第八話 地味な仕事
―― 201X/12/XZ :p.m.12.00――
―― チェルシー地区 9thアベニュー ――
孤立したマンハッタンに、ディビジョンのエージェントが現れてから数日が経った。
僕は今、
リサーブス隊はスパロー隊と違って戦闘部隊ではない。
その任務は主に基地の警備や市民の支援、物資輸送など、いわゆる雑用だ。
しかし、一概に雑用と言ってもリサーブスの仕事はとても重要だ。マンハッタン各地で細々と生活している市民への支援、JTF、CERAへの物資輸送、そしてディビジョンエージェントの作戦支援などなど、マンハッタンで活動しているあらゆる人々を支えているのだ。
リサーブス隊の六人は隊列を組んで道を歩く。天候は穏やかだが、肌を刺すような冷気が体を襲う。進むたびに、僕らは雪を踏みしめる。
今日与えられた任務はチェルシー地区で孤立している市民への生活物資供給と、同地に残されたCERAの非常用物資の確保だった。
CERAの非常用物資──街を少し歩けば放棄された乗用車の中にCERAの文字と政府のロゴマークが掛かれた輸送トラックが並んでいる光景はさして珍しい物ではない。
災害緊急即応組織、通称CERAが管理していた非常事態用の物資はパンデミック初期の段階でマンハッタン各地に輸送、そのまま各地の基地や支援キャンプへと分配されるはずだった。
しかし、道路の封鎖や暴徒の襲撃にあってその多くは基地に届く前にトラックごと放棄されてしまったのだ。
トラックたちはパンデミック当初の混乱期に粗方暴徒に略奪されて、荷台の物資はすっからかんになっていることが多い。しかし、偵察部隊は昨日チェルシー・マーケット周辺で医療物資を含む多くの物資を乗せたトラックを二台発見した。
言わずもがなだけど、このご時世。
医療物資はどこも常に不足している。情報によれば薬や衛生用品のみならず人工呼吸器など高度な医療器材も積まれているそうで、JTFからすれば喉から手が出るほどに確保したい物資だ。
僕らはこのトラックに積まれた物資をどうにかして基地まで持ち帰らなければならない。
しかし、道路と言えばバリケードや、ひっくり返った車、道をふさぐように止まったままのトラックなどのせいで、とても自動車が通れるような状態ではない。
ではどうやってその物資を運ぶかと言えば、手押し式の荷台。
板に手すりと小さなタイヤが四つ付いているアレだ。
後ろからはカラカラカラと氷の上をタイヤが転がって進む音がする。
三つある荷台にはそれぞれ段ボールが数個ずつ載せられていて、落っこちないように紐で簡易的に固定されている。中身は孤立している市民に配給するための食料と飲料水、そしてトイレットペーパーなどの衛生用品だ。
足場が悪いので時々荷台がひっくり返ったりして段ボールはボロボロになっているが、そこは大目に見て欲しい。僕らは交代で、もう何キロも転がし続けているのだ。
作戦基地のある中央郵便局からチェルシー地区まではさほど距離は無く、パンデミック以前であれば確か徒歩で三十分程度だったと思う。
けれど、チェルシーは治安が悪くて、敵がたむろするような危険地帯をいくつか迂回することになって最短ルートは通れなかったし、見ての通り足元にはたっぷり雪が積もっているし、小さなタイヤをころころ押していかないといけないし、常に物資を狙う暴徒を警戒しないといけないしで、部隊の移動速度はかなり遅い。
かれこれ、もう二時間ぐらい僕らは歩き続けている。
武器は相変わらずM4カービンを持つ隊長を除いて拳銃だけなので、暴徒ならともかくクリーナーズと遭遇すれば、生きて帰れるか分からない。
こんな状況だから神経はすっかりすり減って、この任務が永遠に終わらないような気さえした。
「ついたぞ。このアパートだ。段ボールを下ろせ」
と、まあすっかり悲観的になっていたけれど、世の中にそう簡単に永遠なんてものを与えてはくれないようだ。
リサーブス隊の臨時隊長であるドウェイン・ベック警部の声で、僕らは足を止めた。
目の前には赤い外壁の高層アパートが建っていた。
ここ「チェルス1号」はマンハッタン各地にある孤立したコミュニティの内の一つで、治安の悪化が著しいチェルシー地区から逃げ遅れた住民が三十人ほど身を寄せていた。
電気や水道などは生きているのである程度は自給自足しているのだが、食料や飲料水、衛生用品などはJTFが供給していた。
アパートの周辺には車を始めとして有り合せの物でバリケードが築かれていて、特に入り口の周辺は厳重に固められてる。足元には血の跡や薬莢が散らばっていて、このあたりの治安情勢が一目でわかる有様だった。
「JTFだ! 物資を届けに来た!」
隊長が声をかけると、中から自警団員が出てくる。彼らに段ボールを届けて、一つ目のミッションが無事に完了した。
これからこの周辺にある同様の孤立コミュニティに物資を届けることになる。それが終われば、沿岸部にある大型基地「キャンプ・ハドソン」で一度休憩して、トラックの確保に向かう。
こういう雑用任務はスパロー隊で散々味わった暴徒との戦いや、市民の護送、そしてクリーナーズとの血で血を洗う戦いよりはずっとマシだと思えた。
ハリウッド映画とかを見ていると、兵隊というのは派手な爆破と銃弾の嵐を潜り抜けて最前線で戦うような仕事を想像してしまうし、戦闘こそが兵士の仕事だと勘違いしがちだけど、兵士というのは市民の命を守ることが本来の役目だ。
だから僕は、この地味な仕事をそれなり気に入っている。