「この荷物をマディソン・スクウェア・ガーデンまで持っていってくれ。あて先はジェシカ・カンデル博士だ。間違えるなよ」
「あっ、訓練兵! ちょうどいいところに。ささ、見張りを代わってくれ、寒くて死にそうだ。いいだろ? 頼むよ、これも訓練の一環ってことで」
「そこの兵士さん、うちの子知りませんか? さっきトイレに行くって。ええ、でもトイレがどこか分からないんです」
「ジョン、そこのバールを取ってくれ。……ちがう、そりゃトイレに使うやつ。その隣だ」
「いいか、チャンバーに弾を込めるときは安全装置を掛けろよ。うわっ、あぶな! 引き金に指をかけるな!」
「おお、ジョン、いいところに。倉庫まで行ってインスタントコーヒーを取ってきてくれないか」
リサーブス隊として仕事をこなして数日。
JTFの全部隊が再編されることになり、僕の所属はまた宙に浮くことになった。
聞いた話によれば近々大きな作戦があるらしく、そのために戦闘部隊を抽出する必要があって色々と調整しているらしい。
僕と言えばほぼ非戦闘員みたいなもので、どこからも声はかかってないし、欲しくもない。
ともかく、暇な身分である僕は作戦基地の雑用係をこなしていた。
「よう、ジョン訓練兵」
荷物運びが終わって一息ついていると、ぽんと肩を叩かれる。
「どうも、エージェント……」
目の前にいる彼がディビジョンエージェントであることは覚えていたが、そのコードネームをうっかり忘れてしまった。えーっと、なんだっただろうか、と口をもごもごさせていると、男は笑いながら答えを言ってくれた。
「ビーコンだ」
「そうでした。エージェント・ビーコン」
最初のディビジョン・エージェントがこの作戦基地に到達してから、彼ら彼女らの数はどんどん増えている。しかも揃いも揃ってみながコードネームを名乗る者だから、そのすべては覚えきれていなかった。
カロン、ヴァンガード、ホーネット、ラプター、ドミノ、スケアクロウ、ボルト、ネプチューン、ビーコン……エージェントの名前はどれもクロスワードパズルの答えみたいなのばかりだ。
まあ、名前さえわかればどんな人物だったのかを思い出すのは容易だ。
エージェント・ビーコンといえば、相棒であるエージェント・ネプチューンと共に作戦基地のインフラを整えている人物だ。
彼の担当は主にITや情報通信の設備で、ただの郵便局を間借りしているだけだったこの作戦基地をほんの数日でペンタゴンに見紛うほどの情報通信基地に変えてしまった。
「覚えられないならマイクでもいいぜ」
「本名でもいいんですか?」
「お前さんに知られても害はないだろうよ」
エージェント・ビーコンは相変わらず笑いながら答えた。
「それで、僕に何か用事が?」
「おっとそうだった。ネプチューンがお前さんを呼んでるんだ。技術棟まで話を聞きに言ってくれないか」
了解しました、と敬礼で返す。
今度の雑用はなんだろうと考えながら、作戦基地の奥にある技術棟に入り、そこにいたエンジニアからネプチューンの場所を聞きいて更に地下にある発電所まで降りていく。エージェント・ネプチューンは轟々とエンジン音の鳴る発電機の前に立っていた。
「よう、来たな雑用係」
オイルで汚れた作業服に身を包むネプチューンは他のディビジョン・エージェントたちとは全く違った雰囲気がある。兵士というというよりはどこまでも技術者で、他のエージェントと違って銃を持っている姿はあまり想像できない。
「お前にちょっとした『おつかい』を頼みたいんだ。ポータブル・スペクトラムアナライザーをここまで持ってきて欲しい」
「えっと、なんて?」
「ポータブル・スペクトラムアナライザーだ。簡単に言えば電波を見ることのできる装置さ。ビーコンと話し合って、基地にこれが必要だと判断したんだ」
科学についてはハイスクール並みの知識しかないので、とにかくすごい装置であるとしか分からなかった。ともかく、エージェントが必要としているのだから、重要なものなのだろう。
「そのポータブルなんちゃらって、どこにあるんですか?」
「ガーメント地区にあるテレビ局にある可能性が高い。テレビ局には大抵置いてあるし、あんなのを盗む奴もいないだろう」
ガーメント地区は作戦基地のある地区から北側に隣接する地区だ。そこにあるテレビ局の場所ならたぶん憶えている。
でも、いろいろと言いたいことがある。まず一に僕はそのポータブルなんちゃらを知らないので、どうやって見つければいいのかが分からない。その二にいくら隣の地区といえど、僕一人でガーメント地区まで行くのは難しい。近頃は作戦基地周辺にも暴徒がうろついているので、JTFであっても必ず集団行動をするようにベニテス隊長からお達しが出ているほどだ。
「まあ、いろいろ言いたいことはあるだろう」とネプチューンはそんな僕の考えを読んだように言う。「ちゃんと解決手段を用意してある。つまり同行者がいればいい訳だ」
ネプチューンは階段の上を指でさす。僕が見上げてみると、そこには手すりにもたれかかるエージェント・カロンがいた。僕の視線に気が付いて彼女は小さく手を振っている。
「カロンはポータブル・スペクトラムアナライザーを知ってるから探してくれる。もちろん護衛としても有能。非力なお前は荷物持ちだけしてればいい」
なんだか馬鹿にされたような気がするが、事実なので反論できない。
僕は不愉快さをあからさまに表情へと出すことでそれを抗議の代わりとする。そのままネプチューンに敬礼して、すぐに背を向けカロンの元に向かった。
エージェント・カロンと合流して、僕は技術棟を出る。
「てっきりライカーズ島の調査に行ってるのかと。もう終わったんですか?」
「ううん。私は別のミッションの担当だったの。ライカーズ島にはノーブル・チームっていう部隊の四人が派遣されているわ」
ノーブル=高潔な、気高い、上品、という意味。いかにも精鋭部隊らしい名前だ。
ディビジョン・エージェントは皆が戦闘のプロフェショナルらしいので、それが四人ともなればかなりの戦力だ。ライカーズ島との連絡途絶が分かった時、僕を含めたJTFの面々や、エージェントたちは囚人たちの集団脱獄という最悪の事態を想定していたが、どうやら杞憂で済みそうだ。
だって、たとえ刑務所から脱獄したとしても、島からは出られないだろうし、そこに更にエージェントが派遣されるわけで、簡単に制圧されてしまうだろう。袋のネズミってやつだ。
「それで、僕に付いてきてくれるんですよね。テレビ局まで」
「もちろん。あなた一人じゃ心配だから」
エージェント・カロンは僕に微笑みかける。言っている内容はネプチューンと同じはずなのに、不思議なもので彼女の場合は不快感が無かった。