前話『となりのホムラくん 3』を見ていない方はまずはそちらをお願いします<(_ _)>
今回もハイル視点となります。
私の家族は普通だ。
病院勤めの医者であるお父さんと専業主婦のお母さん。
特に兄弟も姉妹もいない一人っ子。
お父さんが医者ってところは普通じゃないかもしれないけど、家ではどこにでもいるお父さんなので普通だ。
でも――そんな自他ともに認める普通の家庭の中に私はとんでもない混沌を呼び寄せてしまった。
「は、ハイルが男の子を拾ってきた!?」
「な、なんだと!?」
「違う! いや、違くないけど違うの!?」
住宅街の一軒家である私の家。
そこに穂村君を連れてきた私は、なぜ自分がこのような状況にいるのか逆に分からなくなりながら穂村君を玄関に通した。
その直後に帰りが遅いと心配していたお父さんとお母さんがリビングから出てきて———背後で所在なさげに立っている穂村君に目が飛び出るくらいに驚いた。
「……!!?」
なにより私のお父さんを見た穂村君がこれまで見たことないくらいに目を見開いて驚いていたことも印象的だった。
衝撃的な邂逅を玄関で終えた後、私、お父さん、穂村君は夕食の準備が済むまでテーブルを囲むことになった。
因みに席順は母の計らいで、私と穂村君が隣同士で、穂村君の対面にお父さん、その隣にお母さんと言う布陣だ。
「両親が共働きで自炊ねぇ。大変なのねぇ。穂村君」
「い、いえ、慣れているので……」
「ハイルとはどんな関係?」
「隣の席に座っている男の子だよっ!」
えらい上機嫌で夕飯のカレーをかき混ぜているお母さんに話しかけられ、ぎこちなく答える穂村君。
「あらあら、隣の席のねぇ。穂村君、ハイルってば結構ぽけーっとしているところあるからよく見ていてあげてね」
「は、はぁ……」
あれ、私事情は説明したよね?
穂村君は両親が共働きで忙しくて、自炊しなくちゃいけないから今日は夕食に招待したって。
これ完全に私の良い人相手への対応なんだけど。
「ご、ごめんね。穂村君」
「いや、全然気にしてないし。良いご両親じゃないか」
「そうかなぁ……」
優しいけど時折構ってきすぎて鬱陶しく感じることがあるくらいなんだけど。
そう思っていると、さっきから無言だったお父さんが穂村くんに話しかけていた。
「穂村くん」
「はい?」
「良ければ、もう一度、君の名前を聞かせてくれないかな?」
どういうこと?
お父さんの質問にカツミ君は真面目に答える。
「穂村克己です」
「穂村、克己君。……穂村くんか」
ホムラくんを見て悩まし気な顔をするお父さん。
余計なことを口走ったら一週間は口を利かないという念を視線で送る。
……でも、こんな顔をするお父さんって見るの初めてかも。
すると、思い悩むお父さんに穂村君は口を開いた。
「……お久しぶりです。先生」
「! やっぱり君だったか。覚えてくれていたんだね」
「はい。あの時は色々と気にかけてくれてありがとうございました」
お久しぶりです? あの時?
見知った様子の二人に私もお母さんも首を傾げる。
「あなた?」
「穂村くんのこと、知ってるの?」
意外ってレベルじゃない。
まさかお父さんのいる病院に罹ったことがあるんだろうか?
私とお母さんの視線に、少し慌てながらお父さんは笑みを見せる。
「彼が病院で入院していた時に私が担当医をしていてね」
「え、いつ頃なの!? 穂村くん!」
「大体8年くらい前だな。俺が小学生の時だよ」
よ、よく覚えているなぁ。
私なんてその時のことなんて全然覚えてないよ。
「! あなた、8年前って……
「……ああ」
「……。そう、貴方が穂村くんだったのね。主人から話はよく聞いていたわ」
え、お母さんも知ってるの!?
なんで私と知り合う前にお父さんもお母さんも穂村君のことを知っているの!?
なぜか神妙な空気になる食卓に私だけが置いてきぼりにされてしまう。
「両親が共働き、か」
「先生。その、両親のことは……」
「ああ、分かっているよ。気遣ってくれたんだろう?」
お父さんの視線が一瞬だけ私へと向けられる。
なんで私を見るの? と首を傾げると、彼は穂村君に視線を戻して頷いた。
「それで……その
「……。今は、一人暮らしのようなものです」
「そう、か。変な質問をしてすまない」
目頭を押さえ、沈痛な面持ちで黙り込んだお父さんはすぐにいつもの温和な表情を見せて穂村君へと向き直る。
「今日は、遠慮なく食べていくといい。ハイルも喜ぶ」
「ちょ、ちょっとやめてよお父さん!」
思い悩んだと思ったら、いらない気を利かせるんじゃないよ!
