「ううー……」
情けない声の漏れるここは都営住宅の一室だ。
吸血鬼向けに設計された部屋は照明というものが皆無で、とてもじゃないがベランダの扉で採光しなければ人間には暗くて堪らない。
夜目が利く吸血鬼にとって照明などニッチな需要しかなく、そのため人間が生活できる程度の明るさを確保するにはいくつもの家電量販店をめぐる必要があった。ベッドで仰向けになれば苦労して取り付けたライトが見える。電気代が気になるのでベランダの自然光で済むときはつけていない。
「コラボぉ……」
表札に黒川京子と書かれた部屋で、私は現在ベッドの上に寝転がっている。そして唸ってもいる。
乾家つるぎはプリズムの第三次メンバー募集を経て誕生したキャラクターだ。
そのプリズムとは株式会社が運営しているVTuberグループである。
誕生して間もない、いわゆる『VTuber業界』においては指折りの規模と知名度を持つ存在であり、所属VTuberは両手両足の指を合わせても収まらないほどに多い。
具体的な運営方針は発表されていないが、多くのファンは自由主義という印象を抱くだろう。多種多様な個性を持つメンバーを擁し、それぞれの自由なやり方で活動させている。
「うぁー……コラボコラボ……」
仰向けでうわ言のように呟きながら、ときどき思い出したように寝返りをうつ。
強い力で抱きしめた枕は砂時計のような形になってしまった。
「断れないかなぁ……断れないよね……」
そこをなんとかという自分と、いやいや無理でしょという自分がせめぎ合う。
わかっているのだ。今回提示されたコラボは誰かの思いつきで生まれたようなものではない。
デビューから一ヶ月の新人を先輩Vtuberとコラボさせてプリズム全体のファンへ紹介するという意図を以って組まれている。
ゆえに第三次メンバー全員がコラボ対象になり、それぞれに1名ずつ先輩Vtuberが割り当てられるのだ。そのようにマネージャーが説明していた。
基本は自由にさせるプリズムだが、運営するときはきっちり運営するということだろう。
枕を抱いたままうつ伏せになってみる。やり場のない気持ちを込めて枕へ頭突きをしてみれば、しっとりと柔らかい弾力が返ってきた。
ちくしょういい枕だなぁ。
「…………」
覚悟を決めなくてはいけない。
このままプリズムで活動していくには避けて通れない道なのだから。
いつまでもベッドでうだうだせずに、コラボ相手になりそうな先輩のアーカイブを見るなどしていこう。
気合を入れようと頬を叩く。
そしてやけに痛かったなと鏡を見たら、黒髪の可愛らしい少女が両頬を真っ赤にしていた。
◆
「はーい。今日の配信はここまで! それじゃ次のトゥーリの配信も見てくれよなー!」
そういってぼくは配信を切る。終了時間は予定通り。
普段よりも開始と終了の時間がそれぞれ前倒ししたスケジュールだったが、文句ひとつなく来てくれるリスナーには感謝の念が絶えない。
配信終了後はSNSで挨拶をしてそのまま神屋トゥーリでエゴサするのを日課にしている自分だが、今回は別にやることがあった。
パソコンへ新しく加わった仲間の名前を打ち込んでゆく。
プリズム運営主導の1対1コラボ企画。私が演じる神屋トゥーリの相手は乾家つるぎという新人だった。
打ち込み終われば、画面に表示されるのは犬耳を生やした茶髪の少女。口を開けると犬歯がチラ見するんだとか。なるほど、アリだね。
「ほうほうほう、もう25000越えたのかー。順調なんだねぇ」
自分がデビューしたときはどうだっけなと考えながらアーカイブを漁ってゆく。こういうときにどれから見るのがいいかファンの切り抜き動画から判断できてありがたい。
マネージャーからある程度人物像を伝えられているけれど、やっぱり自分で見るのとは違うのだ。
「雑談配信。マロマロ読みとー……ゲーム配信か」
まあなんというか、普通。無難で王道なチョイスともいう。
ぼくも似たようなものだから人のことを言えない。
むしろ、似たスタイルだから話が合いやすいとプリズム運営は思ったのかもしれない。
切り抜き動画を参考にアーカイブをつまみ食いして対談のネタになりそうなものをメモしてゆく。
小さい頃からの夢、富士山で初日の出? たまに面白いことを言う子だ。
特別得意なゲームはないらしいけどホラーゲームには強そう。デイウォーカーなんだ、なるほどね。
好きな食べ物は寿司、あとフレンチトーストとガーリックトースト……ガーリック? にんにくのこと? 毒物では?
「ふうーん……、……」
やっぱりアーカイブで見る限りはかわいいけど普通の子だなって感じはする。ついったでのツイートも普通だし、すごく目を引くような特徴は見つけられない。むしろ普通さがリスナーを応援したくさせるのかもしれない。たぶん。いやときどき変なこと言うけど、総括すると普通という感じでここはひとつ。
でも。
それにしても。
「どうしよっかな……」
うーん、と画面の前で腕を組んでしまう。
この子の強みをずっと考えているのだけど、いまだにピンとこない。
決してつまらないわけじゃないし、楽しんで見られると思う。けれども、ファンがこの子のどういう部分を気に入ってるのかがいまいち見えてこないのだ。
後輩の初コラボということでなるべく持ち味を引き出してやれるような配信がしたいのだが。
一緒にゲームをやるのも手か。あるいはどういうコラボをしたいか本人に聞いてみてもいいか。マネージャーに相談するってのもありありのアリ。
ああしようこうしようと頭を頬杖つきながらマウスをクリックさせていると、不意についったの新しいツイートを見つける。
突発配信のお知らせ。
「いいねいいね、そういう熱心な子は好きだぜ」
なにかコラボネタが見つかればいいな。何ならコメントして反応を見ることだってできちゃうぞ。
そして偶然の神に感謝しながら開いて、私は十秒後に首をかしげることとなる。
「あれ? この子なんだか……」
同一人物の声なのに。
アーカイブで聞くときと生配信で聞くときで、ずいぶん魅力が違うんだな。
転生、世界でただひとりの人間、Vtuber、女の子と要素の多めな主人公ですが、それぞれ段階的にスポットを当てていく予定です。