ゲーム開始より数十分。果たして何周しただろうか。
いざ対談に移ろうという段ではもう、先輩に忖度しようという気持ちはすっかり消えていた。
配信のセッティングやアドバイスなどへの感謝と尊敬は変わらないものの、散々甲羅だの何だの投げ合えば遠慮がなくなろうというものだ。
ことゲームで遊んだときのトゥーリは、やられれば自分の順位を捨ててまでやり返して大笑いするような悪ガキである。これで外見は金髪碧眼和装の少女というのだからギャップが著しい。
『いやー、いっぱい投げた投げた。めっちゃ満足。……で、この後なにするんだっけ』
「ほら対談ですよ、対談」
『そうだったそうだった。事前にマロで質問募集したから今度はそれを投げてくぜ』
この採用した質問というのも事前にチェックしてある。変な質問はなかったし、回答も用意しておいたから人間だと疑わせるようなボロを出すことはないはず。
配信画面からゲームの映像はすっかり消えていて、代わりにトゥーリと私の立ち絵が表示されている。内装は学校の教室風で、二人の間に置いた黒板でマロマロを映すらしい。吸血鬼の学校は人間のと変わらないんだなとぼんやり思った。
『じゃ、改めて自己紹介してもらおうかな』
「はい。プリズム三期生Vtuberの乾家つるぎです。よろしくお願いします!」
『乾家……いぬいけ? そんじゃ頭から生えてるの犬耳?』
「はい、犬です」
『さっきの鳴き声は』
「犬です」
さっそくコメントで弄られるようになった。親しんでもらえるのは嬉しいし、いままで自分がした配信では弄られるようなことがあまりなかったため新鮮に感じる。トゥーリが最近の犬はにゃあって鳴くから覚えとけよなんて言うから、コメントはさらに加速した。
やがてコメントが落ち着いてから取り出される最初のマロマロは、ゲームについてである。
お二人はゲーム配信をしますが、好きなゲームはどんなものですか?
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『お行儀のいい文章だ。さてはぼくのリスナーじゃないな? つるぎちゃんのリスナーからのマロと見た』
「ふだんどんなのもらってるんですか……」
質問に対し、トゥーリはさっきのようなレースゲームと答える。大人数ではしゃげるゲームがいいというのはなんとも彼女らしい回答だ。実は私も同意見なのだが、下手に同調してじゃあまた一緒にやろうぜと言われては堪らない。リスクのため極力コラボを控えていきたいのだ。正確には他者との関わりそのものをだけども。
「私はひとりでじっくり遊べるゲームが好きですねー」
『例えばホラゲとか? 前に配信でやってたね。全然怖がらずサクサク進んでたのちょっとカッコよかったぜ』
「あ、ありがとう……」
『でもさっきのレースも上手かったよなー。ああいうのも結構やってるんじゃない?』
え。
予想してなかった反応である。つい熱くなって本気で走ったものから否定しづらい。とはいえ肯定すればどうなるか目に見えていて、私はおよそ1秒2秒と黙考したのち、無難に返すことにした。
「ひとりでタイムアタックするのが好きで……」
『お、おう……』
「ち、違うんですよ! 本当にひとりで走るのが好きなんです! 孤独じゃなくて孤高なんです!」
そうだね、なんていうトゥーリの生温かい声がつらい。コメントもまた妙に優しくなってきた。悔しいがここは耐えるしかない。またコラボに誘われるわけにはいかないのだ。
『はい闇が見えそうになるから次いくぜ、つぎつぎ。さっきぼくが普段どんなマロもらってるかって聞いたな? これが答えだ』
ハァハァ…… つるぎちゃんとトゥーリちゃんは……歌ったりしないのかな? ドゥフフ……
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「あのこれ」
『ぼくはクソ音痴だから歌いマセーン、いつも言ってんだろ。はいつるぎちゃんが答えるばんー』
「いやあの」
質問の内容はあらかじめ伝えられていたけれど、口調というか全文まで言われたわけじゃないせいで面食らってしまう。いつも変なマロマロ受け取ってるのかこの人は。
「歌は私も下手だから……歌う予定はないですかね……」
『歌わないの? めっちゃいい声してるのに』
え、そこ食いつく?