穂村君を困らせないで欲しいんだけど!!
なるべく怒ってる姿を見せたくないので注意だけに留めていると、先ほどのウキウキとした様子から一転して、ものすごい親切且つ優し気な様子のお母さんが、山盛りのカレーをカツミ君の前に差し出していた。
「はいどうぞ、穂村君。おかわり、たくさんあるからねっ!」
「あ、ありがとうございます……」
「え、お母さん。私の分は?」
「あんたは自分でよそいなさい」
「扱いの差が如実に表れてる!?」
既に格差ができあがっている!?
……いや、いつもは各自でよそっているわけだからおかしな話でもないんだろうけど!
なんだかんだでいつもよりちょっと賑やかな夕飯が終わり、穂村君が帰る時間帯になった。
さすがにここまで連れてきたこともあるので、私は途中まで彼を送ることにした。
「でも、元気そうでよかった。今は近くに住んでいるのかな?」
「はい」
「今日知り合えたのも何かの縁だ。困ったことがあったら頼ってくれ」
「はい。本当に……ありがとうございます」
なんだか予想とは全然違ったものになってしまった。
結構親ばかなお父さんなら何かしら親ばかなことを言うと思っていたんだけど……蓋を開けてみれば、穂村くんは元はお父さんの患者さんで、8年も経っているのにお父さんを覚えているくらいには知り合いらしいし……もう滅茶苦茶だ。
「ハイル」
「うん? あ、穂村君。ちょっと待ってて」
家を出ようとしてお父さんに声をかけられる。
なんだと思いながら玄関から出た穂村君に声をかけつつ戻ると、真剣な表情でお父さんが話しかけてくる。
「彼のこと、頼んだぞ」
「……なんかおかしくない!? それ私に言うことじゃないよね!?」
それ、娘に彼氏を紹介された親が、その彼氏に言う言葉じゃないかな!?
なんで私が頼まれる側!? いや、悪いとは言わないけれども!!
そんなおかしなやり取りをした後に、私は穂村君と共に夜道を歩いていく。
「家、近くなの?」
「あー、歩いて大体20分くらいの距離だ」
「ちっか……」
お母さんに持たせられたタッパーに入れられたカレーとご飯が入っている手提げを持った穂村君。
妹さんへのお土産なのだけど、モドキと言っていたあたりどういう関係なのだろうか。
義理の妹とかなのかな?
……。
このことは乙女ゲーに脳をやられちまった友達に言わないでおこう。
「今日はありがとな」
「えっ! う、うん」
不意に声をかけられてびっくりする。
そして地味に私の歩く速さに合わせてくれていることにどきりとする。
「優しい家族だな」
「そ、そこまでじゃないよ。お父さんも家ではだらしないところもあるし、お母さんは最近はドラマばっかり見てるし」
「ははは」
微笑ましいといった表情で笑う穂村君。
私、なにを言っているんだろう、と今日何度目か分からない赤面をする。
……でも、夕食に誘ってよかったとは思う。
「あの、また来てくれるかな」
「またって?」
「夕飯……」
彼は目を丸くしながら頬を掻く。
「……迷惑じゃ、なければな」
「そんなことないよ。お父さんもお母さんも歓迎してくれていたし」
というより、今日一番それが意外だったんだけれども。
「ここまででいいぞ」
「え、でも……」
「あまり遠くなると帰りも危ないだろ」
そこまで心配するほどでもないと思うけれど。
少ないとはいえ人と車の通りもあるし……でも、今日はこれくらいでいいかなとも思ってしまう。
友達の近くで怪人が出たりと色々な意味で忙しかったし。
「うん。じゃあ、また今度ね」
「ああ」
手を振って穂村君の背中を見送る。
その後に元来た道を引き返して家へと向かう。
「……次が楽しみ、かな」
今日は色々と混乱してうまく話せなかったけれど、次はちゃんと穂村君のことをよく聞きたい。
できることなら、彼が私に隠そうとしていた事情も教えてくれれば……というのはちょっと欲張りすぎかな?
夜風に当たりながら家へと続く帰路を進む。
「……ん?」
目の前の道になにかが見える。
淡く、青い光を放つなにか。
見ていると薄ら寒い気持ちにさせられる光は、火のように揺らめきながら私に近づいてくる。
「な、なに……?」
お、おばけ?
もしかして人魂とかそういうもの?
