奴隷騎士は再び魔剣を握る   作:青い灰

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奴隷オークション

 

 

 

 

オークションが始まって1分ほど。

どうやら物好きが多いらしく、

果物すら買えない最低額はグングン上がっていく。

 

 

「52番、10銀貨!」

 

「はぁい10銀貨きました!!

 いいねぇ命知らずが多いじゃないの!!」

 

「11番、いや12だ!」

 

「グングン上がるぅっ!!

 そして安い武器なら買える値段だ!!

 そんな注ぎ込んで大丈夫かよ!!」

 

「40枚っ!!」

 

「いきなり上がったァ!!

 40って正気かよネーサン!!」

 

「124番、倍だ80!!」

 

「やべーぞおいぃ!!

 こりゃすげぇ、流石は元最強騎士だァ!!」

 

 

…………どうやら早く終わる気配はない。

こちらはさっさと済ませてもらい、

この狭い牢から出してもらいたいのだが。

 

 

 

 

 

牢から出されたとて黒雷の宝剣は残っていない。

多少は魔法と素手でも戦えるが、

騎士の誇りを奪われては………

 

 

「いや、もう俺は………騎士ではなかったな」

 

 

ボソリと呟く。今は奴隷だ。

こうしてかつての誇りを汚され続けるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5年。

その歳月は俺から気力を奪い、

精神を磨り減らしていった。

死んだ方がマシだと、

出されたモノを食わず飲まずを続けた。

だが……生き延びてしまった。

 

復讐も願ったが………

まだ、彼女らの笑顔が脳裏にチラつく。

冷静になった。

いや、冷静に()()()()()()()

こうなってしまっては、斬れはしない。

たとえ正面切って会ったとしても、斬れない。

 

洗脳だ。

洗脳の筈だ。

…………楽しかった思い出も。

   辛かった剣の腕を磨いた日々も。

   優しかった2人の友人も。

 

全て嘘で塗り固めただけの虚構だと言うのに。

 

 

 

それでも俺は、何処かであの2人を信じている。

 

 

 

 

 

─────違うか。信じたいだけだ。

     ただの希望的欲求だ。

     分かっている。

     分かっていても……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな感傷に浸っていた俺の意識を、

静かで高い声が掬い上げた。

 

 

「──────聖金貨、100枚」

 

 

その言葉は小さかった。

だがよく通るその声は確かに、そう言った。

そして………城すら立つようなその金額に、

オークション会場にいた俺を含めた全員が、

まるで吹雪にでも晒されたかのように凍りつく。

 

俺は思わず、いや、全員が、

その声の主へと眼を向ける。

 

 

 

白銀の長髪に紅蓮の色をした双眸。

その顔立ちは整ってはいるが、

高貴な身分とは感じさせない雰囲気。

纏う服も黒いフード付きのローブである。

とても、そんな額を出せるような

王族や貴族には見えない若い少女だった。

年齢は、俺より少し下なくらいか。

 

 

 

 

沈黙が、続く。

 

 

それは数秒……いや、2分にも及ぶほどのもの。

やっと口を開いたのは

オークションを仕切っていたオーナーだった。

 

 

「い、今………なんと?

 額を、お間違えになったのでは………?」

 

「聖金貨100枚。

 210番目の私はそう言ったわ。

 どうかしら、まだ払える者はいる?」

 

 

その微笑みは怖気すら感じさせるものだ。

エルフでもドワーフでも獣人でもない、

人間離れした笑みだった。

それは幾度も死線を潜った俺も

ビリビリと肌が震えるほどのもの。

 

まるで世界最強の生物……

神魔種の威圧にも似たものだった。

 

 

「……………いないみたいだけど、オーナー?」

 

「ひ、ひゃい!?

 いませんね!?確認です、いませんね!?

 せ、聖金貨100枚でお買い上げになります!!

 210番様は会場裏にお越しください!!」

 

 

呆然とする来客と俺。

そのまま終わりを告げるオークション。

 

慌ただしく、

俺は牢の中に入れられたまま

会場裏へと連れていかれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おまたせしました………では失礼しまぁす!」

 

「ふふ、初めまして、ね。

 国を揺るがした黒の騎士……セト・モルドレッド」

 

 

牢から出され、会場の裏の森で

俺は枷を付けられたまま、彼女と顔を合わせる。

見た目は若いが、かなりの美貌の少女だ。

 

白銀の髪を揺らして、彼女は微笑む。

オーナーは彼女に怯え、

金だけ受け取りすぐに逃げ去って行った。

しっかり金は受けとる所は商人根性だろうか。

 

 

「物好きだな、君は」

 

「自分でも理解してるわ。

 ふふ、失礼な発言をして拷問される、

 なんて騎士様は考えないのかしら?」

 

「その時は自害するまでだ」

 

「あらあら、それは困るわね。

 折角大金を叩いたのだし、

 私にとって死んでもらうのは困るわ」

 

 

クスクスと笑いながら彼女は言う。

そして俺の胸にその手を当てた。

その行動に俺は警戒する。

 

 

「動かないで………」

 

「………………」

 

「ふふ、良い子ね………」

 

 

甘い香りが漂ってくる。

動くことは出来ない。

枷もあるが、奴隷は主に自動で

命令を必ず受ける契約を交わさせられる。

────だが、これはおそらく。

 

 

「魅了魔法か。詠唱破棄とは恐れいったな」

 

「あら、気付かれちゃった」

 

 

彼女は可憐な笑みを艶かしいものへと変える。

それは彼女の美貌を際立て、

飲み込み、取り入ろうとする甘い誘惑だ。

並みの男なら簡単に誑かされるだろう。

並みの男なら、だが。

 

 

「それに効かないなんて、流石は騎士様。

 ………そ・れ・と・も────」

 

 

一拍ずつ置いて、彼女は言う。

その顔は───昔の白騎士と同じ、

愚者を嘲笑う顔で、俺の頬に手を這わせ、言う。

 

 

 

 

「忘れられないヒト……いるのかしら?」

 

 

 

 

思わず沈黙してしまう。

そして眼を逸らしてしまった。

ニヤリと笑う彼女はそれを見抜き、

その這わせる手で唇を塞ぐ。

 

 

「フフッ………なぁんて、ね。

 冗談よ……貴方からすれば違うかもだけど」

 

 

そのやり取りで分かったことがある。

昔、城から出て城下を見て回った時に

娼館の女に声をかけられたことがある。

その時と同じ感覚だ。

それは俺を無意識に苦い顔へと変えて、

俺は残念さを滲ませて口を開いた。

 

 

「俺が一番苦手なタイプだな、君は」

 

「それは嬉しいわ。

 私も紳士なヒトは好きよ?」

 

 

小悪魔的に微笑む彼女。

俺はこれからの事を考えると溜め息が出た。

 

 

「私はルシア・ヴァン・エーデルハイド。

 よろしくね、私の騎士様」

 

 

既に騎士の誇りは奴隷という立場に汚された。

そして今度はこの少女に、

人として弄ばれ続けることになるという

残念な観測だった。

 

 

 


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