自分がいい声してると言われるのはエゴサで知っている。だが実際に面と向かって言われたのは初めてだし、そもそもトゥーリだって打ち合わせのとき何も言わなかったではないか。
これまで自分の声をそんなふうに思ったことはないのに。転生してからも。
「あははは……声を気に入ってくれる人がいくらかいるのは知ってますけども……」
『うまく説明できないんだけどなー。かわいい声とかイケボみたいなわかりやすさはないんだけど、こう……どんな小さい呟きでも絶対に聞き取れるみたいな? 声の存在感?』
なんだそれ、と言いたいところだが意外にも同意するコメントが多い。いや現在進行系で増えている。むしろ否定意見がどこにもなくて……なんだか怖くなってきた。
「そうなんですか……」
『そうだよマジマジ。でもアーカイブで聞くとそんな感じじゃないんだけどな。
だからいつもアーカイブで見てる人は一度でいいからリアタイで配信見るのをオススメするぜ! ほんと絶対損はしないから!』
乾家つるぎのアピールに余念がない。やはりこの先輩はとてもいい人だ。なのに私は、突然狼だらけの檻に放り込まれたように錯覚して薄ら寒くなってしまう。
ろくに反応できず時間が流れる。せめて礼のひとつも言えればいいのに、不安と申し訳無さが一秒ごとに膨らんでいく。
『照れちゃって可愛いねー』
ああ、気を使ってそういうことにしてくれたのがわかる。でも感謝の気持ちはそのまま胸を刺す罪悪感の刃にもなるんだ。
『それじゃ次のマロいくぜい! どーん!』
プリズムで気になってる人いる?
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『お、営業トークの時間だな?? ぼくは色々推しがいるけど今日いまつるぎちゃんが最推しになりましたのでよろしくお願いします』
ましょうのびせい。
そういうのいまはちょっと、こわいからやめてほしい。
でもいつまでも沈んでいてはいけない。話が進んでるのだから、私は腹に力入れてでも気分を持ち上げなきゃいけない。
「私はやっぱり神屋――……」
『もちろんぼく以外で答えてね。推しじゃなくてなんだか興味あるーって人でもいいよ』
「ええええええ……」
「トゥーリさん以外で、ですか……」
もともと神屋トゥーリと答えようと持っていた質問だっただけに、この展開は熟考したくなった。とはいえコラボ相手とリスナーをいつまでも待たせるわけにはいかない。私はこれまで見た動画で一番印象的だった人を思い浮かべ、その名を挙げることにする。
「サリス・ヒューマンさんですかね」
サリス・ヒューマン、通称ヒュー子。『人間』を自称する同じ三期生だ。本物の人間として気にならないわけがないのだが、それを脇に置いたとしても彼女の放つガバガバ人間アピールは見てて面白い。
『ヒュー子ちゃんかー、なるほど同期できたな。そういう姿勢は嫌いじゃないぜ。
人間は生の玉ねぎが大好物なんだーつって泣きながら玉ねぎ刻んでそのまま食う動画面白いよな』
本物の人間からすれば本当に何やってるんだとゲラゲラ笑いたくなるところで、きっと吸血鬼にとっても同じなのだろう。彼女の掲げる奇怪な人間像に私のボロが隠される日はいつかくるって信じている。
『好きな食べ物っていえばさあ』
このとき私は、泣きながら玉ねぎおかわりする同期を思い出して油断していたかもしれない。だから予想外の質問に落ち着いて対応することができなかったのだ。
『前につるぎちゃん、配信で好きな食べ物のこと言ってたよな。そのときガーリックトーストって言ってたけどガーリックトーストって何?』
「…………っ」
ああ。
しまった。吸血鬼にはにんにくが毒物なのだからガーリックトーストという料理自体がこの世界に存在しないんだ。
「え、えーと……ガーリックは……」
いっそ別の食材の名前として誤魔化そうか。いやだめだ、すでにコメントでガーリックがにんにくの英名だと指摘されている。なんで知ってる人がいるんだ。誰も知らなければ誤魔化せたかもしれないのに。やっぱり無理だったかもしれない。
「ええと、コメントの通りにんにくのことで……」
『うん』
コラボ相手と千人超の視聴者に追い詰められている気分だった。吸血鬼に包囲されじわじわと殺される私の姿が脳裏に浮かぶ。なにか逃げ道はないだろうか、いっそ人間だとゲロってしまおうか。
恐怖と混乱の果てで私はひとつのものを連想し、思わず飛びついた。
サリス・ヒューマン。あなたのガバガバ人間設定を借してほしい。
「犬……いや人狼の大好物なんです! にんにくが!!」
『にんにくが!?』
こうして乾家つるぎは、たったいまから人狼という設定を背負うのだった。
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