咄嗟に逃げようとするけど、こんな時に限って足が動かない。
まるで何かに縛り付けられているようにその場から動けないでいると、まるで私の顔をジッと観察するように青い人魂がその場で止まる。
「っ」
唐突に人魂が煙のように霧散し、ぐにゃぐにゃと何かに変わっていく。
次第に人型になったそれはゆっくりとその足で地面に降り立つ、今度はこっちに歩いてくる。
「こ、来ないで……」
「ハイル」
酷く懐かしい女の人の声。
その声に呆気にとられながら見ると、丁度街灯の下に出てきたなにかの顔が露わになる。
「お祖母、ちゃん?」
「ええ、私だよぉ。ハイル」
二年前に亡くなったお祖母ちゃん。
小さい頃から私に優しくしてくれて、私もものすごく懐いていた人。
先ほど感じていた恐怖も吹っ飛び、それどころか言いようもない気持ちが私の心を支配した。
「お祖母ちゃん!!」
変わらない優し気な笑顔に私は思わずおばあちゃんに抱き着く。
お化けなんて関係ない。
ううん、例えお化けになったとしてもあの優しいおばあちゃんが私の前にまた来てくれたんだ。
「相変わらず甘えんぼさんねぇ」
「どうして、ここに? お祖母ちゃんはもう……」
「そうねぇ。私はもう死んじゃっているもの。今日はハイルにお願いがあってきたの」
「お願い?」
も、もしかして成仏したいとかだろうか。
それなら私も協力したいけれど、いったいなにをすれば……。
「な、なにをすればいいの?」
「簡単なことだから。安心して。そう———」
ゆっくりと抱き着く私を引き離すお祖母ちゃん。
その所作に一瞬呆気にとられた瞬間、細く、骨ばった手が私の首を掴んだ。
「っが、ぁ……ぁ……!?」
「ハイルは良い子だねぇ。よく肩を揉んでくれたりしてくれて……今でも覚えているよ」
「お、ばあちゃん……」
「
今まで穏やかな笑顔を浮かべていたおばあちゃんの唇が三日月のように歪む。
それに合わせて薄っすら細められていた瞳も開かれそこから暗闇のような瞳をのぞかせた。
「貴女のこれから生きる時間も、私にくださいな」
「ッッッ!!?」
どんよりと泥のように濁った瞳。
首を絞められながらそのようなものを見てしまった私はただただ恐怖するしかなかった。
心が、吸い取られているような……。
「もっと生きたかった。優しい貴女なら、喜んでおばあちゃんにくれるよねぇ?」
「う、ぁ……」
夢なんかじゃない。
この怖さも、苦しさも、みんな現実のものだ。
どうかしていた。
なんでおばあちゃんが生き返っただなんて思ったんだろう。
まるで心を誘導されているように、無条件で信じさせられていたみたいだ……!!
「助、けて」
冷たく、骨のような指が喉に食い込んでいく。
呼吸すらもできないまま途切れ途切れに助けを求めようとするけど、それらは掠れた声にしかならない。
お母さん。
お父さん。
でも、私が真っ先に頭に呟いた名前は違った。
「ほ、むら……くん」
意識がなくなりそうなその瞬間、上から降ってきた黒いなにかが、おばあちゃんの皮を被った怪物を吹き飛ばした。
私を庇うように降り立った“彼”は膝から崩れ落ちようとする私を見て、すぐに抱き寄せるように支えてくれる。
「黒……騎士?」
「……ごめん。助けるのが遅れちまった」
彼の声を直に聴くのは二度目になる。
クイズ怪人の時も、昼間の怪人の時も映像越しだから特になにも思わなかったけれど……身近で聞こえたその声は私にとってなじみのあるものだった。
でも、肝心の声がうまく出ない。
「……ぁ、ぅ」
「待ってろ。すぐに片付ける」
私を近くの壁に背を預けるように座らせた彼が背後の怪人を見る。
朧げな、どんよりとした視界の中でも分かるほどの怒気。
それを向けられた……おばあちゃんの姿を形どる幽霊のような化物は泥のように解けながらその姿を変える。
「!」
不定形の煙に黒騎士の拳が突き出される。
でも、煙はただ拳を貫通するばかりで効いた様子はない。
「……攻撃が効かねぇのか?」
『———ぁ、あああ、あああああああああああああ!!!?』
「喚くばかりで何言ってんのか分からねぇよ」
ゆらめく煙は黒騎士の前で形を変える。
また、私のようになにかに化けるのか? でも、さっきとは全然違くて……痛がっている?
