ4ヶ月目。彼女たちの関係はそこからようやく始まったと言っていい。

 一部の例外を除いてずっとソロ配信を貫いていたつるぎにどんな心境の変化があったのかはわからない。もしかしたら真祖ゆえの事情というものがあったのかもしれないとファンのあいだで議論されたが、真相はいまだに謎のままだ。

 ただ、二人のコラボを見れば相性の良さがわかる。ファンにとってはもうこれだけで充分ではないだろうか。

 男は見てほしかった。

 万人に紹介したかった。

 これが自分の推しであると。

 つるぎの3Dお披露目配信で二人がほとんど目を合わせなかったことを指摘し、本当は不仲なんじゃないかと杞憂する者が一時はいた。かくいう男もその一人だった。

 だが。

 この二人のツイートを見よ。

 本当に不仲であれば家に泊まりに行くなどするはずがない。

 淀んだ不安を爽やかに吹き飛ばしてくれたニュースには両手を合わせて感謝してもしきれない。

 これでは前述の感情も間欠泉どころか、とめどなく溢れる源泉レベルになってしまう。

 

「むしろ俺が温泉になるので二人はのんびり浸かって体を伸ばしてください……」

 

 対面の中年がいきなり何言ってんだコイツと見るが男の意識には入ってこなかった。

 

 

 ◆

 

 【お泊り配信】罰ゲームつきミニゲーム大全【ヒュー子✕つるぎ/プリズム】

 

「こんにちわー」

「こんにちわ」

 

 きちゃ

 まってた!

 

 PC画面に二人の立ち絵が並ぶ。リスナーにとっては通常のコラボでよく見る光景だが、声が遠く聞こえることでマイクの位置が普段と違うことを察せるだろう。

 

「プリズム所属Vtuberの乾家つるぎだよ。今日はヒュー子ちゃんが家に来てくれてるよ。いまちょうど隣にいるんだ」

「はーい、ここにいるよ。同じくプリズム所属のサリス・ヒューマン。ヒュー子って呼んでね」

 

 基本的にリスナーというのは好きなVtuber同士が仲良くしている様子を見ると嬉しくなる生き物である。コラボの告知を目にするだけで盛り上がるし、ソロ配信であっても推しの口から誰かの名前ができるだけでぐっと拳を握りたくなるのだ。

 さらに誰かが誰かの家に泊まるなど聞いてしまうともう、それが許される関係性と距離感を噛み締めてしまう。もちろん笑みを浮かべたまま噛みしめるわけだから口角がすごいことになる。

 

「それじゃ今日の予定なんだけど、二人でミニゲーム大全をー……ちょっとヒュー子ちゃん近いちかいちかい!」

 

 ガタッ

 近いって何が?

 ほう、詳しく

 顔が近いんですか???

 

「ヒュー子ちゃんもノートパソコン持ってきてるんだから私の画面覗き込まなくていいじゃん!」

「ええー。せっかくのオフコラボなんだから離れないで近くでやったほうがいいじゃない」

 

 いまリスナーたちの気持ちは一つになっていることだろう。二人の仲の良い様子をいつまでも見守っていたい、このままじっと推しからの供給を享受していたい、自身の存在感を限りなく薄めて二人を包む空気になりたいと。

 

「はい、はい! 改めて説明します! 今日は二人でミニゲーム大全を一緒にやるよ!」

「負けるたびに罰ゲームでわさびを小さじ一杯食べるルールよ」

「なんで初めてのオフコラボでこんなキワモノ企画にしたの?」

「相手がそばにいるから罰ゲームで悶えてるのを実況できると思って」

 

 草

 ミニゲーム実況じゃなくて罰ゲーム実況なんです?

 実況ありがたい

 

 二人のやりとりのことごとくがエンターテイメントに昇華されてゆく。まだゲームを開始してもいないのにリスナーたちは盛り上がった。企画の説明から名場面を予感して胸を膨らませた。

 彼らはきっと彼女たちの活動をいつまでも追い続けるだろう。

 近い未来に目を向ければ、人外三人組による歌や四期生のデビューと、いくつものイベントが待ち受けている。それに応じて二人は様々な変化、あるいは発展を遂げていくだろう。

 リスナーたちが現在を愛し、未来に期待し続ける限り、きっと彼女たちの人気は衰えることなく続いていくのだ。




ご愛読ありがとうございました。
ひとまずここまでを区切りということしています。
今後の展望やあとがきなどは活動報告欄にて報告いたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

二周目のVTuber(作者:石崎セキ)(オリジナル現代/日常)

夕立夕日は、日本のバーチャルYouTuber、歌手。相方のVTuber・古城葵と共に活動することが多い、(企業に所属していない)個人勢のVTuberである。▼――――――▼時間が戻ったせいで「一周目」のガワを失ったVTuberの話。▼本編の完結に伴い、カクヨムにも転載しました。


総合評価:13899/評価:9.12/完結:49話/更新日時:2026年04月01日(水) 06:36 小説情報

秋宮ゆららは青を喰む(作者:Ni(相川みかげ))(オリジナル現代/日常)

 両親と死別し、社会から孤立した高卒引きニート限界女の瀬戸あさひ(21)が幼馴染がきっかけで送られてきたスカウトによってVtuberとしてデビューする話。▼※現実の人物・団体とは一切関係ありません。もし名前が丸被りしていたらこっそり教えてください。修正を検討します。▼※サブタイ横に★のついている話ではいただいたファンアートを掲載させていただいています。是非設…


総合評価:19772/評価:9.05/連載:47話/更新日時:2023年02月26日(日) 20:00 小説情報

コミュ障TS転生少女の千夜物語(作者:テチス)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

 何かよく分からないが自分の好きなキャラを作ったらその姿で異世界に居た。どうやら『夜の化身』として凄い力を手に入れてしまったらしい。夜になるたびポンポン生まれる眷属がなんか強い。▼ だけどクリエイト時につけてしまったもう一つの設定の弊害によりコミュ障で表情の変わらない女の子になっていた。その表情と能力が周囲の勘違いを産み、空回りを生んでいく。▼8/13 完結…


総合評価:24917/評価:8.94/完結:72話/更新日時:2021年08月13日(金) 21:00 小説情報

転生TS天使ちゃんは怠けたい(作者:テチス)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

 天使って休日なしのブラック企業なんですか!? やだー! ……え? 怪我すると療養期間もらえるの!? やったー! じゃあ俺ガンガン悪魔と戦うね!▼ なお傍から見ると、ただの戦闘狂に見える模様。


総合評価:23171/評価:8.74/完結:26話/更新日時:2024年03月13日(水) 19:07 小説情報

学マス世界にTS転生した一般人のアイドル奮闘記(作者:おすとろもふ)(原作:学園アイドルマスター)

ーーーーーこの世界で輝け。▼学園アイドルマスターの世界にTS転生した一般人の男性が、学マスキャラを間近で見たいが為に奮闘する。▼しかし、そんな夢を叶え続けるには努力は当然!才能も当然!▼主人公の莉種は、そんな過酷な初星学園の中で全てを呑み込み輝く。▼そんな莉種に、脳を焼かれるアイドルやP。そして、無自覚な為全く気付かない莉種。▼初星学園は原作から掛け離れ、混…


総合評価:3394/評価:8.24/連載:14話/更新日時:2026年02月25日(水) 12:16 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>