怪物の異様な反応に不思議に思っていると、完全に姿を変えた煙が地面へと落ちる。
べちゃっ! という何かが潰れる音と、少し離れた私の顔になにか液体のようなものが頬に飛び散る。
恐る恐る頬に触れて、掌を見て……声が引き攣る。
「ひっ」
それは、赤くドスぐろい色をした血。
ぬるりとした気持ち悪いほどに温かいそれに、私は正気を失いそうになりながら黒騎士の———彼の前に落ちたそれを見る。
「痛い……痛い……」
「ァ、アア……ァ」
二つの、血まみれの男女。
腕と足が歪に折れ曲がり、血を吐き出した男女を見て、胃の中のものがこみ上げそうになる。
だけど、その吐き気以上に……私はその男女の顔立ちが、つい先ほどあった彼と似ていることに気づいてしまった。
「痛い……助けてくれ……」
「カツミ、アァ、貴方なのね……」
「父さん……? 母さん……?」
黒騎士の困惑するような呟き。
それに二つの死に体の男女は血をまき散らしながら、わめきたてた。
「私達はお前のせいで、死んだ!!」
「お前がいたから!!」
「代わりに死んでしまえ!!」
「そうだ!! お前が生き残ってどうなる!!」
なんなの……これ……。
私は、亡くなったお祖母ちゃんだったけれど、どうして彼はお父さんとお母さんに、こんなに責められているの。
口汚く罵倒を繰り返す二人に黒騎士は無言でなにも返さない。
ただ立っているだけで、男女に化けた怪物の身体が崩れていき、その顔も醜いものに変わって行っていく。
「そんな恨み言。あの日に、もう言われているんだよ」
『が、ァ、アア……』
醜く変貌していく怪人を足で踏みつぶす黒騎士。
踏みつぶされた怪人はそのまま煙になれず、そのまま空気へ消滅するように消えて行ってしまった。
あまりにもあっさりとした終わり。
でも、気分は最悪だった。
「大丈夫か?」
こちらに近づいてきた黒騎士がしゃがみながら私の顔を覗き込む。
……彼の名前と、近くで訊いた声。
「ほむら、くん」
「……嫌なもん見せちまったな。ごめん、此花」
黒騎士———ううん、穂村君は自分の正体を偽る素振りすら見せずに正体を明かした。
そのまま疲労で動けない私を抱えた彼は、その場を移動しどこかへ向かおうとする。
「穂村君のお父さんとお母さんは……」
「もういない」
聞きたいことは山ほどあった。
でも、実の両親に罵詈雑言を叩きつけられて平然としていた彼を見てしまって……なにも言えなくなってしまった。
普通なら亡くなった両親に会えて嬉しがるはずなのに、彼はそうじゃなかった。
「どこに、いくの?」
「安全なところだ。もうつくぞ」
そう答えた彼は大きく跳躍しながら路地の裏へと入り、開け放たれた古びたアパートの窓から部屋へと入る。
「ここは……」
古びたアパートの一室。
ここに住んでいたの?
高校生が住む場所としてはあまり良いところじゃない。
部屋をぼんやりと見てそう思っていると、部屋の奥から扉を勢いよく開けて誰かが出てくる。
「ちょっとカツミ!! 同居人ほっといてどこほっつき歩いてたの!? 心配したんだからねっ!! もう、ぷんぷんだよ!! はい! おかえりのハグ!!」
目を疑うような美少女だった。
黒髪の、この世にいるとすら思えないくらいに綺麗な女の子は変身を解いた穂村君に腕を広げながら勢いよく詰め寄り、腕の中にいる私に気づく。
「アルファ」
「……カツミ、その子どうしたの?」
えらい美少女の存在に自分の体調も忘れて絶句しながら、とりあえず挨拶を試みる。
「い、妹、モドキさん……こんばん、わ」
「いつも学校で会ってるけどね。……ん? 妹モドキ?」
いつも会っている?
おかしい、こんなかわいい子忘れたくても忘れられないと思うんだけど。
「この子怪人になにかされたの? ものすごく弱ってる」
「幽霊みてぇな怪人だ。なんとかできるか?」
「……うーん」
身体に力が入らない私を診るアルファと呼ばれた女の子。
顎に手を当てて、唸っていた彼女は穂村君を見上げる。
「これは、精神に毒をいれられているっていうのかな。漠然としすぎて私も分からないけど、その怪人はなにかしらの方法で精神を弱らせるタイプだと思う」
「大丈夫なのか?」
「……心に傷を受けている状態だから、放っておいたら廃人になっちゃうかも。あ、でも記憶を消せば元に戻ると思う」
嫌だ。
すぐにそう思った。
怖い思いをしたけど、彼が黒騎士で……私を助けてくれた人だということを忘れたくなかった。
「分かった。怪人の記憶を消して、俺と関わった記憶を変えてくれ」
「今日一日のだよね?」
「いや」
首を横に振った穂村くんは私を床に寝かせる。
「此花が、今日まで俺と関わった記憶だ。勿論、その周りの人たちの記憶も」
「カツミ、それは……」
「ッ!!?」
なにを、言っているの?
穂村君を見ると、彼は自分を責めるように額を手で押さえている。
記憶を消すって……でも、彼とこの子はそれ以上のことをしようとしている。
それがなんなのか分からないけど、それがものすごく嫌なことだけは分かってしまった。
「……ほむら、くん」
手を伸ばすと彼は私の手を握ってくれる。
「俺のせいなんだよ」
その声はただただ苦し気だった。
「最初からあいつの狙いは俺だった。此花は巻き込まれただけだ」
穂村君の正体は黒騎士。
それはついさっき知ったけれど……でも、それでこれまでのことが変わってしまうなんて。
「怪人は、無差別な破壊をするだけじゃなく……俺も狙っている」
「……いいの? 友達なんでしょ?」
「俺のせいで危ない目に合わせる訳にいかない。こいつには、家族がいるんだ。俺と関わるせいであの人たちまで巻き込みたくない」
そう言った彼が私から手を離す。
彼と入れ替わるように私の傍にやってきた少女は申し訳なさそうに私の額に手を添える。
「……ごめんね」
「い、嫌……忘れたくない……」
「君の気持ちは分かるよ。本当は私もこんなことしたくない。……でも、君になにかあるとカツミが悲しむ」
なにをするか分からない。
でも、黒騎士としての彼と一緒に行動しているこの少女が普通じゃない。
「安心して。記憶そのものは消さないから」
「……ぇ」
小声でささやかれた言葉に呆気にとられる。
安心させるように微笑んだ少女は、穂村君に聞こえないように耳元に口を近づけてきた。
「私は貴女の記憶に蓋をするだけ。いつか、人を襲う怪人がいなくなって皆がカツミのことを知ることになった時……貴女の気持ちが変わらなければ、思い出せるようにしてあげる」
「……」
「カツミには内緒だけどね」
可愛らしく人差し指を唇に当てた彼女は私の頭に手を添える。
視界が白く染まり、意識が薄れていく。
今日起こったことを思い出そうとして、なにも思い浮かばなくなる。
抵抗すらも許されないまま、私は———、
「わぁぁ!?」
目を開ければ、そこは私の部屋だった。
時計を見れば、時間は0時前。
「えーと、いつも通り夕飯を食べて……部屋で眠ってしまったパターン……?」
夏休みといってもだらしなさすぎでは?
溜息をつきながらもう一度、ベッドに寝転がると……視界に私のスマホが見えて、それを手に取る。
「そういえば、今日怪人が出たんだったなー」
黒騎士が倒してくれたけど、やっぱり怪人って怖いと思わされる。
でも香織に何事もなくて本当によかった。
「……なんかもやっとする」
釈然としないとでもいうのだろうか。
そう考えていると、ふと何気なく私の指はスマホのアルバムを開く。
「写真……? え、なんで?」
アルバムに入っているのは見覚えのある男の子。
「穂村くん……?」
って、あっさり名前が出てきて自分でびっくりした。
隣同士だけどあまり話したこともないし、どうして彼の寝顔なんてアルバムに入っているんだろう。
ただただ疑問だけど、恐怖とかそういうものは感じない。
削除する気もなくぼんやりと写真を眺めていると———スマホの画面に水滴のようなものが落ちる。
「———あれ? なんで泣いているんだろう。私」
悲しくないのに、とても悲しい気持ちになる。
とめどめもなく溢れる涙は、拭っても止まらない。
「っ、本当にどうしちゃったんだろうなぁ……っ……わたし……」
なにか大切なことを忘れてしまったような気がする。
思い出したくても思い出せなくて、それが一番歯痒くて私はただただ泣くことしかできなかった。
黒騎士編最後の怪人
【幽霊怪人】
・無敵(物理無効、特殊無効)
・死別した人間に化け、対象の心的外傷を与え精神を弱らせる。
・能力の影響下にあるものは一種の催眠状態になり、幽霊怪人が化けた人間を信じやすくなる。
・能力の特性上、自身も精神的な影響を受けやすく穂村克己のトラウマとも呼べる記憶を読み取ってしまったことでほぼ自滅してしまった。
友達だったという現実が変わったとしても、カツミにとってはハイルのことを友達だと思っていた、というのが真相でした。
次回からは『ジャスティスクルセイダー編』に移ります。